新入社員との“ズレ”が発生する理由

安藤俊介氏:(怒りの)火花を散らす中心と言ってもいいのが「べき」なんです。自分と他人との違いは、自分が信じている「べき」との違いなので、この違いを生み出す「べき」をよく覚えておいてほしいんです。自分はどういう「べき」を信じているから、新人に対してどういう違いを感じてしまうのか。

また、新人の子たちはどういう「べき」を持っているから、組織に対して違和感を覚えるのか。自分の「べき」、それから人の「べき」をよく理解してほしいんです。

特に今日のテーマは新人のオンボーディングですので、自分はどういったことを信じているのか、新人の子たちに対してどういう「べき」を持っているのか。今日はオンラインのセミナーで、一方的に僕がしゃべっているだけなので特にワークはないのですが、ぜひ書き出してほしいです。

すごく大雑把に言ってしまえば「新人はこうであるべき」みたいなものがあるわけですよね。その他にも「挨拶はこうするべきである」とか。今時やっているかどうかはわかりませんが「社会人たるものをこうあるべきだ」みたいなものが強いと、マナー研修があるわけですよね。

新人の子たちにも、自分たちが生きてきた中で持っている「べき」が当然あります。アルバイトは置いておくとして、初めて企業で働くとなった時に「働くってこういうことなんじゃないの?」と、なんとなく思っているわけです。それが正しいか・間違っているかは関係なく、そこで違和感が生まれるわけですよね。

もちろん違和感はあってもかまわないんですよ。「違和感をなくして、新人に自分の『べき』を植え込みましょう」という話ではまったくないし、「何かを信じ込ませなさい」なんていう話ではないわけです。どちらかというと、いろんな「べき」があって、その「べき」をどう考えようかという話なんですね。

「新人ってこうあるべき」というのは願望に過ぎない

「べき」は理想や願望、常識を表すものなので、扱いがすごく難しいんです。私たちが持っている「べき」は全部正解なんです。一見間違っているように見えたとしても、あるいは「明らかにおかしいんじゃない?」と思えたとしても、少なくとも本人にとっては正解です。

そして、同じように見えても程度が違います。例えば「仕事は一生懸命やるべき」と思ったとしても、人によって程度が違いますよね。「締め切りがあるんだったら締め切りを終わらせるのが先じゃない」と思うかもしれないし、「それはそれ」と思うかもしれない。

「定時が来たので帰ります」という人がいたとしても、どちらも「仕事は一生懸命やります」という話かもしれません。また、「べき」は変化します。例えば自分にとって「仕事はこうするべき」というものがあったとしても、良い方向にも悪い方向にも、いつでもどんどん変わっていきます。

そして、意識しているものもあれば無意識のものもあります。自分の中で「こういう『べき』は言わなきゃいけないね」と意識しているものもあれば、無意識のうちに言葉に表れてしまっているものもあるんですね。今日はこのセミナーを聞きながら「自分はどんな『べき』を持っているかな?」と、考え続けてほしいんですね。

例えば「新人ってこうあるべきだよね」というのは理想や願望で、自分にとっては常識なんですね。新人は上司の話を聞くべき、礼儀正しくあるべき、まずは素直に仕事に取り組むべきなど、いろんな「べき」があると思います。

でも、それは理想や願望であって、自分にとっての常識でしかなく、相手とは違うんですよ。自分の「べき」は必ずしも相手の理想ではないし、願望でもないし、常識でもない。そして、自分にとっては正解だけど相手からすると正解でもない。程度が違いますよね。

「素直に話を聞くべき」といっても、素直の程度って何だろう? ということなんです。その程度については、自分でも上手く説明できないんですよ。でも、相手には(無意識に)それを求めてしまっているということです。

自分の“べき論”を把握するためのトレーニング

「べき」は時代や環境によって変化していきます。もちろん自分も新人だったことがあるわけですよね。その当時信じていた「べき」と、働いて10年、20年経って考えている「べき」。もちろん変わっていないものもありますが、変わっているものもあります。良い方向にも悪い方向にも、どちらにでも変わっていきますよね。

そして、意図的に言っているものもあれば、無意識のうちに言ってしまっている、考えてしまっているものもあるわけです。自分の「べき」を知ることはすごく大切です。

アンガーマネジメントのトレーニングでは「ログ」と言って、いろんなものを書き出すんですね。「怒ったことを書きましょう」「うれしかったことを書きましょう」とか、いろいろあるんですが、その中の1つに「自分が持っている『べき』を書き出してみよう」という「べきログ」があるんです。

