2024.10.10
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ハーバード大学2022卒業式スピーチ ジャシンダ・アーダーン氏(全1記事)
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ジャシンダ・アーダーン氏:(ハーバード大学の)バコウ学長、ガーバー副学長、理事会並びに学部長のみなさん、そしてなによりも本日の主役である、卒業生のみなさん。私は今、アオテアロア・ニュージーランドの先住民の言葉であるテ・レオ・マーオリ、つまりマオリ語で、この知識の森に居並ぶ来賓のみなさんに感謝の言葉を述べました(アオテアロア=マオリ語で「ニュージーランド」)。栄えある場にお招きいただきありがとうございます。
世界が狭くつながっているような感覚を覚えることはありますが、この卒業式は違います。ニュージーランドでは、集まりがあると誰かひとりは必ず顔見知りであることに慣れっこになります。国土の小さな私の祖国ではよくある、心安らぐ素敵な現象です。
私は今とても緊張していますが、ハーバード大学には約30人のニュージーランドの留学生がいて、さらには統計上そのうち少なくとも1人は私の親類であるはずですので、少しほっとしています。
(会場笑い)
どんなに遠く離れていても、歴史や経験が著しく異なっても、人と人をつなげるものはたくさんあります。
1989年6月のハーバード大学卒業式のこの壇上で、パキスタン首相が「民主主義国家の団結」と題するスピーチを行いました。彼女は自らの経験を語り、国民や代議政治、人権、民主主義の大切さを訴えました。2007年6月ジュネーヴにて、私はパキスタン首相ベーナズィール・ブットーに会いました。私たちは世界中の革新政党が連帯を強める会議に出席していました。その7か月後、彼女は暗殺されました。
私たち国家の元首については、さまざまな評価や見方があると思いますが、ベーナズィール・ブットーについては歴史上の観点から議論の余地がない事実が2点あります。彼女は、女性が権力を持つことが稀であるイスラム国家において、初めて選出された女性の首相です。
(会場歓声)
また、在任中に出産した初めての首相でもありました。
(会場歓声)
2番目に在任中に出産した首相は私ですが、なんと30年近くも後のことでした。長女のニーブ・テアロハは、2018年6月21日に誕生しました。奇しくもブットーの誕生日と同じです。ブットーが女性として切り開いた道筋は、数十年後の今とそう変わりがないように思います。当時、ここハーバード大学で彼女が伝えた言葉も、今日と相通じるものがあります。
彼女は、1989年のスピーチの半ばで、次のような言葉を残しました。「私たちは民主主義の脆さを認識するべきである」と。パキスタンからはるかに離れた(ニュージーランドの首都)ウェリントンの執務室で彼女の残した語録を読むと、生じた理由が今とはまったく異なるとはいえ、その言葉は今にも通じるものがあります。
民主主義は脆いものです。かくも不完全でかつ尊い統治制度は、弱きや強きを問わないすべての人に平等に声を与え合意に至るためのものです。そして、とても脆弱です。
民主主義の脆さは維持された時間によって決まると、しばらく思われてきました。つまり民主主義の堅牢性は結婚に似ていて、長く続ければ続けるほど定着するものだと。
でも、長く続けば「あるのが当然」という思い込みが生じます。民主主義の力の礎が、学術組織や専門家、行政への信頼の上に成り立っていることが忘れられてしまいます。この信頼は何十年もかかって築き上げられますが、たった数年で崩壊します。
民主主義の力が、議論や対話の上に成り立っていることも忘れられてしまいます。歴史ある国家であっても、こうした議論を管理下に置こうとすることがあり、誕生したばかりの国家が議論を自由化することもあります。
どんなに長い歴史を持ち、試練を乗り越えてきた民主主義であっても、真が嘘に、嘘が真になれば、議論されるのは健全な「アイデア」ではなく、「陰謀論」となってしまいます。日々向き合う現実は無視されてしまいます。
……すみません、少し水を飲ませてください。
(会場拍手)
水を飲むだけで拍手をしてもらえるなんて、心が温かくなりますね。
(会場笑い)
私の祖国は、議会制民主主義です。ニュージーランドの楽しい話をだらだらと長くお話しするつもりはないので、手短にします。ニュージーランドは、小選挙区比例代表併用制を採用しています。個々の票が反映されやすく、民意に近い議席配分がされる仕組みです。
ニュージーランド国会議員の約50%は女性です。約20%は、ニュージーランドの先住民であるマオリです。副首相は堂々たるゲイの男性ですし、他にもさまざまなジェンダーの議員がいます。
