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恐怖体験のプロデュース (全8記事)

「ミッションがお化けとの距離を縮める」お化け屋敷プロデューサーが“赤ん坊地獄”で仕掛けたもの

各業界の第一線で活躍するプロデューサーを招いて行われるセミナー講座「PRODUCERS CAMP TOKYO」で1月28日、お化け屋敷プロデューサーの五味弘文氏が登壇しました。主催はリクルートホールディングスの「Media Technology Lab.」。従来の「怖い空間をただ歩く」が主流だったお化け屋敷を変えたいと考えた五味氏。そこで思いついたのが、観客を登場人物に変える「劇場型お化け屋敷」。その発想を活かして誕生した「赤ん坊地獄」には、どういった仕掛けが用意されていたのでしょうか。

赤ちゃんを抱いて歩く「赤ん坊地獄」

古川央士氏(以下、古川):他のプロデュースにおいても「新しい技術とかテクノロジーをとりあえず取り入れればいい」というわけじゃなくて、取り組む領域によって「アナログなものであろうが最新のものであろうが、合ったものを選ぶ」が大事なのかなという気がしましたね。今のお話を聞いていて。

五味弘文氏(以下、五味):そうですね。合ったものっていうか、本質的に合ってるかどうかですよね。お化け屋敷も「いろんな技術を取り入れたら」っていう話もあり、いろんな提案を受けるんですけれども。

古川:そういうチャレンジもされている?

五味:チャレンジもしますね。話をもらったりもしますけど。いろいろ考えていくと「いやいやそれはぜんぜん本質的じゃないから、やってもしょうがない」っていうことは、けっこう多かったりします。

古川:先ほどちらっと見えたのは、どういう内容だったんでしょうか?

五味:これは96年ですね、「赤ん坊地獄」というお化け屋敷です。

古川:今日はなんと、素晴らしいものが(笑)。

五味:そうですそうです。

古川:赤ん坊が(笑)。

(会場笑)

古川:わざわざ持ってきていただいた(笑)。

五味:これは「赤ん坊地獄」なんですけれども……「地獄なんですけれども」って(笑)。こういった赤ちゃんを抱いて歩くお化け屋敷。それが赤ん坊地獄というお化け屋敷だったんです。

古川:今回の課題のテーマにもなって。

五味:あ、そうですね、そうです。

赤ちゃんの存在で観客とお化けの距離を縮める

「赤ん坊地獄」には、それまでなかった2つの要素が入っています。

1つはストーリーですね。それまでのお化け屋敷って、ストーリーがそこまで重視されてなくって、脈絡のない怖いシーンを見て歩くというスタイルが一般的でした。例えばお岩さんがいて、その隣にはろくろ首がいて、さらにその隣にはドラキュラがいたりします。そんな風に、怖いものが脈絡なく並んでいました。

古川:並べてある。それを見て歩く。

五味:見て歩く。そこに脈絡がないじゃないですか。そうじゃなくて、「1つのストーリーを作りましょう」と。ストーリーを作って、それに沿って一つひとつのシーンを見て歩く、体験していくスタイルができたらおもしろいかなと思ったんです。

これは僕が演劇をやっていた経験から、素直に発想しちゃったことでした。お芝居を作るんだったら、当然ながら最初に脚本があって、脚本を元にしながら役者がしゃべり、演出を付けていくのが普通の流れです。

だから、ストーリーがあると言うことは当たり前のことでした。今にしてみれば、それは今までになかったものだったんです。けれど、それ以降お化け屋敷を作っていくなかで、ストーリーの重要性が見えてきた。

古川:今の感じがそうですよね。

五味:そうですそうです。現場で見てると、お客さんって、怖いものがあると当然、そこから遠ざかろうとするんですよね。

古川:避けたいですよね。

五味:避けたいですよね。こう通ってほしいのに、ここに怖いものがあると、それを避けるように通られちゃったりする。でも、それだと楽しさを十分に味わってもらえないじゃないですか。

それじゃあしょうがないから「遠ざかっているものに、なんとか近づけたいな」って思うわけですよ。そうしたら「そこでなにかしなければいけない」ことを、お客様に与えておく。そうすれば、そこに近づいてくるんじゃないか。

