21世紀の学びは競争から共創へ

松島倫明氏(以下、松島):2つ目の問いは「社会全体と自分」ということで、持続可能な社会をつくるために、「自分以外の存在」と「共存しながらサバイブ」するには何を考えるべきなのか議論できたらと思っています。キャリアの構築というと得てして自分のことだけを考えてしまいがちですが、個人のキャリアと持続可能な社会をつなげていくためのパースペクティブについて考えたいと思います。中島さんは日本でSTEAM教育を推進されていますが、教育のなかで、個と社会性や種の共存やつながりについてどう考えられていますか?

中島さち子氏(以下、中島):STEAM教育って、個の創造性を個だけじゃなくて他者の創造性との掛け合わせによって生み出せるものだと思うんです。なのでコンペティションとしての競争ではなくて、クリエイションとしての共創が生まれている。21世紀の学びは世界的にもそちらにシフトしていると思います。

単に効率よく正しくできることはもはや求められなくなっていき、より俯瞰的に世界を見ながら自分でアイデアやコンセプトを生み出す力が重要になっていく。それは子どもも大人も変わらないことで、それこそ人生100年時代ならいつでも感度は磨けるので、大人も一緒になって考えていける場を増やしていきたいと思っていますね。

松島:創造性を発揮することで、個を抜けて社会全体へつながっていくわけですね。STEAM教育がSTEM教育にアートをくわえていることは、個と全体のつながりとも関係しているのでしょうか。

中島:ひとくちにアートといってもいろいろな定義がありますが、MITメディアラボの石井裕先生がおっしゃっている、問いや未来、ビジョンをつくる力が重要だと思っています。あるいはコンセプトやストーリーをつくる力といってもいい。海外で「アート」と言われるときは、比較的そういうふうなものとして捉えられていますよね。

もちろんいまの時代は科学も数学もエンジニアリングもおもしろいですが、さまざまなスキルをもっている専門家をかけ合わせて新しいものを生み出そうとすると、コンセプトやストーリーを磨きつづけていくことがすごく重要になってくる。それがSTEAM教育のAなのかもしれません。

集合知が最大限に発揮される条件

片野晃輔氏(以下、片野):組織って何か目的やコンテキストを共有しているから組織になると思うんですが、個人の自律性がない状態で組織をつくると誰かのコンテキストについていくだけになってしまう。人のコンテキストの受け売りになってしまうし、そのうちみんなが似たようなことを言っているけどそのコンテキストが誰のものだったのかもわからなくなってしまいますよね。

いま僕が所属している研究所でも、頻繁にコンテキストチェックをしましょうといわれていて。たとえば研究費をとってくる際もお金のソースはどうなってるのか、その会社の活動はどう成り立っているのか、いろいろな要素を議論していくことで、自分たちのコンテキストにマッチしているかどうかを確認していく。それがなければ、優秀な人が何人集まっても衆愚化してしまうんですよね。

コンテキストに沿ってマネジメントする必要がある。それぞれの個性を引き出して共有することで、自律性を担保したまま組織の全員が溶け合っている状態こそが、集合知の能力が最大に発現する状態だなと感じます。

松島:組織という点では、NECグループは11万人の社員がいるなかで、片野さんがおっしゃっていることを実現しないといけないわけですよね。

江村克己氏(以下、江村):いまいろいろな企業がパーパスについて語るようになっていて、自分たちが何をする企業なのか表明しようとしている。NECを振り返ってみても、ものづくりの企業だったときはつくるものも決まっていたしやることも決まっていたので、同じことをしっかりやれる人がいればよかった。

でも、ただ決まったことならロボットやAIがやればいい時代になると、新しい価値を生み出していくためには多様な人たちがある目的に向かってお互いをリスペクトしながら進んでいくような形に変わっていかないといけない。一人ひとりの意識がそちらに向かわないといけないし、いろいろな人のいろいろな役割を理解しながら自分ができることを考えなければいけませんね。そのうえで企業全体としてどこに向かっていくのかがいま問われているのかなと。

生物多様性を上げなければビジネスの持続可能性も失われる

松島:江村さんのおっしゃっていることは、日本の大企業のみならず日本社会全体の課題でもありますね。お二人は多様性や持続可能性という観点では日本社会をどうご覧になっていますか? たとえば片野さんは生物学研究の民主化を進められていますが、その先にはどんな社会価値がありうるのでしょうか。