(会場歓声)
ニュージーランドは過去10年間にさまざまな法案を可決しました。同性婚を認め、転向療法を禁止し、地球温暖化による1.5℃以上の気温上昇を避けた施策を実施し、軍用半自動小銃、自動小銃規制法を規制する法案を可決し、中絶を合法化しました。
(会場歓声)
これらはみな重篤な課題であり、たくさんの議論や論争を経て施策が実現しました。これは、大きな時代の変化に、深刻な軋轢を残すことなく乗り越えてきた好例です。
しかし真逆の例もあります。民主的な選挙活動が暴動へと変わったり、パンデミックの発生で学術組織や専門家、行政への不信があらわになったりました。これらは西側の民主国家で実際に起こった事例であり、ニュージーランドもその例にもれません。
「民主主義の強化」という論題は、「言論の自由への弾圧」へと安直に不当な結び付けがなされがちなことから、私はこの話題に踏み込むことに不安を禁じえません。しかし、民主主義の基盤を守るために立ち上がらなくてはいけない。未来がわからない恐怖に比べれば、そんな不安は取るに足りません。
辛辣な言葉やヘイト、暴力ではなく、民主主義を守ろうという信念の情熱と炎をもって、私たちの持てる力を呼び覚まし、対話により、この窮地を脱さなくてはいけません。相互理解や思いやりが生まれる視点や経験、対話をもって互いの違いを認め合えば、断絶は生まれません。対話が拒まれ、対策が阻害される場では、断絶が深まり互いの側に歩み寄ることすらできません。
私たちが危機に瀕している今、原因の追及ではなく、いかにこれらに対処するべきかをこれからお話ししたいと思います。
私は学者ではありません。今は便宜上、ローブを着用していますが、私の真の姿を示すものではありません。モリンズビル出身の政治家です。モリンズビルは、地理的には、ホビントン(※映画『ロード・オブ・ザ・リング』3部作や『ホビット』のロケ地ツアーがある観光地)のすぐ隣です。ジョークではありませんよ(※それほどまでに田舎だということ)。
(会場笑い)
人口5000人ほどのこの小さな田舎町で、幼少時代の大半を過ごしました。多くを与えてくれたこの町を、私は永遠に愛することでしょう。
私がいたのは、「違い」と「断絶」の間にある、ごく希少な場所でした。私は、主な宗教がカトリックやアングリカンや“ラグビー”である町の、モルモン教徒の家庭で生まれ育ちました。過去に保守党の候補者以外は一切選出されてこなかった土地柄でしたが、私は左派の政治に興味を抱く女性でした。
こうした「違い」は私のアイデンティティであり、孤立を余儀なくされることは決してありませんでした。
成長するにつれ、確実な変化が起きてきました。私は、インターネットが普及しだした世代に属しています。インターネットを使い始めた学校の友達を、よく覚えています。フィオナ・リンゼーという女の子で、お父さんは地元で会計士をやっていました。
お父さんの会社が終業すると、私たちは鍵をもらって巨大なデスクトップコンピュータにログインしたものです。スクリーンは横長で、積み上げた机の上にやっと乗っていました。
1990年代当時は、インターフェースもインターネットの用途すらも、今とはまったく異なりました。広大なネット世界にはディレクトリすら存在しませんでした。アマチュア無線に毛が生えたようなもので、ダイアルイン接続しては、知らない人とお話しするのです。現実世界を反映した延長線上のつながりでした。
こうしたつながりが広がっていくにつれ、人間はこれまでの歴史を繰り返しました。インターネット世界も徐々に整備されていったのです。ソーシャルメディアプラットフォームが生まれて、つながりが確約され、常につながることができるようになりました。
ログインする人数は膨大になり、大きなグループや小さなグループが、そこかしこにできました。自分の考えや気分、アイデアを自由に公表できるようになりました。情報や知識、事実のような顔をしたフィクションやミームが共有され、過去に類を見なかったほどの大量の猫の動画が出回りました。新しい考え方を知り、互いの違いを祝福する場が誕生したのです。
しかし、インターネットは徐々にそうしたことに使われなくなりました。今では、インターネット上に、「政治に反対する会~反対意見の人と互いに敬意を払いながら対話しましょう」などと題した掲示板を作成する人はいないでしょう。
(会場笑い)
人間は自分の意見を承認してもらいたがる生き物で、人と集まり、認知的不協和を嫌がり、避けようとします。自分を正当化したがり、承認され支援してもらおうとします。ネットのアルゴリズムの力は、そんな人間のさがをますます増長し、自分が欲しいと思う情報が、欲しいと気付かない間におのずと提供されてしまいます。
