2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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宮田裕章氏(以下、宮田):まさに今、「データによって資本主義が変わる」とか「民主主義がどうなる?」という議論があります。お金文脈の人たちは「お金の価値が相対化されて、無価値が重要になる」みたいなことを言うことがありますが、そんなことはないですよね。
たぶん、彼らはお金を信仰していたからそう見えるんですが、世の中には多様な価値があります。ウェルビーイングを軸にしながら、その価値をより多様に、かつ豊かに寄り添うことができるかが、これからの社会でとても大事になってきます。
G7はずっと国際協調と経済成長しか話してこなかったんですが、去年からこの上位概念としてサステナビリティとウェルビーイングが来ているわけです。いわゆる、世界を駆動するような新しいパラダイムをどう一緒に作っていくか、ということですよね。ここが、私が一貫してやってきていることです。
医学論文だけを見ると、こういう視点はなかなか伝わらないと思います(笑)。医学論文は個別の「standing on the shoulders of Giants(巨人の肩の上に立つ)」で、先行研究や先人の業績の上にちょっとずつ石を積んでいく形で学術研究を進め、これを業績にしなくてはいけないので、ここだけを見るとなかなか伝わりにくい部分かなという気がします。
前野隆司氏(以下、前野):なるほど。私は日本システムデザイン学会やウェルビーイング学会を設立したんですが、すごく専門性が高い普通の学会とは異なり、専門家以外の一般の人向けに話しているようなことをきちんと論文にすることもやっているので、ぜひこっちでも一緒にやりませんか。
もちろん、医学部では日本語の論文だと評価されないかもしれませんが、今お話しされていることを、ある種の学術的エビデンスを得て発表していくことが大事じゃないかなと思います。
宮田:本当にそうですね。私は前野先生をとてもリスペクトしています。前野先生は志の高さもあり、研究に加え、実践もされているのがほんとに素晴らしいと思うんですよね。
前野:ありがとうございます。
宮田:ここから先は、社会をより広範に捉えながら個々に寄り添うことがすごく大事です。既存の工学や医学もそうですが、基本的には研究者の世界の中で業績を作るのが定石です。でも、前野先生はそれだけに留まらず、社会を広範に捉えて、研究者の世界以外にも広げていく活動もされていることが本当に素晴らしいなと思っています。
前野:私の場合、1995年から2008年まで所属していた慶應義塾大学理工学部機械工学科は、狭く・深くの論文しか出しにくいところでした。とは言っても、ロボットをやっているふりをして他のことをやったりと、そこで(活動範囲を)広げていました。
2008年に新しく設立された大学院に移ったので、文系と理系の狭間みたいな論文を書いたり、そこに学会を作ったりしていました。もちろん狭く・深くの研究者がノーベル賞を獲ったりしているので、そういう研究をする人たちは確実に必要です。
ですが、「広い視野」と言うと自画自賛っぽいですが、僕や宮田さんみたいに学問分野をつないだり、産官学をつなぐことも必要ですよね。
宮田:そうですね。たぶん、それぞれいろいろなアプローチやポジション、スタンスがあるとは思うんですが、特に短期的な利益になりにくいのが「つなぐ役割」でもあります。それを前野先生と一緒に果たしながら、多くの人たちがウェルビーイングを追求して実現していけることを支援できるといいなと思います。
これから一緒にやる学会や今日のセッションもそれにつながるといいなと、僭越ながら考えています。
前野:そうですね。
前野:シンポジウムはわりと軽やかなワークショップで、「自分のしあわせについて考えよう」というものが多かったんです。
でも、西本(照真)先生や宮田さんと平和や環境、サステナビリティという大きなことについて語り合っているということは、しあわせについて考えるべき時代というか、考えないと間に合わない時代が来たということだとも思うんです。
宮田:そのとおりですね。これは今とはまた違う感覚だと思うんですが、日本人初の国連難民高等弁務官を務めた国際政治学者の緒方貞子さんは、すごく広い視野で仕事をしていて、だからこそ「自分は世界のどこかで行われているような不幸から目を背けてしあわせにはなれない」とおっしゃっていたんです。それがヒューマンセキュリティという概念につながって、SDGsの基礎を成しています。
