知られざる社会保険労務士の業務
辻野扶美氏(以下、辻野):みなさんこんにちは。辻野社会保険労務士事務所の辻野扶美と申します。みなさんは社会保険労務士の仕事をご存知でしょうか? 以前は全く別の仕事をしていましたので、実は私も知らなかったんです(笑)。一言で言うと、会社の総務をサポートする仕事です。特徴としては3つあります。1つ目は人に関する手続きの代行、2つ目は働く人の困りごとの解決、そして3つ目は職場のルールを作る。そういった仕事をしています。
どうして私が社会保険労務士になったのか、お話させていただきたいと思います。これにはきっかけがありました。
夫が海外赴任することになって、それに付いていって海外で5年間暮らしたことがありました。その期間にいろいろ感じたことが、私の人生観を大きく変えるきっかけとなりました。
いわゆる女性解放運動などと言われるものの先進国でで、日本とはまったく社会保証制度が違う、とても子を産み育てやすい環境のもとで、2人の子どもに恵まれました。
周りに住む人たちの感覚が「人生はバカンスのためにある」「楽しむために仕事をする」。そういった人たちの中で、「苦難は美徳」「一生懸命汗して働くことこそがえらいんだ」と、それまで考えていた日本人の私は、「これまでは一体何だったんだろう?」「仕事をするだけの人生なんて、ちょっとおかしいな」と思うようになりました。
そのうち帰国をするときが来ました。私もなにか世の中のために役に立ちたいと思い、仕事を探したんです。でも戻ってきたとき、私は35歳の2人の子持ち。平日だけ働いて夕方17時には帰りたいし、土日も休みたい。正社員がいい。そんな都合の良い正社員の仕事なんて、10年以上前の当時には、あるわけなかったんです。
人生は選択できるはず。そう思っていたのに、女性には選択肢がないのかな? そう思いました。女性の方、今までこんなこと思ったことないですか? 私はまさにこのとき来たんです。「女性に生まれて損した」って。
〇〇さんの奥さんだとか〇〇君のお母さん、そのように呼ばれることというのはとても幸せなことだと思います。でもその前に、私は辻野扶美なんです。
人生は選択です。私を雇ってくれる職場がないのであれば、「よし、自分で職場を創ろう!」、そのように思いました。
病床の先輩社労士から託された言葉
そして社労士の勉強を始めて、資格を取り、事務所を開業することになりました。最初の従業員はパソコンとレーザー複合機でした。なぜならば、どんな時間でも私に付き合ってくれるからです。
そしてこの頃、とても大切な出会いがありました。先輩の社労士、鈴木哲朗先生との出会いです。まだそれほど仕事がなかったので、社労士会の勉強会には片っ端から出席していたんですが、そこで出会ったんですね。
哲朗先生は「うちに手伝いに来てみないか?」と声をかけてくださいました。あとでわかったんですが、この方はものすごい方だったんですね。仕事にはとても厳しくて、ときにはお客様のことさえも叱る。宮城県の社労士や周辺の企業では有名な一目置かれていた方だったんです。
私は喜んでお手伝いに出かけることにしました。本質的なことをいろいろ教えていただいたりしながら、仕事に励んでいました。
とはいっても、やはり家庭では精一杯、仕事も目一杯。そしてこのころから親の具合が悪くなりました。まさに八方塞がりの状況でした。
そして、こんなことがあっていいものか、そういう出来事が私を襲ったんです。あんなにお元気だった哲朗先生が、なんとガンに侵されていた。それがわかりました。
哲朗先生は病床で私の目を見て力を振り絞りながら、こうおっしゃいました。「俺、もうダメみたいだ。辻野さん、あとを頼む」。先生が渾身の力を振り絞って仰ったその言葉を受け取った私には、お断りすることなど、できませんでした。
そして哲朗先生は帰らぬ人になってしまったのです。
私は傍らで哲朗先生のお仕事をいつも見てきました。哲朗先生は大切なお客様をこの私に託されたんだ。そのように思いました。やるしかない! 私は覚悟を決めました。
家事と仕事の両立に奔走
当然、仕事は激増です! スタッフはもちろん増員しましたが、私は、まだ暗い朝2時に起きて仕事をして、日が昇り、18時になったら自宅に走って帰る。
お弁当を作って、子どもたちに朝食を食べさせて、保育所に送り、急いで事務所へ。夕方までギリギリまで目一杯働いて、保育所には毎日走って迎えに行っていました。
そして夕食を食べさせて、宿題を見て、お風呂に入れて、それから寝かしつける。そういったような日々が続きました。でも、こんな私にも1つだけほっこり和む大切な時間がありました。それは、寝る前に子どもたちと一緒に読む絵本の時間でした。そして、また2時に起きる。
