1万3,500円の新規事業本を出版した守屋実氏が登壇

権田和士氏(以下、権田):さっそくセッションをスタートしてまいります。

守屋実氏(以下、守屋):よろしくお願いします。

権田:実は私、この事業開発SUMMIT2023を企画している時に、ちょうど守屋さんの『新規事業を必ず生み出す経営』という本が出まして。

守屋:ボロボロですね。

権田:読み込みましてボロボロなんです。

守屋:(笑)。

権田:これ、高いですよね。1万3,500円。

守屋:そうですね。高いですね。

権田:これがとても売れたと聞いていますが、この本を読んで、最初のセッションは守屋さんしかいないと、熱烈オファーを出させていただきました。

守屋:ありがとうございます。

権田:この本はなんでそんなに売れたんですかね?

守屋:出版社さんとも話をして、「新規事業の本は、そんなにバカ売れするものではない。コアな人がいるにはいるけども、そんなに多くの人が買う本ではないよね」という話でした。ただ、彼らなりに世の中の潮目の変化みたいなものを感じたらしいんですね。

例えば僕は、最初にこの出版社さんで登壇させてもらったんですけど、新規事業に関してはいつも大して集客できないんです。他のセミナーのほうが集客できて、新規事業はいつもちょっと小ぶりだと。

ただ、たまたま僕が出た時に、一番人が入ったそうなんですよ。それで、もしかしたら、世の中の潮目が変わったのかもしれないと。SMB(Small and Medium Business)みたいな会社さんとか、新規事業にみんなが注目し始めた兆しを感じたと。

権田:なるほど。

守屋:今日の事業開発SUMMIT2023とかと時を同じくして、出版社でもそういう世の中の変化とか、「今まさに事業開発であろう」と思っていて、この出版に至った感じですね。

権田:そして、強気の価格設定で(笑)。

守屋:そうですね。医療や法律の専門書って高いじゃないですか。「だったら、新規事業の専門書だって高くてもいいんじゃなかろうか。だって専門書だものね」という。そういう値付けでしたね。

権田:今回、入山(章栄)先生、加藤(雅俊)先生と「MBAで事業開発をどう教えるか」についてお話しするセッションもあるんですけど。

その事前打ち合わせの時に、『(Strategic )Management Journal』という経営学で一番権威のある学術誌の中で、この数年は事業開発のテーマが量・質ともにグローバルで圧倒的になっていると。この2~3年は学術誌に関しても潮目が来たという話だったので、もう待ったなしというところにいよいよなっているんですかね。

守屋:そうなんでしょうね。「来る、来る」とか、「今だ、今だ」と延々と言われていたと思うんですけど、どうやら今回は本当っぽいねと。少なくとも僕と僕の周りではそんな体感はあるので、今日、こういうご縁をいただけたのかもしれないなと思っています。

スタートアップと大企業の両方で事業開発をした経験

権田:「新規事業家」ってかっこいいですね。確かに「新規事業家」と名乗れる方は、守屋さんぐらいですね。

守屋:まあ、名乗った者勝ちみたいなところはありますけどね。ただ、いずれにしても人生で新規事業しかやってこなかったので、新規事業しかできないというのと、新規事業が好きなので、名乗らせていただいています。

権田:今日は、時間が足りないんじゃないかというぐらい、いろいろおうかがいしたんですけど、主に(スライドの)こんなことですね。

守屋さんならではということで言うと、新規事業家としてずっとやられてきて、新規事業の成功と失敗の共通パターンがあれば、どんなものかを教えていただければと。

それから今回1,600名ぐらいお申し込みをいただき、その中でスタートアップの方と大手の事業開発の方の両方から参加いただいています。

スタートアップと大企業の両方の事業開発をしている方ってなかなかいらっしゃらないと思うんですけど、ぜひ両面から、いろんな事例をお持ちでしょうからお話しいただければと思います。

