「睡眠」と企業の利益率の関係

山本勲氏:慶應義塾大学商学部の山本勲と申します。本日はこのような機会をいただきまして、ありがとうございます。「睡眠と企業の利益率の関係」を研究しましたので、私からはその内容を説明したいと思います。

私は商学部に所属しておりますが、専門は経済学の中でも労働経済学で、企業や労働者のさまざまなデータを使って、働き方と健康の関係、新しいテクノロジーの影響などを研究してきております。

また、パネルデータ設計・解析センターを運営しておりまして、2004年から全国約5,000の家計を毎年追跡して、調査をして、パネルデータを構築して解析したり、研究者への提供もしております。

いろんなプロジェクトを行っておりますが、メインで行っているのは、今申し上げたパネルデータを使って、コロナ危機以降のさまざまな格差を研究すること。これは、2022年の4月から「科研費の特別推進研究」という大型プロジェクトを助成をいただいて進めています。

それ以外にもコロナ研究として、内閣府のプロジェクトの主査をしたり、国際共同プロジェクトとして、アメリカのNIH(アメリカ国立衛生研究所)から助成を受けた研究などもしております。

また、コロナも健康に関するプロジェクトではありますが、より日本の健康経営に関する研究として、日経のスマートワーク経営研究会に携わっていたり、経済産業研究所でのプロジェクトを行ってきました。

本日は、これらの研究プロジェクトの一部を紹介します。それ以外にも科学技術研究機構とのプロジェクトで、AIなどの新しいテクノロジーの労働事情への影響も検証してきました。

健康経営の中で、各企業が「睡眠」と向き合えない理由

本日ご説明する、健康経営と睡眠、企業業績、働き方との関連ですが、問題意識としては、必ずしも健康経営の中で睡眠が明確に位置付けられているわけではないと。「それはどうしてだろう?」と考えると、やはり社会科学分野でのエビデンスが足りないのではないかと思っています。

脳科学や医学でのエビデンスは豊富にある一方で、ビジネスにおいてどうやって睡眠と向き合っていくべきなのか。

例えば、睡眠に向き合うことで従業員の状態がどう変わって、組織のパフォーマンスがどう変わるのかが明確になっていないので、健康経営の中で「睡眠」に真正面に取り組んでいくところに、企業もなかなか踏み出せない可能性があるのではないかと思います。

こうしたことから、日本経済新聞社のスマートワーク研究プロジェクトのデータを使うことができましたので、睡眠と働き方の関係、睡眠と企業業績との関係を検証してきました。

日経スマートワーク研究会は、働き方改革を通じて生産性を高めて、持続的に成長する先進企業を表彰するものになっておりますが、企業を選ぶ基礎調査として「スマートワーク経営調査」というものがございます。その調査は、上場企業を対象に行っています。

またそれと付随して、上場企業に勤務する正社員を対象に「ビジネスパーソン1万人調査」も行って、働き方や睡眠の状態を調べていきます。

企業ごとに、社員の「睡眠の質」には大きな差がある

今回のビジネスパーソン調査の特徴は、企業名を知ることができることです。ですので、企業単位で平均的な睡眠時間や平均的な労働時間を集計することができるという、非常に特異なデータになっております。

上場企業単位で睡眠時間の集計を行いました。ただ、単純に平均を取ってしまうと、年齢や性別によって睡眠時間は異なりますので、一部の回答者が偏っているとバイアスが生じてしまう。統計的に、年齢や性別による違いがないものとして、調整した平均睡眠時間を作成して分布を作ってみました。

(スライドを指しながら)横軸が平日の睡眠時間になります。これは企業ごとの平均時間で、従業員としては7,000人弱、企業の数としては447社。その最頻値を見ると「6.3時間」ということで、水準として非常に短いことが特徴として上げられます。

もっと注目すべきは、バラ付きがかなりあることかと思います。例えば、上位10パーセントと下位10パーセントの間で0.9時間、約1時間もの違いがある。これは単に、企業が違うだけで働いている人の睡眠時間がこれだけ違ってしまうということで、特筆に値するかと思います。

