アフターコロナでは「リアル」にどんな価値があるのか

――2022年のイベントのオープニングを飾るKEYNOTE。KASHIWANOHA INNOVATION TALK 1「NEW REAL. ― いま、リアルであることは、どんな価値があるか ―」。

論客には、半熟仮想株式会社の代表を務める傍ら、イェール大学で教鞭をとる成田悠輔さん。そして、デジタルガレージ取締役であり、千葉工業大学変革センター、センター長を務める伊藤穣一さん。先端技術のトップを走り続ける両者が、ニューリアルを語りつくす。

成田悠輔氏(以下、成田):伊藤さん、よろしくお願いいたします。

伊藤穣一氏(以下、伊藤):よろしくお願いします。

成田:(最近は)ほぼ日本にいらっしゃる感じですか?

伊藤:そうですね。先月サンフランシスコに2回、スイスに1回行ったんですが、基本的にはあまり日本から出ていないです。

成田:「サンフランシスコが変わり果てた街になっている」とよく言われますが、どう思われますか?

伊藤:一時期へこんでからちょっと回復はしたけど、違うかたちに回復しているような気がします。

成田:どう変化したと思いますか?

伊藤:けっこう話題になっているように、やはり治安が悪くなって、いろんな会社がいなくなったので、少し空いている感じはするんですけれども。ただ、コロナの時よりは少し復活していて。私のビジネスパートナーにも和食屋さんがあったんですが、コロナで閉めてから2月にまた開けてるので、ちょっとずつ戻っている感じがします。

成田:サンフランシスコって、ある意味でテックユートピアとテックディストピアが共存しているような街の象徴という部分がありますよね。

伊藤:そうですね。日本の都市にもなくはないと思うんですが、テック会社がサンフランシスコに住んで物価が上がっちゃって、あんまりサンフランシスコにお金を落としていなかったりします。

例えば、Googleのシャトルが人を送り迎えして、その地域にあまり貢献していない人たちがけっこういたりします。そこで摩擦が起きたのもあって、貧富の差からいろんな政策が出てきている。あの街、いろいろな摩擦があるんですよね。

地域と密着せず、合理化と最適化に走っている

成田:その問題を解決できる方法ってあると思われますか? 結局、テック大企業とか市場競争側で動いているレイヤーと、それで支えたい警察や教育みたいなレイヤーって、インセンティブがまったく嚙み合っていないという問題だと思うんですが。

伊藤:そうですね。めちゃくちゃ難しいですよね。結局、パロアルトの周辺でも一番貧乏なのがイーストパロアルトです。半導体時代からずっと、あそこではごみもダンピングして、そしてほぼ倒産していて、お水ももらえない。

テック企業は自分たちのところには投資して、例えば会社のキャンパスには床屋から歯医者さんから、ドライクリーニングも全部ある。

成田:つまり、あの中(テック大企業)には1つのスマートシティがあるっていう感じですよね。

伊藤:そうなんですよね。ただそこが地域と密着していなくて、ものすごく合理化と最適化に走っちゃっているので、“世界の環境問題のミニチュア版”みたいな感じで、周りを破壊しながら動いている。

一部交渉し始めているとは思うんですが、例えばアメリカだとジョブズ夫人(ローレン・パウエル・ジョブズ氏)なんかが、イーストパロアルトを一生懸命守って投資して活性化したり、市民団体で動いたりして、アクティビズムで守ろうとしているところがあると思うんです。

成田:なるほど。昔、大学が直面していた問題と少し似ているのかなと思います。

伊藤:そうですね。

成田:ですよね。今、僕はイェールの周りにいて、イェール大学があるニューヘイブンという街も今はだいぶ良いんですが、80年代後半から90年代くらいまでは本当に治安がとんでもないことになっていて。それの大きな原因の1つが、大学がすごく潤っているのに、学校法人という特権を使ってあまり街や市にお金を落とさないこと。

そうすると、結局は市も公共団地を誘致したりして回さないと動かなくなってしまう。

階層の違う人々が共存すると、治安が悪化する

成田:その結果として、ぜんぜん違う階層の2つのグループが同じ街の中に共存していて、お互いにセグリゲーションしてしまって治安も酷いことになるという、悪循環が起きていた時代が多いらしいんですよね。

そこからすごくがんばって、街を積極的に買っていって、両方のコミュニティが混ざり合うエリアを人工的に作り出しすかたちで、だいぶ(治安が)良くなってきたみたいなんです。

