2024.10.10
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ミネアポリス・カレッジ・オブ・アート&デザイン 卒業式 2008 ダニエル・ピンク(全1記事)
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ダニエル・ピンク氏:ご紹介にあずかりまして、ありがとうございます。ここにいらっしゃるすべての方たちに感謝申し上げます。そして2008年度ご卒業のみなさん、おめでとうございます。
先ほど紹介のなかでキーフ学長もおっしゃっておられましたが、私はビジネス書籍を執筆するというなんとも“高尚な”仕事につく前、政治家のためにスピーチ原稿を書くという負けずと劣らない大変“高尚な”仕事をしておりまして…… 政治家のスピーチライターという仕事柄、実に多くの人に聞かれるんです。「ダン! いいスピーチを書く秘訣を教えてくれ!」。
この質問について何年も考え続けてきた結果、私なりに次の結論に至りました。スピーチ全般、とくに卒業スピーチがいいものとなるためには、次の3つの要素が鍵となります。 時と場所に関わらず、重要なのはこの3つです。
「簡潔であること」「堅すぎないこと」「要点を繰り返すこと」。
繰り返します。
(会場笑)
「簡潔であること」「堅すぎないこと」「要点を繰り返すこと」。
ですからこのスピーチも、なるべく短く、まじめになりすぎずに、大事なところは何度も何度も何度も何度も何度も繰り返しますね。
140名あまりの卒業生のみなさん、あなたがこのステージ上で私たちと誇らしげに握手を交わしていた時、ご両親はあなたのことを本当に誇り高く思っていたはずです。写真もたくさん撮って、なかには涙を流す父兄の方々もいらっしゃいました。
そして今、この瞬間、感動から少しさめて、ご父兄の方々の頭をかすめている思いはただ1つです。「我が家の貴重な財産を学費につぎこんでおきながら、よくまあアニメーションだの、彫刻だの、マンガだのといった分野で学位を取れたもんだ。私の育て方が間違っていたのか!?」。
そう思わずとも、愛する我が子を見つめながらこう考えていることは間違いないでしょう。「この子はこの先どうやって生きていくのだろう?」。
ご父兄のみなさま、はっきりと申し上げます。心配はいりません! 少なくとも“あまり”心配はいりません!
(会場笑)
お子さんがこれから飛び込もうとしている世界において、この大学で培ったことは大きな意味をなすでしょう。お子さんはきっと立派にやっていくはずです。
というのも、かつて職場でもっとも重宝されたのは、左脳を使える人間でした。ロジカルで直線的で、融通のきかないルールに基づく能力です。会計士やコンピュータープログラマーに必要とされるような能力です。もちろん、今でも左脳的能力は必要です。必要不可欠ですが、それだけで十分という時代はもう過ぎ去りました。
ちょっと考えればわかるはずです。 会計士の競合相手は、TurboTax(アメリカで納税申告をする際に、その必要手続きをオンラインで簡単に済ませてくれるソフトウェア)ですよ? たった29ドルのソフトウェアが会計士と同じ仕事をするようになってしまったのです。
コンピュータープログラマーと同じスキルと知識をもった人間はもはや世界中に溢れかえっていて、時給数ドルで喜んで仕事を引き受けます。これからの時代を生き抜いていくのは、アウトソースできない仕事、自動化できない仕事、そしてモノが溢れかえったこの時代に新しいニーズを生み出す仕事ができる人間です。
これはつまり、右脳が必要だということです。芸術性、共感力、創造性、全体像をつかむ力……こういった能力が必要とされるのです。これをMCADスキル(MCADはこの大学、ミネアポリス・カレッジ・オブ・アート&デザインの略称)と呼ぼうではありませんか。
(会場笑)
私たちの未来が誰の手に握られているかわかりますか? ありきたりで平凡な製品やサービスを、斬新なデザイン、スタイル、ストーリー、モーションなどと融合して新しいものを生み出せる人たちです。
コールセンターやオンラインダウンロードでは実現不可能な、他者に共感したり、人とつながったりすることができる人間です。アーティストが得意とすることをできる人間が、世界が気付きもしない新しいニーズを創り出していくのです。
将来、パターン化された知識や労働力はどんどんモノに置き換えられていきます。そのようなビジネスの世界において、今後もっとも必要とされるのは、芸術を専攻した人間だと私は本気で考えています。もちろんみなさんの多くが、そんなことは意識せずにこの大学で学ぶことを選択したとは思いますが。幸運な選択をしたと思ってください。
とにかくご父兄、ご友人のみなさん、心配はいりません。彼らは失敗どころか、これからの時代に必要不可欠な“物事をとらえる目”をこの大学で培ってきたのです。学生諸君、今のでちょっとは気分が晴れましたか?
