2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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吉田満梨(以下、吉田):具体例を挙げていきます。バルミューダという家電メーカーがあります。ご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますが、デザイン性に優れていて、高級家電としてヒット製品を持っている会社です。この会社を作った寺尾(玄)社長が「どうやってビジネスを始めたか」ということを自伝に書かれているので、引用させていただきます。(寺尾玄『行こう、どこにもなかった方法で』新潮社/2017年)
彼がものづくりに着手したのは2001年のことでした。最初に作ったのは「X-Base」という製品です。これは何かというと、アルミを削り出して作られた「AppleのノートPC専用の冷却台」なんです。これがすごく売れたので、これを原資に家電を展開して、「Green Fan」や「The Toaster」といった有名な商品を作っていったということです。
「なぜ彼がものづくりを始めたのか」というところに「手中の鳥」が関わっていまして。彼は、両親から「絶対にふつうのことはするな」と言われながら育てられたことをインタビューでも語っておられます。
また彼は創業前から、リチャード・プランソンやスティーブ・ジョブスといった世界に名を馳せた起業家をすごく尊敬していました。Patagonia(パタゴニア)の創業者のイヴォン・シュイナードのことも、とても尊敬していたそうです。
10代の半ばで不幸にもお母さまを亡くしてしまうのですが、その後17歳でヨーロッパに放浪旅行に出かけます。当時彼は自分が作家か詩人にでもなるものだと考えて、旅行中もいろんな言葉を書きためていたそうです。
旅先のヨーロッパ各地で人気のあったロックスター、ブルース・スプリングスティーンを知って感動し、その言葉を使って「作家になるよりも音楽を作ろう」と考えて、ギターを買ってきてコードを覚えた。そうして楽曲を作ってレコード会社に送ったところ、音楽事務所との専属アーティスト契約が決まってしまったそうなんです。
才能を認められてスポンサーもついたものの、事業の悪化でスポンサーが離れたり、最後のチャレンジとして結成したバンドのメンバーが脱退してしまったりして、結局音楽の夢は27歳で終わることになった。
ミュージシャンを辞めた時に、彼は何を知っていたのか。それは、曲を作っていた経験から「いい道具は、クリエイティビティを高めてくれる」ということでした。そして「AppleやPatagoniaのように、作品ともいえる道具をつくりたい」と思い始めたんです。
でも、ものづくりなどやったことがないので、まったくの無知でした。インターネットが出てきた時期だったので、ものづくりについて何か有用な情報を調べようとしても、何のキーワードで検索すればいいかすらわからない。こうした彼は、自分が「無知である」ことを知っていたと言えます。
「知らない」ということを知る彼は、「誰を知っているか」ということを活用しました。知り合いではないけれど、彼は東急ハンズのDIY売り場にものづくりに詳しい人がいることを知っていました。
ものづくりの企業をリタイヤしたシニアの方々が、ものづくりの売り場にいて、何か作りたい人にアドバイスをしてくれる。秋葉原には家電に詳しい人がいる。こういうことを知っていたので、彼は「何ができるか」の行動を起こします。
自分がものづくりについて知らないので、詳しい人を訪ねて「最終製品として作りたいものが、どういう素材でどうやって作られているか質問する」という行動を起こしました。
つまり、東急ハンズの売り場にいるおじさまたちのところに、スプーンやフォークを持って行って、「これ、どうやって作っているんですかね?」と聞いたんですね。すると「これはプレス加工だね」など教えてもらえるので、出てきたキーワードをネットで検索して、さらに調べていきました。
ネットで検索ができるようになってくると、新しいことがわかってきます。それは、「自分が住んでいる地域の近くには、専門的な技術を豊富に持っていそうな工場がたくさんある」ということでした。そして、「ものづくりを実際に見せてもらって、技術の勉強をしたい」と発想した彼は、次にできることとして、近所の工場を訪問することを行ったそうです。
そして、まったく相手にされなかったそうです。断られ続けたので、彼はこのやり方が間違っているだろうことに気づきます。自分は何も提供しないまま、「教えてください」というのは間違っている。
そこで「まず自分が仕事を依頼する立場にならないといけない」と考えました。CADを買って、自分でやり方を覚えて、図面を引いて、「こういう部品を作って欲しいんです」と依頼をするために工場を訪ねました。行動を変えたんですね。結局、それでも断られ続けたそうです。
