2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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吉田満梨(以下、吉田):神戸大学の吉田と申します。資料共有をしながらお話しさせていただきますが、みなさまの理解を深めていただくことが大事だと思いますので、疑問などは適宜チャットにお書きください。
私はもともとマーケティングの研究者で、10年前くらいに新しい市場を作る人たちの意思決定に関心を持つ中で「エフェクチュエーション」を知り、研究を続けています。今回エフェクチュエーションが、ウェブ解析士協会さんのエッセンシャル講座というカリキュラムに取り上げられ、テキストにも試験にも関わると聞き、本当にすごいことだと思っています。
写真のサラス・サラスバシーという女性がエフェクチュエーションの提唱者で、私は彼女の書いた学術書の訳書に関わらせていただきました。
それが2015年のことで、すぐに関西学院大学のビジネススクールのOB、OGの方々が研究会で取り上げてくださり、日本で初めてエフェクチュエーションの授業が作られたのが関学の経営戦略研究科(IBA)でした。
エフェクチュエーションは「エキスパートの起業家から発見された、極めて高い不確実性に対処するための思考様式」と定義されており、日本に入ってからもわかりにくいと思われてすぐには広まらなかったのですが、コロナ禍になってから急速に産業界で関心が高まっています。
このピンク色の本が原著で、著者のサラスバシーはバージニア大学のダーデンスクール(ビジネススクール)でアントレプレナーシップの教授をしています。Global Award for Entrepreneurship Researchという、世界的なアントレプレナーシップ研究で高い功績を残した方を表彰する制度がありますが、彼女はこれに今年選ばれて、日本円換算で1,300万円くらいの賞金を受賞しています。
エフェクチュエーションは、今までになかった新しい事業や製品、市場を作る人たちに使われる考え方です。これまでにも新製品や新規事業の開発に使われた考え方はいろいろありますが、なぜエフェクチュエーションが大事なのか。昨今はこれまでの考え方では対応できないタイプの不確実な問題が増えているためです。
不確実性を3つのタイプに分けてお話しします。中が見えない壺から赤いボールを引き上げたら勝ちというゲームで、「勝てるかどうか」が不確実性だと思っていただけたらと思います。
左側は、赤いボールが引けるかは不確実ですが、事前に赤いボールと緑のボールが50個ずつ入っていることがわかっています。成功確率が50パーセントであることは既知であるという条件です。
真ん中は、赤いボールがいくつ入っているかがわからず、もちろん結果もわかりません。ただし、この場合は、何度か試しに引くことで情報を集めることができます。例えば、10回引いて3回赤いボールが出れば、30パーセントの成功確率だと予測できます。
右側は赤いボールが入っているかもわかりません。何回か引いて情報を集めようとするんですが、何回引いても赤いボールが出ない。緑のボールすら出てこず、ぜんぜん違う青や茶色のボールしか出てこないとか、ボールじゃないものが出てきたりする。赤いボールが入っているかどうかすら、知りようがない不確実性ということですね。
この話の元になる例を用いたのはフランク・ナイトという経済学者で、彼は起業家やイノベーターがなぜ大きな利潤を得られるかを研究しました。彼の結論は、この「右側の不確実性に対応するからだ」ということでした。
真ん中は、10回引いて1回しか赤いボールが出なければ成功確率10パーセントで、すごく不確実性が高いように見えますが、これは不確実性というよりリスクが高いんですね。高いリスクに対しては、保険を掛けるようにコストとして対応することができます。
しかし右側は、理論的に答えが出せない状況です。ナイトは「左側の2つは『リスク』と呼ぶべきであって、『不確実性』は右側の壺だけだ」と言いました。このように、成功確率の推定自体がまったく不可能な状況を「ナイトの不確実性」と呼びます。イノベーションや世の中になかった新しいビジネスモデルができる状況は、右側の壺から赤いボールが出てくるような状況として、理解できると思います。
