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「人新世」に豊かな社会をつくるには?──脱成長とコミュニティ・オーガナイジングの可能性(全5記事)

日本人は「政治家が法律を変えてくれれば良くなる」と思いがち 歴史的社会運動の背景にある、「オーガナイザー」の存在

企業にも個人にも「持続可能な社会の実現」に向けた取り組みが推奨される今、実際に私たちができることは何なのでしょうか。今回は、「脱成長」を訴えた『人新世の「資本論」』(集英社新書)著者・斎藤幸平氏と、“普通の人”が社会を変えるための手法を解説した『コミュニティ・オーガナイジング──ほしい未来をみんなで創る5つのステップ』(英治出版)著者・鎌田華乃子氏の対談の模様を公開。本記事では、斎藤氏が『人新世の「資本論」』で伝えたかったこと、日本人が「社会運動」と距離を置いてしまう背景などが語られました。 ※このログは英治出版オンラインの記事を転載したものに、ログミー編集部でタイトルなどを追加して作成しています。

SDGsやCSRが、いまいち環境問題の「根本的な解決」になってない

鎌田華乃子氏(以下、鎌田):今日はよろしくお願いします。

斎藤幸平氏(以下、斎藤):よろしくお願いします。経済思想が専門なので、僕の本ってどうしても、19世紀のマルクスとかの話を引っ張ってきて「資本主義そのものを変えないといけない」みたいな大きな話なので、よく読者から「何かアクションを起こしたい、でも何をしていいかもっと具体的に教えて欲しい」と聞かれるんですよね。その時に『コミュニティ・オーガナイジング』のような本が1冊あると非常に心強いし、僕自身も多くを学ばせていただきました。

最近、僕も労働関係のNPOやFridays For Futureの活動に少し関わってるんですが、日本にはオーガナイザーが少ないし、オーガナイジングの文化もないので、アクションを起こしたいと思っている人たちの勉強会でとても役立つのではないでしょうか。仲間から教えてもらってすぐ読みました(笑)。

『コミュニティ・オーガナイジング――ほしい未来をみんなで創る5つのステップ 』

鎌田:ありがとうございます。そうやって言っていただいて、とてもうれしいです。私が講師をしているエシカル・コンシェルジュの生徒さんが2月ぐらいに、斎藤さんが私の本を薦めてくれてると連絡をくれたんです。

斎藤:そうなんですね。

鎌田:すごくうれしいお知らせで。ちょうどCOJ(コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン)のメンバーが『人新世の「資本論」』を話題にして「これは絶対に読まにゃあかん」みたいな感じで盛り上がってたので。私はアメリカにいたのでKindleで読みました。

私自身、もともと10年ぐらい企業で働いて、7年ぐらいは環境コンサルタントだったんですけれども、SDGsとかCSRのようなものがいまいち根本的な解決になってないなって思ってたんです。根本的な解決をするには、人々が受け身じゃなく自分のことだと思って社会作りに取り組むことがやっぱり必要じゃないかなと。

それでアメリカに留学して出会ったのがコミュニティ・オーガナイジングだったんですけれども、やっぱりアイデアというか、こういうビジョンを目指そう、こういう世界を目指そう、というのが欲しいなと思ってたんです。環境問題について特に。ずっとそう思ってたんですけど、斎藤さんの本を読んで「これじゃん!」って思って。これが私たちが進む世界じゃないかと思ったんです。

日本であまり盛り上がっていない、「資本主義」に対する議論

鎌田:斎藤さんが進む世界を示してくださったのなら、それに向かって何をすればいいかという点は私たちみたいな社会活動家やNPOができることだろうなと。それで一度お話ししてみたいと思って。

斎藤:ありがとうございます。たしかに、今の社会について多くの人たちは、なんとなく「このままでいいのかな?」と思っている。働き過ぎで体調崩してしまう、仕事を探してもなかなか非正規の仕事しかない、お金がないので結婚もできない、あるいは結婚できても子どもを持つことができない、老後の不安。コロナ禍もそうだし、環境問題も深刻です。

そうしたなかで、欧米を中心に「資本主義は駄目なんだ」という思想が出てきている。オキュパイ・ウォールストリートから、グレタたちのFridays For Futureまで、これまでのやり方とは違う社会をつくっていこうというシステム・チェンジを求める声があがっていたけれど、日本では全然そういう議論が盛り上がってこなかった。

だから、僕は今回、『人新世の「資本論」』で、資本主義じゃないような、でもみんながもっと豊かになれるような社会がつくれる可能性はあるんだよと示すことで、今の社会に違和感を感じている人たちに、この違和感は正しいんだと感じてもらいたかった。