「アンガーマネジメントのトレーニングをやってみたいな。何からやったらいいですか?」とよく聞かれるんですが、本当にやってほしいのはログを取ることです。

「アンガーログ」や「べきログ」といって、自分は何に怒ったのか、どんなことに怒ったのかを記録するのと同時に、どんな「べき」を持っているかを書き出してほしいんです。それが、自分の怒りの感情のすごく大きな原因の1つになっているし、誰かとの間にある違いを見つけるものにもなっているわけです。

冒頭でお話ししたとおり、相手との違いを見つけることに目が行ってしまう人は、人間関係をなかなか上手く作れません。そこに関係しているのが「べき」なので、書き出してほしいです。

「べきログ」のやり方

例えば、自分が新人の子に研修を行っている時や何かを教えている時に、「自分が話していることを復習したいから録音させて」と言って、相手に許可を取ります。そして録音する中で、自分が「べき」という言葉を使っているかどうかを記録してほしいんです。

ちなみに「べき」という言葉は、他の言葉に置き換えることができます。それは「何々のはず」の「はず」です。それから、当たり前・常識・普通といった言葉に置き換えることもできるのですね。なので、ふだん「べきログ」で書き留めてくださいねと言った時に(書いてほしいのは)「べき」だけではありません。

はず・常識・当たり前・普通といった言葉や、「普通はこうだよね」「それをするのは常識でしょ」「当たり前でしょ」と言っている、あるいは思っているとするならば、それは「べき」と一緒で自分の理想・願望・常識だったりするのですね。

「べき」や、はず・当たり前・常識・普通といった言葉を使っていたらダメだということではないです。ただ、自分の考えの元や自分の怒りの原因になる、そして相手との違いに目が行く原因となるものがわかればいいので、それを記録しておいてほしいんです。それが、最初の話の「相手と同じところを見つける。違うところを見つける」に戻っていきます。

組織の「べき」と個人の「べき」の関係性

そして、組織の「べき」と個人の「べき」の関係があります。個人が持っている「べき」はもちろんあるのですが、それがまとまった時に、組織としての「べき」も存在してくるんですよね。

個人が持っている「べき」があって、その人たちが集まった時に、組織として「うちの組織の『べき』はこうだよね」というものが存在します。その「べき」は、「組織としての理想」「組織としての許容範囲」「組織として受け入れられないもの」という3段階に分けることができます。

例えば「指導はこうするべき」「組織としての理想の指導のあり方はこうですよね」というものが中心にありますよね。

そしてその周りに「組織としての指導はこうするべき」「こういう指導までだったらいいんじゃない」「ここまでだったら指導の範疇だよね」という許容範囲があって、その外には「組織としてその指導があるべきというのは受け入れられないね」というものがあります。

例えば「この組織で働く上での理想はこうだよね」「こういう働き方をしても別にいいんじゃない? 組織として受け入れられる範囲だよ」というものがある一方で、「とてもじゃないけど、そういう働き方は組織としては受け入れられないよ」という具合に、100点である理想の状態、受け入れられる範囲、そしてNGの範囲と、3段階に分けられます。

一方で先ほどからお話ししているとおり、個々人にも「べき」はあるので、個々人の「べき」にも同じようにこの三重丸が存在しています。

組織の「べき」と個人の「べき」の関係は、個人の「べき」の三重丸がどういうかたちであってもかまわないんです。ただ、「この組織で働くには理想と許容範囲とNGがあるので、許容範囲の間で考えて働いてね」ということになります。それは価値観を共有するということではなく、ルールを整えることなんですね。

組織のルールを守ることと洗脳はまったくの別物

すごく勘違いしやすい点でもあるし、気をつけていただきたいのは「組織のルールを守ってもらうこと」と「洗脳すること」はまったく別の問題だということです。新人教育は何かの価値観を押し付けることではないし、何かに従えということでもありません。ルールを教え、そのルールを理解して守ってもらうことが教育ですからね。

「組織の三重丸と個人の三重丸を同じかたちにしなさいね」という教育をしようとすると、すごく横暴なやり方になりますので、そこは気をつけてほしいです。同じになろうというのは、考え方を同じにしようということではないんです。同じところを見つけられればいいし、ルールを守ればいいという話です。

そこを間違えて、とにかく言うことを聞かせよう、価値観を同じにさせようとして、半ば洗脳みたいなことをしてしまうのは、今の時代としては横暴ですからね。新人からすれば「なんだこれ」と言って、むしろ違いしか見つからなくなります。

なので、同じところと違うところを見つけるのは、洗脳しようという話ではないということをご理解ください。今日は全体図を話すことはできないので、本格的に興味があれば、研修とかを受けていただければと思います。

これはチームビルディングにかかわってくる話です。価値観を共有すること、理解すること、ルールを共有すること、考え方が異なることにはいろいろなフェーズがあるので、混同しないようにしておいてください。