伊藤:そうですね。僕がいたケンブリッジも、同じ街にハーバードとMIT(​​マサチューセッツ工科大学)の両方があって。あんまり街は好きじゃないですね。どんどんビルを建てて、大きい地主なので交渉も強いので、結局ハーバードも居心地が悪くなった。治安は良くなったけれども、やはりそんなに都市とは仲良くないですよね。

成田:そうですよね。でも、ケンブリッジもここ10年、15年くらいでまったく別の街みたいな感じになっちゃいましたよね。

伊藤:そうですね。それはたぶんMITの影響もあるけれども、製薬会社とかいろんな企業がどんどんMITの近くに引っ越してきていて。

治安が良くなったのは良いんだけれども、昔から住んでいる人たちからすると、家賃が上がって、昔のお店が潰れて、英語で言うジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)が起きたので、必ずしも地元にとってそれが全部良いのか? というのはありますよね。

成田:今日はスマートシティの話も出ると思うんですが、都市開発のプロセスのどこかをいじることによって、もうちょっと多様な人たちが共存しながら、かつガンガン新しいものを導入できて、発達できていくような街をつくる仕組み作りってあり得るんですかね?

伊藤:僕らもいろいろ都市の研究をしていたんですが、都市のアーキテクチャもデジタルのアーキテクチャもそうなんだけれども、どんどんおもしろいものが生まれてくる環境を作ったり、設計するのはすごく重要です。

やり方はあると思うんだけれども、意外に難しいところもあると思うんですよね。ロングタームなことが理由なのではないのかなと思います。

パンデミックを経て、私たちの日常は変わったのか

成田:コロナ禍の数年を経て、しばらくはリアルな生身の活動がやりにくかった時期がずっと続いたじゃないですか。今年になって、ようやくそれが戻ってきた。カッコつきの平常時、ノーマルに戻ってきたという感じだと思うんですが、僕の感触からすると、戻ってみたら意外に変化が少ないのかなという気もしているんですね。

会議とか、特にはっきりと目的や意義が決まっていてかっちりと枠が定まっているようなタイプの仕事や、コミュニケーションが全部デジタル化されたのは、確かに大きい変化のような気がするんですよね。

でもそれを除くと、例えば衣食住とか、結果として人間の生活の一番根本的なところにものすごく変化があったのかどうかというと、いち生活者としては「意外に少なかったのかな?」という気もしているんですよね。

アメリカでも、企業や大学がものすごい勢いで普通のオフィスワークに戻っている印象があって。大学はもちろん、授業とかも全部対面じゃないとビジネスモデルが成立しないということで、コロナ前の状況にほぼ戻っている感じなんですよね。

テック企業なんかの状況を聞いても、意外にそれに近いような感じです。基本的にはもともとあったオフィスの近くに住んで、もしかしたら週5日オフィスに行っていたのが4日になるくらいの変化はあるのかもしれないですが。

うまくリモートを取り入れる企業と、今までどおりに戻る企業

成田:全般として、変化の仕方がかなりマイルドな方向にシフトして、もともとの日常に近いかたちに戻ってしまう気がしているんですが、そのあたりはどう思われますか?

伊藤:僕も自分の周りもそうですし、人の話でもそうですが、たぶん会社とか職業によって違うような気がするんですよね。例えば、Twitterは永久にいつでもリモートワークOKになったり、たしかSalesforceはプライベートオフィスを全部ミーティングルームに切り替えた。

うまくリモートを取り込んだ会社は、普通の会議はリモートで、合宿やリトリートとかのミーティングは(リアルの)部屋でして、オフィスのレイアウトを変えているところも意外に多いんじゃないかな。今までどおりに戻っちゃった日本の会社もアメリカの会社も、たくさんあるとは思うんですけれども。

あとは職業柄、田舎に引っ越しちゃう人たちもいます。アメリカの混んでいる大都市から、一部の人たちは地方へ移っていて。例えば、マイアミとか天気が良いところが少し活気が良くなったりと、マクロのところでは少し動いている。

あともう1つ。これもマクロなんですが、僕の周りでは、オーストラリアとかタイムゾーンが近いところが物理的に近いのに似ていて、タイムゾーンがすごく遠いところはやりづらい。昔だったらよく「ヨーロッパ、日本、アメリカ」というチームがあったんだけれども、今はZoomができないから会議ができないとか、そういう細かいところはあるかな。

今の20〜30代にとっては、働きやすい環境になった

伊藤:今、Web3関係の投資をしているんですが、完全分散型チームがすごく増えていますよね。たぶんWeb3の8〜9割は完全リモートなので、オフィスがないんですよね。その体制のためのサポート会社やツールも出てきているので、デジタルネイティブのインターナショナルビジネスは最初からオフィスがない。

