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スヴェン・ブリンクマン『地に足をつけて生きろ! 加速文化の重圧に対抗する7つの方法』出版記念イベント(全2記事)

動かないことを「機会損失」と考えるのが、現代社会の問題 デンマークの心理学者が説く、「乗り遅れることの喜び」

世界15ヶ国以上で翻訳されている『地に足をつけて生きろ! 加速文化の重圧に対抗する7つの方法』の日本出版記念イベントに、著者でデンマーク・オールボー大学で心理学を教えるスヴェン・ブリンクマン氏が登壇。翻訳者の田村洋一氏を相手に、周りと歩調を合わせず立ち止まることで生じる不安や恐怖、一人ひとりがより良く生きるためのストア派の一番重要な考え方などを語りました。

無理な変化をせず、「中庸を生きる」

田村洋一氏(以下、田村):1950年代、1960年代のヒューマンポテンシャル・ムーブメント(人間性回復運動)で、「個々人が充実した自分の人生を生きるために、自己実現することが大事だ」という自己実現の概念が出てきました。当時の文脈では、「体制に抗って、一人ひとりが自由になって幸せになる」という意味を持っていた。でも今は、そういう意味が失われているどころか、むしろ人を幸せにしないということなんですね。

確かにこの本『地に足をつけて生きろ!』にもそれは書いてありました。これは、デンマークではそうだとして、日本ではどうなのでしょうか? 日本はデンマークと同じぐらいアメリカナイズされている部分もありますが、一方で21世紀のこの時代になっても、未だに封建的というか、古い価値観に縛られている人が多数います。そういう人たちにとってはどうなんでしょうか? 

スヴェン・ブリンクマン氏(以下、ブリンクマン):非常に重要な洞察だと思います。自己実現や自己開発が新しい罠で、現代の経済がそのことに依存しているという私の批判も、それぞれの国の文化によると思います。日本だけでなく、デンマークにもやはり伝統的な生き方をしている人々がいます。世代的に、私の周りにはあまりいませんが、先ほどの話とはまったく違った生き方をしている人々もいます。

でも、こうした人々に、例えばアメリカの自己啓発書を読ませて、「もっと自分中心に生きろ」「自分を愛せよ」と解放してあげようとするのは間違いだと思います。これは極端なところから、反対の極端なところへと飛ぶようなことですよね。人間にとって、最も良いのは「中庸を生きること」なんです。

変化や行動をやめることで生じる、「乗り遅れることへの恐怖」

田村:ここで、チャット欄に質問がいくつも来ているので、順不同で読んでみたいと思います。「真理を保証したキリスト教などの宗教は衰退し、今はGAFAの築くバーチャル世界や政治的独裁者のポスト・トゥルース(ポスト真実)が跋扈(ばっこ)し、人々は熱狂しています。ブリンクマン教授が考える、次世代の価値観と主導者を教えてください」という、ちょっと難しい質問です。

ブリンクマン:次世代の人間の価値観が、特定の宗教的な観念ではなく、人間的な倫理観に基づいていることを願っています。確かに宗教は、これまで人類に貢献してきました。でも、人々を分断させてきたことも事実です。そして、みなさんご存知のとおりそれによっていろんな紛争や戦争が起こっています。

イギリスの役者、ピーター・ユスティノフの言葉を引用します。「信仰や信心が人を分断し、疑いの心が人々を1つにする」。これは重要な真理です。人生において、また他者との関わりの中で、私たちは常に疑って、ためらって、そして謙虚であるべきだと思います。また、ソクラテスの「自分が知らないということを知るべきだ」という言葉がありますが、これが倫理的な価値観の基礎となります。

田村:ありがとうございます。もう1つ、「地に足をつけてスピードを落として生きると、周囲から取り残されそうな不安を感じますが、それについてはどう思われますか?」。これは同じように感じている人が他にもいるのではないかと思います。

ブリンクマン:とても良い質問です。「乗り遅れることへの恐怖」というものは、今の時代、誰もが感じることです。「スピードを落として立ち止まったら、こんな経験もあんな経験もできなくなる」「こんなにいろんなことをすべきなのに、人生がムダになってしまうのではないか?」。これがFOMO(Fear Of Missing Out)、つまり「乗り遅れる不安」というものです。

しかし、それこそが現代社会の問題なんです。どんなに達成しても、どんなにパフォーマンスを上げても、「もっともっと」と、より良くする必要が出てくる。例えば、今年より、さらに来年はというように。

つまり、どんなにがんばっても「このままでは十分じゃない」「いつも自分に何かが足りない」と感じてしまう。でも、私から言わせると「乗り遅れることの喜び」をもっと体験するべきです。すべてのことができなくても、常により良いパフォーマンスができなくても、そこに幸せを見出すのです。本当に重要なものにフォーカスできていれば、乗り遅れる喜びを体験することができます。

「乗り遅れることの喜び」を得るために、必要なこと

田村:「周囲から取り残されそうな不安を感じる」と言うけれども、逆に「取り残されて上等」「取り残されたほうが幸せ」ということですね。これは、現実を見るということですか? それとも、精神的に成熟するということなのでしょうか?