今日は事業リーダーの方がいっぱいいらっしゃると思うので、あらためて成果を出さないとということで、ここは守屋節でどんどんお話しいただければと思っています。

守屋:はい、わかりました(笑)。

権田:ではあらためて、守屋さんの自己紹介をいただければと思います。

守屋:(スライドの)左に「新規事業家としての30年1万日の経験知」と書いてありますが、今、僕は54歳なんですよ。初めて商売っぽいことをやったのが大学1年生の19歳の時で、当時はバブル時代だったので、学生起業みたいなものが流行っていて、会社を作ったんですね。そこから数えると、54から19を引くと35ですよね。算数が合っていれば。

権田:はい、合っていますね。

守屋:物事は「1万時間ぐらいやるとプロになる」と言われますが、少なくとも僕は1万日やっている。「さすがに新規事業ばかりを1万日やっていたら、新規事業家と名乗ってもいいのかな」と思いまして、そう名乗っています。30年以上、1万日以上の経験を、1行のキャッチコピーにして自己紹介にしたのがこちらです。

権田:わかりやすいですよね。

「54=17+22+15」が意味するもの

守屋:スライドの「54=17+22+15」が何かと言うと、「54」は年齢ですね。1969年生まれの54歳なので、サザエさんでいうと波平とタメです。

54歳を3つの数字で割っているんですけど、「17」と「22」と「15」です。これは年齢じゃなくて、立ち上げた事業の数です。「17」が企業の中での起業、社内起業ですね。今日聞いていただいているみなさんの中で、企業に所属して事業開発をされている方がいらっしゃるとしたら、それと同じような環境でやった経験です。

具体的な社名で言うと、ミスミという会社。ミスミの創業オーナーは田口(弘)さんという方ですけど、その方と2人で作ったエムアウトという会社だったり。いずれにしても、10年、10年、合計20年間のサラリーマン生活の中で、17回新規事業に連続アサインされたという経験をしています。

次の「22」は何かと言うと、田口さんに「あなた、独立しなさい」と言われたんですね。僕は独立するつもりはあまりなかったんですけど、「独立しなさい」と言われたので、「じゃあ独立します」ということで、独立の道を歩みました。

具体的には守屋実事務所という会社を一応作ったんですけど、自分が社長で何かというよりは、たまたまその時にラクスルの松本(恭攝)さんという創業者の方とか、ケアプロの川添(高志)さんという創業者の方と出会って、2人がやろうとされていることがむちゃくちゃ良かったんです。それでお願いをして交ぜてもらった。

そんなご縁もあって、たまたまラクスルもケアプロでも副社長になり、同時に2社を経験をさせてもらいました。そこから、独立起業されるいろんな方々に、縁がある度にお願いをして、これまでに累積で22社に参画させてもらっています。

最後の15は、社内起業でも独立起業でもないので、一応「週末起業」というラベルを貼ってはいるんですけども。例えば今日、われわれは縁がありました。ここは六本木一丁目なので、「じゃあ六本木一丁目で居酒屋をやりましょう」。これは社内起業か独立起業かと言ったら、遊びではなく一応商売なんだけども……みたいな感じじゃないですか。

じゃあそれは「週末起業」とカウントしましょうと。「週末起業」という語感にしてはちょっとスケールが大きいんですけど、例えば3年前に東京の板橋区にベッドが120床ある病院を建ててみたり、フィリピンに小学校を寄付してみたり。

東京の表参道でバーをやったらむちゃくちゃ繁盛して、そのお金で学校を作ってみましたと。そういうのを「週末起業」と呼んでいます。17と22と15を足すと54で、年齢と一緒です。というのが僕の自己紹介です。

「量稽古」の効果

権田:下に「17戦=5勝7敗5分、50投資=7上場+2売却」とありますが、戦績としてはどうでしょう。

守屋:社内起業をやっている方々、もしくはそれを承認する側の人たちにちょっと伝えたいのが、17回戦って、僕は5勝7敗5分という数字なんですね。要は負け越しているんです。

