自律分散を機能させるポイント

武井浩三氏(以下、武井):営業はけっこうサイエンスの領域があるのに、そこがちゃんとできていない会社が多い気がします。Salesforceや最近はHubSpotなどのツールが普及しているので、だいぶ土壌はできているとは思うんですが。どうなんだろう、高橋さんのお客さんの企業では、こういうツールの活用はできています? 

高橋浩一氏(以下、高橋):現実問題で言うと、けっこう厳しいですよね。ツールが先に、流行りすぎたと言うか。みんなが「DX、DX」と言いすぎたのがあって(笑)。ツールに投資する理由が先に走りすぎちゃったわけですよね。さっき武井さんがおっしゃった「順番を無視してとりあえずDX」という会社さんが、事実けっこう増えました。

武井:なるほど、すげぇわかる。マネジメントができていない状態でツールを入れると、ツールのマネジメントもできなくて結局使わなくなって終わるのが、IT業界でも本当によくあるので。すげぇわかります。そうなんですよね……。

営業だけじゃないんでしょうけど、やはりビジネスモデルがない状態では、自律分散は成り立たない、コンセプトだけだと霧散しちゃうんですよね。

結局なんでもありになっちゃうから、必然性が生まれないのでここでやる必要性もない。「じゃあそれぞれ自分でやればいいじゃん」になっちゃうのは、営業だけじゃなくてビジネスモデル作りや新規事業でも同じような気がしますね。

ちょっと営業とは違うんですけど、同じ理屈だなと思ったのが……僕、不動産テック協会という社団法人を立ち上げて、今かなりうまく回っている業界団体になったんですね。会費だけで年間数千万円も入るようになり、活動できるようになって。

「不動産業界をITで良くするのは、そりゃいいね」という話なんですけど、ちょっと広すぎるじゃないですか。これは営業で言うと「売上を増やす」話と一緒で(笑)。

その中で毎年「今はここにエネルギーを投下しよう」というコンセプトというか、スローガンを決めることになって、1年目・2年目に掲げたのが不動産取引の電子化でした。

「重要事項説明書類を電子交付できるように国土交通省に対して働きかけて、不動産会社の協力を得て実証実験をする」という。言葉を揃えるじゃないですけど、誰も認識がずれないようなコンセプトをドーンと掲げたら、その中で自律分散はいくらしても大丈夫なんですよね。それはすごくうまくいって。

こういうコンソーシアム(共同事業体)もそうですけど、共通の目標をある程度、認識を取りながら掲げる。スローガンも定期的に交換していくのが必要。僕らの場合はそれが2年ぐらいで実現できちゃったので。だから次の目標、コンセプトをまた掲げて……ということをやっています。

メンバーの支援を邪魔する「営業の美学」

武井:なんかすごく今日の高橋さんのお話とかぶるなぁと思って。だから自律分散は本当にある程度土台を整えることが大事だなと思います。

高橋:そうですね。「制約条件」を決めるセンスがすごく大事なのかなと。

武井:いいキーワード。

高橋:ちゃんといいところに制約条件を定めてあげるとものすごくうまくいく。ただある意味、営業組織のトップの方は超人なので、制約条件をものともしなかったり、制約条件を設定することに思いもよらなかったりすることが多いんですよね。

だから、極端な自由か極端なマイクロに行きやすい。「結果を出せば細かいことは言わないよ」か、「何もかもこの通りにやれ」のどっちか。

さっき僕が自分の例でお話をしたように、最初は行き着くところまでマイクロでやって、それを全部1個ずつひっぺがして反対方向にしていった時に、たまたまいい最適点で止まったという。

坂東孝浩氏(以下、坂東):なるほど。

高橋:それは自分で見つけたわけじゃなくて、自然とみなさんのおかげで見つかったんですけど。

武井:すげえわかります。なるほどね。「このへんだな」という案配は、やはりセンスが必要なんですかね? 

