正解がわからない時代に突入し、日本の成長が止まった1995年

伊藤羊一氏(以下、伊藤):画面共有しますが、これはGDPの推移ですね。1980〜2020年のGDPの推移で、青いのがアメリカで、途中から出てきてブワーッと伸びてきた点線が中国。この1995年までは日本はとても成長してるんですよね。アメリカにも追随して、ブワーッと行ってます。

95年を境にまったく成長がなくなっちゃいました。まさに失われた30年ってよく言われるんだけど、バブル崩壊は、きっかけの1つにはなってますけど、バブルの崩壊って1990年なんですよね。

1990年を終えても5年ぐらいは成長し続けている。でも、そこで成長が止まっちゃった。計算してみたら、95年以降は本当に年の平均成長率が0.2パーセントとかで、もうほぼフラット。

95年はWindows 95が出た年でインターネット元年だったんですよね。なので、それまではものづくりの世界で、まさに安斎さんがおっしゃった技術があって、その「正解を出す」時代が、95年を境に変わったわけじゃないけど、そこは強かった。日本もそこが強かったってことなんだけど。

95年以降インターネットが出てきて、まさにこれも産業的に大海に出ちゃったところがあるなと思っています。要するに、自由にいろんなことができちゃう。どうしたらいいかわかんない状態の中でやると、もう別に経営者が正解を知っているわけではない時代に突入しちゃったのが、分岐点としては1995年だった感じはしますね。

安斎勇樹氏(以下、安斎):なるほど、おもしろいですね。

「若手が自律・自走しない」と悩むマネージャーの、ある特徴

安斎:まさに、その時代の過去のやり方が、アンラーンできないままずっとやってきてしまったんですよね。トップダウン型マネジメントで成功していた組織で、その世代に育てられた若手たちが、次の世代のミドルになった時に、トップダウン型マネジメントを再生産し続けちゃってるわけですよね。

伊藤:そう。今、僕は1990年に会社入って、今そういう意味で言うと、55歳なので、もうすぐこの世代もいなくなってきます。僕の世代はそういう昭和のマネジメント、古い時代のマネジメントを受けてるんで、僕らの世代がなくなると、そういう正解があった時代のマネジメントスタイルは、たぶん消えていくことになる。

だけど、それを無条件に「じゃあ、消えるね」と言っていいのかというと、綿々と引き継がれちゃってるものがあるから。みんなの中にそこらへんの古い時代の、上から下へのマネジメントスタイルは、まあ多少残っちゃうようには思いますね。

安斎:なるほどですねぇ。ここをどこから変えていくのかみたいなことって、今日の1つのテーマでもあると思うんですけど。僕は1つ、いつも気にかけるようにしているのは、こういう悩みを持たれているマネージャーの方や人事の方に話を聞きました。

「うちの若手が自律・自走しないんですよね。主体性がないんです」とおっしゃっている方の、マネジメントの方の言動とかを見てみると、すごく自分主語でまったく話していなくて、上から聞いたことを他人主語で伝聞している傾向にあることが多い気がしています。

伊藤:そうなんですよ。

リーダー自身がまず「自分はどうするか?」の意志を持つ

安斎:マネージャーが自分主語になってないマネジメントをしている結果、部下も自分主語にならない事態が起きるなと思っていて。伊藤さんも本に書かれていましたけど、「意志を持つ」みたいな。

伊藤:そうなんですよ。それで「意志もねえわ、どうしたらいいかもわかんねえわ」だったら、変わるはずがないよなって。恐らくここのイベントに出ていらっしゃっているみなさんは、そこに対する問題意識はめちゃめちゃあるということなので、それはぜんぜん世の中一般と違って問題意識があるから、どうにかすりゃ解決するんですけど。

世の中的にいろんな人に話をすると、その問題意識さえもない人もいます。「どうしたらいいかわからないんだよね」みたいな状態で終わっちゃっている人はすごく多いです。本当にきついなという感じはしますよね。それでソリューションがないんだったらあれなんだけど、どうにかしないとヤバい感じはあります。

