大人と子どもの脳の違い

中野信子氏:こんにちは。中野信子です。今日はコロナの時代をどう生きたらいいかということについて、私の持っている知識で役に立つことがあればいいなと思って、動画を作成しています。

コロナの時代、自粛が解除になったタイミングでこの撮影をしているんですけれども。休みが終わったあと、休みが終わるかもしれないというときって、ちょっと危険な状態に人間はなりますよね。

大人でも日曜日の夜はネガティブな感情が溜まっていってしまって「もう少ししたら会社に行かなくちゃいけない」とか「テレワークとかオンライン授業してたのに、また学校行かなきゃいけないかもしれない」ということで、抑うつ状態になってしまう人がいるんですね。そういうことから、お話をしていきたいと思います。

長いお休みが終わるときに体調を崩したり、情緒不安定になったり、攻撃的になったり、押し黙ったりするという行動が見られます。1年で最も子どもの自殺率が高くなってしまうのも、8月の終わりだと言われています。

今のタイミングは、ちょっと危険なタイミングなのかなという気もしてまして。心当たりがある人はお互いに励まし合ったりとか……あんまり一生懸命励ましてしまうと鬱の方にはよくないこともあるので「いつも気にかけてるよ」とか「大事に思ってるよ」という気持ちを伝えられるような状況にできるといいな、と思います。

(自殺率の話で)とくに「子どもの」と限定して言ったのは、10代の脳というのは20代以降の大人の脳とだいぶ違うんですね。実は10代の終わりごろの脳というのは、大人と情動の処理の仕組みが違います。情動の処理というのは、感情の処理と思っていただけるといいと思います。

まだ成熟し切っていないので合理的な判断をしたりとか、情報を適切に処理して冷静に行動したりっていうことが、ちょっとしにくいんですね。例えば、一見冷静そうに見える10代終わりくらいの人がいたとしても、実は内心すごく不安だったりとか。ただ顔色に出したり言葉に出てないというだけで、冷静に本当に落ち着いているのかどうかというのはわからないんですね。

本当は、受け取ってほしい心の重荷とかSOSがあるのかもしれない。そういうところも、ちょうどこれは学生さん向けにお話をするという意味もあって、作っている動画なんですけれども。学生さんはとくにそういう年代の人もいると思うので、気をつけてお互い見ていってあげてほしいなと思います。

(大人と子どもの脳で)一番違うところは、ストレス耐性なんですね。子どもの脳というのは、大人と比べるとずっとストレスに弱いんです。そういう特徴があるので、不安障害にもなりやすいんですね。言ってみれば不安の回路があるんですが、その不安の回路は大人になれば「そんなに不安にならなくてもいいじゃないか」と打ち消す回路ができてくるんですけれども。この回路が子どもの時代、10代終わりごろの時代というのは不安を増幅する側に働いちゃうんですね。

なので大人だったら自分で鎮められるものでも、まだ若い人であるとより不安が大きくなっていってしまって、なかなか冷静に振る舞うことができなかったりとか、不安を隠そうとするのに精一杯で、本当にやるべきことがなかなか手につかなかったりとか。そういうこともあります。

そのときに適切なアドバイスとか、相談できる友人なんかがなかなか得られないというときもあると思うんですが。そうなると「自分はもう社会不適合者だ」とか「自分は社会に出てもうまくやっていけないんじゃないか」と思い込んじゃったりすると思うんですけど。

そんなことを思う必要は、まったくなくてですね。単に「不安な気持ちをすごく大きく捉えちゃう脳なんだ」ということを知っておいてもらえると、ちょっと気が楽になるかなと思います。

ニューヨーク州立大学のシェンっていう人が2007年に『Nature Neuroscience』に載せた論文なんですね。THPというホルモンがあるんですけれども、それが脳内で果たす役割があるんですが、大人と子どもでその役割が違うというのが今の話です。

THPというのは、ストレスを受けると分泌されて、大人の脳ではTHPが不安を抑える役割をします。つまり、自分で不安を抑えるブレーキを踏むことができるんですけれども。子どもの場合はそうではないんですね。逆にアクセルになっちゃうんですね。不安をより増幅しちゃう。

そういうこともあって、大人が「そんなに不安に思うなんて考えすぎだよ」とか「繊細だね」とかって、ちょっとからかうように言ったりすることがあると思うんですが、子どもは大人が感じるよりもずっと大きく不安を捉えるものなので、それは大人の人がちょっと気を遣ってあげなきゃいけないところとも言えます。

もう1つ重要な物質があって、性ホルモンというものがあります。いわゆる女性ホルモン、男性ホルモンという性ホルモンです。思春期を迎えると急激に性ホルモンの量が増えますよね。子どものころと比べて。小学生とかそれくらいのころと比べてだんだん思春期になってくると体も変化がありますけれども、もちろん脳も体の一部ですので、脳にも性ホルモンの影響が現れてきます。

男性ホルモンというのは男子、男の人にとっては攻撃性を高める要素として働きますし。性的なな衝動ももちろん高めるものなので、それまで興味の向かなかったものに興味が向くようになったりとか。親がなかなか受容できないような振る舞いをしたりすることも、増えてくるかもしれません。

扁桃体という場所があるんですが、ここは情動を司る部分なんですね。扁桃体は「ここです」って指しにくいですけども。脳のかなり奥のほうにある部分で、海馬の近傍に位置しています。

この部分がテストステロンという男性ホルモンを受け取る部分、受容体が集中している場所になります。この扁桃体というのは恐怖を感じたり不安を感じたりして相手と戦う、それから逃げる。「fight or flight」というふうに言います。「闘争か逃走か」を司る部分でもあるので、これに男性ホルモンが影響していると言われます。

