季節によって風味が変わる「わざわざ」のパン

江口宏志氏(以下、江口):(「わざわざ」の)パンの話で、水と小麦と塩だけっていうレシピだけ聞くと、本当にすばらしいと思うんだけど、世の中のパンがそういうふうにならないのには何か理由があるんですか?

平田はる香氏(以下、平田):あります。やはり、人の思うとおりに発酵ってしないじゃないですか。だから機械的に管理したり、なにかを添加したほうが生産量もたくさん作れるし、一定の品質で作れるんですよね。

機械化して、添加物を使う一番の理由は、一定の商品を作れること。世間的に見て品質の良いものということですね。なので、毎回スーパーとかで買う食パンの味が違ってたりすることはないじゃないですか。

江口:「この『超熟』なんかパサパサしてんな」とか、嫌ですもんね。

平田:(笑)。ないです。「今日の『超熟』ちょっとしょっぱいな」とか、ないじゃないですか。

江口:それはけっこう嫌だ(笑)。

平田:こういう有機的な作り方をすると、それ(食感や味の差)が出ちゃうんです。冬のパンと夏のパンの味がまるで違うんですよ。見た目もこの色をしていてふっくらしてますけど、冬のパンはもうちょっと縮こまって、目が詰まったパンになるんですよね。

でも、それを管理していくと、そういうふうには差が出ない。それがおいしいかどうかで言うと、私はおいしいと思ってないんですよね。

冬のパンは、冬の寒い時期に食べるとすごくおいしく感じるんですよ。夏の暑い時には、ちょっと酸味の出てるパンがすごくおいしく感じるんですよね。すごく人間の体にフィットしてるというか。

ここは、発酵管理をしてお金かけて大量生産していくところじゃないのかなと思ってやってます。なので、たくさんは作れないんですけどね。

蒸留酒は、時間が経つほど価値が上がることも

あかしゆか氏(以下、あかし):江口さんの「もののつくりかた」で言うと、何か作りたいものがあってデザインして作るのではなくて、今実っている果物や植物を大事にされながら作られるというところは、(平田さんと)共通するところもあるのかなと思いながらお話を聞いてたんですが、いかがですか?

江口:そうですね。なんとなく、考えていることは似てる部分もあるかなと思いますが、僕らの場合はお酒を作ってることがけっこう特徴的です。

お酒って良いところがいくつかあって、1つはおいしいことですよね(笑)。やはり、作っておいしいものができる可能性があるというのは、やる意味があります。

あとは、原料に対して(できあがったものの量が)減る。「凝縮する」って言うとすごく良い言い方になるけど、100の果物があったら、発酵させて蒸留すると5とか7ぐらいになるわけですよ。10分の1以下ぐらいになる。それって、そのぶん10倍風味が凝縮するという言い方もできるし。

特になま物だったら、そのまま置いておくと悪くなってしまったり、旬を逃してしまう場合もあったりしますが、お酒にするとそれらをググッと凝縮したかたちで、しかも持ち運びしやすくなる。

さらに言うと、お酒にすると長持ちするっていうのもあるわけですよね。特に蒸留酒なんて賞味期限がないし、長く置くと熟成してもっとおいしくなったり、価値が上がったりすることもあるわけです。

レモン不使用で作った“レモンっぽい”お酒

江口:やってみてあらためて思ったけど、生のもの、自然のものとお酒はすごく相性がいいんですよね。

だからこそ、日本にはいろんなお酒造りの伝統があります。世界中にもあって、もちろんすごく伝統的に作られている方法もあるけど、伝統的な方法と今まで使わなかった材料を組み合わせたり、今まで使っていた材料を新しい作り方でやってみたり、ちょっと組み方を変えるとすごく個性も出る。

その場所、その土地、その蒸留所ならではのものもできやすいので、いろいろ組み合わせて作ったりしてるというのが、なんとなく僕らのものづくりの考え方かなと思います。

あかし:なるほど。この本(『ぼくは蒸留家になることにした』)の中には、オー・ド・ヴィー(蒸留酒)の説明で、いろんなお酒のご紹介ページがあるんですが、アイデアがすごくチャーミングだなと思って(笑)。

江口:(笑)。

あかし:「LEMON POI(レモンポイ)」というお酒があったり、ネーミングセンスがすごく素敵だなと感じたんですけど、こういうお酒のアイデアはどのあたりから降ってくるんですか?