ここでソーシャルメディアの良し悪しを議論しようとしているのではありません。これは単なるツールです。他のどんなことにも言えますが、使う際のルールが大切なのであり、向き合い方が問題なのです。しかし、ソーシャルメディアは私たちが考えていた以上に危険なのかもしれません。
2019年5月15日、ニュージーランドのクライストチャーチにある2つのモスクが、テロリストの銃撃を受け51人が死亡しました。冷酷無比な犯行は、実行犯の手によりソーシャルメディアでライブ配信されました。
王立委員会(司法機関に準じた機関)の調査によれば、実行犯のテロリストはインターネットの影響で過激化したとのことでした。事件の後、ニュージーランド政府はこれを政府の責任であるとして重く受け止めました。
銃規制改革が必要であると同時に、インターネットで過激化する問題を根底から解決するには、行政や民間組織、IT企業が一丸となって環境を変えていく必要があります。こうして「クライストチャーチ・コール宣言(ニュージーランド政府及び仏政府によって主導されているテロリスト及び暴力的過激主義的コンテンツへの対処)」が発表されました。
この宣言はさまざまな成果を上げましたが、大事なことが未解決のままです。大手ソーシャルメディアやプロバイダー各社は、影響力の強さを自覚しその対策に乗り出すべきです。
(会場拍手)
自社が提供するサービス内容について、認識を刷新するべきです。つまり、現状のインターネット環境を常に監督し整備する責務があることを自覚するべきです。アルゴリズムは、私たちが見るものや誘導される先を勝手に選び決定します。うまくはまれば、ユーザー経験は個人の嗜好に沿ったものとなります。
しかし最悪の場合は、過激な方向へと誘導されます。つまり、アルゴリズムの開発と展開に対しての責任を負わせることを、早急に進めなくてはなりません。
(会場拍手)
ニュージーランド当局は、オンラインプロバイダーやソーシャルメディア各社に向けたフォーラムを開催して、民間組織や行政と共にこうした問題に取り組めるようにしています。対策はぜひ進めなくてはなりません。
アルゴリズムのプロセスの仕組みと表示される結果を、透明化することからはじめましょう。そして、アルゴリズムには責任が伴うべきだという認識を共有しましょう。これは喫緊の課題です。
(会場拍手)
IT企業の協力は、解決の糸口の一つにすぎません。ソーシャルメディア内での個人のふるまいにも問題があるからです。関わるものに対する評価の仕方にも問題があります。他者との関わり合いにおける人としての基本的な感覚を維持するべきです。
昨今よく聞く言葉に「キーボード戦士(日本語で言うところの『ネット弁慶』)」があります。インターネット上で匿名性を盾に、暴言や相手を傷つける発言を繰り返す人を指します。ネーミングセンスがいいですよね。
私は、SNSにひどい書き込みがある時には、あまり身なりが衛生的ではない寂しい人が、体に合わないだぶだぶのスーパーヒーローのコスチュームを着て、場違いな場所に出没しているさまを想像するようにしています。
(会場笑い)
キーボード戦士であろうとなかろうと、言葉は人の手によって書き込まれ、それを読むのも人間です。私は前から自分のSNSを持っていて、みんなが寄り集まれる街の広場のようにしています。今日シェアされるのは、ニュースや情報だけではありません。
先だって、私はアンゲラ・メルケル元ドイツ首相とのパネルディスカッションに参加する栄誉を得ました。彼女のリーダーシップや忍耐力に、私は深い尊敬の念を抱いてきました。16年の長きにわたり政権の座についた彼女が、どうやって政務をこなしてきたか、聞いてみたことがありました。彼女はこう答えました。「物事が大きく変化したからですよ」と。
この「変化」について、パネルディスカッションで彼女はこのように語りました。「一昔前であれば、社会で大きな事件が起こると、テレビがそれを報道し、翌日に世間で大きな話題となっていた」と。
今日ではそんなシンプルな流れでさえ変わってしまいました。主流と見なされるメディアは急増していますが、オーナーシップ構造が追い付いていません。旧来の主流メディアは説明責任とジャーナリズムとしての期待とを背負っていますが、その他の情報提供メディアはそうではありません。
また、サブスクリプションサービスや有料コンテンツ(ペイウォール)による広告収入の競争によって、適者生存したメディアが残ります。しかし今日の「適者」とは、コンテンツの収益化が簡単なものを指します。
さらに嘆かわしいことに、今は論拠を得るための情報にいかにアクセスするかが模索されるのではなく、そもそも得たものが情報と呼べるかどうかが疑問視されています。こうした偽情報、つまりデマの氾濫の源がどこかという議論は、私よりも学識の深い専門家に譲ります。