なかなか成熟していない脳を持ちながら冷静に行動するというのは大変なもので、大人は子どもの時代、若い時代を思い出してみると自分がどれだけ不安定だったかということを思い出せる人もいると思うんですが。忘れちゃった人は、なかなか思い出せないかもしれませんけれども。

その真っ只中にいる人は「どうして自分はこんなにうまくコントロールできないんだろう?」と思うかもしれませんが、それが健康で正常な状態なので10年もすればそういう不安定さも消えてしまいますから、今は不安定な状態を味わうくらいの気持ちでがんばってほしいなと思います。

また、なんでこういう不安な気持ちが高まるようにできているのか、という意味もあるんですよね。なんで不安が大きくなるのかというと、不安が大きいほうが学習が早いんですね。「こういうふうになったらどうしよう」と思うとみなさん必死になって一生懸命勉強したりとか。「こういう自分が嫌だな」と思ったらなにかスキルを身につけようとか、こういう人にいろいろ聞きに行こうとか、そういう原動力になりますよね。

不安な気持ちが強いことで新しいスキルを身につける力が強くなるものなので、不安があることはやっぱり一定の意味はあるんですね。持ってる本人は辛いかもしれませんけれども、その辛い気持ちと抱き合わせのようにして自分の力を伸ばす原動力を強く持ってるんだということも、知っておくといいと思います。

20代の脳は、まだまだ発展途上

では若者の脳は大人と比べて完成しているのかというところなんですけど。ざっくり言って8割くらいなぁというところですね。今、不安傾向の話をしたんですが、もう1つ重要な場所、前頭前野という場所があります。文字通り前頭葉の前のほうです。おでこの奥のほうと言ったらいいですか。

この部分は計画を立てたりとか、将来のことを考えて「今はこれをするべきときだ」と自分の行動に抑制をかけたりとか、共感をしたりとか、あと集中したり、注意を振り分けたりとかそういうことろするところなんです。

この部分が、一番人間の脳の中では遅くできあがります。遅くできあがるというのはいつごろできあがるかというと、30才前くらいまでかかるんですね。だから10代どころか20代のうちは、まだまだ脳は発展途上なんです。

若気の至りという言葉がありますけれども、大人になったらとてもやれないようなことを若いうちはやってしまったりとか。これも裏を返して言えば、大人になったらなかなか挑戦できないことを若いうちはできる、ということでもあるんですよね。

どっちがいいとは言い切れないんですけれども、未熟だからこそできることもあるし。未熟だからまだできないこともあるから、できる人がサポートしてあげようということにもなりますし。大事なのは、こういう性質があるということを知って、己を知ることでよりよい生き方ができるんじゃないかということをお伝えできるといいな、と思います。

20年くらい前までは「大人になるともう神経細胞は死んでいく一方で、新しく生まれることはない」と言われていたんですけれども、97年にアメリカと北欧の学者が共同で、かなり高齢の方の亡くなった脳を見て、実は神経新生が起きてたということを発見したんですね。

大人のだいぶ高齢の方の脳の中でも、新しく神経細胞が生まれているということはどういうことかというと、死ぬまで神経細胞は生まれ続けるということです。それまでの常識だった「大人になると神経細胞は死んでいく一方で、どんどん脳は萎縮していく」と思われていたと思うんですが、それは誤りであるということがわかったんですね。

これは大人にとってはかなり朗報ですよね。使えば脳は鍛えられるかもしれないということがわかったわけで。若いうちこそが頭がよくて、どんどん人間は劣化していくと思われていたのが実はそうでもないかもしれない。もっともっと学ぶ甲斐があるというか、自分を高めていくことにすごく価値があるよということを支持するような研究結果で、とても希望を持たせるようなものだったなと思います。

10代の脳の特徴の、さっき前頭前野があまり育ってませんよという話をしたんですけど。育ってないというのは一体どういうことなのか? というお話をもうちょっとしたいと思うんですね。育ってないというのは神経細胞が十分数がないということなのか、それとも回路ができないということなのか、なんだかよくわからないと思うんですよ。

実際には、神経細胞同士というのは1つの神経細胞が足を伸ばしてその次の神経細胞にシナプスを形成して接続する、というかたちを取ってますよね。この足の部分に脂肪の層が巻きつくんですね。この脂肪の層が巻きつくことを「ミエリン化」と言うんです。ミエリンというのは脂肪の層の名前。

生まれたばっかりの脳では、この足の部分がいわば裸電線の状態なんですね。剥き出しの状態です。その状態の足を電気信号がちまちま、ちまちま進んで伝わっていって、次の細胞に情報が伝わるんですけれども。ちまちま進んでいくのですごく遅いんですね。裸電線の状態は。

これがミエリンが巻きつくと、ミエリンというのはくびれがあって、そのくびれを電気信号が飛んでいくというふうにできるんですね。跳躍伝導と言うんですが、これをすると各駅停車が新幹線になるくらいの速さで情報が伝わるようになるので、すごく早く処理できるようになります。

ミエリンが増えていくことによって、脳が育っていくというふうに表現するんですね。ミエリンが巻きついていくと、ちょっと引いた目線で見ると白質という場所があるんですが、その白質の厚さが増えたように見えます。そうすると脳が育ったねということになりまして、情報が早く処理できるようになると。

今まで抑制することがうまくできなかったのが、だんだんうまくできるようになる。集中とか注意を振り向けるのがうまくできなかったのが、それもうまくできるようになる。冷静に判断することもだんだん上手にできるようになったり、人から自分がどう見られているのかなというのがわからなかったのができるようになっていったり。成長するということを、自分で実感できるようにもなっていくと思います。

このミエリンというのは脂肪でできてますので、ちゃんと材料を食べたり飲んだりすることも大事で。なので若いうちは、あんまり無理なダイエットはしないほうがいいかもしれないですね。