新規事業家と名乗ったり、新規事業のプロとか言われていて、本も出しているけども、結局負け越していますということは伝えたいと思うんですよね。

権田:なるほど。

守屋:だって、そんなに全部うまくいくわけないじゃないですか。例えば「十中八九うまくいかない」とか「千三つ」という日本語があると思うんですよね。ということは、「10個やったら、普通は8か9ダメだよね」と。10勝0敗というわけがないじゃないですか。

そういうことで言うと、負け越しているんだという話と、でも負け越しなのに、17回戦うと5回ぐらい勝てたんだよということを伝えたくて言っています。

権田:どう考えても、この勝率は高いですよね。

守屋:そうですね。たまたまいろんな縁があって、いい経験をさせてもらったんですけど、それはたぶん17回連続新規事業しかやらなかったという「量稽古」によって、確率がちょっと上がったのかなと思います。

例えば弁護士さんでも、弁護したことのない弁護士と、弁護をずっとやってきた弁護士だと、たぶんずっとやっていた弁護士のほうが上手じゃないですか。お医者さんも、手術が初めてのお医者さんと、ずっと手術をやっていますというお医者さんだと、量稽古をしているお医者さんのほうが上手ですよね。

だからたぶん新規事業も同じで、17回やっていると、多少知恵はつくと思うんですよね。

30年余りの新規事業家の経験から出した結論

権田:本の中でもいろいろ書いていますけど、54の経験をされた中で、うまくいくパターンや失敗するパターンみたいに、共通のパターンはありますか?

守屋:(スライドの)これは何かというと、僕自身の30年余りの新規事業家としての経験を、「で、結局何だったの? 結論を言って」というものなんです。

その①「社内起業は必ず新規事業を生み出せる」というのが僕なりの結論です。社内起業は、絶対に超有利です。だから必ず生み出せると思っているんですね。

じゃあ本当にバカバカ生み出せているかと言うと、そうでもないじゃないですか。どうしてそうなるのか。みんなして同じ間違い方をしているからです。

新規事業の担当は初めてだから、初心者が犯しがちな何かを犯すじゃないですか。うまくいったら、その事業の責任者として出ていっちゃうし、2回ぐらい連続で失敗すると、もう二度とアサインされない。だから基本現場には、新規事業が初めてという人が多いです。

そうすると、年中行事のように、みんなが初めての人が犯しがちなことをやりますみたいな。それが、②の「99パーセント同じ間違い方を繰り返している」です。35年ぐらい新規事業にいる僕からすると、「もうそれ、みんなやってる失敗だよ。みんながやっている失敗なんだから、いいかげんやめたら?」と思うことが、けっこう繰り返されています。

①であり②であると。そうすると答えはすごく簡単で、「②をやらなきゃ①だよね」というのが③です。これが僕の結論です。ぜひこのあたりを理解していただいて邁進してもらえると、けっこういいことが起きるんじゃないかなと。

なぜ社内起業が圧倒的に有利なのか?

権田:なので、今日はどちらかというと、失敗法則のほうをしっかりとお話しいただけるということですかね?

守屋:そうですね。その失敗も含めて、今の3つに少し説明を加えてみると、例えば①の「社内起業は必ず新規事業を生み出せる」。「ほんまかいな」という話だと思うんですけど、本当です。

社内起業って、スタートアップに負けるわけがないんですよ。だって、優秀な人材がいて、豊富な資金があって、圧倒的な信用とネットワークがあって、少なくとも相対的にはスタートアップより絶対に有利だからです。

権田:そうですよね。

守屋:例えば、ラクスルという会社は、先ほど言ったように創業メンバーで入れてもらったんですけども、最初に会社を作った時って、資本金は200万円だったんです。

資本金200万円ということは、優秀な人材をたくさん雇うということは当然できないですよね。大企業ではなくても、企業には優秀な人がすでにいるじゃないですか。この時点で圧倒的にリソースは豊富ですよね。