そんな生活が毎日毎日……。「時間がない!」「早くしなくっちゃ!」「締め切りに追われる」「どうしよう!」。こういう生活でした。
でも、トラブルがなければ、まだこれでいいんです。トラブルが、緊急事態が、多発します。保育所からの「迎えに来てください」の電話。子どものことですぐに対応しなければいけないこと。お客様のところで労災が起きればすぐに対応しなければなりません。
そして東日本大震災が起きました。被災の企業に対しては待ったなし。すぐにやらなければならない。さらに、最も頼りにしていたスタッフが、家族の都合で東京に引っ越すことになってしまいました。
あぁ、どうにかしなくちゃ。どうしたらいいんだろう。そうだ、やはりITだ! もともとエンジニアだった私は、時間を買うつもりでITに投資して徹底活用することにしました。気がつくとなんと30種類以上のITシステムを導入していたんです。
それでもまだ課題は山積み。どうしよう! まず、努力が見えない。何をやっているかわからないんですね。状況が見えない。いちいち担当者に確認しなければなりません。成果が見えない。特定の人への業務がどうしても偏ってしまう。2度手間、3度手間の多発。無駄、抜け、ダブりが出てくる。
kintoneで業務の「みえる化」
そこでお待たせしました、kintoneの登場です! いろいろお世話になっているスマイルアップ(合資会社)の熊谷(美威)さんと半年間の真剣勝負が始まりました。業務の本質は何なのか? 何を残したいのか? 何がいらないのか? どういうふうにしたら効果的なのか?
毎日のように喧々諤々、ときには喧嘩のようになりながらも一生懸命取り組みました。なんとkintoneのアプリは3回も作り直しているんです。(今は)こうやって「みえるシステム」ができたんですけれども、その全体像をご紹介したいと思います。
まず中央にはお客様情報となる「みえる顧客」があります。それを取り囲むように、都度あるお仕事についての都度情報。そして毎月あるルーチン情報からなります。都度情報もルーチン情報も、みえる顧客に紐付けされます。
なんと言っても特筆すべきは日報作成です。一生懸命、1日入力していた内容を、ワンクリックで日報として作成することが実現できました。このときまさに「kintoneは女性にとっての武器だな」と確信しました。
それでは何が見えるようになったのか? みえるシステムで見えるものを紹介します。顧客が見える、状況が見える、受渡が見える、そして時間が見える。
まずは顧客からご紹介します。みえる顧客で私たちが大切にしているのは、会社情報とお付き合い情報です。これらをご紹介したいと思います。スライドが細かいのでズームアップしてご紹介しようと思います。
まず代表者様をなんとお呼びするか? これはすごく大事なんですね。それから代表者さまはどのような方なのか? この例ですと、2代目以降、強いリーダーシップがあり、決断力がある。従業員のことをよく考えている。そして親孝行。
また同じように大切なのはお客様の窓口担当者の方です。山田花子さんなんですが、ポイントはこの方を花子さんと呼ぶ。それをみんなで共有しています。
それから訪問関連情報をご紹介します。最適な訪問時間はあるのか? 車で訪問する場合にはどこに車を停めていいのか? この場合は、斜め向かいの立体駐車場に停めるということを記録しています。
今までご紹介したのは固定的な情報なんですが、次は月次概況です。みえる月報から拾い上げた情報を簡単に紹介します。「手続きを終えました」「届出完了しました」「手続き予定です」「協定を締結しました」。このようにお客様の最近の動きがわかって、顧客のみえる化が図られています。
それで何を得たのか? 短時間で深い話ができるようになりました。そして全顧客が特別待遇。すぐに本来の業務に全力投球できます。
業務の処理を効率よく
つづいて状況を紹介したいと思います。みえる案件に顧客共通の手続きを登録している一覧の画面から見たいと思います。一目で案件状態が今どうなっているのかということがわかります。ここでは作業中の案件がどうなっているのか、その状況を確認してみたいと思います。
みえる案件に紐付いている、みえる処理により、日付があって、書類を回収した、それは完了したという現在の状況が見えます。
これら一つひとつの処理は全部時間を入力しているので、この案件がこれまでどれだけ時間がかかっているのか、そういうことも確認することができています。まさに状況のみえる化ですね。
それから担当者別の状況も見ることができます。この方の場合は青の手続き業務を一番多くやっていることがわかります。