古川:必ずやんなきゃいけない。

五味:それをずっと、入り口から出口までやることができないかなと思って。この赤ん坊を入り口で渡して「これを出口にいるお母さんまで届けてください」というミッションを、お客様に与える。そうすると、この赤ちゃんを狙って、奪おうとして、お化けが襲い掛かってくるんですよね。

それまでは、お客さんはいっぱいいるなかの1人っていう感じだから……なんていうんですかね。学校のクラスで先生から怒られていても、「自分のところには来ないかな」と思うじゃないですか。それと同じように、たくさんいる中の1人という感覚だったんです。

けれど、赤ちゃんを持つことによって、必ず自分にお化けが襲ってくることになる。つまり「おいお前」って常に言われてる状態ですよね。そうなると、一気に、気持ちが違ってくるじゃないですか。

さらに、役割として「この赤ちゃんを守らなきゃいけない」という気持ちが生まれてくる。そうするとどんどん、物語と自分との距離が縮まってくるんですよね。自分はなにかの役割を担って、その役割を完遂することによってストーリーも完結することになりますから。

そうすると、「自分もその世界の重要な登場人物である」という意識になっていくんですよね。それまでのお化け屋敷は、見て回るスタイルだった。そうじゃなくて、自分がその世界と非常に強く密接に結びついて、重要な登場人物として動く。すると、お化け屋敷はまったく違うかたちのものになっていく。

古川:それが「展示型から劇場型へ」ですね。

五味:展示型から劇場型、つまり見て歩くだけの展示型から、自分が登場人物のように振る舞う劇場型に変化していった。

お客さんの気持ちを動かすことがエンターテイメント

今まで話してきたのは3つの要素です。1つはキャストですよね。1つはストーリーで、もう1つはミッション。キャストがいてストーリーがあるって、これもうほとんど演劇ですからね。

その演劇的な世界の中に、ミッションという1つの仕掛けを作ることによって、お客さん自身もただの観客ではなくなる。その世界に入って、つまり舞台の上に足をちょっと踏み入れてしまう。そういう人物になることで、劇場型という言い方をしています。

古川:それで劇場型なんですね。そういうふうに変えてきたのが、今エンターテインメントとしてだんだん成熟してきている。「これ具体的にどういうことかな」って思っていて。先ほど会話させていただいたときに、「お化け屋敷は作ろうと思えば作れる」と。

例えば学園祭でお化け屋敷を作ってみたり、単に暗いところに物を置いてみたり、というようなお話もあったかと思うんですけど。そういうことではない、エンターテインメントとして完成されたものになりつつある、昇華されつつあるということなんですかね? お化け屋敷という業界、エンターテインメントとして。

五味:エンターテインメントという言葉の規定の仕方だと思うんです。今のお話のように、お化け屋敷って誰でも作れるんですね。本当に誰でも作れちゃう。僕が小学校のときに、自分の家でお化け屋敷を作ったんですけど(笑)。

(会場笑)

五味:学園祭でも作れちゃうし。じゃあ「それがお化け屋敷じゃないか」と言ったら、ぜんぜんそんなことはない。僕が作るのもお化け屋敷だし、子供が作っているのもお化け屋敷なわけですよ。全部お化け屋敷なんですけど、「それがエンターテインメントかどうか」に関して言うなら、そのへんの区分が微妙なんです。

エンターテインメントは、作る側が「こういうふうにしたら、体験したお客さんはこういう気持ちになるだろうな」と考えながら作っていって、そしてそれを見たり体験したお客さんが、その通り、あるいはそれを超えるように、なんらかのかたちで感情を動かされる。そういう相互作用のあるものだと思うんですよね。

単純に暗くして、怖いお化けを置いて。それはそれで怖いですけども、それはエンターテインメントと言うには乱暴な感じがするんです。もっと戦略的に組み立てていって、それをデリケートに、お客さんの気持ちのヒダに入るようなかたちで作っていき、それを積み重ねることによって初めてエンターテインメントと呼べるようなものになる。

……その1つの方法として、さっきお話をしたキャスト、ストーリー、ミッションっていうのがあるんですけども。そういう方法を使いながら、お客さんの感情を揺り動かしていく。そして最終的には「怖いだけじゃなくて楽しいんですよ」という状態に、お客さんを連れていく。

単に怖がらせて終わりじゃなくて、最終的に「楽しいですよ」に誘導していく、意識的に誘導していくんですね。お化け屋敷は昔から連綿とあったにも関わらず、意識的にやっている方が少なかった。

