研究所ではできないことをやるために

廣瀬聡氏(以下、廣瀬):みなさんそれぞれ、結果的に会社をつくって起業することを手段としてお取りになっています。ひょっとするとそれは市場規模としてかもしれないし、それ以外の事情かもしれません。いろんな選択肢がある中で、その中で起業をされた理由はなぜかという2つ目の問いに入りたいと思います。

また順番は、同じように遠藤さんからということでお願いできればと思います。たびたびすみません。

遠藤謙氏(以下、遠藤):いえいえ。起業について、僕はそんなに乗り気ではなかったんです。「起業するとこういうことがあるよ」と、言ってみれば悪ノリですよね。僕、Xiborg(サイボーグ)という会社があるんですが、「ソニーコンピュータサイエンス研究所」という研究所でも研究員をやっています。

そこの所長さんの北野宏明というのがそそのかす人で、あとは為末大という共同創業者も、「自分たちでやれる範囲があるんじゃないか」と言ってくれた。

僕がそのときメリットだと感じたのは、やっぱり研究所は研究予算がある程度は取れる。あとは、科研費や助成金のような研究に対するお金というのを博士・研究者として少し取ってこれるんです。でも、さらにもう少し広い範囲でお金を確保したいときには、やっぱり自分で会社を持っているほうが行動範囲が広がりやすい。

「パラリンピック選手が健常者よりも速くなるということを演出したい」というのが当時の1つの目標だったとすれば、研究所でやれることは限られていました。もっともっと選手をサポートしたいし、陸上チームをつくって、さらに義足も作って速くなるという研究もしたいとなったときに、やっぱりソニーでは無理だという話だったので、Xiborgという会社を立ち上げました。

そして、2020オリンピックとパラリンピックの開催が東京に決まり、その流れに乗っかりそこの箱を使って、各企業と連携してお金をもらいながら活動をするという今の流れになったという感じです。

大企業では得られないスピード感を求めて

廣瀬:遠藤さん、研究所なら、それなりのお金もあるしブランドもあるし、時間をかけていくとより大きなことができたかもしれない。けれども、そんな中でも、ある意味で自ら一歩を踏み出て取り組もうと思った、そのあたりのことをもうすこしだけ詳しく説明していただいてもいいですか。そのときの気持ちや、どういったところが起業、一歩進むということになったのか。

遠藤:まず、企業の中でやっているという感覚はたぶんみなさんと僕は違うと思います。その上で、いまお金がいっぱいあるし長い時間をかければと言いましたが、ソニーの研究所なんですよ。コンピュータサイエンス研究所というのは「年間予算として数百万円ほどの規模で、1人でがんばってやりなさい。でも、もっとお金が欲しければ、自分でなんとかしろ」というような、けっこう責任を持ってくれない研究なんですよ。

企業の中でやるというのは、ソニーの中でもちゃんとした本社の中に事業があって、事業化して数百億円ぐらいの売上があるところを目指すというような研究開発をしている人たちはいっぱいいます。

ただ、そこに乗っかると、義足は儲からないし、やっぱり僕は好きなことがやりたい。ですから、その制約があるのなら、自分でできる範囲内でやれるようなことを考えて起業という道のほうがいいと。自由度を求めてということですね。

かなりフレキシブルに素早くする必要がある取り組みだと思っていたので、企業の中ではなかなかできないんじゃないかとはいまだに思っています。

廣瀬:後悔はないですね?

