製造業のDX推進において、企業はどんなことにつまづき、どう改善していくのか。「Cybozu Days 2024 」では、製薬業界大手のロート製薬株式会社が登壇。後編では、同社のIT/AI推進室・柴田久也氏と上野新改鮮隊 隊長・辻森俊作氏が、kintoneの活用が全社に普及していくまでの体制づくりや工夫、カルチャーフィットの観点の重要性について振り返りました。
ロート製薬社内でkintoneが市民権を得てきた
中井晴香氏(以下、中井):ここからは実際にここまで活用いただく中で、そもそもどんなふうにkintoneが推進されていたかを、柴田さんにおうかがいしてもよろしいでしょうか。
柴田久也氏(以下、柴田):ここからは、このセッションのコアなところになってきます。まず弊社の今のkintoneの状況というか、沿革をたどってみます。
2019年に営業部門で導入を始めました。1年ぐらいかけて主要部門に導入が広がっていきまして、直近3年ぐらいで工場を含めて大きく拡大していきました。2024年は、市民開発に目下チャレンジ中です。導入期を経て拡大期、やっとkintoneが市民権を得てきました。

今日は拡大期のお話をしているんですけど、完全に個人調べで、製造業あるあるが3つあるかなと思っていまして。
まず専用端末が社員一人ひとりに貸与されないことが多いんじゃないかなと思います。パソコン・スマホが1人に1台ない状況が、製造業は普通に多いんじゃないかなと思っています。
ゆえにITサービス、ITツールの個人アカウントが1人に1アカウントない。これもたぶん、端末に引っ張られているところがあると思うんですね。
あとはリテラシーですね。これは決して工場の方のリテラシーが低いと言っているわけではなくて、やはりふだんは生産活動に従事していますので、いわゆるオフィスITなどに接する機会が少ない。慣れがない、経験値がないというニュアンスで、リテラシーと書かせていただいています。
製造業あるあるの中でも、やはりDX化、全社を業務改善していくことは進めていかなくちゃいけません。
現場側と情シス側の対立構図をどう解決したか
柴田:まず、こういう工場(のようなユーザー部門)と、情シス等の管理部門の関係性を整理します。例えばITプロジェクトを進めていくことになった時に、現場側、ユーザー側はやはり専門の部署、システムさんに自分たちにないアイデアを求めるんですよね。

なので「プロジェクトをどんどんリードしていってください、引っ張ってってください」という、声にしない声があると思うんです。
ただ、情シス等管理部門の方は「いやいや、業務を把握しているのはみなさんじゃないですか」「プロジェクトをリードしてくださいよ、ヘッドに立ってくださいよ」と思うんですよね。
なので、こういう対立構図になりかねないリスクをはらんでる企業さまも非常に多いと思っています。
私はその両者をつなぐ、ブリッジするような役割です。勝手に「ミドルオフィス」と表現していますけども、そんな役割がkintone推進においては大事なんじゃないかなと思っています。
例えば、現場の方にIT用語ならではの横文字を翻訳・通訳してあげたり、管理部門の方にものづくりの業務プロセスや商慣習など、雰囲気的なものも含めてエスカレーションすることを大事にしています。
このミドルオフィス、間に立つ存在・役割が非常に大事だと思っています。両者に伴走していくことが1つのポイントかなと思っています。
中井:ありがとうございます。
「プロセスエコノミー」でメンバーを巻き込む
中井:ふだん柴田さんは東京にいらっしゃると思います。物理的に離れているところから、上野工場のメンバーをどんなふうに巻き込んでいるかをおうかがいしてもいいですか。
柴田:前のスライドで部門の関係性をお話ししたんですけども、次にメンバーを巻き込んだり伴走していく時に、僕が大事にしている行動指針的な考え方が「プロセスエコノミー」です。
たぶん釈迦に説法だと思うんですけども、プロセスエコノミーは商品やサービス、その制作物の完成形で価値を届けるだけじゃなくて、そのプロセスで価値を提供していく考え方です。
ことkintone開発案件において、アウトプットはkintoneアプリですよね。プロセスは「アプリ開発」とまとめていますけど、いわゆるプロジェクトマネジメントですよね。

ゴールを設定して要件を定めて、スケジュールもしっかりコンセンサスをとってテストをして、それをアジャイルで回していく過程を大事にしましょうということです。ここを重視するんですね。
どういうことを意識するかというと、ユーザビリティ最優先ですね。開発者側目線で「こういう機能がいいですよ」「こういうプラグインがあると、もっとこんなことができます」みたいな押し売りはしないです。徹底的にユーザビリティを重視することをまず1つ、考えとしてやっています。
もう1つ。プロジェクトへの関わり方ですね。「私はみなさんのお手伝いをしにきました」というスタンスではなくて、やはり同じユーザーの部門の一仲間として「成果にコミットするんです」「それを達成しにきました」というスタンスでプロジェクトに臨むようにしています。

