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2019年6月21日 世界から見た日本(全4記事)

日本は不安傾向の高さが“活かされた”社会 脳科学者・中野信子氏が語る、日米の国民性の違い

上智大学で行われた脳科学者・中野信子氏の講義「世界から見た日本」。本パートでは、これまでの上智大学での講義を振り返るとともに、「アートと脳科学」をテーマに、切っても切り離せないアートとブランディングの関係性について語りました。

国民性や文化の違いは何に起因するのか?

中野信子氏:みなさん、こんばんは。今日はよろしくお願いします。

毎年、この時期に集中講義として来させていただいておりますが、私の声を生で聞くのもきっと初めての方ばかりですよね。これまでに何回か聞いたことがあるという人は、いらっしゃいますか?

もう2回目で、また話を聞いちゃったなどという人はいませんか? うん、それならいいですね。同じ話を2度も聞くと飽きちゃうでしょうからね。ざっくり振り返ると、去年はこういった話をしました。

国民性や文化の差は、みなさんも感じているとおり、確かに存在するものです。上智大学にも外国から来ている人もたくさんいるでしょう。帰国子女の方、それからお父さんやお母さんが違う国の方だという人もたくさんいると思います。

そうすると、誰かが社会通念と思って受け取っているものが、実は当たり前のことではなかったりもする。その「当たり前のこと」ではないことは、実は単純に文化や利害といったもの、地理的な条件のような問題ではなくて、生物学的な脳の違いにも起因するものなのではないだろうか?

そうした疑念が生じますよね。今のところ、そうしたことを語るのはあまり望ましくない、むしろ倫理的には許されないことだと考えられています。人間は平等だ、平等でなければならない、という暗黙の「ポリティカルコレクトネス教」が私たちの思考を縛っているからです。

これに抵触するようなことを言うと、あまり頭を使うことに慣れていない一般の人は「学者とは思えない」などと感情的に燃え上がり、あっという間に正義中毒に落ちていくのを、いくらでも目にすることができるでしょう。

個人の性格や資質の違いを決めるもの

例えば、「日本人の脳と白人の脳は違いますよ」というように言われたら、みなさんはどう思うでしょうか?

どちらがどう違うのか、優れているのか劣っているのか、どこがどう変なのか。私たちはマイノリティなのかどうか。そうしたものがもしあるのだとしたら、どうなんだろうか。これらを語ることはかなり慎重にする必要があります。

タブーだ、というのは、言い換えれば正義中毒者が徒党を組んで一気に攻撃をしてこようとする可能性が高いことを言うのです。が、表現を工夫しつつもあえて話すということも、これまでにはしてきました。

みなさんは、優れた教授陣が教鞭をとる、有名な大学で学んでいる学徒であり、普段からじっくりと思考を重ねることに慣れている、知性を愛する方たちでしょう。ですから、思考を促すつもりでやや挑発的なことをお話ししても、カッとなって思考停止するなどということはなく、それを自らの学びの種にしてくださるだろう、と安心してお話ができます。

さて、脳の個体差が文化間差に反映されているのだとすれば、もっと普遍的なバイオロジーからそういったものにアプローチできるんじゃないか。

セロトニントランスポーターという、脳の中でセロトニンを使い回すタンパク質があります。この名前を知っている人はいますか? もしかすると、鬱です、ということでセロトニントランスポーターに効く薬を飲んだことがあるという人もいるかもしれませんが。

これはちょっと手を挙げにくいか。それでは、ドーパミンはどうでしょう。聞いたことありますか。たとえば「多動です」と言われて、薬を処方されたことがある人もいるかもしれません。そうした人はドーパミンの動態が人と違うのです。動態、つまり脳におけるダイナミクスが、一般的な人と違います。

そしてここですね。「気の持ちよう」のようなもので決まると無批判に考えられてきた、親しみやすさであったり、騙されやすさであったりする資質。これもある程度、生理的に説明がつきます。

騙されやすい人というのは、テストが簡単なんです。いち早く検出されて、詐欺師団たちの「カモリスト」に名前が載るとされていますね。もう、一度騙されたら、その人は絶好の美味しい獲物として、次から次へと、その人から搾取しに人が近付いてきます。つまり理由はどうあれ、騙されやすい人というのが存在する。それが生まれつきなのかどうか?

そんなことをお話ししました。

それから、攻撃性も人によって違います。キレやすい人、キレにくい人。キレられやすい人、キレられにくい人。どこがどう違うのか。これは日常生活に活かせるところかもしれませんね。こうした個体差、集団間の差異についてもお話をしました。

「クレームをつけられないこと」を重視する日本市場

マーケティングの先生と以前、こんな話をしました。マーケティング理論というのは、だいたいアメリカで発達してきたものだ。理論だっているようでいても、どうも現場で適用してみると、日本にはうまく合わない感じがする。その失望感から、今はどちらかといえば幻滅フェーズにある、という。

「マーケティングなんて、役に立たないじゃん」と口には出さないまでも、疑念を強く感じている人もそこそこいるようなのです。

表で示しましたが、STP(Segmentation:市場細分化、Targeting:ターゲット設定、Positioning:ポジショニング設定の頭文字を取ったもの)が大事、コスパが大事、リスク投資が当たり前、新しいビジネスが次々と生まれる、といったものがアメリカの特徴だとして挙げられた要素でした。

GAFAなどは特徴的ですね。新しいビジネスだけれども、急速に成長して国家をしのぐような大企業となりました。一方で日本の市場はだいぶ違います。インフルエンサーが大事。セグメンテーションなどよりも、流行っているかどうか、売れてる感があるかの方がずっと大事です。

