ヒアリング力を向上させる、映画やYouTubeの視聴法

ピーター・バラカン氏(以下、ピーター):では、みなさんの質問に答えましょうか。

司会者:はい。まだお二人の選んだ単語を聞いていたいのですが、ここで事前にいただいた質問を紹介させていただきます。「英語のヒアリングがうまくできません。どうすればヒアリングが上達するでしょうか」。この方は洋楽の歌詞を理解したいということです。

スティーヴ・マックルーア氏(以下、スティーブ):ピーターと僕は音楽関係ですからね。ピーターは歌詞を書いたこともありますよね? 

ピーター:ええ。歌詞を解説する本を出したこともありますね。歌詞はイディオム(慣用表現)だらけだからね。

スティーヴ:一番難しい。

ピーター:難しいですね。歌詞を理解することは相当ハードルが高いので、それ以前にやったほうがいいことがあります。テレビや映画、YouTubeなどで、CCというボタンがあると思います。Closed Caption(追加補足情報を提供する字幕の一種)ですね。あるいは字幕でもいい。Netflixなんかも必ず字幕があるので、ヒアリングが上達するまではそれを使って繰り返し見ればいいんです。

YouTubeでも、字幕が出ていると「あ、こう言っているんだ」とわかります。それを3回も4回も5回も見て、途中でその字幕を消して、自分の耳だけで理解できるか試してみる。そういうツールを使えば、少しずつヒアリング力も上がってくる。

歌詞の理解までは、いろんな語彙がわかるようになってからの話だと思うな。だからひとまず何が歌われているか、言葉が聞き取れるようになればいいんです。単語の意味までを理解することは、僕らだって必ずしも簡単なことではない。詩的な表現を使う作詞家もかなりいるから。

スティーヴ:歌詞の勉強をする時は、選曲に気をつけてください。例えば、僕はビートルズが大好きだけど、『I Am The Walrus』という曲の歌詞はナンセンス。

ピーター:(笑)。

スティーヴ:まったく理解できないので、本当に、気にしないでって感じ。でも他方で、同じビートルズの曲でもジョン・レノンの『In My Life』は直訳できる曲ですね。

ピーター:まぁまぁ、そうですね。

スティーヴ:「In my life I love you more」。直訳できるね。ボブディランについては、もう忘れてください。

ピーター:全部じゃないけどね。

スティーヴ:そうね。大事なこととして、洋楽の歌詞は全体的にわかりにくいと思います。多くの場合において、かなり詩的だから。

ピーター:まぁ、ポップソングにはわかりやすいものがたくさんあるけど。

ネイティブも勉強になる、歌詞の書き写し

スティーヴ:例えば、日本人の多くはカーペンターズが好きだよね。私は作詞家のハル・デヴィッドに会ったことがあります。ハル・デヴィッドは共作者のバート・バカラックとともに、カーペンターズや他のアーティストのためにたくさん曲を書いています。彼の歌詞は1音節か2音節の単語で構成されていて、本当に会話的なんですね。歌詞を聞き取るならそういう会話的な曲がいいと思います。

ピーター:『Do You Know the Way to San Jose』とかね。

スティーヴ:そう。(『(They Long to Be) Close to You』の)「On the day that you were born the angels got together. And decided to create a dream come true」もそうだよね。ところでLPの時代のこと、ピーターは覚えている? 

ピーター:覚えていますよ。

スティーヴ:私は歌詞を書き写していました。

ピーター:今は歌詞カードがついてないからね。

スティーヴ:あの頃の歌詞の書き写しは、いい勉強だったと思いますね。私たちネイティブスピーカーだって歌詞を間違えることがあるから。それこそ、空耳的な「mondegreen」という言葉じゃないけど。

ピーター:あれ、なんでmondegreenって言うんだっけ?