江口:確かに、名前の話はけっこうあるんですよね。「レモンポイ」も、本当にレモンだけでお酒を作ってみたら、嘘みたいなレモンの人工香料みたいなお酒ができちゃって。

不思議だなと思うんだけど、じゃあレモンの香りのするいろんなハーブを組み合わせてみたら、「これ、もともとのレモンよりもレモンぽいじゃんね」っていうようなお酒ができたので、「レモンポイ」という名前にしたんです(笑)。

名前がものをすごく表現してくれるっていうのもあるし、でも、それぐらいです。あまりとんちの利いたことばかりやってると疲れちゃうので、成り行きでやれることを選択していくのがいいかなと思ってる。

ちょうど今もタンポポの花でお酒を作ってるんだけど、タンポポの花を発酵させる時に、果物の酵母を加えたいんですよね。

いろんな組み合わせはあると思うんだけど、あえてめずらしい酵母を探しにいこうというよりは、「ちょうどこの時期は苺がある」とか、山にまだ採りきれないレモンが残ってるので、レモンを採ってきて、レモンの酵母を使ったタンポポの花のお酒を作るとか。

そうしたら白ワインと赤ワインみたいな感じで、風味と色合いの異なるものができたねっていうぐらいの創意工夫で十分というか、あんまり変なことはしたくないなというのはありますよね。

あかし:なるほど、ありがとうございます。

起業当初の売上は“パート代”程度だった

あかし:では、次のトークテーマに行きたいと思います。ここは参加者のみなさまも一番気になるところじゃないかなと思うんですが、とはいえ、パンとお酒を売ってビジネスとして成り立つのか? というところなんですが、いかがですか?

江口:(『山の上のパン屋に人が集まるわけ』の)帯に勇ましいことが書いてあった。

あかし:確かに(笑)。

平田:すごいんですよ。「健やかに、年商3億円」って書いてありますけど(笑)、ちゃんと成り立ってますね。

先ほど話したとおり、うちは2009年から1人で始めていて、最初の売上は200万円程度だったんです。本当に、主婦のパート代。

あかし:年間?

平田:年間です。週1で営業してた時ですね。それからどんどん上がっていって、人が増えて、場所が増えて、倉庫が増えてというかたちで、どんどん上昇していったんですけど、成り立っているというか「成り立たせてる」感じですよね(笑)。

生業になっていて、社員の方やスタッフの方たちの生活も、わざわざで支えてる人も多少なりともいるわけで、やはり「成り立たない」という言い訳はもうできないですよね。

「開業資金は50万円で、借り入れしない」という話でスタートしてたんですが、だんだん近くの方から「平田さん、この土地を買ってくれないか?」「継ぐ人がいないから、この工場を買い取ってくれないか?」って言われたり、相談される機会も増えてきて。「じゃあ買います」と言って、買ったりとか。

(一同笑)

平田:だんだん、そうやって借金が増えていくわけですよね。

江口:わかります。

健康志向の人向けの店を目指したわけではない

平田:それを買ったら何かに移行しないといけないので、地域の人にも役に立つようなお店を作ろうと考えて、利益にしていく。だから、どちらかというと私の場合は、目標に向かってドカドカやってきたというよりも、人に背中を押されてきました。

さっきの残糸ソックスも、「平田さん、この糸を何とかしてくれないか?」(という相談から生まれたプロダクト)ですよね。

「この工場を何とかしてくれないか?」とか、地域の人や生産者の人との関係性が出てくると、良い出会いを持ってきてくれる人がいるんですよね。そこに毎回乗っかっているという状況で、預かったからには成功させないといけないということで、成り立たせてきた感じですね。

あかし:なるほど。とはいえ、年間200万円で自分は満足だから、それでずっと幸せに暮らすという方法もあるじゃないですか。

平田:そうですね。

あかし:でも、一緒に本を作らせていただく中で、平田さんは人のため・世の中のためとか、やりたいことを叶えるためにどんどん(事業を)大きくされてきたんだなと感じたんです。

平田:(お店をやり始めた)最初のほうは、「国産小麦」とか「天然酵母」という看板を出していたら、やはりそういう思考の人が集まってきたんですよね。

でも、私がやりたかったのはそういう人だけのためのお店じゃなくて。健康志向の人だけに健康になってもらうのではなくて。

江口:健康志向の人は、勝手に(健康に)なるからね。

(一同笑)

モットーは「社会の角度を1度変える」

平田:「隣近所のおじさんが健康になった」とか、「みんなが健康になっていく」ことをやりたかったので、これは輪を広げないと膨らまないということに気づいて、いったんそのキャッチフレーズの看板を全部下げちゃったんですよね。