アメリカの市場では、コスパが大事だと考えられているけれども、実は日本の市場では意外とそうではないようです。「安かろう悪かろう」と言われるけれども、安いことに加えてフローレス(flawless :完璧)であることが大事。瑕(きず)がない。クレームを付けられないことが安さよりも重視されがちであるのが、日本市場の特徴だというのです。

リスク投資が当たり前の米国市場ですが、日本では違う。どちらかといえば、みんな保守的で預貯金が当たり前です。もちろん余剰の資金がある場合は、ですけれどね。確かに、ない人はできない。けれども、ない人も「支出」から抑えていく。足りない場合には仕事を増やす、投資で増やす、という考え方でなく、まず緊縮財政を考えてしまう国民だというわけです。

不安傾向の高い日本、新規探索性の強いアメリカ

また新しいビジネスがどんどん生まれるアメリカ市場に対して、日本の市場はどちらかといえば新しいものは生まれにくいと考えられています。GAFAあるいはGAFAMに匹敵する企業がない、などとよく言われますね。

最近はスタートアップがかなり流行っていますが、上場ゴールでやめちゃったりしますしね。あまり育てていくという発想にはなりにくいのかもしれない。とはいえ、日本では長く続く企業は非常に多い。(世界の)100年以上も続いている企業をカウントしてみると、8割以上が日本企業です、といったデータもあるようです。

交流のある国ですが、非常に違う。同じ資本主義経済だとはとても思えないほど違っている2つの国です。どちらかといえば、日本は「不安傾向の高さが『活かされた』社会」なのではないか。

一方リスク投資、それから新しいビジネスが次々生まれるというところを見ると、アメリカ型の市場はリスクに見合う利益と新しい物事を評価する。そうした特性の強い社会なのではないか。言ってしまえば「新奇探索性の強い人たちの社会」なのではないか。

新奇探索性はわかりますか。新しく奇妙と書いて新奇ですね。新しいものを求める人たちが大勢を占めるとき、社会はハイリスク・ハイリターンの挑戦を応援し、評価します。日本ではむしろ、嘲笑され、芽を摘まれるのではないでしょうか。

こうした特徴が、生理的に説明がつく可能性についてお話をしてきたというのが、これまでの流れでした。

右脳と左脳の違いは、論理性や創造性では語れない

実は私はいま、欲張ってもう1つ博士号を取ろうと思い、東京芸大に通っているんですね。修業年限までには終わりそうもないですが。

ですから、今日はアートと脳科学の話をしてみようと思います。脳科学から見た芸術というと、「あー、また右脳左脳の話でしょ」と思う人がいるかもしれない。ここに書いちゃったけど、右脳が発達していると、クリエイティビティが良くなると思う人、いますか。そう聞いたよという人は? そうといわれても手を挙げにくいよね。これから否定するとわかっているんだし。

たとえば、右脳が発達していると、モーツァルトを聴くと頭がよくなるというように教わった人? 聞いたことがある人は? うん。そこそこいるよね。まあお約束ですけど、これ全部嘘ですからね。

嘘というか、間違っていることが明らかになっている知見です。後でその経緯をもう少し詳しくお話しします。

昔は左脳が論理的で、右脳が創造性や芸術的だなどと言われていましたが、これは誤りです。というか、言い過ぎなんです。左右の脳は、処理する情報の解像度が違うんです。

さて、芸術と一口に言っても、絵画でも、いろんな人の絵画があって、作風が全然違いますよね。クリムトもあれば、フランシス・ベーコンもあれば、イヴ・クラインもあれば、他に誰か好きな作家さんはいますか?

日本の現代アートの方でも、ヤノベケンジさんもいるし、村上隆さんもいるし、塩田千春さんもいる。いろいろな方がいますよね。いろいろいて、作品によって賦活する部位、賦活というのは活性化するという意味ですが、活性化される部位というのは違うでしょう。それぞれの作家によって違う。では、何がアートの「いい」「悪い」なのか。それはどこが判定しているのかという話になります。

的確なセルフブランディングの重要性

そもそもいい作品とは、いったいなんなんだろう。それは洋の東西や文化の違いによっても異なる。日本でいい絵とされるものが、西洋では微妙であったりもする。その逆もあります。それから、日本では最初ウケなかったけれども、西洋で評価された途端に値段が上がる、という現象もある。

川瀬巴水などはそうですね。知っているかな、あの静かな東京の絵を描いた人なんですが。見たことがある人もいますかね。版画で。この人の描いた絵をスティーブ・ジョブズが集めた。それで値段が上がって、日本人にも名前が知られるようになった人です。

他にもそういった作家さんはいます。音楽の領域でもそうですね。ある有名な音楽グループがかつてそういうマーケティングをしていた、と伺ったことがあります。ヨーロッパで売れたことにしてしまって、日本に逆輸入、という体をとるという。

これが、「ブランディング」です。アートとブランディングは切っても切り離せない。もしかしてアートには別に興味がなくても、ブランディングは、これからみなさんが仕事をしていく上でむちゃくちゃ大事なことですから、さわりだけでも知っておいたほうが良いものです。

自分は起業するわけじゃないから、という人でも大事です。なぜなら、どこにいても、自分のブランディングは自分でしなければいけないからです。これはもう、どんな場所にいてもそう。自分が例えば素敵な異性にモテるかモテないかでもそう。自分のブランディングが的確にできるかどうかは、みなさんの一生を左右します。

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