あるいは実際に一つひとつの現場で社会運動の取り組みをしている人たちにも、1つのイシューで終わるんじゃなくてシステムを変えていくんだと思えるような、共通のビジョンみたいなものを出したかった。なので、いま鎌田さんにそう言っていただけて、1つの目標が達成できたかなという気がしています。

鎌田:ほんとにそう思います。

『人新世の「資本論」』

信じていた経済成長が、むしろ貧富の差や環境破壊を生んでいる

鎌田:斎藤さんが今回の本で提示しているビジョンを、本を読んでない人も分かるようにちょっと説明していただけませんか。

斎藤:はい。今までの社会では、基本的に僕らは経済成長をすることで豊かになることをずっと信じ続けてきたわけですよね。だけれども、資本主義というのはどんどん利益のために膨張していくわけです。

その結果、僕たちは豊かな社会で何でもいつでも手に入る、何でも安く手に入る生活をしているけれど、実はその裏では中国やバングラデシュとか、ラテンアメリカとかアフリカとかで非常に劣悪な環境で働かされている多くの人たちもいるし、そうした地域で環境破壊も進行している。

それでいい、そんな遠い人たちの問題も経済成長が解決してくれる、と僕らは信じてきたわけですけれども、気候変動やコロナ禍など無限の経済成長を追い求めることの負の影響が、先進国にいても無視できなくなっている。例えば、世界には安い労働力を切り開いていくようなフロンティアがなくなったので、国内においても非常に劣悪な労働条件で働かされている人が出てきてしまっている。

そうなると、今ではむしろ経済成長だけを求めることのコストのほうが大きくなってきている。多くの人たちは、むしろ経済成長のせいでますます生活が不安定になったり、貧しくなったり、あるいは自然環境破壊の負の影響を受けるようになってきたりしてしまっているんですね。

だとすれば、むしろ経済成長にどこかで歯止めをかけて、GDPの成長では必ずしも計測できなかったものや周辺化されてきたもの、例えば地球環境とか幸福度とか、ジェンダー平等とか、そうしたものに重きを置く社会に転換して、今ある富をシェアするような社会にしていく。

そのために労働時間を減らすとか、競争を制約するとか、「コモン」と呼ばれる公共財を増やしていくことをやったほうが、多くの人々の生活は安定するし、豊かなものになっていくし、さらに言うと持続可能な社会に切り替わることができる。長期的には僕らの生活はもっと安定して、世界的に見ても公正な社会になっていくのではないか。そういうことを書いています。

グレタ氏らの主張で気付いた、システムチェンジの必要性

鎌田:この本を出す前、ここまで反響があると思ってましたか?

斎藤:正直、「脱成長」という言葉と「コミュニズム」──僕はマルクスにならって「コモンに基づいた社会」を「コミュニズム」と言ってるんですけれども──そういった言葉は非常に人気がない。

「脱成長」は経済成長の恩恵を享受した団塊の世代が無責任に言うことだ、という批判がしばしば就職氷河期世代の人からなされていましたし、ソ連の崩壊後に「コミュニズム」が必要だと公に言う人なんてほとんどいない。この批判されてばかりの概念を2つくっつけて、擁護するんだと決意するまでに、結構時間がかかりました。

鎌田:うん。

斎藤:どこかでもっと持続可能な経済成長が新技術によって可能になって、万人が豊かになっていく可能性を、僕自身も捨てきれていなかった。けれども、この2年ぐらいで気候変動問題が極めて深刻化していることを、いろいろ文献を読んでいく中で痛感しました。

あとはグレタ・トゥーンベリたちの主張、訴えに真剣に耳を傾けると、やはり既存のシステムの中での解決策はない、だったらシステムチェンジをしなきゃいけない、と。彼女たちの世代に持続可能で公正な社会を残していこうと考えるなら、技術楽観論や経済成長楽観論みたいなものとはしっかりと決別して、別のビジョンを示さなきゃいけないんだと気付かされました。

コロナで露わになった、グローバル資本主義の残虐さ

斎藤:それで「脱成長コミュニズム」を打ち出したんですけれども、結果としては、思ったより批判されなかったですね。

タイミングも大きかったと思います。コロナでグローバル資本主義の残虐さとか問題点がすごく現れてきたと思うんです。ウイルスもすぐに広がってしまうし、新自由主義で医療保健体制が脆弱になっていて、弱者が困窮していく。その一方でビリオネアたちは資産を増やしていく。そんなグロテスクさが露わになった。

鎌田:そうですね。出版したタイミングが素晴らしかったですね。

斎藤:コロナ禍で、自分自身の生活も大きく見直す機会になって、今では「脱成長コミュニズム」しかないと確信しています。結局、自分は恵まれていてテレワークもできるし、収入も保証されていた。でもテレワークの生活が可能なのは、エッセンシャルワーカーのおかげです。今は、だからこそ、象牙の塔にこもらずに、より積極的に発信していきたいと思っています。