安斎:なるほどですね。そんなかたちで、前提として「マネージャー、リーダー自身がまず自分の人生を生きましょう。生きるところを取り戻すところから始めましょう」が前提になるんですかね。

伊藤:そこを自分の人生と言うと、大げさであれば「あなたは『個』としてどうなの?」みたいなことを、メンバーも、マネージャーのあなたも考えることがとても大事かなと思います。

安斎:そうですね。

伊藤:そうは言っても、経営者・トップはいろいろ市場にさらされているので、経営者の人たちはすべからく「みなさんすげえな」という感じですね。それ以外の方々はわりと、そこをちゃんと「自分はどうすんだ?」みたいなことを、偉そうですけど考える必要があるなと日頃から考えてますよね。

安斎:そうですね。そろそろ次のトピックに行きたい気持ちと、ここをもっと掘り下げたい気持ちで葛藤しているんですけど、でもまさに前半のキーポイントはそこにあるのかなと思いますね。

1on1はマネージャーの時間ではなく、メンバーのための時間

安斎:ここからは、少し各論というか具体論のところに掘り下げていこうかなと思うんですけど。そういった自律・自走型を促していく意味で、今、1on1ミーティングの重要性がすごく意識が高まってきていると思うんです。1on1をどうやって位置づけたり、進めたらいいのかに関して、もしお考えがあればうかがいたいなと思うんですけど。

伊藤:自律・自走型を促すということは、まずすなわち「個」なので、1対1で話すということ自体がそもそも非常に重要だと思います。

その上で、1on1ミーティングとはマネージャーとメンバーがいたら、マネージャーがメンバーに対して何かを教える機会ではなくて、メンバーの自律・自走型を促すことをマネージャーがやると。

「それでは、どうするの?」と言うと、まず1on1ミーティングは「マネージャーの時間ではなくて、メンバーのための時間なんだ」と定義します。メンバーがいろいろ考え、言葉にすることをやるのをマネージャーが問いかけながらしゃべっていくんです。

そこで、「うーん、どうですかね」とか言って質問されて、「うーん、どうですかね」と言った時に、だからその答えがマネージャーはわかっていたとしても、「うん、どうだと思う?」みたいな感じで考えてもらうことができるか。「それはこうだよ」みたいな感じで答えを言わないで考えてもらう。

考えれば考えるほど、もやっとして「いや、こういうことかもしれない。あ、そうか。こういうことだ」と気づいたら、これが自律・自走型への第一歩を踏み出すかなと思います。その時間をしっかり取る。1on1ミーティングは、あくまでメンバーがそれをやるための時間なんだということを、しっかりまずマネージャーが認識するのはとても大事かなと思いますね。

小さいことでも、メンバーが「自分主語」で話す時間に

安斎:なるほど、本当に重要ですね。30分でも15分でも、なんなら5分でもいいかもしれないけれども、小さくてもいいから、メンバーが自発的に何かに気づいたり、決めたり、意見を述べたり、自分主語で話す時間にするところが、あり方としてはすごく重要だなと思うんですけど。

現実だと、上司側が伝えたいこととかフィードバックしたいことを一方的に話す場になったりしますよね。発信が足らないと「何か話すことある? ないなら今日はスキップで」と言って飛ばすみたいなことになりがちですよね。

伊藤:そう。「うまくいってない」とか言ったら、「なんでやってねえんだよ」とか言って、「これ、やってなかったじゃねえか」とか言って詰める時間になってしまう。「1対1で密室でそんなことをやられたら、絶対1on1はやりたくないよね。」みたいな。

安斎:そうですね(笑)。

伊藤:本当にヤバいと思うのは、「そんな面倒くさいことしなきゃいけないのか」と思われるかもしれないけど、本当にそれをやるのが、僕はマネージャーの仕事だと思うんですよね。

安斎:うん、まさにですね。

部下が上司に見せている姿は“氷山の一角”

