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『情報生産者になってみた』(筑摩書房)刊行記念トークイベント 大滝世津子×開沼博×竹内慶至 ゲスト:上野千鶴子 「社会を変える/人を育てる」(全5記事)

日本のエリート校は「優秀な子どもが勝手に育っている」だけ 上野千鶴子氏が指摘する、大学の「教える側」の問題点

1993年から2011年にかけて開かれていた東大文学部「上野ゼミ」は、あまりの厳しさに一時は志望者がゼロになったこともある一方で、悩める学生がひっきりなしに訪れる"東大の保健室"でもありました。今回は『情報生産者になってみた』刊行記念として代官山 蔦屋書店にて開催された、上野千鶴子氏と「上野ゼミ」卒業生によるトークセッションの模様をお届けします。教育に携わる卒業生3名と上野氏が「教育」をテーマに議論します。本記事では、オンライン授業になったことでの生徒のコミュニケーションの変化、上野氏が考える日本の大学に欠如している「高等教育のメソッド」について語られました。

授業がオンラインになったことで消失した「無記名」の良さ

上野千鶴子氏(以下、上野):あと上野ゼミのDNAというと、どの人も教師になったら必ずやってしまうのが「レスカ」こと、レスポンスカードだよね。ちょっと聞きたいんだけど、オンライン授業になってチャットとかが使えるようになったら、レスカ方式って前よりやりやすくなった?

竹内慶至氏(以下、竹内):これは微妙なところじゃないかなと思っていて。レスカの話は絶対に出るだろうなと思って、視聴されている方のためにこれを持ってきました(A5の紙の束の実物を示す)。目の前に実物があったほうがわかりやすいなと思ったので。ただのA5の紙ですけど。

やりにくくなったと言えばやりにくくなった。というのも、上野さんがやっていた時は「無記名でいい」でした。でも、オンラインだとアカウントの名前が残ってしまいます。また、チャットで誰がコメントしたか他の学生にはわからない形ならば、ダイレクトに授業者には届けてくれるんだけど、「みんなに対して」とはならないですね。

上野:なるほど。

竹内:調べれば全部、誰が書いたかが残ってしまうので、自由さがなくなった。このレスカの一番良いところがなくなってしまったなと、正直思いますね。開沼さんは使っているんですか?

開沼博氏(以下、開沼):本格的な大学院生向けの教育をはじめたのはここ1年なので、コロナの関係で、そもそもレスカとか、紙を配る・回収するってできなかったんです。もちろん、レスポンスを全員から集めるということはやっていて、例えば、Zoomのチャット欄に記入するように、と指示します。それを全員で確認し合うとトレーニングになる。

ただ、オンラインにすることで、やっぱりジャッジされるという感覚が出ちゃうんでしょうね。全員にさらされることを躊躇してか、ダイレクト(メッセージ)で送ってくる人も、かなり考えて苦労して送ってきているなという感じはあって。たぶんもっと気楽に、思ったことを書いていくというトレーニングでもあるんですが。

生徒の文章量から感じる、アウトプットの「格差」の広がり

開沼:というのと、レスカの分量は「長くしすぎないようにA5の横にしている」という話もあった気がするけれども、オンラインにすると、書いてくる人は逆にめちゃくちゃ書いてくるな、とも思いますね。書いてくる人とのコミュニケーションは、手書きよりある面では処理しやすい。読みやすいし、コピペして回覧することもできるから。

格差が出るという感じですかね。躊躇する人はより躊躇するようになったし、やる気がある人はもっとアウトプットをする機会になっていると思います。

上野:オンラインで匿名性がなくなったと。でも、ゼミなんて20~30人だから、手書きで書いたらみんなバレバレなのよ。「この字か、あいつだ」って(笑)。でも、ジャッジメントの対象にならないという安心感があるかどうかということだよね。

竹内:でも50名とか超えるような講義形式でも、上野さんの場合はレスポンスカードを配っていたと思うんですよね。さすがに50人を超えた講義は(誰のレスポンスカードか)わからないですよね(笑)。

