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松田雄馬氏 x 楠木建氏スペシャル対談(全4記事)

江戸・明治の商売人は、「トレードオフ解消」を意識していた? 大坂商人が作った学問所の塾則と、渋沢栄一の教えの共通点

代官山 蔦屋書店で行われた新刊の刊行記念イベントに、『デジタル×生命知がもたらす未来経営』を上梓した松田雄馬氏が登壇。本セッションでは、『ストーリーとしての競争戦略』の著者で一橋大学教授の楠木建氏をゲストに迎え、具体事例で考える「戦略とは何か」や、日本人の気質と可能性などが語られました。

「日本企業を主語にしてものを考えるのをやめましょう」

楠木建氏(以下、楠木):だからDXって言っているんだけど、実際はDSのことが多い。それはハンコ押さなくてもいいと思うんです。デジタル認証でいい。そういう話だと思うんですよ。それは、もうやればいいだけ。

その先に競争領域があって、これはまさに「違いを作る」という戦略の本丸になるわけです。それって、その組織の中のいろいろなアナログをデジタルに代替していくことではなくて、「顧客に対する価値提供の仕方が変わる」ということ。これがトランスフォーメーションですよね。

これは最初に戻って、戦略のストーリー、会社独自のストーリーを構築しなくてはいけない。だから生命知の問題になってくると思います。こうやって整理してみると、経済産業省のDX戦略の多くは、DSの話をしていると。だから生命知は見出せなくて当たり前。なぜなら必要ないから。

あと、僕はやっぱり政策がうまくいかないのは当たり前だと思うんです。政策というのは、単位が「日本企業」なんですよ。せいぜい、規模で分けて「中小企業」とか、業界で分けて「自動車産業」とかね。戦略とか経営で一番大切なことは、「個別性」ですから。

追い風がばんばん吹いている高度成長期であれば、日本企業という単位でもある種処方箋みたいなものがあったと思うんですよ。ところが今は、日本企業と言った瞬間に、全部そういう議論は嘘になっちゃう。意味がないと思うんですね。それは日本製鉄だって、メルカリだって、オンギガンツだって一応日本企業ですよ。

もう、あまりにもその中でのバレリエーションが大きくて意味がない。成熟というのはバリエーションが増えていくことなので。これだけ成熟している時に、「日本企業はこうするべきだ」という国レベルの政策なんてまったく意味がないと思うんですよ。

うまくいかなくて当たり前。つまり経済産業省は役割を終えたと。エネルギー政策だけでいいと思います。あとは全部解散。

松田雄馬氏(以下、松田):(笑)。

楠木:余計なことをしないことですね。メルカリにとって正しいことを日本製鉄がやったら即倒産です。個々の企業が意思決定することですから。

松田:おっしゃるとおりですね。もはや、日本企業というセクター分けではダメだと思うので……。

楠木:「日本企業」という企業はかつて一度たりとも存在したことがないので、僕は、「日本企業を主語にしてものを考えるのをやめましょう」と言っています。

経済産業省の役割とは?

楠木:僕の友だちでシンガポール大学の経営学者がいます。彼は韓国人なんですが、韓国で「韓国企業の競争力」という話は聞いたことがないと。シンガポールにも「シンガポール的経営」という言葉はないと。

そうしたらドイツ人も「そうだよな。ドイツ企業の成長戦略なんてないよな」と。あるのは「シーメンスの成長戦略」「BMWの成長戦略」であって。みんなが「なんで日本は『日本企業の競争力』とかいう話が好きなの?」と。それはそれで、僕はおもしろい現象だと思うんですよ。

「みんな、すごく日本が好き」っていうのはあるかもしれません。気になるという。ある意味、国レベルで凝集力があっていいことなのかなという気もしますね。ただ、個別の企業の経営なり戦略を論じる時に、もはや「日本企業」はないだろうと思います。

松田:私はこの問いで、ポジティブな答えを出したいと思っていたんですけれど、今のお話の中で、けっこうポジティブな面が出てきたと思いました。

例えば1個目は楠木先生がおっしゃった、経済産業省の言っていることのほとんどがDXじゃなくてDSでしょうと。それは非競争戦略の話だよと。つまり、放っておいてもいずれはそうなるというお話で。