ちょっと前までは貪欲に自己のしあわせを追求しても、実はそれが途上国を搾取していたり、何かを貪るようなものであっても、あまり見えていなくて気にならなかったと思うんです。企業活動でもそれは特に咎められるほどではなかったんですが、今は「つながる時代」に変わってきました。
今回は安全保障やパンデミックもそうですが、世界がデジタルを軸にしながら、環境や平和がつながったことによって、前野先生が先ほどおっしゃられた「調和」の中でのしあわせもすごく大事になりました。
でも、その中で自分自身が大事にするしあわせを考えることは、裏を返せば他者のしあわせにもつながると言えます。これまでshiawaseシンポジウムの中核を成していた一人ひとりのしあわせをシェアしたり考えたりすることも、あらためて大事な意味を持っているのかなと思います。
前野:おっしゃるとおりですね。
前野:宮田さんがウェルビーイングの研究とおっしゃったように、医学系でも「クオリティ・オブ・ライフ」という概念があります。
心理学の分野でも「どんな人がしあわせなのか」という研究がされていますが、最近ではエンジニアリング、政治学、経済学などいろんなところでウェルビーイングの研究がされるようになりました。
少なくとも、心理学的エビデンスだけを見ると利他的な人がしあわせなんですよ。他人のことを考える人、自己肯定感が高い人、自分のことをちゃんと考える人がしあわせなんです。だから、自己犠牲になって犠牲者のことばかり考えるようになると、今度は自分が不幸せになってくる。
しあわせな人は生産性も創造性も高いし、欠勤率や離職率も低いわけです。自分を大事にするからこそ他人のことを考えられるというのが、ウェルビーイング研究からの明らかな事実なんですよね。
もう1つは、しあわせな人は視野が広くて、不幸せな人は視野が狭いという研究結果があります。図形を見てマクロな特徴に着目するか、ミクロな特徴に着目するかを比べると、視野が広い人ほどしあわせなんですよ。
そういう意味では、宮田さんのCo-Beingのように、まさにサステナビリティも大事だけど戦争問題もちゃんと考慮して、一番大きな概念に立たなきゃいけないという視点が本当に大事だと思っています。
ウェルビーイング学会でも、我々や鈴木寛先生、石川善樹さんとかみんなで「ウェルビーイングをSDGsの次のアジェンダに」といつも言っているじゃないですか。
SDGsは本当はすごくトップのものだったはずなのに、バッジを付けて「私は8番と10番をやっていますから」と、個別のタスクをやっていればいいという感じになっています。個別化も大事ですが、そもそも一番大事なのは、まさにCo-Beingをちゃんと考えることだという局面に来ていますよね。
宮田:本当におっしゃるとおりだと思います。さっきのカーボンニュートラルと一緒なんですよね。日本企業あるあるではあるんですが、個別目標で「ここをがんばっています。だから大丈夫です」と言いながらも、社員を疲弊させたりとかですね(笑)。
古くから「三方良し」は日本にもありましたが、人や社会や企業のバランスの中で、どう調和を取っていくかはすごく大事です。
江戸時代は鎖国状態で、狭い島国で人口が3,000万人や4,000万人ほどに膨れ上がったので、つながらざるを得ない状況になったと思うんですが、今はまさに世界中がつながったことによって、三方良しを考えるようになったということですよね。この「良し」に当たるのがウェルビーイングじゃないかなという気がします。
前野:本当ですね。世界中がインターネットでつながったことによって、今の若い学生にも「世界を良くしたい」という人が一定数いるんですよね。そういう良い流れが出てきています。
宮田:おっしゃるとおりです。Z世代やその下のアルファ世代と呼ばれる人たちは、生まれながらにしてつながっているんですよね。そうすると、何が良いのか・良くないのかの基準が、少し前の世代はコミュニティだったんですが、コミュニティを超えたメタなものになってくるんですね。
私も彼らを見ていてすごくまぶしいし、「言っていることは正しいな」という気はします。「昔は」というあいまいな言い方も良くないですが、私の世代は上の世代から「今の若い者は」と言われていました。
でも、僕は下の世代を見ると、むしろすごく正しい正義感を持っていろいろなつながり方をしているのが、未来の可能性を担う世代ですごくすてきなことだなと思います。
前野:そうですね。ただ、若い人にもいろんな人がいるし、我々の世代にだって良い人も悪い人もいます。