上野:いや、東大はだいたいわかる。

竹内:(笑)。

上野:「このパターンで書いてくるやつだ」と。

竹内:確かに、(同じ)パターンをずっとやってると「これを書いてくるのはあの子だよな」と(わかる)。

上野:それによって個体識別ができるから、お互いにメリットなんだけどね。

大学は「自分で取りにいく所」

上野:この方式はわりといろんな先生方が取り入れておられるらしくて、オンラインになったらいつもしゃべらない子たちが積極的にチャットで発言するようになって、「このままオンラインを続けたほうがいいような気がします」と言う先生もいるよね。

竹内:確かに。積極的になったというのは……難しいところですね。たくさん話せる人が話せるようになったという感じがしているので。現実を見てみると、やらない子たちはとことんやらなくなったなと思っていて。みんなでファミレスで、とりあえずゲームと一緒に並べて聞いているふりをするとか(笑)。そういう落差はすごく増えたなと思いますよね。

上野:大学ってそういう所だと言ってしまえばそう、自分で取りにいく所だから。取りにいく子はたくさんゲットできるし、取りにいかない子はできない。だけど上野ゼミは、落ちこぼれがいなかったわけじゃないけど、提出物をしょっちゅう出させるから、落ちこぼれていられないというところがあったじゃない。

欠席もできないし、ハードルをその都度越さなきゃいけないし。最終的にはみんなクリアしたよね。だからそういうこまめなメンテは、ほかの先生に比べるとやっていたと思う。

開沼:上野先生は、この上野メソッドをいつ、どういう動機で始めたんですか? というのは、僕が学部の時に、大滝さんが苅谷(剛彦)先生の授業でTA(ティーチングアシスタント)をやっている授業を受けて。苅谷先生もけっこう(上野先生と)メソッドが同じで、めちゃくちゃリーディングの課題を出して書かせまくるんですよ。学生にもしゃべらせまくって、それを大滝さんともう1人のTAが2人で書き続けるみたいな。

徹底したインプットとアウトプットを、普通の講義でやっていて。「アウトプットをさせるのは普通じゃん」ということで、特に上野先生や苅谷先生の授業は印象深かった。聞いていて飽きない授業なので力もつくと思うし。でも、たぶん大学教育全体の中で見たらマイノリティだと思うのでうかがうんですけど。

上野:おっしゃるとおり、アメリカでの大学経験です。本当は(私から)みなさんに、教師になる気があったかどうかって聞こうと思ってた。だいたい大学院生って、自分が教師で飯食ってくって自覚がないじゃん。おまけに教育者になるための訓練なんて一切受けないじゃん。で、ある時気がついたら教壇に立たされてて、水の中に叩き落とされてからやっと覚えるみたいな感じでしょう。

日本の大学には「高等教育のメソッド」がない

上野:つくづく日本には高等教育のメソッドがないと思う。その上、私は元京大生だからね。京大ってすごいところで、「教えず、教えられず」の所。教師は教える気がない、学生は教わる気がないっていう、これで成り立っている、放し飼い方式。そこで伸びる人が伸びるのは、大学のせいでも教師のせいでもなくて、その子に伸びる力があるから。そういう子はどこにいても伸びるのよ(笑)。

たぶん、エリート大学ってそれだけのことだったと思う。京大なんか見てたら特に思うんだけど、教育カリキュラムや教師が優秀とかじゃなく、選抜した子どもたちの中に優秀な玉がいて、その子たちが勝手に育っていったってだけだって。だから私も大学でほとんど何も教わらなかったにもかかわらず、30代でアメリカに出て「そうか、高等教育ってこういうものか」って学んだ。帰ってから、京都大学方式と真逆の方式を採用したんだよね。