kintoneで強い組織を作る
つづいて仕事の受渡です。これについて見ていきたいと思います。これはみえる案件とみえる処理でご紹介します。kintoneの右端にあるコメント通知機能を使っているところを見ていただきたいと思います。
「対応をお願いいたします」「はい、明日電話します」「連絡して、回答しました」。このように仕事の受渡が見えるようになりました。
もう1つみえる処理の組み合わせの部分をお見せしたいと思います。給与計算なんですが、計算者が「計算を行いました」。うちの事務所では必ずダブルチェックをしているんですが、ダブルチェック者が「計算内容OKでした」。このように書き込んでいます。まさに仕事の受渡のみえる化が実現できています。
横軸に時間軸、縦軸に仕事軸を取りますと、例えば入社手続きの場合、従来であれば1人の担当者が最初から最後までしていました。現在は仕事のユニット化を進めていますが、、今どの状況なのかということがみえる案件を覗くだけで見ることができます。
縄跳びチームで言うと、ポンポンと入っては抜けて、抜けては入ってといったような、仕事のうえではいつでも休めて、いつでも復帰できる。こういうことを実現したくて、このようにしています。
つづいて時間のみえる化です。この棒グラフは何かと言うと、お客様別の対応時間の計なんですね。ランキングみたいになってるんですけれども、どのお客様にどれだけ時間をかけているのか? という最も興味のある情報になるんですが。これを見ることができます。サービスは十分なのかを点検しています。
この円グラフは事務所のスタッフが何に時間を使っているか? ここでは、青色の手続きの業務に時間を使っているということがわかります。
努力が見えない。状況が見えない。成果が見えない。2度手間の多発。こういった課題はすべて解決することができました。東京に引っ越したスタッフなんですが、今でもずっとテレビ電話でつながっていて1日中一緒にいます。kintoneで深い情報共有をしているので、まるで同じ場所にいるような感覚で一緒に仕事をしています。
これは幸か不幸かということなんですが(笑)、私自身もどこでもいつでも仕事ができる状況になっています。新幹線の中でも状況がわかります。
その人に頼まないとできない「人依存」、この場所でないと仕事ができない「場所依存」、今聞かないとわからない「時間依存」。これらの依存から脱却しつつあります。
まだ道半ばですが、目指しているのは、休みやすく、復帰しやすい、強い組織。人生も仕事も認め合える柔軟な組織。出産や子育て等の女性の喜びも、仕事の喜びも、得ることができています。
私たちは、仕事も家庭も諦めることなく、子どもを産み育てやすい、助け合える、そんな小さな社会を実現しています。
そして鈴木哲朗先生から受け継いだバトン、このバトンを握って私は10年間走り続けています。今になって哲朗先生にお話できます。「私は受け継いでいます」ということを。なぜならばそのとき受け継いだすべてのお客様とご契約を継続させていただいているからです。そしてさらなる効率化により少しずつではありますが、業績は上がっています。
次なるは、目指せ9時〜17時! そして目指せ週休3日制です! 自分が充実してこそのいい仕事だと思います。私は、うちの事務所で働くみんなには豊かな人生を送ってほしい。その後押しをしていきたいというふうに思っています。
自分らしく生きよう。私は今は「女性に生まれてよかった」そのように言うことができています。ご清聴ありがとうございました。
(会場拍手)
「みえるシステム」の真価
伊佐政隆氏(以下、伊佐):ありがとうございました。すごくいいですね。「みえるシステム」というコンセプトがわかりやすいなと思いました。
辻野:ありがとうございます。
伊佐:時間が限られているので飛ばされてしまったかもしれないんですけど、真ん中のほうにワンクリックで日報作成ってあったじゃないですか? あれにスライド戻せますかね? ワンクリックで日報作成ってどんな仕組みなのかなと。すごく魅力的なキーワードでした。
辻野:みんなが1日、みえる案件や処理などを入力するんですけれども、日報アプリを作りまして、それで紐付けて自分がした仕事。例えばみえる処理であれば、処理日と名前が今日で自分のものであれば自分のところに来るし、案件で案件の最終記入日とその氏名が合えば引っ張ってこれる。そういったものを使ってやってます。
伊佐:なるほど。kintoneの標準の機能でよりもカスタマイズの機能で引っ張ってこれるようにしているということですか? それとも関連レコードなど?
