新規事業を始めるときの恐怖をどう乗り越える?

小倉ヒラク氏(以下、小倉):まだ2~3人いけるので。他に……。ほら、もうケチャドバだよ、これ! じゃあ女性からいきましょう。こんにちは。

質問者4:よろしくお願いします。

青木耕平氏(以下、青木):初めまして。よろしくお願いします。

質問者4:ここに座っているとすごく緊張します。

小野 裕之氏(以下、小野):緊張しますよね。大丈夫です、すぐ慣れます。

青木:大丈夫です、僕も緊張しているんで。

質問者4:先ほど、分析の話を聞いたときに、「私だ!」と思って。

小倉:分析マンってことですか?

質問者4:分析とか、あとはすごく調べてしまうんですね。

小倉:良いじゃないですか。最高です!

質問者4:話を聞いていると、分析したり調べたりしてしまうのは、失敗したくないからというか、その先になにがあるのかというのを事前に知っておきたくて、誰かがやったことがどれくらいのリスクがあるのかが知りたくて「どうやったら成功なのかとか、どうやったら失敗なのか」を知ってから始めたい。

そう思ってしまうので、失敗を回避したいというか「こういうふうにしたら失敗してしまうかもしれないから、できるだけ成功に近いルートを最短で歩きたい」という気持ちがあって、分析するんだな、と自分では感じているんです。

一番最初に「大抵のことはググると出てくるから」という話があったと思うんですけど、それもすごく思っていて、自分が考える「こういうことやったらおもしろいのではないかな?」とか「こういうことやったら売れるのではないかな?」ということは、絶対に自分よりはるかに頭の良い人が考えて実践しているはず。

「それが出回っていないということは、売れないからだ」と思って「じゃあ失敗するんじゃないの?」という恐怖の壁を越えられなくて、今、新規事業を立ち上げるという壁にすごくぶち当たっているんですけど。新しい事業を始めていく中で、その恐怖ってどのようにしたら乗り越えられるんだろう? と思って……。

自分の恐怖心を克服してはいけないわけ

小倉:ちょっと僕、口火を切っても良いですか?

青木:どうぞどうぞ。

小倉:あなた1人では、それはできません。だから、自分で克服しようと思っていることが間違っていて、狂ったやつと一緒にいることが良いと思います。

(会場笑)

青木:絶対いるんだよね。

小倉:うん、いる。

青木:絶対いるの。お前ちょっとばかじゃないの!? という動きをするやつが。「ちょっと調べろよ!」とか言うやつが必ずいるんですよ。

小野:「絶対いけるんですよ! いや、いけるんですよ!」みたいなね。

(会場笑)

青木:いや、その「考えろ、お前」みたいな人間って、今日もそうですけど、例えば「誰か手を挙げませんか?」と言って、最初は挙げないじゃないですか?

質問者4:はい。

青木:ね。だけど、いたたまれなくなって挙げるという人がいるんですよ。このくらい集まると、その都度、その役割に合う人っているんですよね。やっぱり、よく言われるんですよ。僕も事業をやっているので「起業するときに、不安をどう克服するんですか? リスクを……。」と言われるんですけど、僕は答えとしては「恐怖を克服したらだめだよ」と言うんです。

小倉:克服しない方がいいっていうんですか?

青木:なぜかと言うと、怖いという気持ちは、シグナルですよね? 要するに、自分になにかを教えてくれるシグナルだから、普通に考えたら怖いことをやったらだめじゃないですか? 一見怖いことをやっている人って、客観的に見ると、人から怖いことに見えていることが、その人の観点から見たら怖いことじゃないからやっているんですよ。

例えば僕が江戸時代に行って、スマートフォンで写真を撮って見せたら、「怖い、魂吸われる」と思われるけど、現代で僕からしたら、ただのスマホだもん、というようなものです。

見ている場所が違うと、同じことでも、怖いと思う人と思わない人がいるわけじゃないですか。人が怖そうなことを「恐怖を克服してやっている」と勘違いすると、「自分も克服しなければ」とすごく思わせられるじゃないですか。 

本来は非力な人間が、万能感を持ってしまうことのリスク

小野:逆に「普通にやっているけど、よくできるな」と思われていることって、なにかあります?