だって、200万円じゃ常勤を雇えないんですよ。それこそ経費精算するだけで会社がやばいという感じじゃないですか。だから、圧倒的に社内起業は有利だと思うんですよ。

(スライド)右側のバブルが動いているような図は、事業が生まれ育つサイクルですが、僕はこれまた社内起業がむちゃくちゃ有利だと思うんです。

これは縦軸に価値、横軸に時間を取っていますが、先ほど言ったように事業は十中八九うまくいかないという生存確率が存在しますよね。

最初は小さなリソースしか入れられないけど、生存確率をかいくぐって大きく強く育った子には、リソースをどんどん集中させていく。そうすると、バカでかくなってきますよね。

これは普通に世の中で起きていることだと思うんです。我が国だけではなく、韓国でも、台湾でも、中国でも、北米でも、ヨーロッパでも、みんなこんなものだと思うんですよ。だったら本業があって、キャッシュエンジンがあって、金が回っている事業がある会社のほうが有利じゃないですかと。

スタートアップって、例えばラクスルだと200万円からカウントダウンが始まるわけですよ。それに比べると、常に営業利益が出ている社内起業は有利ですよね。

ただ、残念ながら、先ほども言ったように99パーセントが同じ間違いを繰り返している。

権田:これがおもしろいですよね。

大企業が同じ間違い方を繰り返すわけ

守屋:「なんで繰り返しちゃうのか?」というと、これは構造的なものだと思うんですよ。例えば企業が存在しているということは、何か本業があるということです。本業が何もないのに「うちはでかいです」という会社はないですよね。

だとすると、その企業は頭の先から足の先まで、朝から晩まで本業に最適になるようにできているはずなんですね。じゃないと、うまくいかない。それなりにそういう経験を踏まえて、強く大きく育っているからこそ、その会社が存在する。

それって新規事業にとって、けっこう逆に作用することがあると思うんですね。これを僕は“本業の汚染”と言っているんですけど。

例えば、日本で一番大きな会社ってトヨタさんじゃないですか。トヨタに就職する人は、自動車を作って売る会社だとわかっていますよね。「俺、車を作って売る会社に就職すると思わなかった」なんて思わない。

レクサスの工場に配属されたら、「俺、レクサスを作るんだろうな」とわかる。エンジンの組み付け作業にアサインされたら、「俺、エンジンを組み付けるんだろうな」とわかる。

例えばどのインダストリーを攻めるのか、顧客は誰にして、何の価値を提供して、それをいくらで提供して、どれくらい儲けるのか、どんな体制にするのか、必要な金はどこから調達するのかという、大きな問いを問うことがないと思うんですよ。

エンジンを組み立てる時は、ここのネジを、この専用のマシンで締めるんだ。一個一個締めたネジの圧力みたいなものも、全部自動で記録される。こんなところまで完璧なマニュアルが決まっていて、それを誠実に実行することが大事なわけですね。

メンバーの問いを立てる筋肉を削ぐ、“本業の汚染”

守屋:「我が社は別に車じゃなくてもいいんじゃないか」とか、「エンジンの組み立て方がもっと違ってもいいんじゃないか」なんてあり得ないんじゃないですか。

だから、本業に誠実にがんばりすぎると、いつの日か、小さな問いさえもなくなる。大きな問いを立てて、どのインダストリーをどうするのか、未来の価値をどう作るのかとかを考えることはないと思うんですね。「てか、やれよ作業」みたいな。

権田:そうですね。問いは生まれないんですよね。

守屋:それがずっと過ぎると、いざ「(新規事業を)どうぞ」と言われた時に、「どうやって何をやればいいんですか?」となる。「普通にインダストリーを決めて、ガンといきゃいいじゃん」という話なんですけど、それを考えたこともやったこともないし、むしろそんなことを勝手にやっちゃいけなかったじゃないですか。それがガバナンスだと思うので。

問いを立てる筋肉や思考が育たないまま、本業の誠実な実行が固定化すると、それは新規事業をやっても間違いますよね。そのためには、一定程度の期間、失敗を繰り返して、そこを抜け出すまでの時間や経験が必要なんですけども。

先ほども言ったように、失敗したら外されたり、たまたまうまくいったら、そのまま事業の責任者になったりするので、間違いが延々と残る構造ですねと。

権田:それが“本業の汚染”。

守屋:そうです。