辻野:基本的にそういうことです。
伊佐:日報アプリを見れば、そのユーザーに関連した作業が紐付いて見られるようになってるので、あえて日報を作成する必要がなくなっているイメージなんですかね。
辻野:そうなんです。それまでは業務の記録と日報を別々に書いていたので2度手間でした。
伊佐:よくありますね。業務のほうさえ進めていればそれでオッケーということですかね。
標準機能なんですね。あえて書かなくていいことなんですか?
辻野:そうなんです。日報を作った本人が日報を確認したときに、「あ、あれやったはずなのに書いてない」とおそらく気がつくこともあると思うのでセルフチェックとうか。
「これ忘れてたけど入れなくちゃ」ということがおそらく起こっているんじゃないかなと思います。
伊佐:なるほど。
情報を絶えずアップデート
伊佐:顧客情報なども、お客さんのことを考えたときにお名前の呼び方とか、自分たちの生産性を考えたときに駐車場の位置など、ものすごくわかりやすいというか使い方としていいアイデアだなと思いました。
辻野:ありがとうございます。
伊佐:誰が最後にデータを入れるというか、誰の情報が正しいみたいなことはあるんですか? お名前の呼び方は難しいじゃないですか。
辻野:あ〜すごくいい質問です。そこはまだこれから、最後に書いた日付というのは書かなきゃいけないんですけれども、担当者さんはあまり変わらないので、変わった場合に入れることにはしています。古いとなると感覚的にわかるので直す、といったような(笑)。
伊佐:それは辻野さん以外でもスタッフの方がみんな自発的に直して、コミュニケーション取った人が直していけばいいみたいな運用なんですか?
辻野:そうですね。気づいた人が直すという感じにしてます(笑)。
伊佐:今何名くらいで使われているんですか?
辻野:私を入れると8人になります。
伊佐:8人で気づいたらどんどん更新することにされているんですね。
辻野:ときどき古いと「あ、古かった。まずかった」となるので、新人が入る前にチェックすることはあります。
社内のFAQを貯めていく
伊佐:お客さんの数も多いので、更新していくのは大変ですかね?
辻野:意外と変わらない固定情報にはなるので(大変です)。
伊佐:そんなに苦労はない?
辻野:今、伊佐さんにヒントをもらったような気持ちなんですが、月に1回顧客のチェック日を作ろうかなと思っています。私が見ていくのが一番いいかなと。
伊佐:なるほど、いいかもしれませんね。月に1回でもいいかもしれないですし、レコードごとに日付を入れて、kintoneの通知でリマインドしてもいいかもしれないですね。
辻野:そうですね。
伊佐:そういうのも気づきがあっていいかもしれないなと思いました。これからチャレンジしたい活用などはあるんですか?
辻野:やりたいことはたくさんあるんですが、相談の記録をしたいです。手続きについてはけっこうサクサクと入れられてるんですけれども、相談の記録も全部入れていまして。
案件は小さい手続きから大きな就業規則の作成や助成金など、スパンが長いものも相談があります。せっかく入れているのをうまくフォーマット化して、同様の相談を受けたときに私じゃない人でも「あ、これを使えばいい」と。
伊佐:社内のFAQみたいなノウハウが貯まっていくモデルにしたいということですね。
辻野:けっこうデータは貯まってきているので、正直「あ〜この問い合わせはあそこのお客様のお問い合わせをそのまま使えばいいな」などは出てきつつあるので、そこを活用していきたいのがまず1つ目にあります。
伊佐:なるほど。いいですね。
辻野:最近「みえる初動」という受付アプリを作りました。電話を受けた・メールを見たときに誰でも、案件を作るのに「もしかするとちょっと手間かもしれない」ということがあるので、みえる案件レコードの作成に代わり、簡単にポイントを入力できるアプリです。それをもう少し充実させたいと思っています。
伊佐:いいですね。うまくいかなかったら、また変えていけばいいこともありますから、ぜひ引き続き、いろいろチャレンジいただきたいなと思いました。今日は本当にありがとうございます。
辻野:ありがとうございます。
伊佐:ありがとうございました。
(会場拍手)