「右を向くと嘘をついている」という噂は嘘?

マイケル・アランダ氏:刑事物のテレビドラマでは、正義漢の刑事が取調室で被疑者を尋問するシーンをよく見かけますね。

被疑者はなかなか白状しませんが、刑事は気づいてしまいました。最後の質問に答える時、被疑者がふと右を見たのです。これは嘘をついている証拠です。

真相は暴かれました。事件は見事解決し、エンドクレジットが流れます。でも現実であれば、刑事はまったくの無実の人を思い込みで逮捕したのかもしれません。

左右、もしくはどんな方向でもかまいませんが、質問に答える際に目を動かしても、嘘をついている証拠にはなりません。質問の内容に関わらず、目は動きます。

これにはちゃんとした理由があります。人物や物を凝視したままでは考えづらく、質問に答えるのが困難だからです。人は答えを熟考するために視線を逸らします。

「目の動き」と「思考の内容」のつながり

ところで、人が目を逸らすのは、目の前のもので気を散らさないためだけではありません。他に人がいなかったり、目を閉じたりしていても、目は勝手に動きます。これは「衝動性眼球運動」、別名サッケードと呼ばれる動きです。思考中、目は絶え間なく動き、その動きは思考の内容ともつながりがあります。

例えば、パズルを解いたり、イラストを記憶したり、頭の中で物が動いているさまを思い浮かべたりといった「ビジュアル思考」をしている時には、脳は思い浮かべた物を実際に見たり・動かしているものとして目を動かします。

さらにおもしろいことに、頭の中で物を思い浮かべ続けている場合は、物を思い浮かべた際の最初の目の動きのパターンを何度も繰り返すのです。

最初の動きを踏襲するのは、物を実際に見た場合だけではありません。思い浮かべる物について口頭で説明を受けた場合にも、同様のサッケードのパターンは起こります。

眼球の運動を解析することによって、人が問題を解決する際にどんな戦略を使っているか、そのような思考の段階にいるかを究明することができます。例えば、ある2つの画像が左右反転したものであるかを判断する際には、人はまず画像の中の物の形を把握し、それを頭の中で反転させて逆の角度から検証します。

検証作業中の目の動きを調べると、個々の形をさらに細分化して、その細分化した断片ごとに変転させていることがわかるのです。

ところが「ビジュアル思考」の場合は、目の動きが視覚によるものなのか、思考によるものなのかが判別できません。目が動くのは、「ビジュアル思考」だけが原因ではないからです。例えば「昨日どんな服を着ていましたか?」というような口頭ベースの質問でも、目はよく動きます。

このような動きは、長期記憶を模索している場合に起こると考えられています。長期記憶の模索は、口頭ベースの質問を受けた際によく起こります。つまり、異なるスパンの時間枠の記憶を探る必要があると目が動くのです。過去・現在・未来について思考する際には、目が多方向に動くことが証明されています。

視野の中の位置を探して目が動くのと同様に、時間枠のある時点を探して目が運動し、個々の時点と目とが連動するのかもしれません。

人間の視線の動きが生んだ“都市伝説”に根拠はない

とはいえ、「ビジュアル思考」でない思考で目が動くことが必須かどうかはわかっていません。それどころか、「ビジュアル思考」でもたまたま同時に動いているだけなのかもしれません。

さらに、目を意図的に大きく左右に動かすことにより、記憶が呼び覚まされることは立証されていますが、無意識のサッケードは非常に小さな動きです。目の動きを抑制しても、思い出す力にはあまり差は出ません。つまり、研究しても、サッケードが思考に果たす役割は「あったりなかったり」なのです。

視覚とは関係のない際に見られるサッケードについては、実は脳の進化の副産物なのではないかと考える学者もいます。

長期記憶を思い出す働きをする脳神経回路は、目で視野を探す働きをする脳神経回路が進化したものではないかというのです。つまり、思考中の目の運動は、初期段階の進化における単なる痕跡であり、記憶を探るには実は必要ないものなのかもしれません。

サッケードは50年以上研究されてきたため、さまざまな「都市伝説」も生んできました。例えば、冒頭の「右を見て話した内容は嘘」という“人間嘘発見器説”には、まったく根拠はありません。思考中に目が動いた方向には、何の意味もないのです。

気の毒な刑事には、殺人鬼を捕まえるにはもう少しがんばってもらう必要があるようです。