『DXの思考法』×『ダブルハーベスト』

尾原和啓氏(以下、尾原):どうも、こんばんは。

西山圭太氏(以下、西山):こんばんは。

尾原:どうもありがとうございます、西山さん、冨山さん。

冨山和彦氏(以下、冨山):よろしくお願いします。

尾原:今回、奇しくも『DXの思考法』という本と、『ダブルハーベスト』という私と堀田さんの共著で書かせていただいた本を、同じタイミングで出させていただいたことで、西山さん・冨山さんにお忙しい中お時間いただきまして。ぜひ、それぞれの本が照射してる未来について深めさせていただければと、お時間いただきました。ありがとうございます。

DXの思考法 日本経済復活への最強戦略

ダブルハーベスト 勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン

西山:ありがとうございます。

尾原:もう冨山さん・西山さんについては、自己紹介とかはGoogleで検索すればいっぱい出てきますので。さっそく中身のほうに入らせていただきたい。というのは本当にこの本、いい本で。ヤバい! 何がヤバいかっていうと、こんなに難しい本なのに、ストーリーがしっかりあるからスルスル入ってくるし。

なによりもすごいのが、昨日(※イベント開催時)ちょうどAmazonの週間ランキングが出てましたけども、毎回順位が上がってて。ついに21位まできましたからね。

西山:ありがとうございます。

尾原:いや、本当にすごい本で。個人的にはのちほど、私どもが書いた『ダブルハーベスト』のほうをどう読まれたか? みたいな話をさせていただきたいんですけれども。

西山:もちろん、もちろん。

デジタルの本質が「これ一冊ですべてわかる」ような本があれば

尾原:まずお聞きしたかった話としては、この本の中で書かれた「抽象化」と「レイヤー構造」という話。やっぱり、すごく普遍的なんだけれども、一つひとつのエピソードが非常にストーリーテリングとして「なぜそういうものが大事か?」というところの抽象化と具体的な行き来と、哲学的な部分と実践的な部分の往復がすごくて。この本がなぜ書けたのかっていう、西山さんの動機。そしてそれを実際に読者にぶつけてみてどうだったのか? というところから、まずはお聞きしたいんですけれども。

西山:まず、この本を書いた動機はいくつかあります。直接的にはこの本の対象となる想定読者層は、冨山さんの書かれた『コーポレート・トランスフォーメーション』を踏まえて書いたこともあり……。

コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える

尾原:そうですね、あれが通奏低音としてありますよね。

西山:ええ、経営者だったり経営者を目指す人を対象として想定しています。その時に、経営者という立場に立ったとして「DXだから、デジタルのことを経営者も自分ごととしてやらなきゃいけない」はもちろん正解なんだけれども。

その時に専門知識を、本屋のコンピュータやソフトウェアのコーナーにいって、端から端までそこにある本を読むと良さそうか? というと、そういうことではないだろうなと。そうすると「じゃあデジタルの本質とはどういうことか?」ということについて、それが(本書で実現)できたかどうかは別として、「一冊読めば歴史も含めて全部わかる」みたいなやつがあると便利だし必要なのではないか? というのが、まず動機なんですね。

そういう本を私はあまり見たことがなくて。DXについてはもちろん山ほどと言っていいくらい本があるわけですが、すべて、ある意味で各論なので「どっかのなにかの話は書いてあるんだけども、読むと結局また別のなにかの話を読まなきゃいけなくなって。しかもまた新しい話が出てくるもんだから、キリがないじゃないか」と思ったわけです。

尾原:そうですね。

西山:「それをなんとかしたい」が問題意識の1つ目ですね。

デジタルに対して「不得意な意識」がある日本人

西山:それから2番目に、この本のあとがきにも書きましたけれど、やっぱり「デジタル」って言われると、日本の人は「なんかちょっと不得意だな」と思ってるところがありますよね。

すると、さっきの話とも通じるんですけど、じゃあそれを解決する時に「ひたすら知識を詰め込んで、プログラムを書けるようになると、その不得意さが解消するか?」というと、なんかそういう感じもしないし(笑)。つまり、ここの詳しい解説はあとで冨山さんがされると思いますけれども、いわゆるデジタルの技術的な専門家ならば必ずDXの本質を理解してやってるのか? っていうと、別にそういうわけでもないのではないかと思います。