だから全体がすごく変わったかというと、成田さんがおっしゃるとおりあまり変化が少ないんだと思うんですが、中には変わったワーキングスタイルをやっている人たちが出てきているかなと思います。

成田:僕も小さい会社をやっているんですが、オフィスもなしで完全分散型でやっているんですね。なので、今の20代〜30代前後の世代にとってはすごくナチュラルにやれる感じはしますよね。主導権が50代以上にあるみたいな感じだと、総じて難しいのかなという気がしますね。

伊藤:僕、50代ですけどね(笑)。

成田:いや、伊藤さんは異常値(笑)。歳をとらない永遠のデジタルネイティブ、みたいな(笑)。伊藤さんがずっと老いていないように見える秘訣は何なんですかね?

「老いていない」というのは、マインドセットというか、新しい技術や社会の動きに対する姿勢という意味で、ずっと動き続けられる、新鮮で居続けられる秘訣っておありになるんですか?

伊藤:僕も抑え込まれるのが嫌いだし苦手なので、どんどん逃げちゃうんですよね。一番最初に覚えているのは、幼稚園で机に座っていて、外で鳥が鳴いていて楽しそうだったので教室から逃げて。毎日逃げていたら「もう来なくてもいい」って言われて(笑)。

もう4歳の時からなので、ちょっと落ち着かないのが障害でもあり、なんとなく動く馬力になっているかなと思います。

成田氏が研究者になったきっかけは「消去法」?

伊藤:そもそも成田さんは、今イェールにいる理由って何かあるんですか?

成田:それも偶然のようなもので、もともと僕も性格的に、人と同じ場所や同じ時間で活動する・仕事することができない人間なんですよね。

中学校に入ったあたりの10代前半くらいから、突然道端で寝始めたりするような感じだったので、学校にもあまり行かず、ずっとそのまま来て。気づくと寝ちゃうみたいな感じなので、特定のオフィスに毎日同じ時間に行く、普通の社会人的な仕事は全部無理だなと思ったんですよね。

さらに人との付き合いもあまり得意じゃないので、企業家とか経営者も厳しいし、政治家も厳しいなと思って。それでもやれるような仕事を消去法的に探していくと、研究者とか技術者という方向くらいしかなんじゃないか。あるいは、もしかしたら彫刻家とか画家になればいけたのかもしれない。

それで、消去法的に研究者っぽい道をずっと辿ってきたんですよね。積極的に「これがやりたい」というものや、アクティブな力で動いてきたというよりは、「これは不快で耐えられない」とか「ここにはいられない」みたいな、ネガティブな消去法的で今まで生きてきたような気がします。

伊藤さんが「逃げちゃう」っていうのは、子どもの頃からの性格なんですか?

伊藤:そうですね。組織化された秩序の中で、きちんと目的がわからないことをされるのが苦手で……。だからそもそも論で、「何のためにこれを学ばなくてはいけないのか?」「何のためにやるのか?」というか。

「ニューリアル」と言うほど、生活スタイルは変わっていない

伊藤:「Interest-driven learning」と言うんですが、趣味とか興味を追いかけて学ぶやり方と、とりあえず学んでいつか役に立つという、いろんなパターンがあって。うちの妹はきちんと学校で成績をとっていたんだけれど、僕はやりたい時には学べるけれど、命令に従うのがあんまり得意じゃないので。

Zoomでいろんなプロジェクトに参加しながら、役に立つ時は出ていくけれども、役に立たない時にはあまり行かないというスタイルの人にとっては、今回のコロナ禍で意外に(労働環境が)良くなった気がするんですよね。そういう意味では、意外に今は少し楽しくできている感じですね。

成田:さっきもちょっと話したと思うんですが、「ニューリアル」という言葉を聞くと、「ニュー」ってわざわざつけるほど、リアルの意味やリアルの価値が短期間で根本的に変わってはいないんじゃないかな? という気がしちゃうのが、まずは出発点としてあるんですよね。

たださっきおっしゃったとおり、一定の世代や一定の業界、一部のグループの中では、これまでとは根本的に違うような働き方や、組織のあり方が立ち上がってきているんだろうなと思うんですよね。

そこですごく興味があるのは、完全分散型、完全リモート組織を作っていった時に、仕事や組織に対する愛着やアイデンティティとか、組織のカルチャーはどういうものになっていくんだろうというのが、すごく興味があるんですよね。