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AUTHOR'S TALK #05「産業医が見る過労自殺企業の内側」(全7記事)

「死ぬまで働け」「…どこまで?」 過労自殺の一因と考えられる上司部下の“間合い”

「働き方改革」のヒントは産業医が握っている? BOOK LAB TOKYOの「BOOK LAB AUTHOR'S TALK」で、30社以上で産業医を務める大室正志氏によるトークイベント「産業医が見る過労自殺企業の内側」が開催されました。そもそも産業医の成り立ちや立ち位置は? 産業医から見た「社員に負担をかけ、自殺に追い込みかねない会社の構造」とはなにか。『産業医が見る過労自殺企業の内側』を出版した大室氏が産業医の立場から、企業に共通する構造や問題点を赤裸々に語りました。

今の時代、ご恩と奉公のマネジメントはワークしない

西村創一朗氏(以下、西村):(新人研修などで徹底的に厳しく、時々優しくする)そういった洗脳プロセスを経るとどんないいことがあるかと言うと、シンプルに上司あるいは上層部がやれと言ったことを「はい、わかりました!」とやるようになります。

コマンド・アンド・コントロールのマネジメントが効いていた時代、とくに人口ボーナス期で人口がどんどん増えていき、上が決めたことをやり続けるということが生産性を生む、GDPを生むという時代においては、ある意味すごく合理的なマネジメント方法だったじゃないですか。でも、今はもう違いますよね?

大室正志氏(以下、大室):家、車、家電など作るプロダクトがあって、「それをみんなで世界を含めて売ってこい」というね。やり方としては確かにそういうやり方が、ある種の合理性はあったのかもしれませんね。

西村:ただそれがもう違っているというか、もっと言うと昔の時代、僕が生まれたころにはもうバブルが崩壊していたわけですが。

昔は御恩と奉公の関係性が企業と個人の間に成り立っていて、長時間文字通り滅私奉公で土日もなく平日は終電までひたすら働く。副業も禁止でとにかく会社に尽くします。

その代わり終身雇用年俸賃金というご恩が得られます。ある意味、幸せな関係が築かれていた。だからきっと80年代90年代までの会社員はそういうかたちで働いていてもとくに苦にはならなかった。なぜなら会社が人生を保証してくれるから。

ただ、今はもうご恩がなくなってしまっていて、滅私奉公が奉公じゃなくてただの搾取になってしまっているという構造において、「昔と同じようにコマンド・アンド・コントロールでやれと言われたことをやるのが新人だろう」みたいな働かせ方ではワークしないというのにもかかわらず、そこにみんなが気づいていない。いまだに高度経済成長の御恩と奉公の時代のマネジメントを若手にしちゃっている。

その結果として起きたのが電通の事件なのではないかと。

時代の変化に、人間の中身や文化は遅れをとりやすい

西村:そんな話を実はもう辞められた電通の元役員の方とも話をしていたのですよね。僕らの時代はもっと長時間だったけど、それは不利にならなかった。なぜなら……という話をしていたのですが。

そのあたりをどう感じますか? 中にいらっしゃる立場から。

大室:やっぱり人間には、いまだに方言があるじゃないですか。これだけテレビでみんなが標準語をしゃべっているのに、山形などに行くと「ん?」とたまに聞き返すことがあるじゃないですか。

どうしてかと言うと、要するに駅前のパルコのようなハード面はけっこう簡単に変わるのですが、人間のソフト面はそんなに簡単には変わらないのです。これだけ標準語をテレビで聞いてる人でも、方言というのはなかなか治らない。ソフト面、文化面を変えるというのは、かなり大変なのです。

今、環境自体は変わっているわけですね。環境が変わり、そこに対するハードウェアも変わってしまったのですが、ソフトウェアや文化はだいたい遅れてついてくる。そこで今、タイムラグの端境期にいるというイメージですね。

例えば研修医。僕らが研修医のときは、お医者さんもある意味ちょっと鼻っ柱が強い人が多かったんですね。ある種の全能感というか。僕らがたぶん最後の世代だったので、こういう言い方はそもそもが良くないという前提で聞いてほしいのですが、よく言われたのが「士農工商〇〇……犬猫ねずみに研修医」と言われていたのですよ。

要するに、研修医のときに「お前らが一番下だ!」と。

西村:すごい(笑)。人権どころか。

大室:人権なんかない。でも、これね。真顔で受け取ると、人格に触れるパワハラの基本のキから破っているじゃないですか。ひどいんです。

ただその一方、医学生はだいたいがプライドが高い。でもそこまで言われると、失敗しても「まぁ俺、ねずみ以下だからな」と思うじゃないですか。だからなにもできない、病院に出たら看護師さんに教えを乞う立場の研修医をあらかじめ救っているという側面もあるんですよ。

