急激な事業環境の変化

富山栄子氏(以下、富山):ただいまご紹介にあずかりました、事業創造大学院大学の富山でございます。ジュネジャ会長、大変すばらしいご講演をありがとうございました。

それでは、私から第2部としまして「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)と企業価値の創造」につきまして、お話をさせていただきます。

10年後、あるいは20年後に、今の会社、そして今の事業が存在しているかということを、みなさま考えたことはおありでしょうか。非常に事業環境が変化しています。サステナビリティ課題が多様化し、世界経済の不確実性が高まっています。

気候変動問題や人権問題ですとか、生物多様性、サイバーセキュリティ、パンデミック、経済の安全保障といった非常に事業環境が変化しています。

加えて、国内は少子高齢化が著しく進んでいます。食品関係は、国内ですと2〜3割減少することが想定されています。一方、世界を見ますと、2050年には人口が96 億人に増加すると見込まれています。

またお客さんも、非常に変わってきています。10年後にはジェネレーションZ、Z世代がお客さんとして入ってくるわけですが、Z世代は非常に環境に対してシビアな考え方を持っています。

例えば環境に対してあまり配慮していない会社には入社したくないとか、あるいはエコな服でないと着たくないとか。今までのターゲット顧客とは異なる行動や、ものの考え方をしています。

そうした新しい顧客に対して、今の会社や今の事業が果たして対応しているのかどうかという論点で見ていく必要があります。

SXとSDGsの違い

ではSX、サステナビリティ・トランスフォーメーションというのはいったい何を指すのでしょうか。

まず企業の持続可能性、サステナビリティを考える必要があります。つまり10年後も20年後も存在していくために企業は稼ぐ力を持続化して、強化していく必要があります。そのためには今やっている事業をもう1回見直して、時代に即した事業に変化させる必要がありますし、イノベーションへの種植えといったことが稼ぐ力の持続化と強化には求められます。

もう1つが、社会のサステナビリティです。社会そのものが持続可能になっていくためには、どうしたらいいのか。将来的な社会の姿を考えて、そこからのリスクと機会を把握して、社会のサステナビリティの課題を経営に取り組んでいくことが必要になってきます。

そうすると、やはり長期の時間軸で社会のサステナビリティを見ていく必要があります。

ではSDGsとSXは、どこが、どのように違うのでしょうか。両方ともコンセプトはトランスフォーメーション、変革ですが、対象が異なり、SDGsは「社会」をトランスフォーメーション。SXは「企業」のトランスフォーメーションです。

目指す領域はSDGsが社会的な課題解決。SXは経済的な価値、すなわち利益を生むことと、そして社会的な価値の両方を追求していくことです。また、旗振り役はSDGsが国連で、そしてSXは経済産業省になっています。

競争優位性を持続的に確保するためには、SX実現に向けた価値創造ストーリーを投資家と一緒になって作り上げ、実装していくことが求められます。

これまで投資家は比較的短期的な利益を求めてきたわけですが、社会的な価値の実現のために、より長期的な視野を持って、企業と一緒に対話を重ねてSX実現に向けた価値創造ストーリーを協創していく必要があります。

したがって、SXは社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを同期化していくと。そのために必要な経営や事業変革を起こしていくことになります。

気候変動や人権への対応といった社会の持続可能性を向上させていくことによって、企業は長期的に持続して成長原資を生み出す稼ぐ力を向上していきます。さらに、社会の持続可能性に資する長期的な価値を提供していき、これをぐるぐると回すことによって実現が可能になります。

イノベーションを実現するための経営理論

現在と何が違うのかということですが、現在は中期経営計画が重視され、ROEや、短期的に成果を上げることが求められていますが、SXではどうやって社会に価値を提供し、長期的で持続的に企業価値を向上していくかといったビジョンを目指す姿を持っていきます。

そのためには、まず現在の自社の分析を行います。事業状況やポジショニングによって分析をして、現在の競争優位性や強みを把握します。そして将来的に、長期的にこれが我々の目指す姿だというものを示します。

そして、目指す姿とのギャップや、長期的なリスク要因は何か、事業チャンスは何かについて、外的・内的要因を把握し、分析して、長期戦略を具体化するために、中長期的に取り組む方策を考えていきます。

イノベーションを起こすため、SXを実現するために一体何をやったらいいのかと言うと、両利きの経営です。すなわち現在の取り組みを強化し、深掘りをしていくexploitation=深化と、新しいことに挑戦をしていくというexploration=探索。これを両方やっていくことが求められます。

知の深化、既存事業の推進と新規事業の推進をバランスよく高い次元でとれているのが両利きの経営になります。

「深化」だけでは、今のような急激な外部環境の変化に適応できません。また、知の「探索」の実施には既存の組織能力と資産の活用が重要になります。どうしても投資家からは短期的な利益を求められますが、探索は新規事業の推進になりますので、コストがかかり成果も不確実です。

そうしますと、自社の得意な既存事業での深化にフォーカスすることになります。事業が成熟化すればするほど、この深化に偏る傾向がありますが、これは「成功の罠」と言われています。つまり既存事業を深掘りすればするほど、どうしても新しいことにチャレンジしようというイノベーションが枯渇します。

ですので、知の探索にシフトすることが重要になります。ですので、既存企業のイノベーションを成功させるためには、既存事業の効率化と改善という知の「深化」を行いながら、一方で新規事業の実験と行動という知の「探索」を、両利きの状態で行っていくことが必要になります。