片野:生物学研究の民主化ってテクノロジーの民主化だと思われがちなんですが、手法はどうでもよくて、大事なのは生物多様性を認識できるようになることだと思っています。自分の体がどう動いているかさえみんなあまり知らないと思うんですよね。

いま自分のまわりにどんな生物がいるのかみんな忘れているけれど、たとえば空気中の微生物を認識できるようになればいろいろな気づきが得られる。それってすごくワクワクすることで。生き物に関わる問題って山ほどあるので、大きな世界の話だけではなくて、裏庭の草の影に何かいるとか、手が荒れてるとか、身近な問題を解決できるすべを自分自身で見つけられるかもしれない。

松島:そこに気づくために、テクノロジーが重要になるということですね。

片野:そうですね。ただ、すべて機械に自動化させると人が気づけるチャンスを奪ってしまう。人間が自律性を失ってしまうわけです。いま循環型の社会に移行するためにいろいろなことを諦める必要があると考えている人も多いですが、実際はそんなことなくて、生物の多様性を上げないとビジネスの持続可能性もなくなってしまうでしょう。ただ、自然の生態系って部分最適に陥りがちなのが問題で。

たとえばいわゆる原風景を保存するのって環境全体の多様性としてはあまりプラスに働かないんです。本質的な持続可能性を議論するためには、地球の環境が変わることを恐れずテラフォーミングを行なうくらいの変化を起こしていかなければいけない。バイオロジーやエコロジーの上に社会があって、経済がある。そのピラミッド構造を認識しないと意味がなくて、社会や経済だけの持続可能性を見ていてもどこかで立ち行かなくなっていくと思います。

ピクサーのチーム作りに学ぶ

松島:では続けて3つ目の問いに移ります。「挑戦・成長する個人を作る環境」を考える時に、社会が変化し続けるなかで、現在自分を取り巻く環境・制度をいかに活用・変革していけばよいのか。この問いについては、NECで人事をご担当されながらカルチャー変革本部長も務められている佐藤さんを交えて伺えたらと思っています。佐藤さんはお二人のお話を伺ってみていかがですか?

佐藤千佳氏(以下、佐藤):私は会社のなかで人事の仕事をしているのですが、お二人の話は社員のあり方とも通じているなと感じました。個の自律はすごく大切なのだけれどそれだけではダメで、ほかのメンバーと関わらなければ大きなことはできませんから。

松島:佐藤さんは会社のなかの環境を変えていこうとされていると思うのですが、中島さんはSTEAM教育を通じて環境や制度を変えながら新たな機会をつくろうとしているのかなと思います。環境を活用することについてはどうお考えでしょうか。

中島:コレクティブジーニアスという考え方があって、ピクサーが近い考え方をとっているといわれますが、組織やチームをつくるときにこの概念がすごくおもしろいなと思っているんです。全体の大きなコンセプトはみんなで磨いていくんだけれど、いろいろな人たちの個性や好き、知恵がいろいろ集まって、ちょっとずつの天才性が大きな集団として何かを生み出すことを可能にする。そのためには、ミューチュアルトラスト/ミューチュアルリスペクト(相互信頼/相互尊敬)もすごく大事だと思っています。

松島:江村さんは大きな集団を率いてこられましたが、ものづくりからコレクティブジーニアスのようなものに移っていく変化はどのように感じていますか?

江村:私が研究していたころって、ロードマップが定まっていてやるべきことが決まっていたんですよ。しかしいまは新しい価値をつくらなければいけなくて、何をやればいいかわからない。そこで必要になるのがまさにコレクティブジーニアスなのだと思います。そのためにはチームをうまくつくる必要もあるし、プロデューサーのような役割が重要になってくる。

相互信頼を持つことの重要性

松島:決められたものをつくるのではなく答えのないものに取り組んでいく組織って、佐藤さんはどうすれば実現できるとお考えでしょうか。

佐藤:組織のあり方や上司と部下の関係もすごく変わってきていると感じます。新しい価値を生み出すためには、旧来的な関係性を変えなければいけない。昔は知識や経験が重要だったので上司が部下に指示を出すことが普通でしたが、いまは経験値では教えられないし上司や年上の人が答えをもっているわけではない世界に突入している。だからこそミューチュアルリスペクトをもつことが重要になっています。