遠藤:ありません。はい、もちろん。楽しいです。ありがとうございます。

起業しないほうがリスクが高い

廣瀬:ありがとうございます。では、次、高橋さんにお願いします。

高橋祥子氏(以下、高橋):私も似たような部分があって。起業をしたかったわけではないんです。起業をしたくてネタを探していたということではなく、手段としてロジカルに考えて最も最適だろうと、しかたなく起業したところがあるんですよね。

最近、私の周りでも起業をしている人と話していて思うのは、リスクを取って起業をしているわけじゃなくて、最もリスクが低いということで起業している人がかなり多いと思っています。

私の場合は大学にいて、だいたい自分がどれぐらいがんばると何年間で何本ぐらい論文が書けて、だいたい何歳ぐらいで准教授になってといった道筋が見えていました。大学の中ではポストが決まっているので、自分の努力でそれが縮まることはなかなかありません。大企業もそうかもしれませんが、それはすごくリスクだと思っていました。

20代で教授になることは、どれだけがんばっても、もう絶対に無理なんですよね。でも起業したら、いま共同研究なども含めて30プロジェクト以上の研究を回しているんですが、教授がやっているような多くの研究をマネジメントする仕事をすでに手がけられているわけなんですね。

そう考えると、自分の努力次第で何かが変わる道のほうが、明らかにリスクが少ない。私は学生でしたので、失敗してもまた学生に戻るだけなんです。だから、起業しないほうがリスクだと思って立ち上げました。

私が一緒に立ち上げたのは研究室の先輩で、その先輩はもともとビジネスを自分でやりながら研究も続けている人だったんです。なにか花粉症のようなもので、周りに起業をしている人が増えると、ある一定量に晒されてしまうと発症してしまうというような(笑)。

(会場笑)

時間は命と同義語

高橋:最近GLOBISの卒業生でも起業される方がかなり増えているとおうかがいしたんですが、そうした花粉症に晒されると、みなさんも発症しちゃうかもしれません。そんな感じです。

廣瀬:どんどん花粉症を発信しているんですね。

高橋:そうですね。はい。

廣瀬:そこで言うリスクは、何だったんでしょうか。このまま時間をかけて教授になるという人生も別によかったのかもしれなくて、先ほど聞いたら大学時代にフィギュアの選手をやっていて、2回転のルッツだったかサルコウだったかができていたと。それぐらいの可能性と実力を持っている人なのに。でも、そこで感じたリスクとはいったい何だったのか?

高橋:(笑)。

廣瀬:ごめんなさいね。茶化しちゃった。ごめんなさいね。

高橋:あっ、いえいえ。大学に残ることのリスクですか?

廣瀬:そこで思っていたリスクとは何だったんですか。

高橋:時間対効果と言ってしまえばそれまでですが、やりたいことをやるためにどれだけの命を使うかという話です。結局、ゲノムの世界というものはすごく可能性があるけれど、膨大な時間がかかるわけなんですよね。この生命の謎を解き明かそうというものは。

私が生きているうちに達成できるかどうかもわからないようなことをやろうとしているので、変なところに時間をかけている暇はない。それがもう命を失うということなので、20〜30年かけてこんなことしかできないというような話では、20〜30年の命を失っているのと一緒なので、それはもうすごいリスクですよね。

廣瀬:きっとそれが花粉の正体だったのかもしれませんね。関わっているみなさんにとってみれば。ありがとうございます。中尾さん、ぜひお願いします。

自分の能力の限界を知る

中尾豊氏(以下、中尾):そうですね、起業……リスクの話もありましたが、ほぼ祥子さんと同じような話になります。僕は製薬会社にいて、もともと起業する気は1ミリもなく、武田という会社で日本一になれればいいとごりごり働いていたんです。そういったときに、ちょっと違うご縁があって、会社の経営のオファーが来ていまして。

まぁ、「経営がわからん」ということになったので、僕はGLOBISさんではなく、ビジネス・ブレークスルー大学大学院に入ってしまったんですが。そっちで死ぬほど勉強をしていると、現実を知ることになりました。

何を知るかというと、みなさんがいま感じられていることだと思います。ほかにもかなり優秀な人がいることがわかるじゃないですか。違う会社で、例えば営業をやっている人はマーケティングやエンジニアリングやファイナンスことはあまり知らないとか。逆も然りなんですが、いろいろと学べることが多かった。

