2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
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中野信子氏:さて、絵画によって、作品によって賦活(活性化)する部位が異なるというお話。これは不思議ですよね。いずれもいい絵だと評価されているものなのに、ぜんぜん違う場所が活性化していたら、美の基準というのはいったいなんなんだろうという話になる。
現代アートに詳しい人や好きな人は知っていると思いますが、例えば、美しくない方がむしろかっこいい、という場合すらあります。旧来の美の基準からずれていた方が新しかったり、クールだったりする場合があります。
例えば、建築でロココ調というのがあるよね。ロココ調、といったらなんとなくわかります? 少しゴテゴテして、豪華だけれどちょっと飾りの多すぎるような、装飾的なスイーツのような感じと言えばイメージできます? ベルサイユ宮殿のような感じ、といったらわかりやすいかな? うん。
では、あれは現代の基準からするとかっこいいといえるでしょうか。シンプルにクールかというと、かなり独特ですよね。まあ、ここにそうした格好をしてきた人がいたら、ちょっとああ、なんかこう趣味を貫いている人というか、強いこだわりのある人というか、そういう感じになると思います。
でも、これが流行した当時は、何の前置きも必要なく、単純にかっこよかったわけですよね。今でも、美しいかどうかといわれたらやはり美しい。つまり「美しい」と「クール/かっこいい」とは違うんです。
となると、美の基準とは何なのか、さらにわからなくなってくるでしょう。これはおもしろいところですね。みなさんから見て左側に見えているのは女性の顔です。ミスなんとか、この大学でもやっているでしょうか。これはミスユニバースやミスアース、ミスワールドといった、そういうものに選ばれた人たちのお顔です。
そして、右側は夕陽の写真ですね。夕陽を見ているチンパンジーの写真です。「夕陽の美しさ」と「美人の美しさ」は、実は似ているようでいて違う。夕陽が美しいという基準は古来からあまり変わらず、しかも世界共通だけれども、美人の基準はすぐに変わるうえに、世界共通かというと意外とそうでもない。
例えば、30年前の美人の基準と、今の美の基準はぜんぜん違いますね。メイクのトレンドだってすぐに変わってしまう。ファッションだってすぐに変わっちゃう。「イケメン」の基準もすごく変わりましたね。女性だけじゃありません。昭和生まれの私が子どものころは、いわゆるバタ臭い顔の男性が人気がありました。
濃い顔というやつね。代表的なのは、長嶋茂雄さんですとか、郷ひろみさんのような感じでしょうか。わかります? もしピンとこない人がいたらもう検索してみてね。そういった感じのバタ臭い顔の人が人気を集めていたんだけれども、いつの間にか塩顔というタイプの薄い系統の人がウケるようになりましたね。
こうして、基準はあっという間に変わります。またすぐに変わっていくでしょう。わかりやすい例として、こうした例を用意してきてみました。
美人の基準の変遷です。左側の女性は、リリアン・ラッセルという人です。この人は100年以上前のアメリカの女性ですが、彼女がこの時代はアメリカで一番美しい女性だと言われてました。どうでしょうか。今の基準からみたらかなり大きいですよね。
BMIはそうね、28くらいあるんじゃないでしょうか。とてもふくよかな方です。この当時は経済状態を考えれば、美しさの基準もそれを反映した感じなのかもしれない。貧しい人がやせていた時代には、ふくよかな方が裕福さの象徴であり、美しく見えるのは当たり前かもしれません。平均寿命も今の基準からするとすごく短いんだよね。40代前半にはもう亡くなってしまう。そういった時代です。
さて、2014年の最も美しい女性が右側です。ピープル誌が選んだ、ルピタ・ニョンゴです。輝くような黒い肌の、アフリカンアメリカンですね。しなやかな彫刻のような美しい肢体を持っていて、本当に美しいですね。まあどちらも美しいんですけれども、今の美人の基準というところから照らしてみると、どうでしょうか。いずれにしても、やっぱりかなり差があるなということを認識していただけると思います。
いったいどうしてこうしたことが起きるんでしょう。美しさの基準は、どうして変わるのだろうか。これは、時間軸でなく、地理的な軸で見ても一様ではないんですよね。日本で美人とされる人が、世界で美人とされるかというとそうでもなかったりする。
日本で美人だとは言われない人が、他の国で非常に人気があるということも起きます。いったいこれはなんなんでしょうか。変わる美しさと変わらない美しさは何が違うのか。
これ、実は脳の中で処理をしているところが違うからなんです。それを示唆する実験がいくつかあります。ただし、美人は左脳とか、夕陽は右脳などというものではありませんよ。そうした右脳神話は、現在はもうほとんど疑似科学扱いです。その辺りはご承知おきいただきたいというところです。
右脳神話についてのお話を少ししておきましょう。みなさんがリテラシーを高めることができるように、中野が悪者になります。右脳神話がどうして生まれたのか。その淵源の一つにスプリットブレインスタディがあります。だいぶ昔の研究で、これそのものは神話ではなく普通の研究です。
ロジャー・スペリーという人が、ノーベル医学生理学賞を取りました。脳梁を切断した患者さんを被験者として、左脳右脳の機能の差が調べられていったんです。