高橋:今お話ししていて思ったのは、例えば武井さんも僕も「ザ・営業」的な世界観に染まっているタイプではないじゃないですか。

武井:うんうん。

高橋:ある意味営業をちょっと斜めから見ている。本当にどっぷりと入り込みすぎていると、やはり「営業の美学」が邪魔をしてしまう。

坂東:ははは(笑)。わかる。

高橋:邪道だと思ってしまうんですね。

坂東:「営業はこういうもんだろ」みたいな。

営業組織にある“ガンバリズムの罠”

高橋:例えば今風の話で言うと、「ChatGPTでメールの文面のたたき台を作るのはお客さまに失礼だ」とかね(笑)。今の例が合っているかわからないですけど、従来良しとされていたものへの思い込みがけっこうあるのかなと。これは関係あるのかどうかわからないですが、営業組織には“ガンバリズムの罠”があるなと思っていて。

武井:いいネーミングですね。

高橋:トップがまず「営業なんて簡単だ」と言ってしまうと、メンバーには側面支援がないんですよね。なぜかと言うと「簡単だから助けてやる必要はないだろう」と。

坂東:確かに。

高橋:でもそれは裏を返すと、「このぐらい努力をしないと成功できないよ」ということ。自分の努力を正当化するメッセージになりやすい。そうすると、「n=1の指導」がされるんですね。成果を出すのは個人任せになるので、プロセスはブラックボックスになる。結局この人はがんばるけど成果は出ないんですよね。

武井:わかる(笑)。

高橋:がんばっているけど成果が出ないのに、目標のプレッシャーが来る。さっき僕は達成率の話をしましたが、達成率で人を追い詰めると「考える暇を与えない」ほうに行くんです。

「今達成率が足りていないのに、遊んでいる暇はあるのか」みたいになっちゃって、会社は「これを売ってこい」とお薦め商品を言い始める。これを真面目にやると、お客さまを見なくなっちゃうんですね。

坂東:確かにそうですね。

高橋:一方で「大量行動神話」という「たくさん行動していればいつか質に変わるよ」というものや、「関係構築神話」という「信頼関係を築けばうまくいくよ」というのがある。営業の人にとって、自分の頭で考えずにがんばることが最適解になるという。

坂東:なるほど。

営業1万人調査でわかったこと

高橋:実は僕の会社では2022年に営業1万人調査をやったんですけど、目標未達が続く方の一番の特徴は「真面目な人」だった。

坂東:ほう。

高橋:真面目に努力する人は成果が出づらいという。

坂東:なるほど。

高橋:でも営業組織的世界観の中では「思考停止してがんばる人ほど褒められる」ともなりやすい。

坂東:褒められる。

高橋:もうちょっと正確に言うと、思考停止してがんばっていれば……。

坂東:怒られないから。

高橋:うん、その場をしのげるみたいな感じですね。

坂東:そうですよね。しのげますね。

高橋:そうすると、その人はいつか壊れちゃう。そうしないでサボる人もいるけど、サボる人は詰められる。

坂東:(笑)。どっちにしろつらいですね。

高橋:だから「心理的安全性」という言葉にすごく飛びつきやすいんだとは思います。

坂東:なるほど。根本的な解決じゃないですね。

武井:わかるー。俺も3~4年間ぐらい、そういう解決策にうろうろしていた気がする。

高橋:トップの人が「営業なんて簡単だ」と言うと、こういうことが起こる可能性がとても高いです。

坂東:(組織の)一番上が問題だということですね。

高橋:トップが自分の過去の努力を正当化してしまうとけっこう危ない。

坂東:そうですね。

高橋:営業に限らず、経営者の方が「せっかく自分がここまで会社を育ててきたのに」「過去に自分がやってきたことが正しい」と盲信的にやってしまうとつまずきやすいじゃないですか。

坂東:あとは、「自分がやれることが当たり前」と思っていますよね。それは営業に限らずですね。

高橋:そうですね。

坂東:自分と他の人をあまり比較しないから、「自分ができることは他の人も普通にできるんじゃない?」みたいな。「自分は特別じゃないよ」と思っている人はすごく多い。だからできない意味がわからないという。