スティーヴ:スコットランドの伝統的な曲の歌詞がmondegreenに聴こえるとかで。とにかく一番有名なのは、ジミ・ヘンドリックスの『Purple Haze』ですね。「excuse me while I kiss the sky」という歌詞があるんだけど、「excuse me while I kiss this guy」と聞こえる。私たちも間違うので、日本の方も心配しないでもう1回聞いてみてください。

ピーター:日本語で言うと「空耳」ってやつですね。

スティーヴ:そうね。

ネイティブとのコミュニケーションで、文法・言い回しより大切なこと

司会者:次の質問です。「英語学習者の英語で、発音が上手くなかったり、言い回しが違ったりして、ネイティブの方にとってわかりにくいことはありますか? それはどんな時でしたか?」というものです。

ピーター:なるほどね。誰でも、自分の母語ではない言葉でコミュニケーションをしようとすると、言い表し方が頭に浮かばない。僕だってしょっちゅうあります。そういう時は、間違いを恐れないこと。

スティーヴ:そう、そう。

ピーター:間違えるかもしれないけど、そんなことばかりを考えていたら何も言えないから。表現がわからない時は、苦労しながらでも知っている言葉で考え出せばいい。そうすれば「ああ、そういうことね」と、だいたい通じると思います。だから、発音がすごく大事なんです。文法がちょっと変でも、一つひとつの単語がきちんと発音できていれば、何を言おうとしているのかを汲み取れます。

スティーヴ:そう。『ピーター・バラカン式英語発音ルール』を買ってください。それから、みなさんに伝えたいのですが、和製英語は危ない。

ピーター:それ、大切。

スティーヴ:当たり前だけど、和製英語は英語ではありません。私の故郷の(カナダの)バンクーバーに料理が上手な友達がいますが、ある時日本人の友達が彼に「You’re almighty of cooking」と言って「どういう意味だ?」となりました。「almighty」をそういうふうに使うのは和製英語ですね。だいたい意味はわかるけど、英語では使いませんので、和製英語には気をつけてください。

でも、みなさんに1つ大事なアドバイスをしたいと思います。「mistakes are your best teachers」、失敗こそ最良の先生です。自信を持って、間違いを恐れなければ、力がつきますよ。会話は試験じゃない。会話は心と心のコミュニケーションです。これが一番大事なことです。

新語が増加したトランプ前大統領時代

スティーヴ:じゃあ次は何かな。流行語のことですね。この本を書きながら、一昨年コロナ禍が始まってからの、いろいろな新しい表現を見てきました。例えば、この本には載せていないけど「quarantini」。隔離「quarantine」とマティーニ「martini」の合成語で、自然な言葉ではないです。意味は、ロックダウンの時のカクテル、飲み物ということ。

ピーター:そう、そう。隔離中のカクテル。

スティーヴ:ウィスキー、ビールなど、家にあるアルコール類はなんでもquarantiniです。でも、本当にquarantiniを経験した人はひどい状態だったなと思いませんか? ともあれ、隔離中の飲み物「quarantini」は流行語だと思いますね。

ピーター:ニューオリンズに住むイギリス人のピアニストで、ジョン・クリアリーという人がいます。彼が「quarantini happy hour」というのをFacebookでしばらくやっていて。自分の家でピアノを弾きながら、いろんなおもしろい話をするんです。マティーニグラスでカクテルを飲みながらやっていたけど、おもしろかったですね。

スティーヴ:あと、「alternative facts」。

ピーター:スティーヴの本には、トランプ関係の言葉がずいぶんあったね。「alternative facts」というのは、誰が最初に言ったんだろう?

スティーヴ:トランプの大統領顧問だったケリーアン・コンウェイ。トランプの就任式に集まった群衆が、アメリカの歴史上一番人数が多かったと言った。嘘。絶対嘘。

ピーター:「代替事実」ね。別の事実があるのか?(笑)。

スティーヴ:だからそれは、「alternative facts」で、本当の意味は嘘(笑)。だからPost-truth系だね。

ピーター:本当にアメリカの社会がどうなるか心配になってくるよね。alternative factsもそうだしfake newsも。誰でも自分が違うと思うことを、fake newsと言えば、否定したことになってしまう。

スティーヴ:「fake news」という言葉について考えてみてください。「fake」な「news」なんて、あまり意味ないでしょ。頭が痛い。

ピーター:本当に言葉に気をつけなきゃいけない時代になってきているよね。

ネットニュース時代にマスメディアが持つ強み

ピーター:ニュースソースをどこに求めるかも、今すごく大切なテーマだと思う。

スティーヴ:fake newsもプロパガンダかな? 

