『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』著者の若杉忠弘氏が登壇

小林亜希子氏(以下、小林):本日はお忙しいところ、ありがとうございます。今日は、グロービス経営大学院の教員でいらっしゃる若杉忠弘先生にいらしていただきました。

Amazonでは今日(2024年8月7日)届いたようなんですが、新刊『すぐれたリーダーほど自分にやさしい 疲れ切らずに活躍するセルフ・コンパッションの技術』について、お話しいただきたいと思っております。

若杉先生はグロービスの教員でいらっしゃると同時に、シニア・ファカルティのディレクターもされています。セルフ・コンパッションの元の研修をしているCenter for Mindful Self-Compassionというところがアメリカにあるんですが、Cetnter for Mindful Self-Compassionで講師の資格を取得した講師として教鞭も執られています。

そして、組織においてのコンパッションとウェルビーイングの研究と普及を行っていらっしゃいます。その関係で、当センターではビジネスパーソン向けのマインドフル・セルフ・コンパッションを4月から1回、今度は10月からもやるんですが、そちらでも教えてくださっています。

(チャット欄を見ながら)「三省堂書店で購入できました」「先ほど目を通しました」「夕方届きました」。うれしいお知らせをありがとうございます。それでは若杉先生、お願いいたします。

若杉忠弘氏(以下、若杉):小林先生、紹介どうもありがとうございました。みなさんこんばんは、こんにちは。今日は新刊発売記念セミナーに参加していただきまして、ありがとうございます。今日が出版の日ということで、(書籍を示しながら)この本が世の中に出ました。みなさんに(本書の)エッセンスを少し紹介したいと思っています。

その後、小林先生と対談をさせていただいて、それからなるべく多くみなさんからの質問にも答えていきたいと思っています。

リーダーが置かれている過酷な状況

若杉:僕はいろんなビジネスパーソンにインタビューをしているのですが、ある起業家が言った「重圧を抱えるリーダーにとってセルフ・コンパッションは『あったらいい』などという次元の話ではない。いや、絶対に必要なものだ」というメッセージが、実はどういう意味なのかということを、今日は話したいと思っているんです。

僕はこれにけっこう共感、同意するんです。それはどういうことかということを3つに分けて、話したいと思います。1つ目が「疲弊という、リーダーシップのダークサイド」。2つ目は、だからこそ「疲れ切らずに活躍するセルフ・コンパッションの技術」。そして3つ目は「はじめのエクササイズ」を紹介していきます。

みなさんに聞いてみたいんですが、仕事で疲れ切ったり、傷ついたりした経験のある方はいますか? チャット(でコメントしたり)、手を挙げてみたりしてください。……ありますよね(笑)。誰でも、「疲れ切ったな」「嫌なことを言われて傷ついた」ということがあると思うんですよね。

この対処方法を、実は僕たちは意外と知らない。習ったことがないんですよね。これを今日は一緒に探究したいと思います。

僕は合気道が最近の趣味なんですが、例えば武道でいうと、柔道や合気道では、はじめに「受け身」を習うんです。リーダーは“受け身を習わないで素手で戦う”という、なかなか過酷な状況になっています。それは痛いですよね。リーダーの置かれた状況をいくつか見ていきましょう。

日々起こるイレギュラーな仕事に振り回される。成果が出ても、次の要求へのプレッシャーがどんどん高まる。今期のKPIや目標数値をがんばって乗り越えたら、次はもっと上乗せされます。でも、人や予算が劇的に増えるわけでもない。疲れ切る毎日に、焦りと自己犠牲感が高まる。

こう感じているリーダーが最近増えています。もし、みなさんがそう感じていたとしても、なにも不思議ではありません。特にミドルマネージャー・中間管理職の方々、そして女性が疲れ切っているというデータが出てきています。

疲弊して燃え尽きる……変革型リーダーシップのダークサイド

若杉:こう疲れてくると、もっと効率的に成果を出したいリーダーはどうするのかというと、リーダーシップを学びます。今、世界的に教えられているのは、だいたいこの「変革型のリーダーシップ」と言われるものです。

ハーバードでも、スタンフォードでも、私が勤めているグロービス経営大学でもこういったことを教えます。それは、どういうことをするのか。

「メンバーを鼓舞しましょう」「スキルや能力が違うから個別性に配慮していきましょう」「知的なチャレンジを促し、今までの現状を打破して新しいアイデアを生み出そう」「リーダー自身がロールモデルになってください」と言います。

これが、世界では定番のリーダーシップの1つになっています。なぜかというと、そうすればメンバーが活躍して成果が出せるからです。そういうデータ、エビデンスがたくさん出てきています。

メンバーのやる気・創造性・信頼が高まる。その結果、組織やチームの成果が上がります。リーダーも高揚感を覚えます。最高のリーダーシップだと思いませんか? これが、ザ・定番のリーダーシップになっているわけです。

ところが、話はここからです。世の中で良いとされるこのリーダーシップを僕たちが実践すればするほど、リーダーは疲弊し、燃え尽きるというのも、またデータとして出ているんです。これが、リーダーのみなさんにはあまり語られていない、でも絶対に知っておいたほうがいい、ダークサイドの事実なんです。

リーダーを6週間ぐらい調査して、毎日アンケートをとると、この手の変革型のリーダーシップの4つの指針を実践すればするほど、リーダーは翌週に疲れているんです。

ゲーム中毒ならぬ「リーダーシップ中毒」に陥ることも

若杉:疲れるとどういうことが起きるのか。省エネモードに入って、仕事を辞めたくなるといったことが起きてくるんです。

でも、先ほど「リーダーは高揚感を覚える」とも言いましたよね。「高揚感があるのに疲弊していく? どういうこと?」と思いませんか? こういう現象も起きるんです。ゲーム中毒ならぬ「リーダーシップ中毒」です。