伊藤:要するに安斎さんもそこを対話というかたちで、対話にこだわっていろいろやられておられることからすると、そこから得られるものはとてもでかいということですよね。

安斎:そうですね。僕はよく氷山のモデルで説明してよく出てくると思うんですけど、氷山はほとんどが水面の中に沈んでいて、ほとんど一部しか目に見えていませんよね。

上司・部下の関係性もそれに近いと思っていて、よほどのことがない限り、たぶん部下が上司に見せている自分の姿や発言、言動は、その人の10〜20パーセントの限られているところだと思うんですね。

だから、意識的に水面下で何が起きているか、何を考えているのか、どういう価値観を持っているのか、どういう前提に基づいているのか、それこそ過去に何をしてきたのか。そういったことに意識的にスポットライトを当てることを努力しないといけないですよね。昨今リモートになって、どんどん水位が上がる一方で見えなくなっているので、そこを掘ろうとすることが対話の本質だと思うんですよね。

伊藤:そうですよね。

安斎:だから、1on1ミーティングの中で部下の見えていない思考とか出てきていない本音、価値観とかにうまく質問を投げ掛けていくことで、ライトを当てていくのが『問いかけの作法』の提案だったわけなんですけど、そこの深掘り上手なマネージャーが増えると、とてもいいんだろうなと思いますね。

伊藤:僕も「そこらへんを深掘れ」と言っています。そういう価値観や背景にあるものみたいなものを掘らないと、結局この人がこういう状態にあると理解できないですから。

それも本の中ではマネージャーの仕事だと言い切っているんですけど、世の中で言うと「いや、そんなんじゃなくて、パフォーマンスを出してくれりゃいいんだから、そこまでは立ち入らないんだ」みたいな方って、現実はけっこういらっしゃいますよね。

安斎:そうですね。

その人の中に眠っている「こだわり」を引き出せるか

伊藤:そこに対して安斎さんはどう伝えます?

安斎:僕もそこはやってなんぼだと思っているし、僕は『問いかけの作法』の中では「こだわり」という言葉を使っているんですけど。「ボトムアップ型の組織」「心理的安全性」などっていろいろ言うんですけど、「自己実現」もそうなんですけど、本質はその人の中に眠っているこだわりがちゃんと出せるか、それが育める状態になっているかだろうと思っています。

「こだわり」って職人的な観点からは聞こえがいいかもしれないですけど、辞書で「こだわり」を調べると「取るに足らない、つまらない、ささいなもの」とさんざんな定義をされていて(笑)。

伊藤:(笑)。

安斎:「確かにそうだよな」と思うところもあって、ある人のこだわりって、別の人からしたらどうでもいいことだったりすると思うので。一見すると、どうでもよさそうなものすら出せない職場で、オリジナルなものは生まれないと思うんですよね。

伊藤:本当にそう思います。

安斎:今はユーザー調査の手法もはっきりしていて、ユーザーのニーズを調べようと思ったら、すぐ調査会社に頼めばわかります。ものづくりの仕方やサービスの作り方をすると、競合他社はみんな同じようなものを作るという、コモディティ化しているんですよね。

そこに自分の意志を取り戻す意味でも、「ユーザーはこう考えているんだけど、私はここに実はこだわりを持っているんですよね」とみんなで出し合わないと、そもそも競争に勝てないんですかね。

伊藤:そうですよね。だから同じ顔で同じことをやっていても、それはクソおもしろくないものが出来上がるというね。だから、さっき僕が言っていた自分の人生とか生き様って、まさにその「こだわり」の部分ですよね。

安斎:そうですね。

伊藤:その人の個性そのものというか。

安斎:そうですね。

リクルートで「何がしたいの?」と意志を尋ねる、本当の理由

安斎:もう1個、最近このテーマを掘り下げていて、おもしろかった発見の共有みたいな感じなんですけど。

最近僕は、長らくリクルートさんのお手伝いをさせていただいていることもあって、「リクルートはすげえ会社だなあ」と思っています。「お前はどうしたいの?」「あなたはどうしたいの?」という意志を尋ねる質問で有名ですけど。

あれって「実は誤解されているな」ということに最近気が付きました。

伊藤:そうなの?

