関西学院大学教授・玉田俊平太氏が登壇

玉田俊平太氏(以下、玉田):みなさん、こんにちは。関西学院大学経営戦略研究科のビジネススクールと、アカウンティングスクールの研究科長を拝命しております、玉田俊平太と申します。どうぞよろしくお願いします。

私の俊平太という名前は、よく「ペンネームですか」とか聞かれるんですが、本名でございます。戸籍を取り寄せると、ちゃんと玉田俊平太と書いてあります。

親父が一橋で経済学を学んで、最初にできた子どもの命名に、だいぶ力こぶが入っていたんでしょう、こともあろうにイノベーション研究のゴッドファーザーと呼ばれる、オーストリア生まれの経済学者、ジョセフ・アロイス・シュンペイター(Joseph Alois Schumpeter)という人の「名字」を「名前」につけちゃったという話でございます。

外国で自己紹介をすると「『玉田』と『俊平太』、どっちが名字だ?」とか、「出身はオーストリアか?」などと聞かれることもありますね。まあ、こちらとしては「顔を見れば、日本人だとわかるだろう?」と思うんですけれども。

何はともあれ、まったく初対面の人とも5分10分と話すうちに、多くの場合名前を覚えてもらえる、大変営業に向いた名前を親からいただきました。今では鬼籍に入ってしまった親父ですが、感謝をしている次第でございます。

というわけで、さっそく本題に入っていきたいと思います。私は、大学は理科系にいきまして、バイオの学部で学びました。ですがもともとは秋葉原小僧でして、土日には欠かさず秋葉原の電気街通いをしていました。当時はまだアナログ回路とデジタル回路が混在していた頃ですが、いろんな部品を買ってきては半田づけをして、火傷してはマキロンを塗って、いろんなハードウェアを作って遊んでおりました。

そんなこんなで、将来は世のため人のためになれる人になりたい。できれば『プロジェクトX』や『電子立国 日本の自叙伝』などに描かれた、国家レベルの研究開発プロジェクト(ナショナル・プロジェクト)に関与したいと、経済産業省を志望してなんとか入ることができました。

その後チャンスをいただいて「アメリカ留学していいよ」と言われましたので、いろんなところに申し込んだところ、スタンフォード大学とコロンビア大学とハーバード大学から合格通知をいただき、冬になると雪に降り込められて勉強しかやることがないボストンにある、ハーバード大学で学びました。

ハーバード大学でのクレイトン・クリステンセン氏との出会い

その時にビジネススクールのマイケル・ポーター先生が、4年ぶりにゼミをやるというので願書を書きました。そうしたら、「何か東洋人から願書が来た。しかも(当時の)経済産業省は、何か怪しい産業政策をやってるらしい。こいつを入れてちょっと拷問して、日本の奇跡的成長の秘密を解き明かそう」と思ったのかどうかは知りませんけど、ゼミに入れてもらえました。あるいは単に名前がおもしろかったからかもしれません。

ポーター先生のゼミで、競争力と競争戦略について、勉強をいたしました。その時に時間割表を見ていたら、Managing Innovationという科目があったんですね。訳すと「イノベーションのマネジメント」を学ぶ科目ですね。クレイトン・クリステンセンという当時ぜんぜん無名の准教授で、身長208センチとやたら背の高いおじさんが何かやる、ということでした。

よくわからないけど、とりあえず聞いてみようと授業を受けたら、これがおもしろかったんですね。あとでご説明しますが、普通の経営学は「マネジメントが良ければ結果がいい、マネジメントが悪ければ結果が悪い」という、シンプルな因果関係の学問だったんです。

だけど彼は、「いやいや。歴史ある大企業がベンチャー企業や新規参入企業に負けるのは、歴史ある大企業が『正しい経営』を繰り返したからだ」と言うんですよ。「はい? 何を言ってるんですか、この人?」という感じですよね。さっぱりわからないので、先生に質問ができるオフィスアワーという時間帯があるんですが、その度ごとに毎週毎週、関連する本を二宮金次郎みたいに担いで聞きに行きました。