サッカーに例えると、サポーターってスタンドにいますよね。ただ実際ゴールを決めたり、ゴールを決めるためにパスを出す、アシストするプレーヤーはピッチにいると思うので、(プレーヤーとして)ピッチに立つ。お手伝い感覚で臨まないことはすごく大事にしています。
また、徹底的に対話をすることも大事ですね。やはり課題は現場にありますので、現地・現物を見に行くことを非常に大事にしています。
私は先週も上野工場に行きました。どれだけスムーズにいっても4時間以上はかかるんですね。実は明後日からもお仕事でまた上野工場に行くんですけど、自分でもフットワークが軽いなと思います。
泥臭いですけど、やはり現場に行くことはすごく大事です。課題を等身大で理解するためには、現場に行かないとダメなんですよね。オンラインは便利ですけど、やはり現場に行くことを僕は非常に大事にしています。
中井:ありがとうございます。IT部門の方がここまで現場に寄り添ってくださるのが大変すばらしいなと思ったんですけども。
新しいツールへの「2つ」の抵抗感にどう対処したか
中井:ただ一方で運用方法が変わってしまったり、新しいツールが入ることに抵抗もある方がいらっしゃるかなと思いました。辻森さん、実際に現場ではどんな声が上がっていましたか?
辻森俊作氏(以下、辻森):おっしゃるように、やはり触る機会が少ないということで、デジタルへの苦手意識から抵抗感が出てくる人や、「20年も紙でやってんのに、今変えるの?」という改善に対する抵抗、この2つがあったと思うんですね。
それに対して私たちは、まず一斉に切り替えるのではなく、段階的に少しずつkintoneに移行していきました。その中でも最初はデジタルからデジタルという部分で、すでにExcelやTeamsで管理している部分に対して、「kintoneにしてください」という部分から入りました。
もう1つ、どうしても苦手な人はそれでもまだいると思うんですけども、そこに対してはチームに代表者を1人立ててもらって、その方に対して使い方を改鮮隊からレクチャーする。そしてその人がチームに広げていく。
近くに教えてくれる人がいるので、苦手な人も安心して聞きたい時に聞ける環境を作りました。なので優先順位を決めたという部分と、苦手な人も孤立させない環境を作ってきたつもりです。
「kintone学習コミュニティ」の意義
柴田:その孤立させない環境という意味では、社内でコミュニティを作って運営をしています。「kintone学習コミュニティ」という名前なんですけども。
Teamsのキャプチャーを貼り付けていますけど、サイボウズさんのオンラインセミナーを、コミュニティ参加メンバーが同じ会議室に集まって受講しているところなんですね。

みなさんTeamsにログインをしてやっているんですけど。Teamsのチームで僕もチャット待機をしていて、このチャットルームはセミナー中のものですね。
わからないことがあれば僕にメンションをしてもらって、「今プロセス管理のところがわかんなかったので、教えてください」というチャットを飛ばしてもらいます。それで、僕がkintoneのヘルプページのURLを載せて返すことなどをけっこうやっていました。
こういったコミュニティをやることで得られる効果があります。やはり「違和感で共感」できる。要は「僕もそこが難しかった」「私もつまずきました」という、失敗談や弱みで共感できるところが非常に良いかなと思っています。
そうすると、このコミュニティには、けっこう人数がいますので、それを乗り越えてきたほかのメンバーが「僕はこうやってやってきたよ」「このアプリではこう使えているよ」というふうに、助け合ってチームワークが醸成されていくんですね。
すると、自然発生的に部門や組織を越えてコミュニケーション、コラボレーションが発生していきます。

コミュニティの目的という意味では、kintoneの担い手、普及・推進をしてくれる仲間が、このコミュニティをきっかけにどんどん増えていっていることが、1つの成果かなと思っています。
中井:ありがとうございます。
最大のメリットは非エンジニアがアプリを作れること
中井:ここまで社内コミュニティの運用という観点で一定の成果をおうかがいしたんですけども。1部門の導入からどんどん広がっていったという流れで、kintoneが拡大したポイントだったり、周りの変化があれば教えていただけますか。
柴田:最初にkintoneは営業から入れたと言いましたよね。スモールスタートした時は、営業部門のいわゆるコア業務、主要業務をkintone化したことで、半強制的にkintoneを使える環境は整ったんですね。