だから、本当においしいっていう理由で来たり、「この店が好きだ」っていうシンプルな理由でわざわざを利用していたら、いつの間にか健康になっていたとか、いつの間にか環境に良いことをしていたとか、後づけでそういうことが起きてほしいんです。

「健康になりますよ」って言うわけじゃなくて、おいしいから何度も買ってしまう。そういうことが一番人の身につくというか、習慣になったりして、いい暮らし、いい体になっていくのかなという思いがあって。だから、どんどん広げたくなっちゃったんですよね(笑)。

自分の中で言っている「社会の角度を1度変える」という言葉があるんです。360度の中で、1度ってすごく小さいんですけどね。ほとんど変わってないようにも見えるし、角度すらついていないと思うんですけど、それが何メートルか先に行くと鋭角になって、どんどん角度が開いていくイメージを持ってます。

10年後、20年後、100年後というスパンで考えると、1度変えたらものすごい大変革が起きている。

だから、自分は「大きく変える」ということはできないと思うけど、1度だけ変えたいという思いがすごく強くあって、「それには影響力がないといけない」とか、そういう考え方になっていきました。

あかし:なるほど。ありがとうございます。

最も怖いのは、事業が嫌になってしまうこと

あかし:江口さんはいかがですか。

江口:いやぁ。僕、「成り立つか?」を語るだけの健やかさもなければ、何億円もないんでね、どうしようかなって感じではあるんですけど。

でも、成り立つか・成り立たないかの話でいうと、事業の採算性はとりあえず置いておくとして、置いといちゃダメなんだが、一番恐ろしいのは、自分が事業に嫌になっちゃうことだと思うんですよね。

飽きちゃうとか「嫌だな」って思うようになると、何億円あろうが嫌なものは嫌なので、そういうふうにならないように、けっこう先回りして考えている部分はあるんですよね。

自分が今やっているmitosayaという事業もそうだし、終わらない場所づくりとか、そこに生活の拠点を置いてみようというのもそうだし。なんとなくいろんな要素を持ちつつ、それが自分の意志だけじゃない要素もあって。近所のおじさんが持ってきたものが、自分たちの大事なものになることもあると思うし。

そうやって、「自分が自分が」というところが大事なわりにはあんまり当てにしないで、いろんな要素を持っておくことで、飽きっぽい自分を成り立たせる。

平田:それ、すごくわかりますよ。おもしろくないと飽きちゃいますからね。

江口:それが一番怖いんだよね。

平田:怖いですよね。

江口:1回飽きちゃうと、もう戻せないので。

平田:戻せないですよね。

自分を飽きさせないことが大事

平田:私も、自分のポジションチェンジをめちゃくちゃしてます。最初はパンの焼き手だったんですが、誰でも1年訓練すれば焼けるスキルを構築できる仕組みを作って、遷移して他のスタッフが焼けるようになって。そういうかたちで、パン焼きから抜けました。

その前には、店舗の接客やレジから一番最初に抜けたんですよね。あんまり得意じゃなくて。「パンは絶対に自分が焼かなきゃダメだ」と思い込んでたんですけど、パンの製造をやってると、他のことが何にもできなくなるんですよね。

江口:そうだよね。

平田:だから、そこは抜けないと会社が成り立たなくなると思って、抜ける仕組みを作り、その次は物流とかもいち早くに抜けましたね。

得意な人が見つかったから、倉庫から出荷のシステムの構築とかも全部任せて、そこにはもう関わらなくする。どんどん足抜けしていって、「ここじゃないと、私じゃないとできない」というポジションに遷移していってますね。

あかし:なるほど。「自分を飽きさせない」というところは、すごく大事だなと思って。自分のことを理解していないと、自分がどういう時に飽きちゃうかわからないので、そういう自己理解も大事なのかなと思いました。

平田:すごく大事だと思います。どこが得意で、どこが苦手か、自分はどんな人間なのか、どんなことが好きなのかを正確にちゃんと把握して、それが外から見た人からと同じように一致させていることは、会社を経営してからすごく意識し始めたことですね。

あかし:江口さんは自己理解について、どう考えられていますか?

江口:僕が飽きない要素は、1つはお酒づくり。お酒づくりには醸造と蒸留という2つのジャンプがあって、いいジャンプができるように準備しつつ予想外を期待している部分がある。

あとは自然もそうじゃないですか。別に自分たちのことを思って何かをしてくれるわけじゃなくて、勝手に花が咲いて、散って、実がなる。そういうのがたくさんあると、飽きづらいなと思いますけどね。

あかし:なるほど、ありがとうございます。