「先生、この本にはこう書いてあるんだけど、先生の言うことはよくわからないんですが……」とずっと通っていました。そうしたら、どうもよっぽどしつこいと思われたのか、日本に帰ってから分厚い本が届いて、表紙に、「The Innovator's Dilemma」とあって。

「Schumpeter, with deep respect and best wishes. Clayton Christensen.」と書いてあるんです。その本には、これまでハーバードビジネススクールのクラスで習ったことが、非常にわかりやすく書かれていました。

あ、これはいい! ぜひ日本のみなさんにも正しくお伝えしたい! ということで、翻訳をやっていた翔泳社という会社に「これこれこういう理由で翻訳のお手伝いをさせてください」とお願いをして生まれたのが『イノベーションのジレンマ』という本です。

20年間売れ続けているビジネス書『イノベーションのジレンマ』

この本、出てから20年以上経っているんですけれども、この間新装版が出てさらに売れ続けているという、極めて異例のビジネス書です。普通のビジネス書は、本屋さんで3週間本棚に乗り続けていたら偉いという世界ですけれども『イノベーションのジレンマ』は、本屋の棚に20年置かれて続け、売れ続けている本になります。

本日は、この本のエッセンスをみなさんにコンパクトにお伝えするとともに、「じゃあ破壊される側から破壊する側になるにはどうしたらいいんだろう」という考え方の、一番ポイントになる部分をお話をしたいと思っています。

アメリカ留学から帰国後、もう少しイノベーションの研究が続けたかったので、東大の先端研というところの博士課程に入学し、博士号をいただきました。筑波大で講師をしたり、経済産業研究所という国の研究所でフェローをしていたところ、縁あって関西学院大学のビジネススクールに参りました。

研究・イノベーション学会というイノベーションの学会では評議員。あと日経ITイノベーターズ会議ではアドバイザリーメンバー。Re:Innovate Japanというイニシアチブでも、アドバイザリーボードメンバーをさせていただいておりました。

イノベーターズ会議の(歴代)アドバイザリーメンバーは、ユニクロ(ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長)の柳井(正)さんとか、早稲田(大学ビジネススクール教授)の根来(龍之)先生とか私とかがいます。

Re:Innovate Japanのアドバイザリーボードメンバーは、一橋大学名誉教授の伊藤(邦雄)先生とか、神戸大学の三品(和広)先生とか、早稲田(大学ビジネススクール教授)の入山(章栄)先生に加え、私が末席を汚している。そういうメンバーです。

あと学会賞みたいな賞で、TEPIA知的財産学術奨励賞というものがあるんですが、平成23年度のTEPIA会長大賞をいただいております。あとは本をいろいろ書いたり、日経新聞の経済教室に解説記事を書かせていただいたりしております。これが日経の記事の切り抜きですね。

他には、企業で幹部研修をさせていただいたり、豊田中央研究所では、800人ぐらいのトヨタグループのみなさんの前で、今日お話しするようなことをお話しさせていただいたり、いろんなところでお話しをさせていただいてます。経済同友会では、歴史ある大企業で、次の次ぐらいにの社長になりそうな方々と、朝ごはんを食べながらご進講したりいたしました。

歴史ある超ハイテク企業ニコンの苦戦

ということで自慢はこのへんにして、今日のアウトラインです。まずは大企業が、尻尾を巻いて逃げ出す破壊的(ディスラプティブ)・イノベーションとはどういうものかをご説明し、その後、「ディスラプティブな新規事業を創出して破壊する側になるには」というお話をします。最後はQ&Aで、命続く限りと言うと大げさでが、可能な限りみなさんのご質問にお答えさせていただければと思っております。

まずはちょっとどんよりした話をしたいと思います。ニコンですね。ニコンといえば、戦艦大和の距離測定装置とか、あるいは世界で最も精密な機械と呼ばれる、半導体の露光装置(ステッパー)などを作っている、超ハイテク企業ですね。

その高い技術を持つ会社の映像事業部門の売り上げが、2013年の7,500億円をピークに直近2020年の3月期ですと2,200億円まで下がっている。つまり約7年間で5,000億円の売り上げがなくなっています。なぜでしょう。

