2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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吉田満梨(以下、吉田):少し具体的な例で見ますと、パイロット・コーポレーションの「フリクションボール」という消えるボールペンがあります。現在累計で30億本発売されている、世界的なイノベーションと言われる製品ですが、「消えるボールペン」を作ろうと思って始まったものではないんですね。事例の詳しい内容は、滝田誠一郎さんの書かれた『「消せるボールペン」30年の開発物語』(小学館新書/2015年)という本が出ていますのでご参照ください。
当時パイロットインキが事業化しようとしていたノンカーボン紙の開発に関わっていた中筋(憲一)さんという若手の研究者が、インクの開発に成功したにもかかわらず、会社が事業撤退を決めたことで、すごいショックを受けたことに始まります。
心血注いだ仕事が出口を見失い、「自分が本当にやりたいことをやろう」と考えられたそうです。ある時紅葉を見ていて、「紅葉の葉の色が変わったらおもしろいな。これをインクで再現できたら素晴らしいな」と思われて、試したそうなんです。
ご本人は「すごく幸運だった」とおっしゃっていますが、あまり時間を掛けずに熱で色が変わるインクが開発でき、「メタモカラー」という原理の特許を取得したと。しかし、実装段階で会社から「筆記具なんだから、色が変わってもしょうがないだろう」と言われてしまいます。
結局筆記具にはならず、他の会社にライセンスを提供して、冷たい水を入れるときれいな花の絵が出てくる印刷物であったり、小さいお子さんが持っていたりしますがお風呂に一緒に入れると髪の毛がピンクになるような人形だったりと、おもちゃ的な製品として実用化されました。
そこから継続的にライセンス収入を得ながら、開発の精度を上げていき、温度幅を厳密にコントロールできるインキを開発し、これなら筆記具にできるんじゃないかということで、赤いペンをラバーで擦ると青い色に変わる「イリュージョン」という製品が発売されました。
「イリュージョン」は新しいものに飛びつく女子高生などにおもしろがって買われましたが、あまり売上にはつながらなかったそうです。しかし、ヨーロッパでグループ会社のCEOをされているランジャールさんという方がこの製品を知って、中筋さんに「色が変えられるのなら、透明にもできないか」と言われたそうなんですね。
透明にすることは、技術的には簡単だったそうですが、中筋さんは「こんなことは考えたことはなかった」と言います。なぜランジャールさんはそんなことを言ってきたのか。フランスでは小学生から万年筆を使ってノートを取るそうで、消しゴムの代わりに万年筆のインキを消す液体を持っているそうなんです。
でも、それで消してしまうとその上から同じインクで上書きができないので、別のインクを持ち運ばないといけないと。消して、もう1回書けるペンだったら、すごくいいのではないかという話をされました。
もともと中筋さんは、色が変わるおもしろさのある筆記具を作りたかったんですが、目的を変更し、「色が消える」原理を応用して生まれたのが「フリクションボール」であり、これがフランスでまず大ヒットし、その後日本でも大ヒットをして、8年で10億本を売り上げる製品になったというお話です。
誰かと出会って、もともとのアイデアやリソースがぜんぜん違うものに変わり、予想もしなかった製品として世の中に価値を生み出したという「エフェクチュエーション」のわかりやすい例かなと思います。
先ほどのプロセスの話の中にもありましたが、この(スライドにある)考え方が、「エフェクチュエーションの5つの原則」になります。それぞれに名前が付いており、目的ではなくて「手段から始める」という考え方は「手中の鳥」の原則です。
そして、手段主導で新しいアイデアを生み出して、それをやるかどうかを決定する時。うまくいくかとか、どれくらいのリターンが得られるかみたいなことではなく、逆に最悪の自体になった時に損失を許容できるかに基づいて、コミットするかどうかを決める考え方は、そのままの名前で「許容可能な損失」の原則。
パートナーシップの構築を重視する考え方は、「クレイジーキルト」の原則。偶然をテコとして活用する考え方は「レモネード」の原則という名前になっています。
ここまでの4つの考え方は、エフェクチュエーションのプロセスを回すために必要な考え方です。(スライドの)下にある「飛行機のパイロット」の原則は、ちょっと次元が異なり、上の4つの考え方を総動員することで可能になる起業家の「世界観」みたいなものを表しています。
「予測ではなくてコントロールによって、望ましい成果を帰結させればよい」という考え方が「飛行機のパイロット」の原則であり、エフェクチュエーション全体を支える世界観になります。
では、何らかの不確実性に向き合う時に、これをどう活用するか。例えば、会社でも個人でも「何かをしなければと思っているけれども、何をすれば良いかわからない」という状況があると思います。
