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松田雄馬氏 x 楠木建氏スペシャル対談(全4記事)

不測の事態をチャンスに変えた、ユニクロの「文脈思考」 楠木建氏が語る、コロナ禍でも業績を上げられる企業の考え方

代官山 蔦屋書店で行われた新刊の刊行記念イベントに、『デジタル×生命知がもたらす未来経営』を上梓した松田雄馬氏が登壇。本セッションでは、『ストーリーとしての競争戦略』の著者で一橋大学教授の楠木建氏をゲストに迎え、優れた経営者の絶対の共通点や、人の感覚・感情を呼び覚ます「脳の性質」などが語られました。

「直観」や「センス」の磨き方

松田雄馬氏(以下、松田):ということで、今日のテーマに入りたいと思います。最初のテーマは、まさに今の楠木先生のお話に肉薄しますが、「『ストーリー』は『生命知』から生まれるのか?」ですね。

今の先生のお話では「生命知が1つのカギになっている可能性がある」ということでした。私がなぜこちらのテーマを用意したかというと、まさに先生がおっしゃったように、ストーリー自体が競争戦略の原点にあって、かつ優れた戦略とは「思わず人に話したくなるようなおもしろいストーリーである」ということ。これはストーリーとしての競争戦略にも強調されていますよね。

「センス」という言葉自体、それだけを聞くと、「一部の選ばれた人じゃないとできない」と感じてしまう方が多いと思うんですね。でも、私は今先生がおっしゃったとおり生命知がカギになるのであれば、非常に多くの人の救いとなる可能性があると思いまして。生命知とは、AIが行う論理的な知に対比するもので、人間や生き物であればすべて持っている。これがなかったら、生きていくことができないというものだと思っています。

生命知を発揮できれば、一人ひとりが少なくとも生きていけるし、いろんな想定外が起きた時にも柔軟に対応できると思うんですね。人はそれぞれ、置かれた環境は当然バラバラです。そういった中で一人ひとりがセンスを発揮しているということは、それは生命知を発揮しているということと、もはやイコールなんです。

一人ひとり、あるいは生命一つひとつが、置かれた環境が違うからこそ生命知を発揮する。それ自体、まさに個性、直観、センスを発揮するということなんですよね。

経営においても、私自身はまったく一緒だと思うんですね。より多くの競争戦略を知る楠木先生のカルチャーからぜひ、「これが誰でもできるものなのか」、そうだとしたら「どんなことがカギになるのか」などをお聞かせいただけないでしょうか?

楠木建氏(以下、楠木):僕が「直観」とか「センス」と呼んでいるものは、もちろん後天的なものです。ただ、スキルとは違う。いろいろな違いがありますが、直観やセンスには、「典型的な開発方法がない」ということが1つあると思います。

だからもちろん、事後的にその人が錬成していくものなんですよね。その時に「こうやったらできるようになりますよ」という定型的な、標準的な方法がない。ですから、自分の経験の中で磨いていくしかないということなんですよね。

刀を物理的に振ることは誰でもできるけれども、みんなが剣豪になれるわけではない。あるところまでは教科書があって、定型的に練習していけば上達するにせよ、そこから先はセンスの問題だと思うんです。いきなり剣豪という人は、たぶんいないと思うんですよ。先天的ではない。

優れた経営者の絶対の共通点

松田:まさに、私が先ほどお伝えした話と一緒ですよね。まずは身体があると。赤ちゃんも最初は動くことすらままならなくて、バタバタしている状態で。そこから体を使って経験しながらじゃないと、当然思うように体を動かせないという。それと同じで、刀が与えられたとしても、それを振り続けないとセンスは身につくものではなくて。

楠木:そうですね。

松田:楠木先生は、いろんな著書の中で、たくさんの例を挙げながらお話をされていると思います。今日聞いているみなさんにわかりやすいように、具体的に「こうすると身につく」みたいな例はありますでしょうか?

楠木:非常に事後的なものですね。だから、本当にやってみるしかない。やってみて、うまくいかないことがほとんどなので。それで、「なんでうまくいかなかったのかな?」と考える。それが要するに「教科書がない」ということです。ある人がこうやってうまくいっているのに、なんで自分はできないのか。そういうことがたくさんあるわけですよ。

だから場数なんです。矛盾するようですが、経営センスを身につけてから経営をするということではなくて、経営しながら事後的にセンスが身についてくるものだと思うんですよ。

松田:私が建設業界のDXのコンサルティングをやる時などに、よく聞く話があるんですね。一昔前は、設計を行うにしても、まずはやってみると、実際に案件をこなしてみて、当然ながらいろいろ失敗する。

いろいろ失敗するんだけど、その設計自体に本気で取り組んだのならば、二度と間違えることはない。そこで、手に取るように「これをやったら次はこうなって、その後こうなる」といったストーリーが全部描かれていくわけです。

楠木:直観力がある人、直観が備わっている人は、まったく新しいことに直面しても、「いつかどこかで見た風景」という感じに対処するんですよ。それが優れた経営者の絶対の共通点であると、僕は見ていて思うんですね。「いつかどこかで来た道」みたいな。