そして、この本当の不確実性に対して理論的な答えが存在しない状態が100年近く経過しました。これまでは、目的に対してさまざまな分析を行い、最適な手段を追求するが、基本的なスタンスでした。目的に対する因果関係(Cause)を追求する考え方なので「コーゼーション」と言われます。
例えば、「赤いボールが何回に1回出るかを試して情報を集める」などのように、追加的な調査を行って、予測によってできるだけ不確実性を減らそうとするわけですね。このスライドにありますが、「新しい製品がどう作られるか」というマーケティングテキストに出てくるようなプロセスです。
新しい製品や市場の明確な機会が見えないところから始まり、「こんなチャンスがあるんじゃないか」という考えのもと、さまざまなマーケティングリサーチや競争分析をして、本当にそれが正しいかを確かめます。目的に対する最適な事業計画の策定を重視するわけですね。事業計画ができたら必要な資料を集めて、実行していきます。
この考え自体は、すごく合理的で正しい考え方です。予測に基づく合理的なやり方を説明しやすいですし、最適な事業計画さえできれば、「誰がやるか」はほとんど影響しません。分業しながらやることもできます。
この2つの利点は、大きな組織で合意形成をしながら、かつ、分業をしながらやる時にすごく有効です。ただ、この考え方は、機会があるのではないかということも含めて、目的が明確に見え、かつ、予測可能な環境であることが前提になります。壺の例で言うと、真ん中はコーゼーション的なアプローチが妥当ですが、「右側の壺にどう対応するか」という問題が残るわけですね。
今まではコーゼーションで対応できていた問題領域についても、「VUCA」と言われるように環境の変動性が高く、より複雑になっていることで、結果の不確実性も高まり、因果関係も曖昧になっていると言われています。こうしたことがビジネス領域が増えれば増えるほど、コーゼーションでの対応が難しくなることがおわかりいただけるかと思います。
では、サラスバシーが何をしたか。「ナイトの不確実性」にどう対応するかという理論的な答えは存在しなかったのですが、一方で現実には起業家として成功している人たちは存在したので、その人たちが「どのように不確実性に対応しているか」という疑問が生じたわけですね。
そこで彼女は、不確実性が高い問題に対して起業家がどう意思決定しているかを実験で調べようとしました。まずエキスパートの起業家の厳密な基準を設けました。「成功した起業家リストに掲載されていて、1社以上を起業し、創業者として10年以上働いて、1社以上を上場させている」みたいな。
その条件に当てはまる全米の245人全員に調査協力をお願いして、45人からデータを集めることに成功し、その中の27人分のデータで、明確なパターンに辿り着きました。架空の状況設定を与えて、「あなたはアントレプレナーシップを学ぶことができるゲームを持っています。まだ存在しない架空の製品を事業化する意思決定を行ってください」とお願いするわけですね。
そして「誰がお客さんになりそうですか」「誰が競合になりそうですか」「市場調査のデータを見て、どのように読んで意思決定しますか」といったことを聞き、彼らの考えや意思決定を分析しました。
エキスパートの起業家の基準をクリアしている以外は、27人の起業家はバックグラウンドもビジネス経験も特性もバラバラで、かつ、意思決定の結果もバラバラでした。ところが、「意思決定のパターン」に共通性が見られたんです。
例えば、「自分が誰か」「何を知っているか」「誰を知っているか」を起点に、すぐにできる行動を考えてアクションを取ろうとする。ここに書いていませんが、市場調査のデータを与えてもぜんぜん使おうとしないとか、信用しないといったパターンも見られました。
「ナイトの不確実性」と呼ばれる極めて不確実性の高い環境を繰り返し経験したと考えられるエキスパートの起業家が、「好んで使うロジックが存在する」という発見でした。実際には複数の考え方の組み合わせですが、これらを「エフェクチュエーション(Effectuation)」という名前でまとめたのが彼女の研究成果になります。
