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JAXA研究員・久保勇貴さん×東大工学部・中須賀真一教授トークショー(全6記事)

宇宙工学研究者×作家という、異色の2足のわらじ 若手研究者がエッセイで綴った「宇宙」と「日常」の交差点

東大発オンラインメディア「UmeeT」で連載されていたエッセイ「宇宙を泳ぐ人」が書籍化され、著者である宇宙工学研究者の久保勇貴氏と、学生時代から久保氏を知る東京大学大学院工学系研究科の中須賀真一氏が、刊行記念イベントに登壇しました。若手研究者による宇宙工学エッセイ『ワンルームから宇宙をのぞく』の制作秘話などを明かします。本記事では、物理の問題でよく用いられる「ネコひねり」を例にあげながら、自分の目指すゴールに向かって“まっすぐ進むこと”の難しさを語りました。

「宇宙工学研究者」と「エッセイ作家」2つの顔

杉山大樹氏(以下、杉山):東大UmeeTの初代編集長の杉山です。『ワンルームから宇宙をのぞく』の元になった、UmeeTでの連載「宇宙を泳ぐひと」の担当編集をしていました。今日はファシリテーターとして、お二人の宇宙トークをお客さんと一緒に楽しんでいけたらと思います!

久保勇貴氏(以下、久保):JAXA宇宙科学研究所の久保勇貴です。ふだんの仕事では、人工衛星や探査機をどのように素早く・かっこよく制御するかということをやっています。大学時代は、ここ東大の航空宇宙工学科に所属していました。

それと、副業でエッセイ作家もやっていまして、2ヶ月前に初の著書『ワンルームから宇宙をのぞく』を出版しました。宇宙と日常を行ったり来たりするような、一味変わったエッセイ集になっています。今日はよろしくお願いします。

杉山:そして、スーパーウルトラスペシャルゲストということで。

中須賀真一氏(以下、中須賀):いえいえ。

久保:スペシャルですよ。

中須賀:今日は、盛り上げるための“刺身のツマ”ですから。

杉山:なんていうことを。

中須賀:どうも、中須賀と申します。よろしくお願いいたします。東大の航空宇宙工学学科という、工学部の中の1つの学科でいろいろな教育や研究をやっています。

2000年くらいから、学生と一緒に小さな人工衛星を作り始めたんですね。といって、この話をしたら2時間かかるから、そのへんは短くして。

「学生」と「教授」だった、2人の関係性

中須賀:小さな1㎏の衛星を世界で初めて2003年に打ち上げまして、まだ今も動いていて、20年生きているんですよ。これが、今の小さな衛星を中心とした宇宙開発の、まさに大きな変革の原動力になった。

杉山:考え方を変えたと。

中須賀:そうそう。あまり知られていないですが、東大が打ち上げたんですよ。

杉山:知られてないですよね。知っていたという人、いますか? いないですよね。

中須賀:広報が悪いんじゃない(笑)?

久保:(笑)。

杉山:こっちの問題ですか。

久保:UmeeTがもっと言っていかないと。

杉山:そうですね、言っていかなきゃいけないですね。

中須賀:それは置いといて。今は学生と一緒にそんなことをやっています。久保くんとの関係は……言っていいのかな? (久保氏の)D論(博士論文)の審査委員の1人だったんですね。こんなひどい論文をどうやって通すのかと(笑)。

久保:ちょっと待ってください(笑)。すごく、あたたかく見ていただいて。

中須賀:本当は、すばらしい論文を書いてくれて、ものすごく立派な発表をして、質疑応答もよかったからね。みなさん満場一致で「すばらしい論文だ」と。

久保:ありがとうございます。

宇宙の法則と日常生活の結びつき

中須賀:そんな久保くんとの出会いがあって、今回はこの本を読ませていただいて、「こんなんが書けるんか」と思って。だいたい大学の研究者とかは、こういうのを書くのが下手なんだよね。自分の表現がなかなかできない。

式とかはいっぱい書けるし得意なんだけど、僕も含めてだいたい自分を表現できない人が多い。「久保くんはこういうことができるんだ」と思って、びっくりしました。

結婚式で周りが結婚する人を盛り立てるのと同じで、今日の僕は彼を盛り立てる役目。ということで、時々本音も出るかもしれないけど(笑)、彼といろいろと楽しく話をしたいと思います。よろしくお願いいたします。

杉山:お願いします。ありがとうございます。

久保:忙しいのに全部読んでいただいて、うれしいです。

杉山:本当にビックリ!