取り残される喜び、「Joy Of Missing Out」を感じるために、物質的な価値観、進歩的な世界から離れて、内面的な平和を求めるということでしょうか? マインドフルネスや瞑想といった、よりスピリチュアルな領域に向かうということですか? 教授のおっしゃっていることの一部はこういうことなのでしょうか? それとも、まったく違うことですか? 

ブリンクマン:洋一さんがおっしゃったことも、ある程度は事実ですが、それだけではありません。それによって、個人だけではなく社会としての問題も解決できるようなことなんです。

田村:「個人としてだけでなく社会として解決することが大切だ」ということですね。

ブリンクマン:例えば、それに基づいて学校制度を作ったり、職場や、法制度全体に働きかけることもできます。例えば、デンマークでは学校や大学、短大を改定し、子どもたちがグローバルな市民として他の国への競争力を身に着けたり、より良く働くためのノウハウを学べるようにしています。知識だけを学ぶといった学校ではないんですね。

ただこのところ、カリキュラムに関して質より量を重要視する傾向にあります。本来は「何を学ぶか」「何を行うか」という質のほうが大事なのですが、「もっとやろう」「もっと経験しよう」「もっとパフォーマンスを上げよう」という感じになっていますね。

一人ひとりがスピリチュアルなことを行ったり、いろいろな対処法を学んでなんとかするよりも、このように、より良い学校や職場を作るなどの社会を変えることで、全体を向上させることが大切です。そのために、政治家や市民が関わるべきなんです。

一人ひとりがより良く生きるための、ストア派の一番重要な考え方

田村:さらに質問を取り上げたいと思います。「『思い込み』や『観念』『幻想』ではなく、『現実』を観察しながら生きたいと思っています。そうするためのヒントをいただけないでしょうか?」ということです。個人よりも、社会が向上することが重要だということがわかりましたが、さしあたって個人ができることがあれば教えていただきたいと思います。

ブリンクマン:もちろん、社会が良くなるのを待つだけではなく、一人ひとりが行動を起こすことも必要だと思います。その時に有益になるのが、ストア派という古代哲学なんです。ストア派は、社会を劇的に変えるために考案されたものではありません。一人ひとりがより良く生きて、いろいろなことにコミットしながら、現実的に生きるための方法なんですね。

そして人生の哲学として、ストア派の一番重要な考え方は……「見極めること」です。人生において、自分が「変えられるもの」と「変えられないもの」を見分けること。それを見極めた後は、勇気を持つこと。そして、悪いもので変えられるものは変えていく。また変えられないものは受け入れて、それとともに生きるということです。

これは両方とも難しいことです。私は心理学者として、その人の変えられる部分に関して、症状を緩和することはできますが、その人が変えられないことを受け入れる手助けはできません。ですから、心理学は十分ではないということを痛感しています。どうしようもない問題、受け入れるしかない問題というものがあるからです。例えば、死がその1つです。人は死を避けることはできません。

「もっともっと得よう」ではなく、恵まれない人たちを助ける

田村:今の話に関連して質問があります。「どうしても変えられない状況を受け入れられない時は、その場から去るべきでしょうか?」。

ブリンクマン:そのとおりだと思います。付け加えるとしたら、「その場を去る」ということも、状況を変えるための1つの方法です。例えば今の職場に不満があって、それは自分では変えることができないとします。それなら、そこを辞めて別のところに行けば、状況は変えられますよね。

田村:コメントもいくつか入っています。「作家の曽野綾子さんの『ないものを数えず、あるものを数えて生きる』という言葉がありますが、教授のメッセージに通じると思いました」ということです。

ブリンクマン:そうですね。そのとおりです。「あるものを数える」ということは、非常に重要な考え方です。ただ、自己批判をするとしたら、数えるほど多くに恵まれていない人も確かにいて、そこが問題です。そういう人たちは、私の本の客層にはなれないと思います。私の本は、貧しい人、社会的地位の低い人、迫害されている人のために書かれたものではありません。「そういった状況を受け入れろ」という話ではありませんから。

ですから、そういった人たちの代わりに、より恵まれている人たちが読むべきです。そして、「もっともっと得よう」とするのではなく、そういった恵まれない人たちを助ける方向に向かう必要があると思います。

田村:ありがとうございます。時間になってしまいました。ぜひブリンクマン教授、機会があれば今年、あるいは来年日本へ来ていただきたいと思います。

ブリンクマン:ぜひそうしたいです。それが私のアメリカンドリームではなく、ジャパニーズドリームです(笑)。

田村:みなさんもありがとうございました。今日はこれで終了です。このストア派の哲学とブリンクマン教授の『地に足をつけて生きろ!』がみなさんの琴線に触れて、ご自身の目的や、生活、仕事の充実に役に立つようであれば、ぜひ実践してみてください。また、周りの人にも話をしていただければと思います。

ブリンクマン:みなさん質問をありがとうございました。そして通訳や翻訳をしてくださった方、この場を開催してくださったみなさんにも感謝します。ぜひ次回は画面上ではなく、対面でお会いしたいと思います。

田村:ありがとうございました。

ブリンクマン:ありがとうございます。

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