ピーター:もちろんそうだけど、インターネット上のニュースだけを読んでる人も、たくさんいるからね。

スティーヴ:そうね。

ピーター:誰が、何を根拠に書いたかわからないニュースもあるので、信じていいかどうかをまず自分でよく考えることです。

例えば、ニューヨークタイムズ紙にも、リベラルな見方をするライターや編集者がそこそこいるけど、ニュースにそういうバイアスがあるとはあまり思わない。事実は事実。有名な新聞は、まったくの嘘はやっぱり書かない。少なくとも、そう信じていい。

スティーヴ:だからメインストリームのメディアの良いところはfact checkingだよね。きちんと事実を確認している。ニューヨークタイムズには、毎日きちんと訂正記事が載っているけど、インターネットではそういうことがあまりない。だから、fake newsがいっぱいある。さっきピーターが言ったけど、誰が書いたかわからない情報は噂みたいなものだよね。

司会者:チャットで「elephant in the room」についてコメントを書いてくれた人がいます。「elephant in the room is vaccine」と。

ピーター:あぁ、ワクチンね。

司会者:「You want to talk about it but can’t」と書いてありました。こういう使い方で合ってますか?

ピーター:その使い方で、いいと思います。そうね。「elephant in the room」というのは、部屋の中にたくさん人がいて、みんな見ているんだけど、誰も話題にしたくないこと。ワクチンって、日本でもそうだよね。

何か発言すると、支持しているようで反対派から何か言われる。反対派の人も、反対だと言うと支持派から何か言われる。何も言われたくないから、触れないでおこうということになるわけね。「elephant in the room」の使い方としてそれはわりと、いいかもしれない。

スティーヴ:「elephant in the room」は、「white elephant(無用の長物)」みたいなちょっと昔の英語の表現を思い出させます。elephantはサイズが大きいから「800-pound gorilla(強力な力を持つ支配者)」みたいな言葉も思い出す。新しい表現は、カラフルなイメージがあればあるほど、長く使われることはないと思う。

ピーター:カラフル?

スティーヴ:そう。「elephant in the room」はカラフル(下品)なイメージがあるだけに、「800-pound gorilla」みたいになると思う。

ピーター:あぁ、そうね。

欧米も、流行語を作るのは若者

司会者:他にお二人が、「これ言うのを忘れてた」という単語はありますか?

ピーター:本の中に気になる言葉は他にもあったんですけど、さらに1時間あればっていう(笑)。

司会者:では、そろそろお時間になりましたので。

ピーター:No worries.(大丈夫)

スティーヴ:「No worries」はおもしろいね。オーストラリアの英語ですよね? 

ピーター:そう。完全にオーストラリア英語です。

スティーヴ:最近は、カナダの若者が使うから北米でも人気になった。

ピーター:イギリスでも使う。僕の娘もよく使うよ。

スティーヴ:僕はちょっと(使い方に)無理がある気がして、「no problem」とか「no worries」(を使うの)が昔は嫌いだった。今(若者がよく使うのは)は「awesome」(ヤバい)ね。本来「awesome」は「素晴らしい」という意味なんだけど。

ピーター:「awesome」の本当の意味は、「すごい」とか「すさまじい」です。少なくとも、僕が日本に来た1974年から、日本人はみんな「すごい」という時に「awesome」ばかり言っていた。だから、日本語で「すごい」を多用する歴史はかなり古い。アメリカの若者が日本人と同じ意味で「awesome」を使うようになったのはいつ頃だろう? 1990年代ぐらいかな? 日本の「すごい」よりは新しいと思う。

スティーヴ:「すごい」説明をありがとう。「awesome」と「awful」はすごく似てるけど意味はぜんぜん違うのね。でもルーツは両方「awe」。日本ではなんて言う? 

ピーター:恐怖でもないけど、敬意でもない……。「awe」ってなんて言うんだろうね。「畏敬」だ! 「敬意」じゃなくて「畏敬」。

スティーヴ:今(の使われ方)はそういうルーツから遠いと思います。「awesome」「awful」 ね。

司会者:そろそろお時間になりました。お二人、今日はどうもありがとうございました。

スティーヴ:ありがとうございます。

ピーター:とりとめのない話でしたね。

スティーヴ:はい。

司会者:とっても楽しかったです。ありがとうございます。