そうすると、DXに必要なのは専門知識を詰め込むことではなく「これまでの自分たちの慣れ親しんできた発想とは、すごく違う発想が必要だ」ということがわかることが、まず大事ではないかと思いました。その気づきがないのに各論だけを勉強してもうまくいかないし、逆に言うと私の狙いとしては、(デジタルの本質は)発想の転換なんだということに気づいて、それを体得すれば良いと思えば「本当はそんなにすごく難しいことを、日本以外の世界の人もやってるわけじゃない」という自信にもつながるのではないか、と思います。

冨山さんの例えで言うと、これまでの野球じゃなくてサッカーというゲームをやってるのだという気づきと「サッカーってそういうスポーツなんだね」という直感的な理解があればかなり十分なんではないか、というのを伝えたかったということです。

抽象論とは「具体を発想するためのヒント」

西山:さらに付け加えると、尾原さんに言っていただいたことですけども、その時にキーワードはやっぱり「抽象化」だと思ってます。日本で抽象化って言うと、誤解されることが多いですね。私も(これまで)仕事の上で「抽象化」って言ってきたんですけども、その手の話をすると、同僚とかが私に「西山くんの言ってるのは抽象論だ!」って言うんですね。なんかそれが「悪いこと」みたいに。

で、こちらは「すいません、私は、まさに抽象論をしてるんです」っていうことになるんですね(笑)。自分は抽象論のつもりでしゃべってるのに「それは抽象論だ!」と非難されても、私はいったいどうすりゃいいのかわからない、みたいな(笑)。

尾原:「抽象論=書生がしゃべる理論めいたこと」だったり「実践から離れたところ」っていうふうに(世間が)捉えがち。

西山:(世間的には)「抽象論=空虚な絵空事」ってことなんですよ。「世の中にありもしない絵空事を言ってる」っていうイメージで捉えられるんですね。そうじゃなくて、私から見ると抽象論とは、まさに「具体を発想するためのヒント」みたいなことなんですよね。そのためにはむしろ、目の前の具体からいったん離れないといけないんです。そうでなくて、目の前の具体にばかり拘ると、新しい発想や創造につながらない。だから抽象と具体の間を行ったり来たりするといいと思うんです。そういう意味で「抽象論」の大事さを唱えているわけです。

そうなると、まさにエル・ブジっていうレストランの例を取り上げるように、別にデジタルの話を理解するのに全部デジタルの例で語る必要もないわけです。ただデジタルの例が(書籍に)1回も出てこない「DX本」となると、さすがにこれもちょっとシュールすぎるので。

尾原:(笑)。

西山:本としてはおもしろいけど編集者の人に怒られちゃうんで、そういうことはしなかったんです。しかし、他分野の事例を沢山とりあげたのは、単にわかりやすさ・馴染みやすさのためだけではなくて。「違う分野に興味を持ったり、次元を変えたりすることこそが、デジタルあるいはDXのすごく本質的なところである」っていうことを伝えたかったんですね。

また、特に意図したわけでもないんですけども、結果においてアメリカの企業の例も出てくれば、中国の企業も出てくれば、インドの政府も出てくれば、ヨーロッパの産業の人もレストランも、ついでに夏目漱石も出てくるっていうふうに(書籍の構成が)なっているわけです。世界中にいろんな動きがあって、そういう視座をいっぺん自分なりに持つと「あぁ、そういうことね」って、世界の一見別々の動きをつながってみるようになるというのが、すごく大事なことだと思ってるんですね。

あんまり言うと怒られちゃうんですけど、そのほうが要は書いてて楽しいんですよ(笑)。「楽しいな」とか思いながら書いていて、たぶんそうじゃないと読んでてつまらないんじゃないかと。すいません、読んだ人が本当はどう思ってくれたかはわからないんだけど。これを気真面目に全部、狭い意味でのデジタルの、日本の企業の例だけで書こうとすると、それはまぁ書けなくはないんでしょうけど、なにか伝えたいこととは違う。

みんな「DXに向かう時の『抽象』って何?」が見えていない

尾原:いや、でもこの本のコアは、レイヤー化して共通言語にすることを「カレー粉」って言ったところが、すごくわかりやすくて(笑)。

西山:(笑)。

尾原:だから結局、みんな「具象と抽象の行き来をしなきゃいけない」みたいなことって、たぶんもう行き渡っていて。実際『メモの魔力』みたいな本が55万部のヒットをしたりとか。あれの下敷きになってる『具体と抽象』って本も、やっぱり売れてたりするんですけど。みんなDXに向かう時の「抽象」って何なんだ? というのがたぶん、見えてなくて。