「はたして、ニコンの経営は何かを間違えたんでしょうか?」というのが今日の最初のご質問です。ニコンは売り上げの減少がたたって、2021年には、カメラレンズの国内2工場を閉鎖し、2021年3月期には350億円の赤字になってしまっています。

ここで話は変わりますが、お子さんがおられる方で、自分の子どもについつい「勉強しなさい」と言ってしまう人、いらっしゃると思うんですね。私も親から「勉強しろ!」とけっこうわーわー言われたほうで、「なんで勉強なんかしなきゃいけないの?」と口ごたえするわけです。

すると親は、「やっぱりいい大学に入るためには、勉強しないとだめなんじゃないか」と言うわけですよね。「どうしていい大学に入らないといけないの?」と、また口答えすると、「いい会社に入るためだ」と、そんなことを言う親がいる。

技術、製造能力、販売網……大企業が備えているもの

「いい会社ってどういう会社?」と聞くと、だいたい親は寄らば大樹だから「それはやっぱり歴史ある大企業、ニコンみたいな会社に入るのがいいんじゃないか?」と言うでしょう。

確かに歴史ある大企業はいろいろ「持って」います。例えばトヨタ、あるいはボーイングもそうですけど、あらゆる技術の蓄積があります。当然物をきちんと作るという製造能力もあります。日本中、あるいは世界中に張り巡らせた販売網もあります。

これがあるとないとでは、大違いですよね。さらに言えば、整備が必要な商品の場合には、車検とか受けるためのサービス網があったほうがいいですよね。そういった細かいサービス網だってあります。

さらに言えば、これまでいろいろお付き合いのあるお客さんがいて、そのお客さんとの信頼関係もあります。そうしたことを総合した、「トヨタが作る車だったら、あんまり変なことにならないだろう」というブランド力があります。

あるいは「パナソニックが売っている家電だったら、いくらなんでも突然爆発したりはしないだろう」という安心感はありますよね。そういう歴史ある大企業ですから、普通に競争したら大抵勝つ。だけど、大抵勝つはずの大企業が負けた事例があるわけですよ。

業界の有力企業が、新規参入企業に負けた事例

『イノベーションのジレンマ』を読まれた方は本の中に出てきたと思いますが、例えばパソコンに搭載されているハードディスク。これまで6回ぐらい新しいアーキテクチャ(設計思想)が現れたんですけれども、業界の有力企業が次の世代でもリードを維持できたのは、2回だけだった。

逆に言うと6回のうち4回は新規参入企業に負けているんですよ。これ、おかしくないですか? だってお客さんも抱えているし、ブランドも製造技術も持っている。何だって持っている既存優良企業だったら、6回新しいアーキテクチャが現れようが、6回勝って当然じゃないですか。何かがおかしいですよね。

他にも掘削機産業ね。ショベルカーは、昔は本体にエンジンがついていて、そのエンジンからケーブルで動力を伝えて、重たいバケットをギリギリギリと持ち上げては、どすんと落として土をかく、「ケーブル式」が主流だったそうです。

今でもまだ、オーストラリアの鉱山みたいなところで動いているめちゃめちゃ大きいクレーンは、ケーブル式です。そういうのが主流だった時代に、みなさんも工事現場でよくご覧になる、油圧で関節を動かして土をかく、油圧式に技術が移り替わった。

それだけなのに、ケーブル式を作っていた30社のうち、26社が倒産したり合併したりどこかにいったりで、4社しか油圧式に生き残れなかったんですよ。これもまたおかしくないですか? だって既存企業有利の法則なんでしょ? 30社いたら30社が油圧式に移り替われるべきなのではないですか? という話です。

他にも鉄鋼業では、溶鉱炉で鉄を作るのに対して、ミニミルという作り方があるんです。電気の安い国なんかでは、ミニミルがもう半分以上のシェアを得てしまっているということであります。