安斎:リクルートの源流にあるのは……リクルートって実は心理学部で心理学を学んだ2人が作った「心理学的経営」を基盤にしているんですね。リクルートの心理学的経営は、創業期の1960年からずっと実践されていて、1993年に本にもなっているんですけど、その本をすごく細かく読み込んでいくと、すごくおもしろいことが書いてありました。

リクルートの心理学的経営の考え方は、本人の意志は尊重するんだけど、「あなたはどうしたいの?」と聞いて、本人の意志は尊重するんだけれども、真の自律や自己実現は、その人が気づいていない無意識の部分と掛け合わせて統合することによって起きると書いてあるんですよ。

本人に「何がしたいの?」と言って、それをやらせてあげることが自律や自己実現ではまったくなくて、その人が本人も気づいていないような無意識に追いやられている、眠っている個性を発現させてあげることが、実は自律の本質なんだと書いてありました。

伊藤:すげえ。

安斎:深掘りして「何がしたいの?」と聞くだけじゃなくて、そこに適度に揺さぶりをかけたりとか、気づいていない未来のポテンシャルを指摘したり、本人の希望に沿わない異動をさせたり。意外にその人の未来の個性の発現を促して、とにかく気づいていない自己実現を促していくのがリクルートの経営だと書いてあって、それをずっと実践してきた会社なんだなと思うんですよね。

伊藤:1on1でも、とにかく誘導して「何がしたいの?」に答えてもらうんじゃなくて、とにかくしゃべってもらう。しゃべっているうちに「あれ? 俺も気づいてなかったけど、俺はこのへんになるとスイッチ入っちゃうな」と気づかせることが、いい1on1なんだろうなと思いますね。

安斎:そうですね。深掘りして、深掘りして、本人がやりたいことをやりたいようにやらせてあげるんじゃなくて。それを叶えようとしてあげつつも、本人が気づいていないことも引き出しつつも、「この目標は達成しなきゃいけないんだよな」ということを降ろすのもマネージャーの仕事だったりすると思います。

「やりたいことをやらせてもらえるのが自律型」ではない

安斎:こういう意味付けで、こういう機会として意味付けて提供してあげたら、今本人はこう言っているけど、違う覚醒の未来があるんじゃないかと思ってミッションを与えてみてもいいと思います。トップダウンがダメなんじゃなくて、そこをうまく本人の覚醒の機会にしていくのが自律型を促すんですよね。

伊藤:そうですね。自分がやりたいことだけだったら、確かに意識下にある自分のやりたいことだけなので、これはめちゃめちゃ細いというか弱いというか、「それで?」みたいな感じなことがあったりしますけどね。

そうじゃなくて揺さぶりながら、「本当に?」「この目標との整合をどう考えるの?」とか、ぐちゃぐちゃにかき混ぜると、確かに「いやいや、こういうことなんですよ」みたいなのが徐々に固まっていくのかもしれないですね。

安斎:そうですね。若手のメンバーに「やりたいことをやらせてもらえるのが自律型なんだ」と誤解されてしまったら違うことになるので。

伊藤:それは違うことになりますね。だから、マネージャーの方がなんとなくひそかに思っている、「いやいや、自律とかじゃなくて、まずやるべきことがあるだろう」みたいなところも、ちゃんと満たしてなきゃいけないですよね。

その上でやりたいことというのを満たせる。プラスアルファの意識されてない何かもあるし、こういうことがが折り重なって、自分なりの軸が明確になっていくという。

「それを1on1でやっていきましょう」というとハードルは高いんだけど、やはりそれをやっていかないと辛いですよね。

安斎:そうですね。1回の30分でミラクル1on1を起こさなくていいと思うんですけど、種まき的に「今日はこの部分の理解を深めよう」「今日はここに寄り添おう」とやっていくうちに、長い関係性の中で適切なミッションの渡し方ができるようになったり、本人の目標をうまく引き出せるようになったりしていくんだろうなと思いますね。

伊藤:そりゃそうだ。