松島:年齢やバックグラウンドに関係なくミューチュアルリスペクトを体現されているのが片野さんだと思うんです。NECが多様な人々の活躍できるステージをつくるのであれば、片野さんのような方もコラボレーションできるチャンスが増えているようにも思います。

片野:コンテキストが重要ですよね。僕自身は生物そのものや生物を認知できることのおもしろさを共有したいと思っているので、それを達成するためにはいろいろな選択肢がありうる。その目的と企業のもっているコンテキストがマッチするのであれば、誰とでもコラボレーションできると思っています。

松島:片野さんがおっしゃっているような会社が向いている方向や目指すものと、組織内のキャリアや人事が密接につながってきているようにも思います。佐藤さんは、企業としてのパーパスの発信とそのなかで働く人々のキャリアをどうつなげて考えていけばよいと思われますか?

佐藤:私は航海のようなものだと思っているんです。この船がどこに向かうのかを明確にすると、一緒に乗る人が出てくるし、ある人は途中までなら乗ってくれるかもしれない。あるいは一度下りてまた乗ってくれる人もいるかもしれない。そのなかで多様性を高めていきながら会社として目指す方向に船を動かしていかなければと思っています。そこに個々人が実現したいことが合わさってきたら最高だし、一人ひとりの力が200パーセント、300パーセントと大きくなっていくんじゃないかと。

松島:そういう意味では、NEC未来創造会議もまさに航海のようなものですよね。江村さんはNEC未来創造会議の航路についてどうお考えですか?

江村:どこに進むかはまだまだ議論が必要ですが、大企業の役割は将来を見据えて議論することですよね。ベンチャー企業は新しいものをたくさん生み出しつづけるけれど、どうしても短期の取り組みが増えてしまう。長期の活動を続けられるプラットフォームを提供することが私たちの役割の1つでしょう。

企業と個人が価値を提供し合える関係

松島:片野さんにもキャリアについてお伺いしたいのですが、片野さんは高校を卒業されてMITに進まれています。もちろん人それぞれではありますが、片野さんはご自身の環境を変えていくことについてどう考えているのかなと。

片野:MITメディアラボでは外国人が高卒で入ってくることってなかなか前例がなかったので受け入れ体制もなくて、制度をハックしたようなところがあって。制度を思ってもみなかった使い方をするのは使う側の自由だと思っていて、自分だったらこの制度をこう使ってみるとか、ハックする視点は重要だなと思っています。あくまでも重要なのは、自分の根本とやっていることがどうつながっているのか考えることなのかなと。

松島:今日はお二人から本質や根本という言葉が出てきましたが、そこに気づくための感度が今日1日のテーマだったのかなと思います。いまの片野さんのお話を踏まえると、働くこともこれからはどんどん自分たちが選んでいくようになるのかもしれません。そんな変化のなかでウェルビーイングを実現していくとすると、個人がどんどん自分たちの選択を続けていくなかで企業はどのように価値を提供しあえる関係を築いていけるでしょうか。

佐藤:最近私たちのなかでもよく議論しているんです。以前よりも会社と社員は対等になっているので、会社が整える環境や制度もそれで社員を縛りつけるのではなく余地みたいなものがあって、それをどういうふうに使うかは社員の自由なのかなと思っています。そこから新しいイノベーションが出てくると会社と社員の関係も変わってくるし、社員の方が主体的になっていくんじゃないかなと思っています。

江村:今日は大変いろいろな話を聞かせていただいて、ぜんぜん第1回が終わっていない気分ですね。今日お集まりいただいた方々とのお話にも十分多様な視点が内包されていましたが、大企業の視点から考えると、実際の企業や社会はもっといろいろな人々が集まって成り立っているので、これからはより多くの視点を取り入れなければいけないなと感じます。それはCOVID-19が提示した問題とも通じている気がしているので、NEC未来創造会議1.1回や1.2回として続けていくような気持ちで、今日の内容については議論しつづけていきたいですね。