それまで起業家やイノベーターはパーソナリティも独特で、そもそも普通の人とは違う人たちだと見られていましたが、そうではないことを発見しました。彼らが成果を残しているのは、エフェクチュエーションという具体的な思考様式を適用した結果だと言えるようになりました。
これはエフェクチュエーションの考え方を記したスライドです。
先ほどのコーゼーションと対になるように書いています。コーゼーションが、目的を明確にした上で、最適な手段やコーズを追求する考え方であるのに対し、エフェクチュエーションはすでに持っている手段から意味のあるエフェクトを生み出す考え方です。
英語の「エフェクチュエート(effectuate)」は、効果を発揮させるみたいな意味合いで、「エフェクチュエーション」はその名詞です。ただeffectuationという英語自体があまり使われない言葉で、日本語にも対訳がなく「実効理論」という訳語を作りましたが、それもわかりにくいので「エフェクチュエーション」という片仮名のまま使っています。
エフェクチュエーションのプロセスですが、コーゼーションが最初に機会や目的が明確に見えているのに対し、このセミナーのタイトルにもなっていますが、目的から始めず、「自分自身がすでに持っている手段を評価する」ところから始めます。具体的には、「自分が何者で」「何を知っていて」「誰を知っているのか」というのが個人が持つ手段です。
起業家はそれを使って「何ができるのか」を考えます。うまくいくかどうかはわかりませんが、「最悪の事態が起こった時に、起き得る損失を飲めるならやる」という考え方で、行動の意思決定をすることがわかっています。
これが(スライドの)「損失の許容可能性」という基準で行動の意思決定するという2つ目の考え方になりますが、とにかく自分の持つ手段から、すぐに行動することを重視します。行動をするので、他の人と何らかの相互作用が発生するわけですね。
他の人との相互作用を発生させて、何らかのコミットメントを得ることで、他の人を「パートナーに転じていく」のが3つ目の特徴です。
例えば、自分が知る人の中で、さっきのコンピュータゲームのアイデアに関心を持ちそうな人にいきなり電話をかけるみたいな行動をするわけですね。「こんなものを事業化しようと思っているんだけど、どう思う?」と聞いて、その人が「めちゃくちゃいいね。それを仕入れてもいいよ」と言えば、「顧客」と呼びうるパートナーを獲得できたことになります。
あるいはその方から、「もっとこうしたらよくなるんじゃない?」とか「こういうビジネスならもっとうまくいくんじゃない?」みたいなアドバイスをもらえたとしても、やはりコミットメントを得られたことになる。こうして、パートナーと言える方を増やしていくわけですね。
パートナーを獲得できると、その人が持つ手段がプロセスに加わるので、(スライドの)上に「資源のサイクルを拡大」と書いていますが、もう1回左端に戻ります。
先ほどは、「起業家個人の手持ちの手段から何ができるか」という始まり方でしたが、パートナーが加わることで、「起業家プラスパートナーの手持ちの手段」になりますし、彼らの目的もプロセスに加わるので、何ができるかの方向性に影響を与えることにもなります。
サイクルは1回で終わりではなく、何度も繰り返します。エフェクチュエーターとして熟達した方は、誰かと接するたびに1サイクル回るくらい、どんどん回っていきます。
こうして思ってもいなかった方から、思ってもいなかった手段や目的が持ち込まれるなど、次々と予期せぬ自体が発生します。エフェクチュエーションは、これを積極的にテコとして活用する考え方です。繰り返し拡張しながらプロセスが進んで行き、その過程に予測を必要としないのが大事なポイントです。
目的が明確ではなくても始まり、パートナーとともに目的が形成されることもあります。何がうまくいくかをコーゼーション的に考える必要性は、最小限になっていることがおわかりいただけるかと思います。「エフェクチュエーション」のプロセスを通じて、起業家自身も思い描いていなかったような新しい事業や製品、市場が生み出されます。
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