具体と抽象 ―世界が変わって見える知性のしくみ

そこが今回の本で、ズバリ(抽象とは)「未来の地図を描くこと」っていう言い方をしているし、じゃあ「その未来の地図がデジタルになると何が変わるんですか?」っていうと、レイヤーの行き来の中でイノベーションが加速してくるし。じゃあこのレイヤーっていうものを定義した時に、どういうふうにそこを分けて考えるんだ? だし。

でもそれって結局、何のため?っていうと、抽象化することってさっき言ったように、理論的で実践から離れるんじゃなくて、複数の問題を同時に解決することだったりとか。レイヤー化することによって、その産業自体が横展開として規模感を持ち始めるようなことだったり。なんとなくみんな「抽象化やらなきゃ」っていう恐怖感だけが煽られてた中で、ようやく僕たちが抽象化にいく道筋を(『DXの思考法』が)つけてくれたっていう。

どれが「具体と抽象の行き来」を実現している仕掛けなのか?

西山:そう言っていただけると本当に嬉しいし、ありがたいです。実は、この本を書くよりも前に、それこそもっとずっと抽象度の高いことを役所の若い人たちに聞いてもらって「何かわからないことがあれば質問して欲しい」と言ったら、一緒に聞いてた、本書の推薦もしてくれた松尾豊さんが「西山さん、今日おもしろかった。2時間若い人が聞いてたけど、西山さんの話の『何がわからなかったのかもわからなかった』というのが感想だったと思うよ」とか言って(笑)。

そういうことをやってたんですが。その時に若い人から「局長は知らないと思いますけど『メモの魔力』という凄く売れている本があるんですが、局長が言ってるのは要するにそのことなんですか?」みたいなことを言われて。「なんだ。その本を読ませりゃ、あんなにムリなことしなくてもよかったな」なんて反省したりしたんですね。

『具体と抽象』の本の方は、たまたま知人を通じて「西山さんが言ってるのは細谷(功)さんがやってることと一緒だ」と言われました。それで細谷さんにお願いして、うちの役所で何回か研修をやってもらったんです。

尾原:へー!

西山:この本を書く2年ぐらい前なんですけど。その時、僕もたまたま「具体と抽象の行き来」ってことは言ってたんですね。なので「じゃあ、そんな研修があるならやってもらおう」と思ったんです。

ただ尾原さんに言っていただいたみたいに、この本にプラスアルファがあるとすると、それをデジタルやDXに置き換えてみると「どれがその具体と抽象の行き来を実現している仕掛けなのか? そしてそれを足すとかたちとしてはどんなものになるのか? その中で我々はどういう立ち位置にいて何をすれば良いのか?」ということを示そうとしたわけです。

尾原:そうですね。「どうなるのか?」っていうこと。

西山:また、それを実行すると、ずっと冨山さんが『コーポレート・トランスフォーメーション』で議論している、会社、いわゆるカタカナのほうの「カイシャ」を、ほっといても破壊するようになるんですよ、みたいなことを示そうとしたわけです。そうすると、自然に壊れますから、別に壊そうと思わなくても。

尾原:(笑)。そうなんですよね。たぶんこの本の中で、このあと共通言語になったほうがいいのが、みんな「会社をDXしなきゃいけない恐怖症」が、ある種、冨山さんの前の本でCXとして「会社を変えるためには、変わるために会社の文化だったり評価システムだったり、会社のやり方そのもの・コーポレートをトランスフォーメーションしなきゃいけない」っていう一方で、もう1個。「そもそも未来がぜんぜん違う方向にいくんだったら『未来の地図を描くっていうインダストリアル(産業)のトランスフォーメーション』、IXを考えてからDX考えなきゃいけない」っていう。

足元を、冨山さんがCXとして「こう変わらなきゃ」っていう話に対して、(『DXの思考法』では)未来のほうからバックキャストで、逆算で考えるんだったら「先にIX考えなきゃ」って。DXをいい感じでサンドイッチをしてるっていうのが、すごくいいなと思っていて。

西山:ありがとうございます。