おそらく、彼はミュージシャン上がりの、昼間はアルバイトをしている青年で、髪は金髪だしあご髭を生やしていて。そういう若者が訪ねてきて、「これを私のために作ってください」とお願いしても信用が得られのかもしれませんし、知識がないゆえに的外れな会社を訪問していたのかもしれません。
そんな中、何十社目かに訪ねたある会社の社長さんがこう言ったそうです。「この部品、作ってあげられるよ。だけど、おにいちゃん、お金ないでしょう? 1個だけ作ると、高くなっちゃうんだよねぇ」と。
そこで、その社長さんが提案をしてくれたのは、「ウチの機械使っていいから、自分で作れば?」ということでした。彼はこのパートナーからコミットメントを得て、「工場が稼働していない時間帯に機械を使ってもいい」という余剰資源を獲得しました。
また、そこはアルミの削り出しの工場だったので、クズ材料を使って「好きにものづくりをしてもいいよ」と言ってもらえて。そこで機械の使い方を覚えながら、図面を引いた机用のアルミのフレームを完成させ、その後に作ったのが、先ほどの「X-Base」というAppleの冷却台の製品です。
つまり、彼はものづくりにチャレンジするまでに、ほとんど費用をかけていないんです。かつ、「自分自身がすでに持っているものから何ができるか」という行動を、繰り返し繰り返し生み出していきました。
その結果、価格3万円以上の先ほどの製品が3ヶ月で100台以上売れて、まとまったお金ができた。そこから「デスクライト」のような次の製品の開発に向かっていったんですね。
先ほど、みなさま自身の手持ち手段として「私は誰か」ということを考える時、「みなさま自身のアイデンティティに関わらず、何でもいいです」と申し上げました。
これは、自分を他人がどう思っているかという客観的な属性は別として、「自分が自分をどういう存在であると信じているか」とか「どう在りたいのか」ということを含めてもいいんですね。むしろそのほうが、自分のアイデンティティにすごく関わっていると思います。
だから、それと同じように「何を知っているか」に関しても、一見すると仕事と無関係なものでもいいと考えていただきたいんです。
また、「誰を知っているか」についても、自分自身がすでに知っている、頼ることができる人だけではなく、「存在は知っているけど、まだ関係を築いていない人」といった新しく関係を結ぶ人たちも含めていいと思ってください。
実際(スライドにある)「社会的つながりが弱い人」というのがすごく大事なんですね。これはネットワーク理論などでも「弱い紐帯の強み」という言葉で知られています。強くつながっている人は、自分と同じネットワークに所属している可能性が高いので、持っている知識や知っている人はだいたい共通しています。
一方、今は弱くしかつながっていないけれど、今後つながることができる人は、違ったネットワークに所属しています。だから、持っている知識や人脈も含めて、自分にとってすごく貴重なリソースをもたらしてくれる可能性が高い。これが「弱い紐帯の強み」なんですね。
こういったことを考えながら、ご自身の手持ちの手段の棚卸しをしていただきたいと思います。
また「余剰資源とはどんなものか」について、少し補足をさせてください。稼働していない時間帯の工場設備など、「誰かが持っているもので、積極的に使われていないもの」が余剰資源です。
「そういったもので、どうやってイノベーションが生み出されるのでしょうか?」というご質問をいただいたことがあるので、いくつか例をご紹介します。
1つ目の例は、携帯用ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」という製品です。ゲーム好きの方、ご年配の方などは存知かもしれません。1980年に任天堂が発売して、当時は世界中でかなり革新的な製品とみなされていました。
手のひらサイズの携帯のゲーム機で、すごく革新的な製品にも関わらず5,800円という価格で発売され、世界的に大ヒットしました。そして、これが任天堂にとって大きな収益になり、その後の「ファミコン」や「ゲームボーイ」の開発にもつながっていくことになります。
これだけでも十分イノベーションだと思いますが、作られた背景には「活用していない余剰資源」がありました。このアイデアを生み出したのは、任天堂の有名なゲームクリエイターの横井軍平さんです。
1970年代は日本の電卓メーカーが激しい競争を行っていて、シャープやカシオの電卓がどんどん小型化して安くなっていきました。そんな中、1970年代終わりにはサラリーマンが1人1台電卓を所有するようになって、暇つぶしとして出張の新幹線の中で電卓を弄んでいる人もいたそうです。