楠木:そう、そう。そのレベルでは国家の指針、国家の政策として、「みんなこういうふうにいこうよ」というのが出せるわけですよ。

松田:そうですよね。

楠木:それは個別性がない。要するに定食ですよね。体操でいえば規定演技。戦略は自由演技なんで、そっちについては僕は政策は有効でないと思っているんですよ。

松田:おっしゃるとおりですね。だから、経産省は役割を終えたというのも、私もそのとおりだと思います。ただ、何かしら彼らがいいことをしているのかもしれない。

経産省はDS的な非競争戦略の部分を広めるということに関しては貢献しているから、そこに関して学ぶ土台を作るというか。「彼らが発信しているのは競争戦略ではなく、あくまで非競争の部分ですよ。どうせそうなる部分ですよ」と。これを理解した上で学ぶと、ある種大きく構えられるし、「今こうなってるんだから、とりあえずやっとくか」というのは意味があると。こういう捉え方も1つありますよね。

楠木:そうですね。

複数の「良いこと」の中から、「良いこと」を選ぶのが戦略

楠木:ただ、そうじゃなくてもいいと思うんですよ。経済産業支援室みたいなのがどっかにあればいいだけで。

松田:確かに、経済産業省の役割然として、経産省が手を引っ張っているように見えてしまうから、みなさん誤解すると。

楠木:だから僕も、非常にプラクティカルな提言として「経済産業省は解散する」と。エネルギー政策というものは、外交とも絡むし本当のdecisionですよね。制度設計も必要だし、国の仕事だと思うんですよ。だからエネルギー省というのを作ると。

それで、経済産業省ではないんですけど、エネルギー省の中に「経済産業支援課」とかがあって。そこの人たちが、「アナログでは効率悪いから、DSやろうよ」と掛け声をかけているっていうね。それぐらいでいいんじゃないかなと、僕は思っているんですけどね。

松田:「国家戦略としてやるべきこと」と、個別的なというか競争戦略として「各企業がやるべきこと」はまったく別のものであるという。

楠木:そもそも戦略とは決断なんですよ。チョイスです。チョイスというのは「『良いこと』と『良いこと』のどっちを選ぶか」という話ですね。DS的な、「アナログで効率悪いからデジタルにしたほうがいいですよ」というのは、ノーチョイスなんです。それは、一方が優れているわけですから。「良いこと」と「悪いこと」との選択だったら良いことをやればいいに決まっているので、そこに意思決定、決断、戦略はないんですよね。

松田:そうですね。

楠木:学校の先生が「遅刻すんなよ」とか「宿題やったか」って言うみたいな。昔の『8時だョ!全員集合』のエンディングみたいな話で。「歯磨いたか? また来週!」って話なんですよ。これは戦略でも政策でもないですよね。

松田:(笑)。「『歯磨いたか?』っていうのは戦略か?」と。これはすごくわかりやすいですね。

楠木:それ、基本的にいいことなんで。

松田:「そりゃ磨くでしょ」っていう話なんですよね。

楠木:そうです。

松田:だから経産省は(DXと言いつつ)多くがDSなわけだけど、それは「歯を磨こうよ」と言っているにすぎないと。

楠木:DS支援室ですよね。

松田:そういうことですよね。「ちゃんと歯ブラシを使って歯を磨くと歯がきれいになるよ」と。

楠木:「この歯ブラシがいいよ」とかね。そういうことですよね。

松田:非競争の部分の指針にはなるので、支援室という役割でいいんじゃないかと(笑)。おっしゃるとおりで。

楠木:省じゃなくてもいいじゃない。そんなところに事務次官とか大臣いらないよねというのが僕の意見なんですけど。

日本人の気質と可能性

松田:わかります。それは本当に私も支持しますね。ひょっとしたら今日、経済産業省関係の方がいらっしゃるかもしれませんけど。

楠木:経済産業支援室の人員は10人でいいですね。

松田:逆に支援部隊10人がいるのは、すごく大事な役割のような気がしますよね。「こういう歯ブラシが最近出て、こういう効果が出ているよ」ということをレポートするっていうね。