今の時代は、僕より上の研究者や僕らの世代でも、Co-Beingと同じようにグレートリセットやグレートターニングとか、これから新しい世界に変わっていくべきだという良い考え方もあります。
逆に、アメリカでトランプ大統領が出てきて、イギリスがEUを離脱して、ついには戦争する国まで出てきて、日本の隣国も自分のことばかり考えたりと、非常にCo-Being的な考え方とMy-Beingのみ、という考え方が出てきている。今は世の中の混沌期というか、カオス期なんですかね。
宮田:そこはやっぱりそうですね。Z世代、アルファ世代のつながる感覚とは裏腹に、つながりさえすればいいわけではなかったというのが、この一連の分断ですよね。
特に、2011年から中東地域に広がった一連の民主化運動である「アラブの春」は本当に象徴的な出来事で、何かつながって知識が伝播すれば民主主義は実現するんじゃないかと思ったら、ぜんぜん逆のほうに行ったわけです。
それは言葉で閉じているところもあり、その言葉の中の最大公約数になってくると、トランプや世界各国のナショナリズムの右傾化だったりする。その心地よいものを超えて、どうつながれるかがこれからはすごく大事です。
あるいは、場の作り方としてスマートフォンやSNSなど世界中で新しいコミュニティが生まれましたが、それをドライブする力が経済合理性だったんですよね。
その人がどう正しく認識するとウェルビーイングが高まるのか、Better Co-Beingなのかという観点じゃなくて、アルコール中毒の人にアルコールを買わせる滞在時間最大化モデルのように、とにかく心地良くさせてお金を使わせるというロジックでのつながりが世界をドライブしたことによって、前野先生が危惧されるような方向につながった側面があると思っています。
宮田:なので、「Web3」がこれから始まりますが、その時に滞在時間最大化や経済合理性だけではなくて、ウェルビーイングやBetter Co-Beingなど、その人にとってその滞在がどういう価値を持つのかをしっかり定義する。あるいは、それは誰かだけが作るものじゃないので、ともに作る。場を作っていけるかどうかは1つの可能性だと思うんです。
前野:しかし、産業革命以来、滞在時間最大化、利益最大化、合理的、自社や自分だけ良ければ、最大化を目指していれば、全体としてうまくいくだろうというのが資本主義の考え方で、それが行き過ぎている。
滞在時間最大化や自分の利益最大化は、最大化した結果「巨大化」するじゃないですか。それに対して、ウェルビーイング最大化は僕はぜったい正しいと思うんですが、理想モデルで比べると、滞在時間最大化のほうがまた利益をあげて巨大になる。
これを逆転して、ウェルビーイングが巨大化するメカニズムにするにはどうすればいいですか? 心に委ねるしかないですか?
宮田:それが、私が医学から始めた1つの理由です。医学は、実は命の価値とクオリティ・オブ・ライフが先にあるんですよね。お金は手段なので、お金を目的にした医療システムは世界中ですべて失敗しています。
前野:そうですか。
宮田:はい。なので、命の価値をプライオリティに置きながら、どうやって社会をともに作るのかということになってきている。
宮田:そういう意味では、命の価値はお金とはまた別で、人々が理解して納得しやすかったんですよね。ただ、冒頭でお話ししましたが、特に経済系の方々は「お金以外の価値って何だ」「無価値なものがこれから世界を支配するのか」と議論しています。
そうじゃなくて、shiawaseシンポジウムでずっと追求してきた「一人ひとりが豊かに生きること」を、デジタルの力で共有できるようになってきているので、さまざまな定義で社会をドライブしていくことになるのかな、ということですね。
医学では、命の生存やクオリティ・オブ・ライフは間違いなく部分的なモジュールとしては駆動しています。ここから先、地域や企業の価値になります。
ノーベル経済学賞を獲ったアマルティア・センや(ジョセフ・E・)スティグリッツは、「GDPのその先はウェルビーイングだ」と十数年前から言っていました。当時は「変なことを言っているぞ」と言われていましたが、今の時代のど真ん中に踊り出てきています。
もちろん、数値化してそれがひとり歩きする危険性はあるにせよ、多様なウェルビーイングをいかに我々が持ち寄ってシェアしていくかということですね。そういう意味では、前野先生がずっとやってきたこのシンポジウムは本当にすばらしいなと思います。それがこれからの社会をドライブしていく新しい力になるんじゃないかなという気がします。
前野:ありがとうございます。
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