やりたいことが見えていても、「うまくいくかどうかわからないし、失敗を考えると躊躇してできない」ということもあるかもしれません。思い切ってチャレンジしてもぜんぜん思ったように進まないために挫けてしまったり、「自分のアイデアや、それを実行する自分の能力に自信がない」ということもありえます。
「エフェクチュエーション」していただくことで、それぞれの問題に対する見方を、まったく変えてしまうことができるんですね。
例えば「何かを始めたいけど、何をすればいいのかわからない」という問題に対しては、先ほど申し上げたとおり、目的から始めなくても構わないと思います。ゴールが明確でなかったとしても、手持ちの手段に基づいて、一歩踏み出せばいいんです。
この考え方は、「手中の鳥」の原則によるものです。「手中の鳥」という言葉は、「手の中にいる1羽の鳥は、藪の中にいる複数の鳥よりも価値がある」という英語の格言が元になっています。
姿は見えないけど藪の中から何羽かの鳥の声が聞こえてくると、人はそれを捕まえたいと思います。ですが、「すでに手の中に捕まえている鳥が1羽いるのなら、まずそれを大切にしなさい」という格言です。不確実なたくさんの鳥を捕まえに向かっていくと、すでに手中にいる1羽が逃げてしまうからなんですね。
つまり「不確実な新しい資源を追い求めるのではなく、自分がすでに持っている手持ちの手段を大切にしなさい」という意味で、1つ目の原則になっています。
「目的が見えなくても、手段主導で始めればいい」という時に、起業家の手段として典型的なものは、先ほど申し上げたとおり「私は誰か」「何を知っているか」「誰を知っているか」ということです。
「私は誰か」は、みなさま自身のアイデンティティに関わる要素であれば、性格でも能力でも何でも構わないと思います。「何を知っているか」は知識のことですが、必ずしも仕事に直結するものでなくても構いません。みなさんが行動する上で頼りにしているようなことなどを含んだ、広い意味で知っていること。例はこの後ご説明します。
「誰を知っているか」は、みなさんが頼ることのできるつながりです。社会的ネットワークを指すのですが、これもある程度広く考えてください。起業家は、こういった「個人として誰しも持っている、手持ち手段を評価した上で何ができるかを発想する」という話でした。
こうした、誰もが持っている3つの手持ち手段にプラスして、個人として持っているわけではないけど、例えば組織の中や社会の中に存在している「余剰資源」を使うことを考えてみる。こういうことも大事だと思います。
余剰資源とは何かというと、資源は資源でも、他の人がそれを価値のある資源だとみなしていなくて、放置されているもの。だから、「個人として勝手に使ったとしても怒られない」ようなものだと思ってください。
具体的な例を紹介する前に、今日のサブタイトルにもなっている「なぜ目的から始めないのか?」ということについて補足させてください。「目的があってはいけない」という話ではないんですね。遠くに「ここを目指したい」というビジョンが見えていることは、むしろこのプロセスの大事なドライバーになるかもしれません。
さらに場合によっては、明確な目的ありきで、どうすればいいかということを試行錯誤されている方もいらっしゃると思います。目的があることが問題なのではなく、その目的の「階層性」が問題になるんですね。
例えば、ビジョンやパーパスといった抽象的な目的があるとします。(スライドにはそう呼ぶには)俗物的な目的が書いてありますが、「大金持ちになりたい」みたいな抽象的な目的があった時に、何が問題になるのか。
大金持ちになりたいのはわかったけど、「何をすればいいかよくわからない」という話になるわけですね。つまり「そのために、今日何ができるのか」ということがうまく定義できないという問題が生じるんです。
抽象的な目的があっても構わないし、むしろあったほうがいいのかもしれません。でも、「その時に何をすればいいのか」ということを明確にするためには、先ほどの「手中の鳥」と呼ばれる手持ち手段を評価して、発想することが重要です。
また、それを具体的な目的にし過ぎると何が起こるのでしょうか。大金持ちになるために、「自分は料理が得意だからレストランを開業しよう」と思ったとします。そうすると、まず必要な資源を獲得するために奔走することになりますよね。
一方、さっきの「手持ちの手段」から始めると、より高次な目的を諦めることなく、すぐに新しい行動を起こすことができる。この点がすごく大事なポイントになります。
手持ちの手段から始めることのメリットはいくつかありますが、「すぐに始められること」が挙げられます。支援が揃うことや弱みの克服を待たなくても、今始めることを重視するんですね。
目的が固定されていないので、プロセスの中でパートナーの方から新しい目的がもたらされることもあって、それを柔軟に受け入れることもできる。結果として、セレンディピティみたいな展開も起こり得るかもしれない。また、今ある限られた手段だけで行動を起こさなくてはいけないので、何らかのひねりを加えます。それによって、クリエイティビティが発動されることにもなるんですね。
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