それから、楠木先生がおっしゃっていたことで、もう1点ポジティブな点がありました。日本だけはなぜか、「日本企業という線引きで言いがち」という。

ポジティブに捉えると、日本企業って……、僕もこう言っちゃってますけど、多くのビジネスパーソンの方々がすごく勉強家ではないかと。「他の会社はどうしているんだろう」「ちょっとでもいいものだったら取り入れてやろう」という貪欲さがあるからこそ、日本企業という呼び方になる可能性もあるんじゃないかなと思って。

いろんな国にいて思うところがあるのですが、僕は日本人ってすごく勉強家だと思うんですよ。だから、そういうポジティブな捉え方もできるような気がするんですが、どうですかね。

楠木:そう。基本的にやる気はあるってことなんですよね。「頑張らなきゃ」という気持ちはある。気持ちがあるだけではどうにもならないんですけど。

松田:そうですよね。今日も代官山を好きな方々がたくさん集まってくださって。日常的に本も読むし、こういう場にも参加されて、すごく貪欲だと思うんですよね。そういった方々が、「ストーリーや生命知とは何か」ということを理解すると、ひょっとしたらものすごく大きなムーブメントが起こるかもしれないですね。

江戸時代の商売人の心得

松田:時間もかなり押してきましたが、最後にこの問いを用意しました。「人々を救う徳が一番儲かる?」ですね。これ、何かというと以前楠木先生と対談をした時に、一番最後にぽろっと出てきた言葉なんですよね。私の以前の本や、今回の本にも書いたのですが、いわゆる「江戸時代の商売人の心得」を少し引用してお話したことがありました。

江戸時代に、大阪で初めての「商売人のための塾」ができたんですね。懐徳堂というものです。そこの塾則が非常におもしろい。「塾なんだから勉強するんだろう。それは儲けるための勉強なんだろう」と思いきや、その塾では「人々を救う徳を身につけるために学ぶ」ということなんです。これが商売そのものなんだと言っている。

つまり、徳を持って人々を救うことができるようになれば、おのずとお客さんが自分たちを応援するようになると。いわゆる「三方よし」の原点ですよね。

社会が自分たちを応援すれば、ビジネスがどんどん回り出す。まさにそういったストーリーがおのずと描かれるのは、徳を持っているからこそであるという。懐徳堂を作った三宅石庵という商売人は、こういうストーリーを描いていたんじゃないかと思うんです。

徳というものは、日本文化と非常に相性がいいと思います。日本人は、単に勉強家なだけでなく、他人を思いやる心を文化として持っている。当然ながら、他の国にも徳の文化はありますが、日本人はそういうところの直観が優れていると思うんですね。

それが戦略のストーリーにつながってくると、日本という土壌からいくらでもビジネスが生み出せるんじゃないかなと思っているんですね。

『論語と算盤』の渋沢栄一の考え方

松田:今日の締めとして、ここについて楠木先生にお聞きしたいと思います。

楠木:最後に一言申し上げると、それは非常にクリアだと思います。徳とは何か。それは「時間的に長い」ということだと思うんですよ。

あらゆる商売は問題解決なので、誰かを救うためにやっている。その「救いの時間軸が長い」ということですよね。日本的な考え方で、「情けは人のためならず」とかね。こういうのは、「今の取り引きの交渉で『すぐ儲かる』とか『すぐ損する』ということではないけど、巡り巡って……」という論理的な時間が長いということなんですよ。僕はそれが徳だと思うんです。

いつも言っているんですが、『論語と算盤』という渋沢栄一さんの話を、9割の方が誤解していると。「資本主義、そろばんは暴走するので、徳、人間の倫理でブレーキをかけないといけない」と理解している人が多い。でも、渋沢さんは「道徳的であることが一番儲かるんだ」と言っているんです。

それは長期の利益なんですね。だから、逆に「そろばんだけのやつは欲がない」ということなんですよ。本当に長期的にがっつり儲けようとしたら、道徳的であるべきだと。今のESGやSDGsも全部同じだと思うんですよ。

短い時間軸で考えるから「利益を優先するのか、ESGを優先するのか」というトレードオフの問題になってしまう。十分に長期で考えれば、全部トレードオンだと思うんですよね。それは日本的な特徴かもしれません。

松田:そうですよね。楠木先生、今日は貴重なお話をいろいろとありがとうございました。会場を代表しまして私があらためてお礼の言葉を述べさせていただきたいと思います。

楠木:こちらこそ。ありがとうございました。

松田:楠木先生、ありがとうございました。

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