バーバード大学には、現在のデマの氾濫はアルゴリズムやトロールの結果ではなく、「何十年も作り出されてきた非対称的なメディア構造」の結果であると唱える人々がいますね。でも、私はそれを議論するためにここにいるわけではありません。
なぜなら、私たちが今ただ中にいるこの事態は、実はその本質においては別段目新しいものではないからです。
トマス・リッドによると、今のようなデマの時代は、1920年代初頭の「大恐慌のさなか、つまりラジオによってジャーナリズムが熾烈な競争とハイペースな姿へと変貌した時」に始まったとしています。それ以降、2010年半ばに興った「新しい技術とインターネット文化によって生まれ変わったデマの時代は、形を変えて」断続的に続いているとされています。
また、コピー機やカセットテープなど大量複製と配布を可能にする新しい技術が到来するたびに、情報とデマの流れが加速していることを指摘する人もいます。つまり、変わったのは「スピード」だけです。
いずれにせよ、リッドが結論づけているように「デマは、事実を知り評価し、それに応じて自己修正する能力という自由民主主義の基盤を腐食させる。ゆえにその害は甚大」なのです。
私が示す目標は、圧倒的で克服不可能に思えるかもしれません。しかし、私は根っからの楽観主義者です。環境をすべて変えることはできませんが、自分自身を変えることはできるはずです。逆風の中でも、より大きな力とレジリエンスを築くことは可能です。私は、そんな例を日々目にしています。
リア・ベルとワイマラマ・アンダーソンは、オトロハンガ・カレッジというニュージーランドの公立高校の若い生徒です。2人は、19世紀のイギリス軍と植民地軍とがマオリ族と争った「ニュージーランド戦争」などの歴史が、ニュージーランドの若者に学校できちんと教えられてこなかったことに対して疑念を提示したのです。
2人は変化を求めて議会に請願書を提出し、願いは実りました。ニュージーランドのすべての若者たちは、今年から、自分たちの過去や文化、歴史について学んでいます。
(会場拍手)
しかしここで重要なのは、若者が「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」です。デマの時代には、情報を分析し、批判することを学ぶ必要があります。「不信」を教えなさいということではありません。
私の恩師である歴史教師のファウンテン先生の言葉を借りると、「単一の情報の限界を理解し、出来事や決定には常にさまざまな視点があること」が大切になってきます。人間の歴史がその重要性を示しています。同じことが現在も言えるのです。
みなさんは今もこれからも、常に偏見と向き合うことになるでしょう。デマにさらされ続けるでしょう。こうした「ノイズ」は時の経過とともにますます悪化するでしょう。
アメリカ合衆国憲法の制定時、民衆から「いったい何ができたのですか」と尋ねられたベンジャミン・フランクリンは答えました。「共和国です。みなさんが守り、維持できることを願います」。そう、民主主義を守り、維持するのはみなさん自身なのです。
主流メディアが発する声の多様性、ソーシャルメディアの責任、子どもたちへのデマへの対処法の教育、リーダーとしての役割、これらがすべてとても大事です。 関わる情報の選択、争いの対処、議論への姿勢、もてはやされたり憎まれたりすることへの対応、これらもすべて重要です。
目の前に横たわる数々の問題の解決にあたり、システムや構造、権力にメスを入れようとする努力の最中で、目の前にあるシンプルな「一歩の力」を見落とさないでください。私たち一人ひとりが及ぼす力です。
お互いの違いについて、思いやりと優しさを持って扱い、選択をすること。「違い」と「断絶」との間に存在する価値を認めること。これは子どもたちに教えるべきでありつつ、反面、リーダーの弱さでもあります。
私たちが社会を営む上で発生する問題はこれからますます大きくなり、デマも増える一方です。自分に都合の良いグループへの引力も、拡大され続けるでしょう。しかし、私たちはおめおめと断絶されない力をちゃんと持っています。
私たちは、違いがあるからこそ豊かになり、分断すれば貧しくなります。真摯な議論と対話を通して、情報に対する信頼や、お互いへの信頼を再構築し、思いやりをもって「間」の空間を埋めようではありませんか。
世界は狭くてつながっていると感じることがあります。そう感じることができる手段の1つが、「優しさ」なのです。
(会場拍手)
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