(会場笑)
これからの時代に必要不可欠な“物事をとらえる目”……しびれる1行です。もしかしたら今夜、気分をよくしたご両親がとびきり豪華なディナーに連れて行ってくれるかもしれませんよ。
(会場笑)
でも今日私が伝えたいことは、これだけではありません。今日はこれから、みなさんに知っておいてもらいたい3つのことをお話しします。私はこれらすべてを、苦い経験を通して学びました。
1つ目です。みなさんぐらいの年齢の時、私にはプランがありました。みんなそうだと思います。あれをして、その次にはこれをして……という人生計画です。
そのプラン通りに、私はロースクールに進学しました。別に法律にことさら興味があったわけではないんです。まわりのみんなが一様に同じアドバイスをくれるから行ったまでです。それはこんなアドバイスでした。「選択肢は広ければ広いほうがいい」「なにかが起きた時のために保険は持っておけ」。
進学して実におもしろい現実に直面しました。いざ勉強を始めても、やはりまったく興味をもつことができなかったのです。まったくです!
ロースクール5年目、私は学校に戻るかわりにインドに旅立ちました。最終的には、ギリギリのところで学位だけはとりました。実をいうと、私は同期の学生の中で、たった10パーセントの学生にしか与えられない名誉なポジションを与えられて卒業したのです。トップ90パーセントの学生をつくりだす、というね。
(会場笑)
でもこれまでの人生で法律家になったことは一度もありません。それじゃあロースクールに行って得たものはなんだったんだ、って?
伴侶です。
(会場笑)
なかなかの収穫でしょう? 返さなくてはいけない多額の奨学金も。そしてとても大切な次の教訓です。「人生にプランなんてものは存在しない」。
ここにいらっしゃる学生はそうでないことを望みますが、高等教育機関にいる多くの若者が、慎重に、綿密に、複雑に構築されたキャリアプランを描いてしまっています。
これを専攻して、それによってこの仕事を得て、それをステップアップにあの仕事をして、その経験をもとに大学院へ行って、最終的にはこのポジションに到達する……そんな話を聞くたびに私は悲しくなります。なぜなら、人生は数学ではないからです。AがBを導きそれがCという答えに……私たちの人生はそんなふうにできていません。
別に700通りの脚本を用意してから大学を去れと言っているのではありません。行き当たりばったりに生きろというのでもありません。私が言いたいのは、あなたはこれからの人生を通じて、いつだって決断ができるということです。
そして決断を下す時には、2通りの方法があります。1つは、これがその先のなにかにつながるから、という“手段的な”理由で決断する方法。将来仕事を得やすいからという理由で専攻を選ぶとか、嫌でたまらないけれど将来就きたい仕事に就くために有利だから仕事を続ける、とか。そんなのがいい例です。
もう1つは、ただそうしたいから、そこに価値を見出しているから、そうせずにはいられないから、といったもっと“根本的な”理由で決断する方法です。
いいですかみなさん、ここでとっておきの秘密をお教えします。25年前にこれを知っておけばどんなによかったか、と私は思います。
手段的な決断は、後々絶対にうまくいきません。この世の中はめまぐるしく変化し続け、予測不可能で、自分の思うようになんて行かないからです。私の言うことを信じてください。そんな綿密なプランは、あっという間に紙くずになります。
必ずというわけではありませんが、ほとんどの場合、もっとも成功している人々は、根本的な理由で決断しながら生きています。仕事に就くにしても、なにかを始めるにしても、自分の好きな環境でおもしろいことができそうだからやってるんです。それが将来なににつながるかまったくわからないとしても、です。
私の人生においても同じことが言えます。手段的な理由ではなく根本的な理由で決断するようになってから、私はずっと幸せになりました。しかもずっとずっといい仕事ができるようになりました。
だからこそ、私は40代も半ばになってから新しいことに挑戦するに至ったのです。そうマンガです。あ、間違えた“グラフィック小説”です。マンガじゃなくてグラフィック小説です。(注:同氏は「マンガ学」に精通しており、自分のビジネス著書をマンガのみで刊行するという異例の試みをした)。
(会場笑)
それがあったから、この大学の教授であるバーバラ・シュルツ先生と一緒にお仕事をする機会を得ることができました。そして8ヵ月もの間、この大学出身の、自分とふたまわりも年の離れたあごひげをはやしたアニメオタクな若者、ロブ・テンパスとコラボレーションするに至ったのです。これらすべて、私が綿密に描いたプラン通りだったと思いますか? まさか!