もちろんこの言い方は今ならアウトなのは言うまでもないですが。

西村:なるほど、なるほど。

大室:救っている部分もある一方で、これをやり過ぎてしまうと、僕らはそうは言っても先生を入れて4人チームなどで阿吽の呼吸がギリギリ伝わるくらいのところでやっているわけですね。医者はまだ恵まれていて、指導医と研修医の子弟関係が濃厚ですから、しっかりとした指導医なら目が届きやすい。

「死ぬまで働け」「……どこまで?」に見る文化の違い

大室:僕、一番似ているなと思ったのはマッキンゼーなどのコンサルです。チームが少ないのです。たぶん、5人学級くらいなのですよ。上の人から見ると。

その中でけっこうきついことを言うのですが、言われている側をここをクリアすればキャリアアップが見込めるという「希望」とセットです。また医者も新卒の戦略系コンサルの方なんかも「最悪、辞めてもなんとかなるだろう」という思いがある。だからそうした文化だということを覚悟してきている。

ただ、これが20人などになってきたときに、今まで体育会系でやってきたからいいですが、例えば「体育会系未経験。大声さえも出されたことがない」という女性社員が入ってきた場合。そのときに、やっぱりその言葉がかなり重く響いたりしますよね。

やっぱり言葉は、僕はよく言うのですが、日本人は比較的同質性が高い民族なので「こう言えばどういう意味か」がだいたいみんなわかりますよね。ダチョウ倶楽部が「押すな押すな」と言えば、どういう意味かだいたいわかるじゃないですか(笑)。

体育会系の人が「死ぬまで働け」と言えばどのくらい働けばいいかもわかるわけですよ。でも「死ぬまで働け」と言ったときに、体育会系じゃなかった女性社員は「どこまで?」と思いますよね。

そのように、ぜんぜん今までの文化体系と違う人間が入ってきた場合に、そうした言葉使いは非常に、知っているもの同士であればすぐに断ってインフレになるのですが、それが起きているのかなと思います。

おじさん上司は女性部下への接し方に悩んでいる

西村:まさにそうですよね。この本にも書かれていたじゃないですか。冒頭の2章のところですね。「なぜ起こったのか」というお話の中で、「女子力がない」というような。

そうした発言などは「パワハラだしセクハラだよね」ということを書いているのも、きっと発言している側の上司にはそんなつもりはない。むしろかわいがっているつもりでいるのですが、言われた女子からすると本当にショックだし、もう「セクハラだ」と思うわけですよね。それも、今の話に通ずるのですかね? 

大室:そうですね。やっぱり男性の、とくに大きな会社ですね。今50代や40代くらいの人たちは、女性の総合職の人とどう接していいのか、その「間合い」を測りかねているイメージがあります。

西村:本当に悩んでいますからね。

大室:うん。どうなのか。ただP&Gのように、そもそも女性が半分くらいが当たり前の会社というのがまだ非常にめずらしくてですね、女性とどう接していいのかわからない。

ちょっと前はですね、一般職と総合職が分かれていて、昔の会社では……僕、この間どこかで50代くらいの人に聞いたときに「うちの会社で、俺が20代ぐらいの若い頃には、なんかの余興のときに女性社員全員にレオタードを着せていたよ」と言っていましたからね(笑)。そんな時代かよと。

西村:ヤバイ(笑)。

大室:今であれば炎上案件だぞと言って(笑)。やっぱり、そうしたことがありましてね。

仕事で差をつけられたくない、でもデート代は奢ってほしい

大室:結局、女性社員と接するときはだいたいですね。よくあるパターンは体育会系が強い会社。女性社員にとって接しやすい……どうですか。女性社員とどうやって接しますか?

会場:あまりセクハラにならないように、一応女性社員ということで接します。

大室:どうですかね。どんなふうに接してほしいですか?

会場:(笑)。でも、あまり(仕事で)差をつけられるのもかえってイヤかなと。

西村:そうですよね。

大室:ではデートのときも差をつけずにワリカンをしてほしいタイプですか?