(スライドを指して)例えば、こういったNavon課題というものがあるんですが、この図形、おおまかに見るとHの字ですよね。H型に並んだ小さいAの字が見えると思いますが、これを、右脳が損傷している人と、左脳が損傷している人、それぞれに見せます。
見せるとなにが起きるか。左半球が損傷している人は、この小さいAが認識できないんです。「なにが見えますか?」と聞くと、大きいHの字を書きます。一方で、右が損傷している人は、小さいAがまとまってこの大きなHのかたちになっていることを認識することができません。小さいAの字を紙全体にバラバラに書くんです。
不思議ですよね。それぞれ見ている階層が違うのです。見える解像度が違う。要するに、処理する情報の、空間解像度が左右で異なるということです。
時間解像度についても同じことが言えます。例えば、私が今、発しているのは言語ですよね。それを受容するみなさんの脳で起こっていることは、ざっくりと、音韻の処理、そこから意味、語彙、それから文法といったように、高次のレイヤーに処理が移っていく。これは時間解像度が高くないと処理ができない情報です。
あまり聞きなれないかもしれませんが、このほかにプロソディという要素があります。一般的にはイントネーションとかアクセントとかそういったものに近い要素で、話し方の調子のことです。プロソディの部分と、言語の文法や意味情報とは、脳では別々に処理をしています。
駐車場だとかATMだとかで、合成された言語音を流す機械がありますよね。あれを聞いたときに、「ああ、人間の自然なしゃべり方とは違うな」というようにわれわれは感じますよね。
それから、日本語を習いたての外国人が、あまりこなれていない日本語をしゃべるときに、イントネーションから「ああ、母国語が日本語ではない人だな」ということを思ったりする。
それらの情報は、実は左ではなくて右で処理をしています。細かい音韻の違いなどの言語情報よりもやや解像度の粗い部分を右で処理しているというわけです。音における、いわばこの大きなHの字に当たる部分ですね。
脳を持っていて、左右にわかれている。左右にわかれていることにはやっぱり理由がなくはないのであって、魚類にもこうした機能分化があります。右脳は全体視をする。全体を見て予期しない事態への対応をします。
天敵を回避するためにそういう機能があるんだろうと考えられている。両生類、鳥類もこうした機能分化があると考えられています。一方で、左脳はなにをしているのか。部分視、中心視。注意を向けたところの情報を解像度高く処理するということをします。
左右の機能分化。右と左では担当する機能が確かに異なります。とはいえ、右脳がクリエイティブであってアーティスティックなことをやっているかどうかということは、誰も確かめられない。そもそもアーティスティックなことをやっているかどうかを調べるのに、アーティスティックの定義ができない状態でどう確かめるのでしょう。エビデンスをどうやって得たらいいと思いますか?
ということから、右脳が芸術的だとかクリエイティブとかいうのは、あまりにも、クリエイティブという言葉が大好きな、夢を見た人たちによって盛られ過ぎてしまった、ちょっと言い過ぎ感の強い考え方なんです。
右脳左脳占いとか好きな人はエンタメとして個人的に楽しめばいいと思いますけれど、何千万も何億も払って仕事に使うというのはさすがに……。これ以上はお仕事で本当に使っていらっしゃる人が傷つくとかわいそうですから、もうやめておきましょうか。使い続けていらしても、私には実害ないですしね。
2010年に報告されたもので、2年間に渡って7歳から29歳まで1,000人以上の被験者の神経活動を観察したという研究があります。7,000以上に脳の領域をわけて、左右脳の機能に個人差、個体差があるのかどうかを解析していく。
すると、機能分化には、個人差がないことがわかりました。つまり、右脳人間とか左脳人間とかいう占い? は科学的には根拠がないということです。こうした類型論的な話はよくされているようなのですが、この研究がダメ押しかもしれませんね。全部否定されてしまったわけです。
ただ、すでに人口に膾炙している話題ですから、特に否定するメリットもないのに、ただ研究で間違いであることがわかったからといって、「あなた騙されてますよ(笑)」と触れて回るのも面倒な話です。なぜ面倒か。科学的な発見が大衆や時の権力者の考え方と違う場合、科学的な発見が必ず勝つ、というのはあまりにもおめでたい思い込みなんですよね。古くは異端審問にかけられ、歴史的にもそういう主張をする人は頭がおかしいなどとされて病院に入れられたりしてきた。
現在でも、いくらエビデンスがあったとしても、例えばもし「知能の高さは母乳を与えられた期間の長さと相関がある」という論文をみなさんのうちの誰かが紹介したとしたら、それだけで、大衆からのエモーショナルな攻撃に晒されるでしょう。論文など一遍も読んだことのないような素人から、科学的だとはとても思えない、などと糾弾されてね。
不安が強いのだと思いますが、個人的な感情からパニックになってファクトを見られなくなる典型です。恐ろしいことですが、危機的な状況ではなおさら、事実に目を背けようとする人が増える。こういう現象が科学を黙らせてしまう。
例えば、脳科学神話のありがちな例で、先ほど手を挙げてもらいましたが、「モーツァルトを胎児期に聴かせた子はIQが高くなります」と、よく聞くでしょう?