中須賀:おもしろいから電車の中でガっと読めたね。これ、すごくおもしろいよ。何がおもしろいかというと、いわゆる宇宙とかこの世界で成り立っている法則ってあるわけ。例えば、フィボナッチ数列という数列の話や、カオスの理論とか。

そういったことが、彼のこれまでの人生や、生活の中で感じることとうまく組み合わさっているんだよね。この絶妙な組み合わさり方、どんなふうに組み合わさっているかも読んでください。ここではしゃべれないくらい複雑なのでね。

すごくうまく組み合わさっていて、「なるほど、こういう見方があるんだ」「宇宙のこの法則が、これにつながっていくんだ」ということが、たくさん感じられるから。

もがき苦しんだ経験を記したエッセイ

中須賀:もう1個は、彼がこれまですごくいろいろな苦労をして、ストラグル(奮闘)して、もがき苦しんで生きてきたのがわかっておもしろかったね。

杉山:明け透けに。

中須賀:こんなスマートな顔をしているけれども、彼はボクシングもやってるんだよ。本に書いてあった。いろいろなしんどいこともあり、その中でどうやって生きてきたのか。

ドクターって大変なんですよね。最後に論文を書かなきゃいけないのは本当に大変で、そういった中で、彼がどうやってもがき苦しみながら生きてきたのか。彼女にも何回も振られたりとか、そういう話も出てきますよ。

久保:(笑)。いろいろ書いちゃっていますね。

中須賀:そういう話もあるから、人間臭さみたいなおもしろさもあるし、彼の筆の力だと思いますが、宇宙のいろんな法則とうまく突き合わせて説明しているところも非常におもしろくて、ぜひ読んでいただければと思います。

久保:これ以上ないくらいの(感想をいただきました)。ここで終わっていいくらいの感じですよね。

杉山:「出版社が採用したほうがいいんじゃない?」と思うくらい、(本の解説が)うますぎませんか? ありがとうございます。

帯に寄稿したのは、名だたる著名人たち

久保:宇宙を専門でやっている方に読んでもらうのは、けっこう緊張するというか。普通の科学エッセイ、科学の解説本に留まっていなくて、文学やある種の哲学みたいなことにも触れています。

一緒にやっている、周りの理系の研究者とかは、あまりそういうことに目が向いていなかったりします。

杉山:まさに、(中須賀先生が)おっしゃっていたとおりですね。

久保:「何を書いてんの?」みたいな感じで、ちょっと冷ややかな目で見られることもあったりするので、そういうふうにおっしゃっていただけてうれしいです。

中須賀:帯、すごいじゃない。山崎直子さん。

杉山:すごい人が。

久保:宇宙飛行士の山崎直子さん。

中須賀:今はうちのドクターの学生さんですから。JAXAで宇宙飛行士を辞めて、もう1回東大の博士課程に入り直してくれて、一生懸命研究していますよ。

久保:そうか。たまにいらっしゃったりするんですか?

中須賀:もちろん、もちろん。来ていますよ。

久保:山崎さん、私も直接お会いしたことはないんですけど。

中須賀:あと、僕が大好きな福岡さんね。生命科学でおもしろいこと言っているよね。

久保:福岡伸一さん。先週、福岡さんと池袋のジュンク堂でトークイベントをやって。

中須賀:やったの! すごいな。

久保:すごくいい時間を過ごしました。

中須賀:ぶっ飛んでいるような人だからね。

久保:すごいですよね。

中須賀:とてもおもしろい人。そういう人が大推薦しているということだから、おもしろいんじゃないかなと思いますよね。

物理の専門用語「ノンホロノミック」とは?