会場:それはちょっと……(笑)。

(会場笑)

大室:これがどうして難しいかというと、女性も一枚岩じゃないんですよ(笑)。

西村:そうですね(笑)。これは本当に。

大室:今のこれがまさに象徴的で、仕事で差を付けられる。でもこれはさっき言ったように、トレードオフなのですよね。

仕事では男性の方が責任が重いし、稼ぐからデート代を出す……それがいいとは言いませんよ。ただ昭和の男性はそれを疑っていなかった。けれど今は、女性の方が責任も稼ぎが多い人もめずらしくありません。また、地位も稼ぎも上でもデートでは奢ってほしい女性も依然として一定数存在する。

その一方、すべてフラットに扱ってほしい女性も存在する。女性もその部分に関しては個人としても集団としても、アイデンティティが完全に統一されているわけではないのですよ。

この間、酒井順子さんの『男尊女子』という本を読んだのです。酒井さん周辺のキャリア女性の中にもそうした部分があり、「男のくせにデートでケチんのかよ」と言っちゃうわけですよね。

それでも「女のくせに」ということで逆を言うとすごく怒るわけですよ。でも、これというのは実はかなりセットであったりもするのですが、これが別に悪いわけではなくて、今、そのようにアイデンティティが揺れるような時期なのかなと思います。

“キラキラ高学歴女子”をどう扱うか

大室:そして、男性も揺れています。その中でなにが起きるかというとですね、女性。昔で言うと土井たか子さんといった、鉄の女のようなイメージです。ああいった人はいいのですが、接するときは昭和の男性は「名誉男子」として扱ったわけです。

くり返しますが、それを肯定しているわけではありません。

(会場笑)

昔でいうところの、そうしたかたちでも、男として普通に。それはそれでいいとして。

一方、一般職の女性は今でいうキラキラ女子として「今日は女の子は帰っていいよ」というような。いわゆるそうしたおじさんもいました。未だにちょっと油断すると女性社員のことを「女の子たち」と呼んでしまうオジサンいますよね。これは昭和時代、女性は一般職が多かった時代の名残です。

そんな時代はある種、女性をマスコットとして扱うオジサンが多かったですし、それで社会も今ほどは問題を感じなかったわけです。

ところが最近は、普通に綺麗で普通に高学歴で普通に仕事ができる。こんな女性が増えました。キャリアもピカピカ。だけど物腰はキラキラ女子といった風情。一昔前はキャリアウーマンというと好戦的なイメージでしたが、そんなタイプばかりではありません。ただ男性としてはこういうタイプをどう扱っていいかわからない。

だから電通のように、男子校の部室のように会社の中で下ネタが飛び交っているような会社の中に今、キラキラ高学歴女子が登場すると難しいのですね。簡単にいうとスゲー美人な女芸人が来たときに、吉本(新喜劇)の先輩芸人はどうするか。女優さんのように綺麗な芸人が後輩として来たときにどう接するか。

西村:難しいですね。

大室:女芸人の接し方はここ20年で学習したように見えます。

逆に言えば、男性芸人の中で浮かない人だけが女芸人として生き残れたとも言えます。あと、女優さんに関しては適度に持ち上げながら、適度に距離をとって接する。ただ、難しいのは後輩にめちゃくちゃ綺麗な女芸人が来たらどうしようかと。

この感覚はたぶん、今の男性社員に多い。よく接し方というのはあくまでですね、人間の性格ではなくてスキルなのですよね。型なのです。

これまでとは違うコミュニケーションが求められている

大室:テレビはある種コードがあるじゃないですか。太った女芸人が来たらイジるべきだと。僕はぜんぜん良いことだと思っていませんし、しかも、そうしたベタなことは嫌いですが、良くも悪くもそうした型があるわけですよ。上の先輩もそうしているからそうすればいいと。

そのときに、たぶんですが、電通に東大出身の女性が来たとき「あっ、こいつは男性(芸人)側として扱おう」と思われたのではないかと。

西村:なるほど。

大室:そうなってくると、一応イジるという「お作法」があるので「女子力ないね」「お前の残業は意味がないから」といった感じのことを言うわけですよ。

でも、女子力ないと言われたときに、それはある種の体育会系男性同士くらいの言葉であればいいのですが、まともに受け取る人には「朝1時間早く起きてメイクして来い」だと思われてしまったら、かなりかわいそうですよね。

アメトーークで行われているような、お互いの「顔デカイ」「デブ」「ハゲ」を絶妙なタイミングでいじり合うカルチャーは、信頼関係がある中である種のお作法を理解しあった同士が好きで参加するのはいい。しかし、そんなつもりがない人がデブハゲとか言われたら不愉快じゃないですか。

だから、そのように同質性が高いところは、軍隊などもそうなのですが、アメトーーク的な阿吽の呼吸が通じるから楽なのですよ。自分の言葉を部下が意図通り受け取ってくれるから。だいたいどんな意味かわかってくれるところは楽なのですが。

しかしちょうど今、世の中的にダイバーシティが推進されている最中じゃないですか。それで今までの既存組織のインナーサークルにも、これまでとは違ったコミュニケーションが要求されることを会社側も深く理解していなかったのではないでしょうか。

OJTと言えば聞こえが良いですが、少々「雑」だった気がします。これがある種の悲劇だったかなと。

西村:いやー、本当にそうですよね。

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