高額なセミナーを開いている人もいます。1,000万円を超えるようなコースもあるようですね。子どもにいい人生を送ってほしいというお母さんたちの想いがそれだけ強いということなのでしょうが……。
でも、これ、どうやって実験します? 胎児にモーツァルトを聴かせてIQが高くなったかどうかって、どう測りますか? 何とでも説明がつきますよね。
「モーツァルトをあんなに聴かせたはずなのにこの子の成績はいまいち。どうしてでしょう?」「ああ、それは言いにくいのですが、もともとこのお子さんのレベルはそう高くはなかった。けれど一生懸命聴かせたからここまで伸びたのですよ、今後も気長にがんばりましょう。ちょっと料金は掛かっちゃいますが、特別なこのコースを組めば、さらに成長が見込めますよ……」。
これはいくらでも引っ張れるビジネスですよね。良い子はまねしちゃいけませんよ。騙される人がかわいそうだからね。
モーツァルトを聴かせると天才、っていうのもまあ嘘なんですけどね……。そう思っている人は自分が天才と疑わずにいられる幸せな才能がある人かもしれません。人の幸せを邪魔しちゃ悪いので別に私からは何も言うことはないんですが。
これも脳科学神話のありがちな例として今出したわけですが、もともとは大学生に対する実験でした。ネイチャーに93年に載った論文なんですね。どのような実験だったのかというと、モーツァルトを聴かせた前と後で、あるテストの成績がすこし良くなったというんです。それがいつの間にか、教育に効果がある、果ては胎教に良いといったように拡大解釈されていったのです。
ドン・キャンベルという人が『Mozart Effect』という本を書いています。この中で、モーツァルトについて非常にスペキュラティブに描かれちゃったわけですね。かなりモーツァルトの音楽について期待を込めた内容です。しかしながら、この本がジョージア州の知事さんに届くとどうなったか。
そうするともうこの知事さんはすっかり盛り上がってしまって、「州内で生まれたすべての新生児の親にクラシック音楽のCDを配布しよう」と、ノリノリで議会に予算を要求してしまった。10万ドルでした。そしてなんと議会はそれを承認してしまいました。それはすばらしい話だ、といって予算を通したというわけです。
ある場所で予算が通るとそれがまた実績となって話が拡大していく。みなさんはこういう現象をどう思いますかね。しかしながら6年後、『サイコロジカルサイエンス』という学術誌に掲載された論文で、この効果が否定されたんです。
『ネイチャー』はご存知のとおり、自然科学では最高峰と言っていい雑誌です。だから、ぜんぜん専門じゃない人も読むんですね。影響力があまりに大きい。けれども『サイコロジカルサイエンス』はほぼ心理学の人しか読まないといっていいでしょう。心理学分野では影響力のある雑誌ですが、他の分野の人はあまり読まないわけだね。
そうするとなにが起きるか。これを否定している論文なんです。モーツァルト効果は、アーティファクト(人為的な作業によって意図せず生じるノイズ)だったということを証明している論文なのですが。
否定論文というのは、広がらないんですね。おもしろくないからです。大衆の興味の的にならない。どれほど否定されたとしても、いまだにモーツァルトは脳に効く、とか信じている人がたくさんいる……。
ノーベル賞を取られた本庶先生、覚えていますか。本庶先生は、一流学術誌に載る研究の9割は嘘じゃないかとおっしゃっていらしたと思いますが、私も似たような話を昔、大学院生だった頃に先生がたから聞いた覚えがあります。2000年ごろの話です。
このころは9割ではなくて、少なくとも3分の1は再現性がない、と言われていたのですけれど。ああ3倍になっちゃったかと本庶先生のお話を聞いて、時代の流れを感じました(笑)。
あるいは本庶先生の分野は、非常に競争の激しい分野ですから、なおさらそういうことが起きやすいということなのかもしれない。ポストを争うために、グレーな論文でも白と言い張って投稿するというかたがひょっとしたら比較的多い分野だということはあるのかもしれません。ただ飽くまでこれは、ごく個人的な見解です。
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