それからビジネスパーソン調査では、主観的に見た睡眠の質指標も調べています。非常にシンプルなものですが、睡眠の質を1から10の10段階で選んでもらっています。

数字が大きいほど睡眠の質が良いというものなんですが、同じように企業ごとに平均を取ってみると、上位10パーセントと下位10パーセントで、10段階中の2段階も異なってしまうという結果が見えてきました。

従業員の睡眠時間が長いほど、会社の利益率は上がる

このように、企業によって従業員の睡眠の状態はかなり違うということがわかってきました。では、(睡眠が)パフォーマンスとどういう関係があるんだろうか、ということを調べてみました。

この図は横軸に睡眠時間を取っておりまして、縦軸は睡眠時間を元に5つに企業を分類しています。右に行けば行くほど、睡眠時間が長い企業グループだと思ってください。それぞれの企業群ごとに利益率の平均値を取ってみると、きれいに右上がりの傾向がある。つまり、睡眠時間が長いほど利益率が高くなる傾向が見て取れます。

これが2017年時点の状況なんですが、横軸は変えずに2018年、2019年でどういうふうに利益率が推移しているかを見ても、まったく同じようなかたちで、睡眠が長い企業ほど利益率が高い状況が続いているのが見て取れます。

やはり睡眠の質指標についても同じようなことが言えて、睡眠の質が良い企業ほど利益率が高いという相関関係が見られるわけです。

相関ではなく、もう少し因果関係に迫りたいということで、計量経済学の因果推論の手法の中の「差分モデルの推定」というもので、睡眠時間が変わった企業で利益率がどう変わったかという変化に注目した因果推論を行ってみました。

この表はその結果です。ややテクニカルになるんですが、睡眠時間の利益率に対する影響がプラスであればプラス、つまり睡眠時間が長くなると利益率が良くなるという結果を表しています。

星印が付いていると統計的に有意で、推計誤差を考慮しても、明確にそのことが言えます。睡眠時間が長いと利益率が高まるということが、当期でも、1年後の利益率でも高まることがわかります。

メンタルヘルス指標が良くなると、企業業績が良くなる

それから、企業を5つに分類したもので見てみると、特に上位20パーセントの企業でより顕著に、利益率が睡眠時間によって高まるという傾向が見えてきています。それから、睡眠の質に関しても似たような傾向が見えています。

睡眠の質に関しては、残念ながら当期での関係性は見られないんですが、睡眠の質指標が良くなると1年後の利益率が高まる。上位20パーセントの企業では、1年後と2年後の利益率も高まるという関係が見えてきています。

こうした睡眠とパフォーマンスの関係ですが、健康という意味では、「メンタルヘルス指標が良くなると企業業績が良くなる」「健康経営を企業が実施すると数年後に業績が良くなる」ということを示しておりまして、それらと非常に整合的な結果になるのではないかなと思います。

特に健康の中でも「睡眠」という狭い指標に特化したものでも、より明確にパフォーマンスの関係があるということが、今回の新しい結果かなと思います。

では、どうやって睡眠の質を良くするのか・長くするのかに関しても、分析をしてみました。これはひと言で言うと、働き方、人材マネジメントなどを変えていくことがとても有用だとわかってきています。

時間の関係で詳しい結果は省略しますが、例えば残業時間が短くなると睡眠の時間が長くなったり、柔軟な働き方で在宅勤務が増えると睡眠の時間が長くなったり、質が良くなるという結果が見えて来ています。

働き方改革と併せて、健康経営の施策も取り入れる

さらに似た研究として、経済産業研究所で「健康経営度調査」という、健康経営銘柄を選定するための基礎調査のデータを用いて、健康経営関連の施策と健康アウトカム、それから業績との関係性を検証しています。