ただ、やはりkintone最大のメリットである、業務担当者・非エンジニアが自分でアプリを作れるメリットは活かしきれていない感覚がありました。
そこで最初に私は、とにかく数をこなしました。要はkintoneのメリットを感じてもらうためにアプリをいっぱい量産して、体感してもらうことをしていました。ただ、むやみやたらにアプリ化するんじゃなくて、「勝ち試合しかしない」ことがポイントですね。
kintone化してメリットを感じてもらいやすいものだけ、どんどんkintone化していくと。例えば「基幹システムと連携したいです」というものなどは距離を置くみたいなスタンスですね。
そうすると近場、半径3メートル以内ぐらいに「それkintoneでやってるの?」「便利そうだね」みたいな成功事例がどんどん広がっていくんですね。
それと同時に、便利なだけではなくて「アジャイル開発でそんなスピード感あるんだ」とか、やはり今の変化も速い、競争も激しいビジネス環境にめちゃめちゃフィットする必要性が理解されるんですね。
この段階までくると「私ももっとkintoneが知りたいです」「教えてほしい」「今こういう業務に困っているんで、力を貸してください」という方がどんどん増えてきます。このようなステップを経て、やっとkintoneが民主化してきた感覚でいます。
この段階までくると、先ほどまで「教えてください」「知りたい」と言っていた人たちが、もう自分でやりたいと。「自分で作らせてください」という段階まできました。
ある管理職の方は、完全にCMの影響で「トヨエツさんを超えるんだ」と言っている方もいました。やっとここまで来て、市民開発が普及してきたと言えるのかなと感じています。
中井:ありがとうございます。
ロート製薬とkintoneはどうカルチャーフィットしたか
中井:ここまで導入期から拡大のところのお話をおうかがいしてきたんですけども。いろいろなポイントがたくさんあったかなと思うんですけども、柴田さん、特に大事なポイントを最後に教えてもらっても大丈夫でしょうか。
柴田:まとめのパートということで、いくつかポイントがあった中で「こういう観点でkintoneを選んでみたらどうか」「こういう会社にはkintoneはハマるんじゃないか」という考えを、僭越ながらお話しさせていただきたいんですけども。
1つは、カルチャーフィットという考え方ですね。つまり社風に合うかどうかという観点は非常に大事かなと思っています。
今日ご参加の情報システムの方やサービスを選定される方、それを決裁される方、いろいろな立場の方がいらっしゃると思います。1つのITサービスを選定する時は、こういう項目を検討しますよね。

予算に収まるか、セキュリティはどうなのか、メーカーのサポート体制はどうなのか。ぜひこの中に、「自社の社風にそのツールがマッチするか」というポイントを含めていただくといいかなと考えています。
ロート製薬の社風なんですけど、現場が強いんですよ。わがままなんですよ。現場が強くて裁量権があって、意思決定のスピードが速い社風。現場主導でどんどん物事が進んでいく社風には、kintoneがすごく合うなと思っています。
改鮮隊の発足もやはり現場起点でしたし、ゴリゴリ自分たちで作っていきたい、運用していきたいという会社さまにはkintoneがすごくハマるんじゃないかなと思って、カルチャーフィットと書かせていただきました。
「合理的で情緒的」が意味するもの
柴田:あと最後にもう1つですね。「合理的で情緒的」と、合理と情緒という相反する言葉を並べています。業務改善をする時は必ず業務を削ぎ落としたり、オペレーションを抜本的に変えたり、半ばドラスティックに行わなくちゃいけないシーンも出てくると思うんですね。
ただしっかりユーザーには合意を取る必要があるし、それって説得じゃなくてやはり納得してもらう必要があるんですよね。だから合理的に物事は進めるんだけども、そのサービスを使うのは感情で動く人なんですね。なので我々は情緒的な仕事の仕方を忘れないことを大事にしています。

先ほど「気づき」のパートで「週1回投票しています」という話をしました。結果的に投票することで順位や投票数などは出てしまうんですけど、本質のところで言うと、共感や賞賛の意を表すことなんですね。
そうすると、やはりメンバーのモチベーションにもつながりますし、改鮮活動がうまく回る原動力の1つになっていると思います。プロセスエコノミーの話もしましたけど、端的に言うと「いいモノを作るより、いいコトしようぜ」ですね。
いいコトをすると結果的にモノも良くなるよって話なんですけど、こういう感情的というか、ユーザーに寄り添うすごく情緒的な仕事をする大切さが、今kintoneをここまでのステータスまで押し上げたかなと思っていて。
この仕事のスタイルは決してkintoneだけじゃなくて、ITのお仕事を進めていく上では非常に大事かなと思っています。まさに我々のスローガンですね。「ロートは、ハートだ。」というスローガンを体現できているアクションなのかなと考えています。
中井:ありがとうございます。最後に辻森さん、今後の改鮮活動の目指すところやゴールがあれば教えていただいてもよろしいですか。
辻森:「改善活動に終わりはない」という言葉があるように、改鮮活動にもゴールはない、終わりはないと思っています。
ただこれからロート全部門に「気づき」の活動を広げていくにあたって、工場でのkintone気づきの成功事例を引っさげて、良いところをみんなに感じてもらえたら推進も進むのかなと思って、そういうところをしっかりやっていきたいなと思っております。
中井:お二人とも、ありがとうございました。こちらで本セッションは終了となります。みなさまご清聴いただきまして、ありがとうございました。
柴田・辻森:ありがとうございました。