青木:だから調べちゃうとかって……。

小倉:勝手に調べちゃう、この人ヤバいな、って……。

青木:ヤバいって話ですよ。僕からしたら「調べろ」と言われたら、「あーマジかよ。すごく面倒くさいし、やったらすぐわかるじゃない」となって、「調べたの?」「よくその調べるというストレスを克服できるね!」となると思うんですよ。

でも、自分はこうやってこうやったら調べられるって算段がついているから、「調べて」って言われたときに、別に「嫌だな」と思わないわけでしょ。僕は調べ方がわからないから、「調べて」と言われると、「えー、正直言ってわからないし嫌だな」という気持ちが先にでてしまう。

小倉:人類の進化のことを考えたときに、人類って人間だけを指すわけじゃなくて、いろいろな人間に近しい類人猿とかも含めての人類なんだけれども。人間って、そのなかでも単騎としては非力です。

つまり、個としてはすごく弱くて、毛が少ないから暑さや寒さにも弱いし、足も遅いから、肉食動物とかにすぐ捕まってしまう。「個体」で考えるとすごく不合理と言うか、非効率的にできているんですよ。これだけ数が増えて「地球を支配しているぞ」ってツラしてるじゃないですか? たぶん間違っていると思うんですけど。

それがどこからきているかというと「チームを作れる」ということだと思うんですよね。それは人類がどう進化してきたかということの大きな教えだと思っていて、僕たちは個体として非力でできないことがすごくたくさんあるから、逆にそこにチームになる道が開かれていて、進化していったというふうに考える。

そういうときに、現代の日本人って、進化の袋小路にはまる人もいるなと思っている。それはなにかというと、万能感がありすぎる。○○さんは自分の中のどこかに万能感があるんですよね。「私は分析していった結果、今までブレイクする恐怖感を打ち破れるなにかのアイディアに到達できる」と信じているから、その道を探そうするんだけれど、それは人間の進化の歴史に逆らっている。

青木:だいぶ大きいところからきている。ちょっと話が広いですけど、でもわかる。

小倉:逆らっている。

小野:次いって着地。

小倉:では、僕はマイクを置くよ。これ、一応生物学視点で言ってるんだよ。

青木:生物学の観点からね。

小野:引いたなー、と思って。

小倉:では着地してよ。

合理的なタイプほど、写真や料理などの感覚的な趣味を持つべし

小野:着地としては、そういう悩みを持った時におすすめなのは、写真みたいな趣味を持ったらどうですか? みたいなアドバイスをけっこうするんですね。袋小路にはまった合理的な人がまずやった方が良いことって、直感で評価されることをやる。

仕事の中でポジションが与えられていなかったりとか、キャラが違って気恥ずかしくてできないこともあると思うんだけれど、料理をほめてもらうとか、「写真いいね」と言ってもらうのは個人的な趣味の延長でできるじゃないですか?

たぶん、合理的なものの袋小路にはまった人は、直感に対する憧れが少しあるんではないかな? と思っていて。それを職場の中で証明しなくても別に良い気がするんですよね。身近な人に褒められるだけでも、わりと「次いけるかも。これ職場の中で言っても良いかも」というような。

いつも自己運転みたいな企画書にしてしまっているけれど、写真だけで入れてみようかしら? みたいな。「お、なんかちょっと変わったね」と言われる。周りが良いパスをくれるような状況になるために、なにか感覚的なことを趣味に持つのはけっこう大事だなと思う。

僕、ギークタイプの人と仕事をすることが多いときに、「超絶・理詰め野郎」だと理で詰められるから、辛いなと思われて、声をかけてもらえないんですよ。でも、ある程度、感覚的なことをただの趣味でやっていることが、周りに対するプレゼンテーションになっている気がしていて、それは写真を撮るところなのか……(笑)。でも、僕はけっこう意味があると思うんですよね。

小倉:いい。良い着地しているよ。抽象と具体のはしごをかけたよ。

小野:褒めあう。

青木:おじさんはすぐこう、傷を舐めあう。でも、本当に自分の器って言うのがあるじゃないですか? おちょこはビールジョッキにはならないけれど、でも、熱燗を飲むときはおちょこだな、ということなので、あまり自分の柄にないことをやろうとしないというのは大事だな。