コンピューター業界の巨人IBMの敗退

こういう時に、ビジネス雑誌では「やっぱり歴史ある大企業でも、近視眼的な投資をしたからだめだった」とか、「ケイパビリティ(能力)とかリソースが不足していたから新しいビジネスについていけなかった」とか、あるいは「ビジネスプランが貧困だった」などと言いがちです。あるいは「社内に官僚主義や慢心がはびこった」とか。

つまり「ビジネスの結果が悪かったのは、企業が経営判断を誤ったから、あるいは、正しくない経営をしたから競争に負けたんだ」という説明をするのが普通ですよね。

クリステンセン先生以前の経営学者は、みんな「うん、そうだよね。経営が悪かったから結果が悪かったんだ。だからそれを直せばいいじゃん」という経営学でした。だけど、クリステンセン先生はそれで納得しなかった。さすが、世界の「Thinkers50」に3年連続で選ばれるだけのことはありますよね。

クリステンセン先生は「ちょっと待ってくださいよ。経営の優劣では、このコンピューター業界のケースが説明できないじゃないですか」と言うわけです。

コンピューター業界のケースとは、昔のコンピューターはメインフレームという大型なコンピューターでした。24時間365日エアコンで室温を25度ぐらいに保ち、床は二重床にして配線を通せるようにしてある。

そこにまるで工場のように発電所から三相電源という電源を引いてきて、タンスぐらいの大きさのCPUモジュールとか、メモリモジュールとか、テープドライブモジュールとか、ラインプリンターとか、めちゃめちゃでっかい機械をいっぱい並べる。

操作もCPUオペレーター、テープドライブオペレーター、プリンターオペレーターなど、5人ぐらいのオペレーターのチームを作って、お金も何億もかけてコンピューティング処理をするのが昔の大型コンピューターでした。これはIBMという会社が、世界の7割近いシェアを占めていました。

日本の富士通とか日立は、IBMとガチで殴りあっても勝てないので、しょうがないからIBM用に作られたプログラムが動く「互換機」を作っていたぐらいです。

そのぐらい圧倒的に強かったIBMが、IBMの大型機の10分の1ぐらいの性能のミニコンピューターを売り出したDEC(​​Digital Equipment Corporation)とか、データゼネラルとか、プライムとかワン。こういう会社に徐々に徐々に顧客を奪われて、最後は負けてしまったんですね。DECが勝つという事象が発生しました。

ビジネスに「絶対的な経営力の優劣」はない

そうなるとビジネス雑誌はDECを絶賛するんです。「DECすごい」「IBMをやっつけた」「神の経営」とかそういう感じで、褒めまくるわけです。

だけど、そのIBMを打ち負かしたDECが、ミニコンよりもさらに性能の低い、もともとは電卓のために開発され、ワンチップでコンピューターの働きをする「マイクロプロセッサー」というチップを載せたパーソナルコンピューターに、やはり同じようにローエンドから徐々に徐々にお客さんを奪われて負けてしまったんですよね。

勝ったのはAppleとかコモドールとか。あとIBMの独立パソコン事業部であるEntry Systems Division。その勝ったデスクトップパソコンも、今度はノートパソコンに負けてしまうんですけれども、それはとりあえず置いておきます。この(スライドの表の)上の2行を見て、経営の優劣によって勝負が決まっていないと気づけた人は、クリステンセン先生並みの頭脳です。

ビジネススクールの授業や会社の研修だと、ここでみなさん一人ひとり当てまくって、みりみり詰めて頭から汗を流してもらうんですけど。今日はフラッシュセミナーということで、そこまではしません。

これ、種明かしをすると、(スライドの表の)赤い字のところをよく見ていただくと、なんとなくヒントが書いてあるんですね。つまり、メインフレームをやっていたIBMがじゃんけんのグーだとしましょう。それにミニコンで勝ったDECがパーだとしましょう。IBMにDECがミニコンで勝ちました。確かにパーがグーに勝っているからオッケーですよね。

下の行にいきましょう。今度はミニコンをやっていたDEC(パー)が、パソコンをやっていたIBM(グー)に負けていますよね。パーがグーに負けて、勝負が逆になっていますよね。つまりDECとIBMの間に絶対的な経営力の優劣があったとしたら、こんなことは起こり得ないんですよ。