それを意識的に行うことによって、今のような時代……さまざまなエンターテインメントがある時代の中でも、楽しめるものとして、成熟させていくことができるのです。そこで成熟させていった1つのかたちが、今作っているものだと思っています。

お化け屋敷は「負荷をかけるエンターテイメント」である

古川:「なぜ今エンターテインメントとして成熟させていくのか、お化け屋敷が求められてるのか」で、事前に会話させていただいたときに「特殊だよ」って話がありました。

それは劇場型にも繋がると思うんですけど、「自分がわざわざ身体を動かして体験するエンターテインメントである」と思うんです。「特殊なエンターテインメントとしてのお化け屋敷」という点で、なにかお考え、ポイントはありますか?

五味:特殊さっていうのは、身体性とか……「負荷をかけるエンターテインメント」というところにあると思うんです。普通のエンターテインメントは、お客様の負荷をいかに軽くするかに心を砕くんですが、お化け屋敷では、いかに心に負荷をかけるか、いかにストレスを与えるか、ということを考えます。

お化け屋敷の場合は、恐怖とか不安がそのストレスにあたるんです。似たようなものに、リアル脱出ゲームがあります。リアル脱出ゲームでは「解けない謎」がストレスにあたるんですね。こういう負荷を与えるエンターテインメントは、かなり特殊なものです。だからこそ、負荷から解放された瞬間の喜びは大きい。他のエンターテインメントでは得られない喜びがそこにあるわけですよ。

「身体性」っていうことを話しかけましたが、これも負荷の1つです。今の世の中は身体性をどんどん失っている時代で。エンターテインメントもまさにそうです。そもそも暑い夏に、電車に乗ってわざわざ出かけてお化け屋敷に行って楽しむなんて、労力がかかりすぎます。別に外へ出なくてもいい、冷房の効いた家の中で……。

古川:映画でも観て。それも、エンターテインメントですもんね。

五味:映画でも観て、無料でいくらでも1日遊べますから。そんなことをしてたほうが快適じゃないですか。そんな快適なエンターテインメントって山ほどあるんです。その山ほどある快適なエンターテインメントの中にあって、なぜか負荷をかける、ストレスをかけるっていう……。

古川:ハードルが高いですよね。体験するまでに。

自分が歩かなければ、肉体を使わなければ終わりはない

五味:そういうことをやると、なぜか知らないけれども、そこでは家の中では体験できない楽しみが体験できちゃう。音楽のフェスもそうですよね。わざわざホテルじゃなくてテントで寝たりする。環境の悪いところで「背中が痛い」とか言いながら起きる。そういうことが、実はすごく大切なんです。そこには身体性が深く関わっています。身体に負荷をかけているんですね。

お化け屋敷も、そうですよね。実際に自分が歩いて、手で扉を開けないと出口から出られないわけですから。映画のように、ずっと客席に座っていれば、やがてエンドロールがやってくるっていうのではないんですね。自分が歩かなければ終わりはない、肉体を使わなければ終わりはない。その「肉体を使う」ことによって得られる楽しみが、今の世の中、逆に求められてる気がするんですよね。

古川:そうですよね。流れとしても、体験型っていうエンターテインメントが流行ってきてる感じはしますよね。今は家にいればなんでも手に入れることができちゃうので、あえて行く必要はないんだけれども。逆に「あえて行くこと」が流行ってきている。体験してみるというか。

「ものからことへ」ともよく言われてると思うんですけど。それと近いですよね。

五味:ものすごく近しいです。ただ、負荷を与えるわけですから……。

古川:そうですね(笑)。

五味:「なんでもかんでも負荷を強くすればお客さんが喜ぶ」となったら、それはお化け屋敷じゃない(笑)。

古川:お化け屋敷の場合、2段階ですもんね。「行くまでにハードルが高い」「行った先でも苦しめられる」っていう(笑)。

五味:なぜか苦しめられる(笑)。

古川:でも、なぜかあえてそれを選んで、苦しい思いをしても楽しい思いをしていく人がたくさん増えてきてるんですね。

五味:そういうことですね。

古川:動員している人たちも、どんどん増えてきてるんですよね。

五味:そうですね。

古川:なるほど。いじめられたい人が増えてきてるのかなって(笑)。

五味:いやいや(笑)。

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