それと、私は私学でずっと教えてきて、「自分が教育サービス業者である」、「教育サービス商品を提供している」、「この人たち(学生)は消費者である」ってことを本当に痛感したからね。だから国立大学の先生たちにそんな自覚がないってことにびっくりした(笑)。払ったお金と時間のぶんは、この人たちにちゃんと元を取ってもらって、育った実感を味わって出てってもらおうと思ったの。

アメリカの大学は基本それで、課題をこなさなかったら落とすからね。日本の大学は落とさないから。結果的には私のゼミの人たちはほとんどちゃんとサバイバルなさいましたが(笑)。高等教育のカリキュラムとはこういうもんかってことは、海外の大学、特に欧米系の大学にはちゃんとそういうものがあると学んだ。それから考えると、やっぱり日本の大学教育に高等教育のメソッドがないと痛感します。

最近の日本の大学の変化

竹内:でも、今はだいぶ日本の大学も変わってきたところもあって。メソッドの話で言うなら、大学院生向けの教養教育や大学院生向けの資金の取り方とか、教育のやり方とか。僕は大阪大学で博士号を取ったんですけど、そういう「どうやって大学院生が教えたらいいか」というTipsみたいなものについて、連続講演がありました。そういうのは増えてきたかなと思います。

上野:ファカルティディベロップメントとかってやつですね。

竹内:まさにそうですね。

上野:やっとその必要がわかってきたということですかね。

竹内:それと合わせて、どうやって大学教員として就職するかという、就職対策講座みたいなのも大学院ではありましたね。面接対策とか(笑)。

上野:やっぱりマーケットが逼迫してきて、危機がくると初めてノウハウが出てくるんだ。

竹内:今は大学の教員採用時の模擬授業も増えてきましたからね。

上野:学校間競争も激しくなってきたから。アメリカのアイビーリーグの学生を見たって、はっきり言って素材は大したタマじゃないのよ。そのへんの日本のブランド大学の新入生とそんなにレベルは変わらない。その子どもたちが、4年いる間に鍛えられていく。それがなぜ日本ではできないんだろうと思っていたよね。

日本の大学生は、金銭面での苦労が蔓延している状況

竹内:僕も実はコロンビア大学でちょっとゼミに出てたことがあるんですけど、リーディングアサインメントを渡すという、まさに上野メソッドとほぼ同じやり方でした。そう考えると、上野ゼミってアイビーリーグのリーディングリストに比べたら非常に優しかったんだなと、コロンビアに行った時によくわかりましたね。1回のリーディングリストが本1〜2冊丸々みたいな。

上野ゼミは基本的には論文2本だったと思うんですけど、そういう意味では優しかったのかなと。上野さんも欧米でそういうことを仕入れてこられて、日本向けにチューニングされたと思うんですよ。

上野:むちゃくちゃ親切だったのは、年度の初めに、「1冊の本の中の、ここだけ読めばOKだよ」と抄録を作り抜いてマスターコピーを用意したことよ。1年間これだけ読めば、一応この分野の通になれるだけのリーディングリストは作った。

「本1冊読め」ってやってもよかったんだけど、学生さんは本を買うお金もないし読む時間もない(笑)。それに日本ではアメリカのように図書館で指定文献をリザーブしてくれる制度的なバックアップもなかった。マスターコピーだけでA4の大きなファイルボックス2杯分にはなった。それにマスターコピーのボックスを研究室に置いて、いつでも誰でも借り出せるようにした。

いやでも上野研究室に出入りしなくちゃいけない装置をつくったのよ(笑)。実際に論文を抜き出した本の分量を1年分床から積み上げたら、背丈ぐらいになってたよね。

あのアメリカ式の授業で、同じような授業を1週間に2コマか3コマ取っていたら、バイトをやってる暇がない。

竹内:そうですね。今の大学生は本当にバイトをしないとやっていけない状況になってきたなとつくづく感じます。自分たちが大学生だった時以上に、そういう金銭面での苦労が蔓延しているというか、もうそれが普通になってきたと思いますね。なかなか厳しい社会の状況だと思います。

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