鎌田:そうなんですね。ご自身の振り返りも話してくださり、ありがとうございます。

「技術楽観論」を見直したきっかけは、福島の原発事故

鎌田:気候変動に関心を持ち始めたのはいつ頃だったんですか。

斎藤:僕が大学に入ったのはリーマン・ショックの前ですけれど、日本でも派遣村(注:「年越し派遣村」。2008年の年末に東京都千代田区の日比谷公園に開設された生活困窮者のための避難所)とかができたように、当時から格差や非正規雇用の問題はあったので、格差問題への関心がありました。

けれども、一つの転機となったのは東日本大震災です。福島の原発事故を前にして、技術で問題を解決できるんだという技術楽観論みたいなものを反省するようになりました。原子力というのは、無限の経済成長を追い求める中で膨大なエネルギーを使うようになって出てきた矛盾の一つだと思うんです。

鎌田:うん。

斎藤:そのとき僕はドイツにいたんですけど、マルクスであればどう原発を批判するのかという観点から、山本太郎さんと一緒にDVDを作る仕事をしたりして、限定的ですけれど日本の反原発運動にも関わるようになって。人間と自然の関係性を原子力みたいな凶暴な技術を使って媒介しようとすると矛盾が生まれてくる、という話をマルクスを使って考えようとしたわけです。

その延長で、化石燃料を使ってどんどん膨張していく資本主義が、人と自然の関係性をさらにどう歪めていくのかを、気候変動の観点から分析するようになった、という感じですかね。

鎌田:気候変動問題について前からかなり関心をお持ちだったんですね。

『人新世の「資本論」』は、博士論文のリベンジでもある

斎藤:そうですね。ただ僕の専門はマルクスの草稿研究なので、研究対象は19世紀の文献学的な世界なわけです。前著の『大洪水の前に』では、マルクスが実は環境問題に関心を持っていたという話を草稿やノートを研究して示したんですけど、そういう研究に関心がある人なら興味を示しますけど、一歩外れると、だから何なの? というリアクションですよね。

マルクスが環境問題に関心を持っていたのは分かったけど、だから何? それ19世紀の話でしょ? みたいな。僕はすごく悔しかったんです。だって博士課程の、青春というか20代をかけて研究したのに、それに対するリアクションが「だから何?」って、むかつくじゃないですか(笑)。

鎌田:むかつきますね、それは(笑)。

斎藤:そういう話じゃないんだと。マルクスのエコロジーを理解することで、現代の問題についても一つの解決策というか、大きなビジョンを示すことができるんだ、ということをやりたいなと思って。それで現代の気候変動問題と資本主義を分析したのが『人新世の「資本論」』です。今回は多くの人たちに関心を持ってもらえたので、自分としては一つのリベンジじゃないですけど、良かったかなと。

鎌田:花開きたり。今私は博士論文に取り組んでいるので、すごく共感しますね。

斎藤:わかるでしょう!

鎌田:読んでいて、斎藤さんがものすごく勉強されてるのが伝わってくるんです。原文も読んですごく研究された上で言っていることが分かるので、だから強い説得力があるんだなとひしひしと感じて、私もこのくらい頑張らなきゃと思いながら読んでいました。私は歴史研究じゃないから少し違うとは思うんですけれども、博士課程の先輩として素晴らしいなと思っていました。

日本人はなぜ社会運動と距離を置くのか?

斎藤:鎌田さん、今博士課程では、どういう研究をされてるんですか。

鎌田:私自身は、今まではコミュニティ・オーガナイジング・ジャパンでの活動や、ジェンダーの平等を目指して「ちゃぶ台返し女子アクション」という団体を立ち上げて、性犯罪の刑法を110年ぶりに変えるといった活動を頑張ってやっていました。

日本は曲がりなりにも民主主義の国なので、効果的に運動すれば効果はあると自分でも動いてみて実感したんです。でも、人々は参加してくれないんですよね。応援も少ない。特に法律とか大きなものを変えるとなると、みんな尻込みするというか、そんなの変えられるわけない、みたいになっちゃって。

だから、特に日本において、人がなぜ社会運動と距離を置くのか、それはどうやったら乗り越えられるのか、というのが気になって。実践だけだと限界を感じていたので、一歩引いた形で実践を研究して、実践にも還元ができればと思っています。

今は、2年ぐらい続いていて日本全国に広がっている「フラワーデモ」という性暴力に反対する運動について、それがどうして起きたのかを、参加者の方や日本各地で立ち上がった方、70人ぐらいに話を聞いて分析することをやってます。まだインタビューしてる最中で、これから書き起こして一生懸命分析をするという感じです。