そこで似たようなことがわかっていまして、「健康経営を実施すると業績が良くなる」と。その中でも、経営理念に関する施策を充実させると業績が良くなる。

その内訳としては、健康診断の問診結果で測った健康パフォーマンスが良くなって、それを通じて業績が良くなるという結果が見えてきています。ちなみに、この問診結果のスコアの中には、「十分な睡眠者率」が含まれていますので、今回の睡眠の関係の結果と非常に整合的になっているかと思います。

申し上げたいのは「健康経営施策が大事だ」ということだったんですが、中でも経営理念に関するもので、どういった項目が含まれるかというと、経営理念を明文化して、それを定期的に従業員に効果的に伝えていくこと。

こうした施策も、睡眠、ないしは健康を良くするのに有用だということです。つまり先ほどの別の結果と合わせると、通常の働き方改革とともに、健康経営に関する施策を導入することが睡眠にはいいのではないかと言えると思います。

企業単位のエビデンスはまだまだ足りていない

特に睡眠とパフォーマンスの関係について、これまで個人レベルに関しては多くの研究成果がありました。

「睡眠状態が良くなるとプレゼンティズムの減少を通じて、パフォーマンスが良くなるのではないか」ということは、多くエビデンスがあったんですが、組織レベルや企業単位で「(睡眠で)本当にパフォーマンスが良くなるのか?」ということは、なかなかエビデンスがなかったんです。

今回、それが1つ目として出てきたわけなんですが、まだまだ足りてないと思いますので、ぜひ産学連携研究で、こうした検証を進めていければと考えております。

「じゃあ、どういうデータがあるといいのか?」ということですが、組織レベルでのパフォーマンスとの関係なので、例えば検診結果やエンゲージメントサーベイのデータなど、部署単位での睡眠・健康、業績のデータ。

それから業績に関しては、おそらく企業さんごとに個別のパフォーマンス指標をさまざまお持ちだと思うんですね。そういったものと紐づけて検証することができれば、睡眠や健康のパフォーマンスの関係がより明確になってくるかと思います。

あるいは「介入実験」というのも有用な研究ツールになっております。例えば、睡眠改善プログラムの実施だったり、勤務間インターバル制度を導入すると、外生的に、半ば強制的に働く人の労働時間が変わったり、睡眠時間が変わる。

それによって、組織のパフォーマンスがどういうふうに変わるんだ? という、因果関係の特定が可能になるというメリットがあります。

そうした実験をする時には、「コントロール群」といった、介入を行わない比較対象を持つことが大事なので、あえて時間差で施策を実施して、早めに行ったところとまだ行っていないところのパフォーマンスの変化を比べる、といったことができればと考えています。

睡眠の「バラつき」が大きいと、むしろ売上高は低下する

ちなみに私は、これまでいくつか産学連携の研究を行ってきています。イメージを掴むために、どんなものがあるのかを簡単にご紹介します。例えばこれはキャリア研修の効果測定を行ったもので、研修を実施した6つの企業の300人のデータです。

特徴的なのは、キャリア研修の受講者だけではなくて、受講していない人に対してもアンケート調査を実施して、前後比較を行って、さまざまな個人のパフォーマンスがキャリア研修によって良くなったかどうかを検証したりしています。

あるいは、小売業1社の従業員サーベイと部署別の売上データを紐付けて、ワークエンゲージメントがその部署で高まると、売上高が高まるんだということを検証したりしています。

ただ単に「高まる」というだけではなくて、バラつきが大きいと、むしろ売上高は減少してしまうという結果も見えてきています。

単純にワークエンゲージメントを高めるだけではなくて、職場のメンバー間の温度差なく、全員がイキイキと働いている状態がパフォーマンス向上にいいということも、この研究からわかってきました。

「部署ごとに」というところでは、ワークエンゲージメントとメンタルヘルスを継続して、その組み合わせでさまざまなタイプに部署を分けて、タイプごとにこういう改善点があるのではないか? という提言も出しています。

まだまだ睡眠と健康とパフォーマンスの関係はデータが不足しておりますので、一緒に解明していただける企業さまがいらしたら、ぜひアンケートにご記入いただければと思っております。私からは以上です。