ただ唯一、分析系の人と直感でやる人がいるときに対立するのだけは、もったいないなと思います。補完関係にあるはずなのに。

小野:一緒にやって、と思いますよね。

本当に世の中にない新規事業は、ほぼ100パーセントこける

青木:まずは分かり合おう、となるから、その時に相手側は他人だからわからないとして、自分としては、分析はリスクをとってしまう人たちを助けるために(やっている)。調べればわかることを調べないで始めてしまうから、その人たちが失敗したりすることをポジティブにフィードバックしてあげられるということだけ気を付けていれば、分析の人は嫌われないですよね。

「分析と言ったってリスクを少し減らせるだけだから」と言って、どこか懐の深い態度をもって接してあげることによって、感謝しかされないし、なにかあったらすぐ聞かれるみたいな。「これってどうなのかな?」とか……。

小野:「だから言ったじゃない!」とか絶対言わない方が良いですよね。

青木:絶対。もう本当に、口が裂けても言わない。

小倉:質問者さんは今のままでいいんだよね。

小野:ぜんぜんいいです。趣味として写真家に……。(笑)。写経も良いですよ(笑)。

青木:まずはInstagramからね。

質問者4:けっこうずっと新しいものを生み出せない自分に、「あ、ずるい、ずるい」と思っていて、今起こっている物事をどう改善するかとか、どうやったらもっとうまくいきそうかみたいなことを、考えて実践して改善していくのはけっこう得意なんですけど。

「これ、おもしろそうだから始めよう」と言って進めることがぜんぜんできなくて。不安だし、恐怖だし、つらいと思っていたんですけど……。

青木:新規事業の作り方で言うと、さっき、だいたいやっているじゃない、やらないものはないじゃない、という話がありましたよね。よく新規事業の相談であるのは、世の中にないものを作ろうとするようなもの。

それはあまりお勧めできない方法で、2匹目のドジョウとか3匹目のドジョウって、けっこういるんだよね。立ち上がっている市場って、市場が大きいから1から始める人にはけっこう隙間が多い。だけれど、世の中的に、今までにない価値をやろうとなると、そもそもマーケットがないことが多いので。

ぼくは「差別化」という言葉が嫌いなんですよ。新規事業をやるときに世の中にない差別化的なものをやろうとすると、ほぼ100パーセントこけるなと思っていて。みんながやっているようなことをやるというのも実は逆説で……。

小野:まだ改善点が必要なほど飽和していない、ということですよね。プレイヤー不足。

実は終わっていない「オワコン」に、案外チャンスがある

青木:プレイヤー不足。まだ供給ぜんぜんいける、みたいな。だけど、世の中はすぐもう、「あれはオワコンだから」とか言って、「お前調査したの」と言った方がいいと思うんですよ。だいたい調査していないで雰囲気で言っているから、実はオワコンと言われているところにこそ案外豊かな隙間があったりするので、あまり新しいことをやろう、と思わない方がいいと思いますけどね。

小野:ECも発酵も僕がやっているメールマガジンみたいなのもそうですけど、むしろ古いんですよ。ぜんぜんまだまだ余地があって、質も高めていけるので、まだまだ不満足な業界だなという感じはぜんぜんあって……。

小倉:僕がやっているのなんて、日本だけで1300年やっているからね。

(会場笑)

小野:今日は俯瞰するね。

青木:俯瞰するね。意識的ななにかね。

小野:なにかあったんだろうね。

小倉:なにかそういう部分がね……。

青木:なにかちょっとあまりお役に立てなかったと思いますけど……。

小倉:僕ら本当に役に立てないんだ。申しわけないと思う。

青木:申しわけないと思うんですけど。これが僕らの精一杯。

質問者4:すごく勇気が出ました! ありがとうございました。

小野:自己肯定感を高めていきたいですよね。

小倉:呼吸しているだけでありがたいと思うよね。

(会場笑)

青木:もうおじいちゃんか。

小倉:だって、呼吸しているということは生きているんだよ。