私は計画通りじゃなくて本当によかったと思っています。ロブは今ここに座っています。私の思い描いたビジョンを実現するために、ロブはその豊かな才能を差し出して助けてくれました。本当に幸せでした。
結果的にそれは、『The Adventures of Johnny Bunko(ジョニー・ブンコの冒険 デキるやつに生まれかわる6つのレッスン))』というベストセラーのマンガになりました。
ここに集っていらっしゃるご父兄の方々、この本をお子さんから借りて読む必要はありません。あなたご自身のために1冊購入するべきです。
(会場笑)
今のラインは用意した原稿にはないものです。
「人生にプランは持つな」。この言葉をまだ信じられないという人は、次の実験をしてみてください。自分が心からワクワクできるものに取り組んでいる人、あなたが尊敬してやまない生き方をしている人、世界を変えるような仕事をしている人をみつけて次の質問をしてみましょう。「どうしてそれをやるに至ったんですか?」。
約束します。100人のうち99人はこう答えるはずです。
「話すと長くなるよ……」。
なぜだかわかりますか? 彼らは根本的な理由づけで選択し続けてきたからです。これがなににつながるかわからない、それでもやりたいからやる、という人生を生きてきたのです。自分が望むチャンスを得るためなら、王道から外れても気にも留めないのです。
2つめの教訓です。物書きとしてのキャリアをスタートさせたばかりの若い頃、私は才能がすべてだと思っていました。だから自分の将来が心配でした。
(会場笑)
でもしばらくして奇妙なことに気付き始めたんです。非凡な才能をもった同年代の物書きたちがどんどん後ろに取り残されていく一方で、才能は大したことがなくても、自分がしていることを心から楽しみ、毎日毎日ひたむきに仕事に取り組んでいる人たちが活躍するようになりました。
2008年度卒業のみなさん、よく聞いてください。この世界は、才能はあっても根気のない人間で溢れ返っています。時間などかけなくても才能さえあればなんとかなると考えてしまっているような人たちです。
一方で、本当にすばらしいことを成し遂げる人間、世界にインパクトを与える人間というのは、とにかく最後まであきらめずに、粘り強く、ひたむきに取り組み続ける人たちです。
どのような分野においてもそうですが、ことさらみなさんがこれから進もうとしているクリエイティブな分野においては、執念は才能に勝ります。「執念は才能に勝る」。それがみなさんに覚えていてもらいたい2つめのことです。 根性の見返りは大きいです。もう一度言います。根性の見返りは大きいです。
最後に3つめの教訓です。
みなさんは……なんと呼ばれているんでしたっけ? 新世代? 宇宙人世代? Z世代? まあ、なんでもいいです。若いみなさんにちょっとだけ愛のムチをさしあげます。なにも知らないくせに、いっちょ前に勘違いしてしまっている、その山のようなうぬぼれをへし折ってやるためにです。
(会場笑)
最後に覚えておいてもらいたい教訓、それは、あなたの人生がすべてじゃないということです。この世界はあなたを幸せにするために、満足させるために、いい気分にするために存在しているんじゃありません。
あなたと共に生きるほかの人々も同様です。彼らは、あなたを幸せにするために生きているんじゃありません。もちろん、みなさんには幸せになってもらいたい、満足した人生を送っていただきたいと願っています。心からそう思っています。でもそんな夢のような人生を実現するためには、自分に酔いしれるのをやめて、もっと広い世界に目を向けなくてはいけません。
この世界で本当に成功している人間というのは、自分の才能、夢、情熱を自分を超えたもっともっと大きなもののために用いている人たちです。別にみなさんに世界の飢餓問題や気候変動を解決してくれとお願いしているんじゃありません。それがあなたの本当にやりたいことなら別ですけど。
私が伝えたいのは、本当に成功している人たち、幸せで、自分の生き方に満足している人たちというのは、自分の人生がすべてではないんだ、と気付いている人たちなんです。
彼らは、お客様の人生をよりよいものにすることで、仕事で成功をおさめています。クライアントを助けることで成功しています。チームメイトの活躍をサポートすることで成功しています。アートの世界でも同じです。観る者をとりこにし、観客をひきこみ、新しい世界の見方を提供することで成功しているのです。成功とは、なにを得られるかではなく、なにを与えられるかで決まるのです。
人生にプランなどありません。執念は才能に勝ります。あなたの人生がすべてじゃありません。
繰り返します。
(会場笑)
人生にプランなどありません。執念は才能に勝ります。あなたの人生がすべてじゃありません。
もうすぐ、みなさんは卒業証書を手に社会へと旅立ちます。旅立ちの際には、最後にお話しするこのストーリーを覚えておいてください。
レーガン大統領のスピーチライターだったペギー・ヌナンは、ホワイトハウスでのキャリアを通じて次の3つのステージを経験したそうです。
第1ステージ。周りを見まわして彼女は思いました。「どうしよう。みんな超キレモノばかりだわ……」。
第2ステージ。少したって彼女は思うようになりました。「みんな最初に思ったほどでもなかったわ……」。
そして第3ステージ。「なんてことなの……私たちに任されているなんて世も末ね」
(会場笑)
ホワイトハウスで働いていた時、私もこれとまったく同じステージをたどりました。
(会場笑)
それどころか、社会に出てからこれまでやってきたことは、ほとんどすべてこのステージをたどったと言っていいでしょう。さあ、次はみなさんの番です。
「なんてことだ……あなたに任されているなんて!」。
(会場笑)
恐れることはありません。私はものすごくワクワクしています。みなさんは才能に溢れていますし、卒業までこぎつけたということは執念だってあるはずですから。そしてなにより、今、人生になんのプランも持たないままここに座っているみなさんのうちの誰かが、20年後にその名を世界に知られ、私たちの未来を創りだしているのですから。
ありがとうございます。
みなさん、卒業おめでとう。
世界を変えるためにはばたいてください。
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