杉山:ところで、もうちょっと中身の話をさせてもらえたらなと思っていますが、今回は2つ取り上げますので、そこを中心にしながらお話しできたらと思いますが、どこからいきましょう?

中須賀:そうだね。彼のD論のテーマだから、ノンホロノミックからいくか。

杉山:そうですね。

中須賀:これはなかなかおもしろい話で、せっかくだからノンホロノミックを簡単に解説してあげたらどうですか。

久保:そうですね。この章は「ノンホロノミック」という、僕が専門にしている研究の話を人生になぞらえたような章になっています。

ノンホロノミックというのは物理の専門用語なんですが、すごく簡単に言うと、ある方向に直接は動けないけど、遠回りしたりすると目的に着けたりするような物理現象のことですね。

例えば、車って真横には進めないけど、1回前に出て後ろに下がったら、真横に進めたりしますよね。ああいう物理の運動の種類のことです。

宇宙空間で飛びながら、フワフワ浮いている時に関節を動かす。そうすると動かし方によって、自在に体の向きを変えることができるという運動があります。

宇宙空間で浮いている時に直接右を向こうとすると、ひねれば向けるんですけど、またひねり戻すと元の体の向きに戻っちゃうんですね。なので、直接右を向くことはできないんだけど、ある種の遠回りをして体をくねったりすると、体全体を向けることができる。

そういう遠回りをすることで目標のほうに行けるという、さっきの車の例と同じ、物理の現象ですね。

なので博士論文では、「変形するロボットがどういうふうに体を動かしたら、実際に効率よく向きを変えていけるか」ということを研究していましたね。

もともと数学が好きだったわけではない

中須賀:けっこう数学がいっぱい出てきたよね。数学、好きなの?

久保:好きではないです。僕、入試の時は数学で120点のうち20点くらいしか取れませんでした。数学が不得意ということでもないんですが。

中須賀:ものすごく数式がいっぱい出てきて、理論的に議論していたのはすごいなと思ったんだけどね。

久保:そうですか。

中須賀:(ペットボトルを手にしながら)簡単な話、直立からこの姿勢(横向きに倒れた状態)になるために、一度後ろに倒してから横向きに回す。縦から横に直接は行けなくても、後ろに行って回せば同じ姿勢になるよね。

だから、ぜんぜん違った生き方をしていても、最終的には同じような道になる。つまり、スタートとゴールが同じであっても、行き方は何通りかあるよというのが、ノンホロノミックのおもしろいところなんだよね。

この本の中では、そういった理論的な話だけじゃなくて、人生で似たことをやっているんですよ。人生もいろいろな道があるけど、最後に行きつくところは同じになることもあるよね。

目指すゴールに“まっすぐ進むこと”は難しい

中須賀:あるいは「ここからここに行きたい」と思っても、1本の道だけではなくいろんな行き方がある。その途中で通った経路が違うと、たぶん同じところに行っても少し状態は違うのかな。

久保:そうですね。

中須賀:まったく同じじゃないよね。だから、そういったことを彼は人生の中で感じたのかな。どこで感じたの?

久保:ノンホロノミックの話は本当に奥が深くて。もちろん、経路の取り方によって行きつく場所は変わるという話で、工学的に言うと、「今この瞬間にどちらに進めばいいか」が明確じゃない運動ではあるんですよね。

中須賀:一回、遠回りしなきゃいけない。

久保:さっき言ったとおり、駐車場があっても、真っすぐ行っても駐車できないし、真横にも動けない。

実は人間って感覚的に駐車とかをやるんですけど、もっと自由度が増えた複雑な運動になると、「ここに着くために、今この瞬間にどっちに進むのが最適なんだろう」というのを考えるのがすごく難しいんですね。

それが学術的におもしろい分野でもあるんですが、この回では宇宙飛行士の試験のことを書いているんですね。

昔から宇宙飛行士に憧れはあったけど、実際に今この瞬間に何をすることが宇宙飛行士に近づくかは、ぜんぜんわからないし。

中須賀:「近づく」か。

久保:人生って、そういうことがいろいろあると思いますよね。なんとなくはゴールが見えているけど、今すぐそこに進むことはできなくて。

物理の世界でよく言われる「ネコひねり」とは?