両利きの経営を成功させた富士フイルム

よく事例として挙げられるのが、富士フイルムとコダックの比較です。2000年代にフィルムの売り上げが急減して、その際に両者がとった行動の違いが、その後の結果に表れています。

両者は強力な製造スキルと営業力を持つ点は同じでしたが、富士フイルムは、この危機に際して、探索と深化の追求という両利きの経営を行いました。

経営者が主導して、成長の機会がある主要な技術と領域を特定して、既存の組織能力を生かす取り組みを継続しながら、新規市場向けに組織能力を伸ばす取り組みを実施しました。

当然失敗もあったわけですけれども、失敗を罰しない起業家文化の醸成を経営者が率先して行っていきました。その結果、エレクトロニクスや医薬品、化粧品などが好調になり、15年間の成長率は10パーセント超になっています。

一方のコダックは、成功の罠にはまり、探索を軽視しました。自社の強みはブランドとマーケティングであるとし、今までやってきた既存事業で収益化を図るために知財の保護策や法務キャンペーンを展開をして、多角化を解消するために化学品事業やカメラ事業を売却しました。その結果、2012年には倒産しました。両者の異なる戦略が両利きの経営のいい事例になります。

では、富士フイルムがどうやって深化と探索を行ったのかをイノベーションストリームで見ていきましょう。

第一象限が、写真フィルムとデジタルカメラといったコア事業になります。第二象限は組織能力です。探索を行い、新しい能力を獲得して市場を拡大していきました。例えば、レーザー・内視鏡やインクジェットプリンターなどが挙げられます。

第三象限は、既存能力を活用することで、新しい市場を創造したケースになります。探索によって、携帯電話用のレンズや太陽電池のバックシートで、新しい市場を創造しました。

第四象限は、組織能力も新たに獲得し、新市場の創造や新しい用途の開発を行っていきました。医薬品、化粧品、半導体材料、再生医療などです。こうしたイノベーションストリームになります。

亀田製菓のイノベーション

それでは、先ほどジュネジャ会長よりお話をいただきました亀田製菓のイノベーションストリームを見ていきたいと思います。

亀田製菓のコア事業は製菓業で、これを深化させていきました。第三象限では、既存能力を活用することで、新しい市場を創造していきました。

例えば、海外市場の開拓や、次世代ユーザーに向けた、健康価値や高付加価値の新しい米菓作り。それから東京おかしランドへの出店などで、お客さまに楽しんでもらって価値を知ってもらう取り組みを行った。

あとPepsiCo向けのOEMということで、ヘルシースナックなども、これまでの既存能力を活用した新しい市場創造にあたるかと思います。

第四象限を見ていただくと、新しい用途の開発ということで、新しい能力を獲得して市場を拡大していきました。

お米由来の植物性乳酸菌K-1やK-2(酒粕由来の植物性乳酸菌)、長期保存食、プラントベースドフードや米粉パン。さらにゆめごはんや、ふっくらおかゆといったものが入るかと思います。

この新しい能力を獲得するためにM&Aと、亀田製菓が持っているお米研究所による研究成果を生かして、新規市場に参入をしました。こうしたイノベーションストリームが描けるかと思います。

M&Aでは、2013年に尾西食品、2019年にマイセンファインフード。2021年に株式会社タイナイを子会社化しました。自社では新しい能力を獲得することがなかなか難しいところは、M&Aによって新しい能力を獲得して、市場を拡大をしていったと言えるのではないかと思います。

それから亀田製菓のサステナビリティ・トランスフォーメーションを見てみますと、まず既存事業の米菓事業を深化させて、価格ではなくて、ブランド力でお客さまの取り込みを確実に行っています。そして探索によって、新しい食品産業への参入を遂げ、稼ぐ力の持続化と強化を行おうとしていると思います。

社会のサステナビリティの課題を経営に取り込むという点では、自然災害多発による備蓄需要の拡大や、食物アレルギー患者の増加、世界的な人口増、そして環境問題によるサステナビリティ意識の高まりから代替タンパク質市場の急拡大が挙げられます。

それから高齢化社会とコロナの不安に対する、免疫機能強化ニーズの高まり。すなわち社会のサステナビリティの課題を、非常にうまく経営に取り込んでおられると思います。

長期的かつ持続的な価値創造ストーリーに基づく経営

もう1点重要なのが、自社固有の長期的かつ持続的な価値創造ストーリーに基づく経営であるという点が挙げられます。

目指すべき姿は「グローバルフードカンパニー」です。あられ、おせんべいの製菓業から、「Better For You」の食品業へと目指すべき姿を変化させています。亀田製菓にしかない、自社固有で、かつ長期的で持続的なストーリーになっています。

パーパスというお言葉がジュネジャ会長からありましたが、現状を分析して、誰からも共感してもらえる、製菓業から食品業へというパーパスを打ち出しています。これに対して、社員が納得、腹落ちして、組織全体で戦略の解釈の方向性を揃えています。

あと、説得性ある言葉で、周囲に語りかけて納得してもらうというストーリー性がありますし、このストーリーを語ることで、未来に向かって組織の足並みを揃えて行動をしていると言えるかと思います。

急激な事業環境の変化に対して、会社が意図的に変化をして、イノベーション創出をしておられる。イノベーション、すなわち革新的な価値創造の実現によって、社会課題の解決と経済的な合理性との両立を可能にするビジネスモデルを構築していると思います。

参入した新しい食品産業での価値提供をこれから持続可能に、そして収益性が高い会社の柱として育てていけるようにしていくことが今後の課題なのかなと、本日のジュネジャ会長のご講演をお聞きして、考えた次第です。

以上で、私からの発表を終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございました。