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『デジタル×生命知がもたらす未来経営』(日本能率協会マネジメントセンター)刊行記念 松田雄馬✕楠木建トークイベント 「生命知なき競争戦略に未来創造なし」
2022.06.13 - 2022.06.13
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松田雄馬氏(以下、松田):みなさんこんにちは。『デジタル×生命知がもたらす未来経営』著者の松田雄馬と申します。よろしくお願いいたします。
私から、今日のゲストの楠木健先生のご紹介をします。簡単に楠木先生の経歴を読み上げさせていただきますね。一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授でいらっしゃいます。ご専門は競争戦略。1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。その後、一橋大学商学部の専任講師、助教授、ボッコーニ大学経営大学院客員教授、国際企業戦略研究科准教授を経て2020年から現職をされています。
代表作の『ストーリーとしての競争戦略』をはじめ、数々の名著をご執筆されていて、私自身も本当に尊敬する経済学者の先生のお一人です。
(スライドに)楠木先生と私の著書を並べさせていただきましたが、本日はこのように『ストーリーとしての競争戦略』と『デジタル×生命知がもたらす未来経営』の内容が交錯するような対談をしたいと思っています。楠木先生、今日はよろしくお願いいたします。
楠木建氏(以下、楠木):こちらこそよろしくお願いします。楠木と申します。
松田:今日の流れとしては、前半の約1時間ほど、楠木先生にお時間をいただきまして、『ストーリーとしての競争戦略』と『デジタル×生命知がもたらす未来経営』に関するお話をします。その後、私から「生命知」を中心にビジネスパーソンのみなさんにお話を提供したと思っております。
まず、私の今回の本の概要について簡単にお話ししたいと思います。タイトルは『デジタル×生命知がもたらす未来経営』、サブタイトルは『心豊かな価値創造を実現するDX原論』です。
一言でどんな本かと言うと、主題はDXで、デジタル変革を生命知から捉え直したものとなっています。では「生命知」とは何かと言うと、「生命の持つ、臨機応変に関係を構築・再構築する力」というものなんですね。
生命というと、ナメクジのような生き物から我々みたいな高等生物まで、たくさんの種類があるわけです。そしてすべての生命は、常に風が吹いたり雨が降ったり、想定外に対処することを余儀なくされているんですね。
こういった想定外にも、適切に役割分担して苦難を乗り越える組織力とは、まさに人間が生命であるからこそ実現できるんです。組織力自体、人間が生命を持っているからこそ発現できる。これこそが生命知であると、私は提唱しております。
松田:私の専門はいわゆるAIです。その中でも、まさに生命知に基づく次世代のAIについて考えております。今のAIを乗り越えていくには、生命知を考えることが不可欠なんですね。
そういった観点で、AIを使いながらDXをしていく際にも生命知の理解が必要なので、実際にこの本でもさまざまな事例を紐といています。私の観点からすると、世界をリードするDXカンパニーというものは、いずれも生命知を発揮しています。そうすることで、どんどん新しいビジネスを展開しているんですね。
この本の中で、教育者の浅岡(伴夫)先生と一緒に「日本の商い」を紐とき直すというチャレンジを行っています。おもしろいことに、そこにもまた生命知が多分に発見できるんですね。
日本企業に元気がないと言われて久しいと思います。そういった日本企業に、再び生命知が宿るとすると、日本経済は再び世界をリードし得る。私の観点からすると、「生命知が宿る」ということ自体、日本そのものがストーリーを持ち始めることだと思うんですね。再び、成長のストーリーを描いていくんじゃないかと考えています。
そういった観点から、まさにストーリーというところを掲げる楠木先生に、ぜひこの生命知を組み合わせながら、いろんなお話を聞いていきたいと思います。またこの本でお伝えしたかったことも、みなさんにご紹介したいと思っています。
松田:というわけで、長くなりましたが、楠木先生、率直に今回の新刊いかがでございましたか?
楠木:いろいろな今日的な論点が盛り込まれていると思います。見ている方の理解を促すために、まず「こういったものは生命知ではない」というお話をするとわかりやすいと思うんです。「知」の中でも、あるものを「生命知」と呼んでいるわけですが、そうでない知もあるわけで。いかがでしょうか。
松田:ありがとうございます。そうですね。「生命知」という言葉が、そもそもなぜ生まれたかということを、みなさんにお伝えしたいと思います。これを持って帰っていただくと、本当にこの本の中身がわかると思います。
まず生命知と対比するものとしては、昨今のAIがあります。これを大まかに捉えてください。AIと生命知を持つ人間の違いは何でしょうか。
そこで重要になるのが、やはりAIの持つ、「データを処理する」という性質です。では、この「データ」とは何なのか。生命知と対比すると、あまたある人間社会、自然社会の情報の中で、「記号にできるもの」「数値にできるもの」を論理的に処理するということになります。
すなわちAIは人間と違って、あくまで論理的に処理をする「論理的な知」です。それに関しては、人間とはレベルが違います。逆に言うと、人間は論理的な知が苦手だけど、そこを習得するために少しずつ進化してきた。そういう生命体だと考えることができます。つまり、「論理的な知」に対して「生命知」があるということです。
松田:じゃあ、生命知とは何なのか。例えば赤ちゃん。考えていただきたいんですが、人間は生まれ落ちた時から、賢く考えて、動いていけるわけではまったくないですよね。
生まれたばかりの頃は、そもそも「自分の体が自分の体である」ということがわからないわけです。だから手足をバタバタさせながら、「なるほど、こう考えたらこういうふうに右手が動くのか」「ということは、右手は自分の管理下なんだ」「自分が想像すると動かすことができるんだな」など、少しずつ自分の体を自分のものにしていくんですよね。
これが、体を使った生命知の原点です。すなわち、生命知とは「身体知」と置き換えることもできます。人間の体で考える。体で感じる。体で次の予測をしていって、想定外のことにも対処できる。非常に興味深いことに、人間の体を使う身体知というものが、武道だとか、日本に古くからあるものの奥義にも密接に関係しているんです。
例えば剣道の、つば迫り合いのような達人同士の試合を見たことがある方もいらっしゃると思います。達人同士って、まったく動かないんですよ。なんでそんなことができるんでしょうか。彼らは「こう動いたら次にこうきて、そうなったら次にこう来て……」という未来がすべて予測できているわけですね。
それは、いわゆるデータ処理で未来を予測しているわけではなくて。すべて、自分の体で経験しているからこそ、次の展開が予測できるようになる。つまり、赤ちゃんが「自分の体を自分のものだと確認するために動く」ということの延長線上に、「武道の奥義」があるということなんです。
例えば料理人の世界には「素材の声が聞こえる」という言葉があります。結局それは、素材がまるで自分の体のように感じられて、少しの違和感でも感じ取れてしまうということです。「野菜が汗をかく」という表現もありますが、ちょっとでも水分が変わると、視覚、触覚、聴覚で感じ取ると。
これも、データ分析を行って、こうだからこうなるという世界ではありません。体全体で感じ取ることができるからこそ、次が予測できる。このように、まさにAIに対比するものとして生命知があるんです。
楠木:今のお話を僕なりに理解すると、「臨機応変に関係を構築したり、再構築したりする能力」をもたらしている知とは、つまり「直観」に近いのかなと思いました。
松田:おっしゃるとおりです。
楠木:僕は「競争戦略」という分野で仕事をしていて、「優れた戦略はストーリーだ」と思っているんですね。このストーリーとは何かというと、非常にシンプルな話で、先ほどの武道の達人のように「こうなったらこうなる。そうなるとこうなる」というものです。
優れた経営者に「なんでこの商売が儲かるんですか?」と聞くと、「こういうことをやっているでしょ。そうするとこういうふうになるよね。そうなるとお客さまはこういうふうにしてくるんだよ。それを競争相手は見ていると。やつらはこういうふうにやってくるんだよ。それでだ。ここで儲け話が出てくる」と答える。こういうのが優れた経営者の思考様式なんです。
つまり、戦略が「個別の意思決定の箇条書き」とか「アクションリスト」になっていない。つながっている。このつながりというのは、論理でつながっているわけですよね。AであればBであると。
それを「論理だ」と言うと、いかにも直観ではないもののように感じられる。しかし、それは順番の問題で、直観があるからこそ論理が出てくると思うんです。直観なくして論理なしと。論理は結果的に出てくるもので。
これを抽象化すると、「XであればYになる」という2つの事象なり変数間の関係、因果関係を論理と言っている。そもそもXって無限にあるわけですよね。Yも無限にある。その無限にあるものの中から、なぜXに注目するのか。また、Xから生まれるものも無限にある。なぜYに注目するのかというと、これは直観なんですよね。だから、まず直観が、生命知が作動して、論理が出てくるという。
だから僕は、論理的なのか直観的なのか、生命知なのか非生命知なのかという分類自体、実際の商売で戦略をストーリーとして構想していく局面を考えると、ほとんど意味がないんじゃないかと考えています。
そういった意味で、戦略をストーリーとして構想するためには、松田さんがおっしゃっている生命知が一番基盤になるのは間違いないと思っています。
松田:ありがとうございます。
楠木:そういう論理で、一度流れるようなストーリーができて、それが確定した後で「実際どうなのか」みたいにテストする場合は、もちろんAIに意味があると思います。でも順番の問題で、0に何をかけても0なんだという。
松田:そうですね。おっしゃるとおりです。私が生命知についてお話をすると、「じゃあAIやITは、結局いらないんですね」なんて勘違いされる方がよくいらっしゃって。まったくそうではないんですよね。
楠木:そうですね。
松田:生命知が宿るからこそ、結果として論理もついてくるというか。
楠木:そうです。そうです。
松田:だから逆に言うと、「IT、ICTを活用してDXを推進していきましょう」という時に、DX自体が主役になってしまうと完全に空虚なものになってしまう。実際人間が生命知を発揮する時に、特に昨今はビジネスの環境においてはものすごい数の変数があると。それを素人が一発で処理できるのかというと、当然まったくできない。
こういう時にデジタルツールを活用して、いったんある程度変数を絞り込んでいく。そうすれば、ひょっとすると素人であってもそれなりにストーリーが描けるんじゃないか。こういうこともあり得ると思うんです。私自身は現場も含めて、それが実際DXの世界で起こっていることだと思っています。楠木先生はどう思われますか?
楠木:クリント・イーストウッドの言葉で僕が好きなのが「優れたバーテンダーの仕事はアートだが、そうでもないやつの仕事はそうではない」というものです。
やっぱり知識の役割の1つは捨象なんですよね。物事をシンプルにする。いらないものを捨てる。その結果として、何にフォーカスするのか。それこそが知識だと思うんです。そういう意味では、無数に変数がある中で、AIに任せて絞り込むこともできると思うんです。
でも、それだったら誰でも同じところにたどり着く。結局あらゆる商売は競争に直面しているからです。だから、「競争の中でどうやって長期利益を獲得するか」という競争戦略が必要になるんです。
要するに「違いを作る」ことです。みんなが同じようなところにいったら違いになりません。それは、ごく古典的な経済学が想定している完全競争になって、余剰利潤ゼロになってしまう。だから、僕は違いを作るというのは、生命知にかなり依存していると思うんですよね。
さっきのクリント・イーストウッドの言葉のように、人間のスキルはAIで代替できるけど、中にはそういうスキルではどうにもならないことがある。それを僕はセンスと呼んでいます。これは、直観にかなり依存している。僕はここに、競争相手との違いを作るための源泉があると思うんですよね。
だから、人間のスキルはどんどんAIに代替されていく。つまりスキルはデフレになり、その裏にあるセンス、生命知というものがいよいよ物を言うようになってきます。
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