久保:「宿題やらなきゃ」とか、いろんな「やらなきゃいけない流れ」がある中で、どういうふうに制御入力を入れていくか、どういうふうに舵を取っていくかが難しいなっていうのを、今でも悩んでいますね。そういうことを本の中では書いています。

中須賀:なるほど、今のは一例ね。理論的な話が彼の人生と重なって、オーバーラップしてくるわけだよね。このへんの書き方がうまいね。

久保:ありがとうございます。

中須賀:一説によると「こじつけ」いう言い方もあるけど、でもそれが意外とマッチして、僕らの感覚にスーッと入ってくるんだよね。これはおもしろい。

久保:ああ、うれしいです。「こじつけだ。なんじゃこれ」って言われるかなと思って。

中須賀:いや、そんなことない。ちゃんと腹に落ちてくるから、それがおもしろいよね。ノンホロノミックって、日本語のことわざで言うと「急がば回れ」みたいなことだよね。

あと、よく言われるのは「ネコひねり」ね。ネコが落ちてくる時は周りに空気しかなくて、何も触ってないのにうまいこと姿勢を変えられるんだよね。これっていったいどうしてなんだろう? と、ちょっと考える。

降りる時にはちゃんと足が下になって、ひっくり返っていてもケガをしないように着地する。これがノンホロノミック。宇宙みたいに重力がないところで浮かんでいる中では、ものすごく有効に機能するんですね。

地上だと、いろんなものを動かそうとしても抵抗や摩擦が大きいから、なかなかそんなにきれいにいかない。

だけど今言ったように、宇宙空間で完全に浮かんでいるものを抵抗なく姿勢を変えられるということで、姿勢を変えるのに非常にいいやり方なんですよね。そういった研究を彼がやったんです。

ネコの動作は、ある意味“コンピューター”並みにすごい

久保:「ネコひねり」というのは、けっこう何百年も前から知られている現象ですけど、ネコを逆さまに宙づりにしているとかわいそうですよね。

杉山:かわいそうですよね。

中須賀:動物愛護協会から。

杉山:そこは例なんでね、そこだけちょっとご了承ください。

久保:下にはクッションを敷いて(笑)。ネコは背骨が柔らかいので、ひっくり返すと体をうまいことスルンと回すんです。

中須賀:あれ、頭の中でどんなふうに感覚を持ってコントロールしているのか、その原理を知りたい。

久保:確かに。

中須賀:研究してないんでしょ?

久保:やってないです。

中須賀:やってよ。

久保:(笑)。すいません。

中須賀:この分野の大家にならないと。

久保:(笑)。

杉山:一流の研究者から「お前がやれよ」と。

久保:確かに。ネコの気持ちまでは考えてなかったです。

中須賀:落ちている間って1秒もないわけですよ。1秒の間に、まずは体が回るようにするにはどう動かせばいいかを考えて、今度はどこで止めなきゃいけないかを考えるわけでしょ。

頭の中で1秒くらいの間で計画をして、パッとやって降りる。これは、ある意味すごいコンピューターですね。

久保:そうですね。

無重力空間でも「ネコひねり」はできるのか?

久保:ネコひねりをスローモーションで見ると、すごく複雑な動きをしていて。さっき言ったとおり、直接「回れ右」をすることができるので、まずは背骨を曲げて、手足を引っ込めてねじりながら、最後に伸ばして着地する。

中須賀:そんなことやってるの? それ、調べたの?

久保:はい。動画で見たり、論文もけっこう昔から研究されているんですよね。

中須賀:(ネコを)自分で逆さまにしてやったわけではないと。

久保:やってはないです(笑)。

杉山:やめてあげて。クッションがありますからね(笑)! クッションがある前提です。

久保:(笑)。実際に無重力空間でネコを離したら、同じようなことができるのかという実験もあるんですが、それはうまくいっていなかったですね。

中須賀:つまり、ネコにとって上下の感覚のベースが重力で、それが消えるとどっちがどっちなのか、方向がわからなくなるということね。

久保:ジタバタしている映像も、YouTubeで見たことありますね。

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