すべての現象とは一過性なので、その時にしかないんです。でも、まったく新しいことに直面しても、これまでの経験で「要するにこういうことだよね」というパターン認識ができるという。

松田:おっしゃるとおりですね。

楠木:「だとしたら、こうしたらいいんじゃないか」というアクションがそこから導かれる。結局「臨機応変」とはそういうことだと思うんですよね。

松田:そうですね。

ピンチをチャンスに変える企業の考え方

楠木:反応速度が速いとか、そういうことではないと思うんです。だから、コロナみたいな不測の事態が起きた時がいい例なんですね。もちろん、これは不測の事態なので、非常に大きな影響を与えます。だから、今もZoomを使ってこれを行っていますが、2019年の段階でZoomという会社が、一時あれだけ時価総額が上がるなんて誰も思っていなかったと思うんですよ。

これは、明らかにものすごい追い風ですよね。ただコロナに関して、アメリカやヨーロッパでは、人々の行動レベルでは収束したことになっていて。一通り過ぎてみると、Zoomの時価総額は、ものすごい減少して元に戻っているという。結局大きな環境の変化はインパクトを与えるんですが、わりと一時的だったりするんですよ。

やっぱりコロナのような大きな出来事があった時は、明らかな追い風のZoomや、明らかな向かい風の航空業界などは別としても、業績との関係をみるとコロナ対策が早かった、うまかったということは関係ないんですよね。

例えばファーストリテイリングやアイリスオーヤマなどは、非常に優れた競争戦略、戦略ストーリーを持っていて、僕はふだんから注目しています。こうした会社は、自分たちの「こうやって儲けていくんだよ」という戦略ストーリーに立ち戻っているんですね。それは1つのストーリーなので、文脈を構成しているわけです。

その文脈の中に、「コロナ禍で人々が取った行動」とか「コロナという非常に突発的かつインパクトの大きな出来事」を、位置づけていく。「だとしたら、我々はこういうふうにコロナを逆手に取ることができるよね」ということを、戦略ストーリーの文脈の中で考えているんです。だから、俗に言う「ピンチはチャンス」とは、そういうことだと思うんですよ。

ユニクロの「文脈思考」

楠木:「どうやって儲けていくの?」というストーリーが、まったく筋が通ったものでなければ、単にコロナ対応・コロナ対策になって、結局はこれに振り回されてしまう。

松田:「コロナ対策ができていた・できていない」という目先の話ではないというのは、ストーリーに関してもそうだし、生命知に関してもそうですよね。非常に興味深いです。

楠木:例えばコロナ禍で人々が外に出られない。移動もできない。だから「オンラインでミーティングをするようになるでしょう」というのは、Zoomにとって何の直観も必要としていない、あからさまな追い風なんです。逆に人々が動かないとなると、単純に需要が蒸発しちゃう航空業界は、「誰も飛行機に乗ってくれないから業績が落ちるよね」というのはあからさまな向かい風なわけですよね。

ところが、さっきちょっと言ったユニクロのケースだと、人々が家で仕事をするようになって、それもずっと1人でやるわけじゃなくてオンラインのミーティングもあると。そうすると、「家で仕事をする時に快適な服装は何なのか」という話になりますよね。

それで、新しい商品構成が出てくる。ただ、それはこれまでのユニクロのライフウェアというコンセプトから出てくるストーリーなんですね。洋服は人々が快適に生活するための部品なんだと。このストーリーの文脈の中で、初めてものになるわけですよ。

こうした文脈思考とは、要するに関係を常時再構築しているということなんですけど。僕はセンスだと思うんですよね。

人の感覚・感情を呼び覚ます「脳の性質」

松田:今の文脈思考のお話、非常に示唆深いと思いました。私の専門に紐づけて、昨今脳の研究でわかってきていることについて話しますね。

先生が先ほどおっしゃった「いつかどこかで見た風景」とは、人間の脳の性質で「連想想起」と古くから言われているものなんです。例えば田舎の風景とか、何か匂いを嗅いだ時に「ああ、あの頃の匂いだ」というのがありありとよみがえってくる。風景も、匂いも、触覚というか感覚も含めてよみがえってくる。これが連想想起です。

実は、それが起こっているのは、人間が単純に頭だけで処理している、理解しているわけではないからなんです。昨今、こういうことがわかってきているんですね。例えば、何か見たものをまず視覚という情報で処理します。データで処理するんですね。

同時に感覚、感情でも処理する。感情をつかさどる偏桃体というものがあるんですが、その中でループが回っている。また、それだけではなく、体にもループが回っているんですね。すなわち何かを感じる時は、まず「体自体で感じる」。その結果として「感覚・感情が同時に想起される」。その結果「何かものを認識する」という3段階があるんですね。

だからこそ、他人が怪我をしているとか、痛い目にあっているのを見た時に、自分の体でそれを感じ取るんですね。自分ごとというのはそういうことから起こるんです。仕組みとして、ミラーニューロンというニューロンがあるんですね。

楠木:僕はそっちのほうは詳しくないんですが、今のお話を、ものすごくあっさり言うと「イマジネーション」みたいなことだと思うんですよね。

松田:おっしゃるとおりです。

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