ゲームに没頭した時のことを考えてください。ソーシャルゲームで対戦すると高揚感がありますよね。でも長くやっていると、肩はこるし、目はチカチカするしでどんどん疲れてきます。高揚するけど疲れるんです。

リーダーシップ中毒の現象が起きると、仕事では成果が出るんですよ。でも家に帰ったらパートナーや家族に八つ当たり、ということが起きるわけです。プライベートがぐちゃぐちゃになってくるわけですね。これはサステナブルじゃないんですよね。結局は疲れ切って、パフォーマンスが低下して、自信喪失してしまう。

だからこそ、こういう時の処方箋としてのセルフ・コンパッションを提案していきたいと思うわけです。セルフ・コンパッションとは何なんでしょうか? 大切な親友に優しさを持って接するように、自分にも接することです。

大切な親友には優しさを持って接しますよね。それと同じように自分も取り扱ってくださいというのが、セルフ・コンパッションです。くだけた表現を使えば「自分への友情」です。

セルフ・コンパッションの「コンパッション」を、「愛情」や「愛」と表現する場合もあるんですが、感覚として「愛」はちょっと違うんですよね。ニュアンス的には「友情」です。

親友や大切な友だちに接する(時の)あの感覚は、ちょっと愛とは違いますよね。セルフ・コンパッションは「セルフ友情」ということになります(笑)。愛はけっこうややこしい感情なので、ちょっと置いておいて、むしろ友情を使うということです。

友だちに接するように、自分自身にも優しさを持つ

若杉:例えば、親友が苦しんでいる場面を思い出してみてください。何かで悩んだり、失敗したり、「自分はダメな人間だ」と親友が思っている時に、どんな言葉をかけますか?

友だちの話を聞いてあげますよね。「きっと今度はうまくいくよ」と言葉をかけてあげますよね。その態度を自分にも向けてみましょう。これがセルフ・コンパッションです。

でも実際には、がんばるリーダーの多くは自らに厳しいです。「失敗したらダメだ」「怠けていたらダメだ」と矢を向け、できない自分を責めます。(しかし)自分に矢を向けたら痛いです。なので、もう自己批判はやめよう、大切な友人に接するように自分自身にも優しさを持とう、ということです。

これを提案すると、もしかしたら多くの疑問が頭の中を渦巻くかもしれませんね。実際に僕は本当にたくさんの質問を受けます。「自分を甘やかすのとどう違うんですか? そんなことしたら堕落しそうです。やる気がなくなってしまいます」。

「わがままになったらチームワークに支障が出ませんか? 自分のことを大事にするんですよね? 周りの人はどうなるんですか?」「自分優先になったら、リーダーである私は、チームメンバーのことを本当にケアできるんですか?」。こういう疑問がわんさか出てきます。

みなさん、そういうふうに思いませんでしたか? この疑問、どうですか? 「そうかも」と思いません? 思いますよね。でも幸いなことに、ここに答えが出ています。

セルフ・コンパッションの研究がこの20年間ぐらいで急速に進んでいて、2020年時点で8,940本、おそらく今は1万本を超える論文が出ています。もう指数関数的に、この研究が進んでいるということです。

研究によれば、これらの疑問はすべて、明確にNoということです。心が弱くなることも、自分を甘やかすこともない。チームワークに支障が出ることも、メンバーのケアができなくなることもない、というエビデンスが出ています。

セルフ・コンパッションの技術

若杉:むしろ、このセルフ・コンパッションの技術を使うと、どういうことになるのか。「①つらい気持ちを引きずらない」「②メンバーが自然についてくる」「③やる気が上がって力強さが湧いてくる」。弱くなるどころじゃなく、強くなるんです。

「④自分らしさを発揮できる」「⑤コラボ疲れから抜け出せる」。今、ミーティングに次ぐミーティングや、チャットのレスポンス、Eメール処理など、コラボレーションによる疲弊が大きな問題になっていますね。それから「⑥健康、コンディションが整ってくる」ということになってきます。

今日は、この1番と2番を中心に紹介をしていきます。1番は「つらい気持ちを引きずらない」。「リーダーは、つらいよ」です。経営会議で渾身のプランが承認されなかった時、上司とメンバーの板挟みになった時、つらいです。頼りにしていたメンバーが知らない間にいきなり辞表を持ってきた時、ショックですね。

自分のミスでチームに迷惑をかけた時、ふがいないです。多様性だと言われていますが、多様なメンバーの意見を集約できない時、責任を自分に押し付けられる時、これもつらいですね。このように、つらいことが山ほどあるわけです。

この時に、あまりおすすめできないけれども、僕が観察したところによるとたくさんの人がやっている対処方法を紹介します。1、自分を批判する。「甘ったれるな」は、やめましょうとさっき言いましたよね。

2、感情の回路をシャットアウトする。ある金融機関の部長が、私に言いました。「毎日大変です。もう何も感じないように、淡々と仕事をこなしています」。一見、良いように見えますが、感情の回路を切ったからといって、つらさはなくならない。実は逆効果なんです。ネガティブな感情を引きずってしまいます。

3、暴飲暴食や爆買い。大丈夫でしょうか? 実際に、ストレスがある日は仕事帰りの爆買いや暴飲暴食が増えるんです。もちろんあまりおすすめできないですね。注意を一時的にそらしているだけなので、問題は解消されていないわけです。

あと、よくあるのが、「自信を喪失したら、自己肯定感を高めよう」。これもおすすめできません。なぜか? 自己肯定感を高めることにはリスクがあるからなんです。どういうことかというと、自己肯定感が高い人のほうが燃え尽きやすいんですよ。不思議ですよね。