斎藤:僕もアメリカの大学に4年間行ってたんですけれども、コミュニティ・オーガナイジングという言葉自体、アメリカではとても一般的ですよね。

鎌田:ウェズリアン大学に行ってたんですよね。

日本に根付いていない、オーガナイザー(まとめ役)の存在

斎藤:そうです。なので、NGOとか、NPO、労働組合とかもですけど、オーガナイザーがいて、広げていこうという運動がごく普通にある国と、日本のようにそういうものが根付いていない国には大きな差があるなと感じていて。

今、欧米とかで盛り上がってるいろんな運動、サンダース旋風もそうだし、コービノミクスとかBlack Lives Matter(BLM)とか、ああいう運動って、日本では、サンダースみたいな誰かすごいリーダーが出てきて社会を変えたように見えちゃうんですよね。

鎌田:うん。

斎藤:僕らはそういう政治のあり方しか知らない。小泉さんや橋下徹さんが出てきて熱狂するみたいなビジョンしかないから、サンダースもそれの左派版みたいなイメージ、山本太郎さんみたいな感じに見えちゃう。

けれども、実はあの下にはオーガナイザーの人たちがいっぱいいて、そのボトムアップの結果なわけですよね。それがないとああいう運動はつくっていけないのに、日本はどうしてもポピュリズムの誘惑から抜け出せない。僕はこれを「政治主義」と呼んで批判してるんですけど、政治だけでひっくり返せるんだというようなビジョンが根強くて。とにかく政治家たちが法律さえ変えてくれれば良くなるんだ、みたいな話になってしまいがちです。

具体的にどうやって変えていくのか、あるいはアメリカとかではどうやっているかが、この鎌田さんの本を読むと日本の人たちにも分かってもらえるのかなと。一見遠回りに見えるけど、まずコミュニティ・オーガナイジングがないと社会は変えられないということが伝わってほしいです。もちろん、日本ではそのハードルが高いわけですが。

鎌田:高いですね。すごく高いですね、ほんとに。

「お母さん食堂」問題から見る、若者・女性の声の届きにくさ

斎藤:これは日本の特殊性なんですかね。僕もよく言われるんです。グレタとかが出てくるのはヨーロッパだからでしょう、みたいに。

鎌田:でも、日本にも田中正造とかいましたよね。ちょっと古いですけど。

斎藤:確かに。

鎌田:最近は高校生が気候変動とかの課題に対しての活動を頑張っていたりもするので、これから出てくるとは思うんですけれども。若い人が声を出しにくい国でもありますよね。

この前もファミマの「お母さん食堂」というものに対して、高校生が署名運動を立ち上げたんですよね(注:性的役割分担の固定化を助長するとして名称変更を求めた)。それを「分かってない若者の分際で何を言うんだ」と、大人たちが潰してしまったことがあって。

日本で活動的な若い人が出てこないことを批判するのであれば、社会の主構造をつくってる大人たちがどのぐらい若い人たちの声を尊重してるのかを問いたいなと私は思いますね。アメリカやヨーロッパでは若い人でも発言が尊重されるし、一人の人間として尊重されてるなと思いますし。日本の場合、「女・子どもは半人前」という扱いがあるので、なかなか若者や女性の声が届かないなというのは本当に思いますね。

キング牧師の公民権運動にも、オーガナイザーの存在があった

鎌田:先ほどおっしゃってくれた、コミュニティ・オーガナイジングは一見時間かかるけどそれが大事だというのは、ほんとうにそうです。キング牧師の公民権運動も、10年、20年かけてオーガナイジングしたわけですよね、地道に。

斎藤:そうですね。

鎌田:たまたまキング牧師が若くてスピーチがうまかったから中心的なリーダーになりましたけど、彼の周りにどれだけのオーガナイザーがいたか、どれだけ地道にオーガナイジングしてコツコツみんなを勇気付けてきたか。計り知れない努力があるんですけど、それがなかなか伝わらないなと思いますね。陰には女性のリーダーもたくさんいましたし。

斎藤:そうなんですよね。ローザ・パークスも、ちょっと疲れてて足が痛いから座ったことから運動が始まったみたいに思われちゃうんだけれども、そうじゃなくて実際には何カ月とか1年ぐらいにわたって黒人地位向上協会と計画を練っていったわけですよね。

だから、一見自然発生的に起きたように見える運動で、そこにキング牧師とかローザ・パークス、グレタのように象徴的なリーダーがいたとしても、同時にその運動に向けてすごい勉強をしたり、オーガナイジングをしたり、準備をしたりしている人たちがたくさんいたからこそ、それは起きたんですよね。そういうのなしに、いきなりアクションを起こしても変わらない。

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