それを目にした横井さんは、「電卓のように小さくて、一見遊んでいるように見えない携帯ゲーム機があったらいいな」と思ったんですね。そして、それを単純なアイデアとして、任天堂の社長と雑談した時に「出張中にこんなことを考えた」と伝えます。
その日社長が同席した会議の隣の席には、たまたまシャープの社長さんがいました。そして何気ない時間つぶしとして、「おたくの電卓を見て、うちの社員がこんなことを言ったんだよ」という話をしたそうです。
そして、何が起こったか。1週間も経たないうちに、シャープの重役が任天堂を訪問してきます。その頃、電卓の競争は成熟しきっていて、これ以上市場は伸びないとわかっていました。
シャープは、「液晶チップの技術に対する投資を控えるべきかどうか」と、経営的な意思決定をしようとしていたタイミングだったそうです。だから、「別の用途があるのかもしれない」と、任天堂に話を聞きにやってきたというわけです。
ここでの「余剰資源」とは、シャープの電卓に使い尽くされた「チップ技術」を指しています。この余剰資源を活用して、まったく違うところで水平的な展開が起こり、「ゲーム&ウオッチ」が生み出されました。
シャープの液晶チップ技術が、そのまま完全に提案されるかたちで作られたので、すごく安く開発・生産でき、破格の革新的な製品として売り出されたというわけです。
横井さんの発言とされる「枯れた技術の水平思考」という有名な言葉があります。最先端の技術は、確かにイノベーションになるかもしれないけど、横井さんの言葉をお借りすると、「それはだいたい高い製品になってしまって商品化しにくい」。
だから「枯れた技術」に違った用途を見つけることができれば、大いに成功事業になると。こういう話なんですね。
富士フイルムにおいても、「枯れた技術」を「余剰資源」として活用した新規事業があります。衰退産業であるフィルムの製造に使われていたコラーゲン技術を転用して、「アスタリフト」という化粧品事業を生み出しました。
こういった、貴重だと思われていない資源を使った例はいろいろあります。(スライドに)「栄養菓子」と書きましたが、これは江崎グリコの起こりの話なんですね。
もともと九州で薬種問屋をやっていた創業者の江崎利一さんが、有明海に注ぐ筑後川の河口で輸出用の牡蠣を大鍋でグツグツ煮ているところに出くわすんですね。干し牡蠣だったので、牡蠣を取り出したら煮汁は捨ててしまうのを見ていました。
江崎さんは牡蠣にはたくさんの栄養があることを知っていて、「煮汁にも栄養が含まれているのではないか」と思った。そこで、知り合いの九州大学の先生の研究室で分析してもらったところ、「グリコーゲン」がたくさん含まれていたんですね。そこで「グリコ」という会社が起こります。
このように、世の中の人が捨ててしまっているもの、ゴミだと思っているものの中にも、実は余剰資源があります。
だから起業家は、「目的ではなくて、まずは手持ちの手段から始めるべき」という話をしているんですね。そこで生み出されるアイデアは、その時点で革新的なものである必要はまったくありません。平凡なアイデアだとしても、みなさま自身が「行動すること」が、実は大事なんです。「実行する意味があるアイデア」であることがすごく大事です。
次は、世界的に広まった回転寿司を作った元禄寿司についてです。これもアイデアとしては、すごく単純なものかもしれません。
元禄寿司の創業者である白石(義明)社長が安くお寿司を提供し始めたところ、お客さんがたくさん来るようになって捌ききれなくて。そこで効率的に提供するシステムはないかと考えて、ビール工場で見たベルトコンベアを転用して回転寿司を作り出したんですね。
今度また大阪で万博がありますが、回転寿司は1970年の大阪万博で世界的に広まったんですね。パビリオンで出店していたわけではなく、モノレールの駅の横、万博の敷地外に出店していたそうなんです。
そこで「素晴らしい、素晴らしい」と評判になって、その後すぐニューヨークに出店されるなど世界的に回転寿司が知られるようになったそうです。今度の万博も、このようにさまざまな新しいアイデアが出てきて、広まるきっかけになるといいですよね。いい話だなと思ったので紹介させていただきました。
つまり、「良いアイデアかどうか」を、この時点で考える必要は必ずしもないんですね。一般的には、アイデアの良し悪しを判断するには(スライドの図の)上側にある「それを実行する価値があるのか?」「本当に売り上げにつながるのか?」「利益につながるのか?」「技術的に実現可能なのか?」ということを考えると思います。
一方で、それを実際に実現していくのはみなさま自身なので、ご自身にとって「それが意味があるのか?」「やりたいと思うのか?」「ワクワクするのか?」「自分自身やれると思うのか?」といったことを大事にするといいと思います。
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