そこで気づいたことは、まず、自分が何かを成し遂げるときに、自分の力では不可能だと思うようになったこと。同時に、オファーが来ていた経営のほうに行くかということも悩んだときに、そこで初めて自分の命のことを深く考えるようになりました。

経営のほうにいけば比較的お金持ちになれる可能性はある。一方で、最初から社長というわけではありませんから、現場から上がっていくときに、たぶん8〜12年はかかるだろうと考えました。8〜12年かかる間にこの医療業界、とくに薬局業界だったんですが、時代は変わっていくだろうと考えたときに、時代が変わって環境が変わったときに合わせにいくのではなく、環境を変える側になったほうがリスクヘッジになると思うようになったんですね。

組織内の出世より価値創出への最短距離を

中尾:例えば、薬局業界で言うと、Amazonや楽天さんのように、Eコマースや遠隔の服薬指導が解禁された瞬間に、リアルの店舗がディスラプトされる可能性があるので、そこで店長をやっている暇はそもそもないと思うようになりました。

それならば、その仕組みづくりであったり、本当に患者さんの利便性と安全性が高まるような仕組みを自分でつくらなければ、逆にリスクで怖いという思いが初めて芽生えたんですね。1,000人も守れないと思うようになりました。

ですから、組織の中で出世するという非本質的な時間に費やすよりも、本当に価値になることに対して、最短で実現できる環境を探しにいったときには、もう武田薬品でもそちらの会社でもなかったんですね。

一方で、僕はまだ起業をする覚悟はなかったので、最初は転職活動をしたんですが、僕が熱く語っている意味が人事担当者にはわからないという構造が起きて、もうひたすら落ちるという。人事は医療のことがよくわかっていないのに「僕は医療業界でこういうことをやりたいんです」と言っても「はい。謎〜」というようになって「はい、落ちる〜」というような(笑)。「やばい、道がない」となり、結局は「じゃあ、僕がやるか ? 」と言うことに。

自分が優秀ではないということがわかっていたので、実現したい世界観に対してどんな優秀な人を仲間に入れれば、それが実現できるだろうと考えたときに、共同創業者の仲間を集めたり、資金調達して、その成し遂げたい世界観に愚直に進んだということです。

本当にあるべき姿を愚直に続ける

中尾:リスクという話もありましたが、むしろチャレンジをしないことの方がリスクだと思うようになっていました。例えば僕が、借金を1億円や2億円ぐらい抱えたとしても、すごいチャレンジとして、起業して、ファイナンスして、組織をつくって、採用して、マーケティングをしてなどとやっているうちに、会社は別に、僕が仮に潰れたとしてもそんなにリスクはないだろうと。

そして、優秀な人たちが集まれば、その人たちも別にどこでも働けるような人たちなので、本質的なリスクはないはずだと。本当に優秀な人を集めて、本当にあるべき姿を愚直に続けていれば、社会では評価されるはずだと思いました。チャレンジすることをリスクヘッジだと自分の中で整理したあとは、もう愚直に進み続けたという感じでしたね。

廣瀬:転職をされなかったわけですが、もし成り行き上の延長線上でいったときに見えた景色と、起業して今見えている景色と、もちろん完全な比較ができるわけではないけれども、今を振り返るとどのようにお感じですか?

中尾:結果的に起業してよかったと、もう100パーセント思っています。そうですね、景色か。難しい質問ですね。僕、景色は、自分の人生N=1なので、比較が難しいですね。

例えば、会う層がまったく変わりました。僕はそっち側(聴講者)の人間だったのですが、起業して3〜4年後にはこっち側(登壇者)になっている。そして、こうした方々とお話ができるという。あとはなぜかメディアにも出させていただいたりするようになりましたので、やはり景色と立場は変わるという気がします。

人類の可能性は思考できること

中尾:オーナーシップ性を持つという意味もいまだ模索中ですが、オーナーになると死ぬほど考えますよね。「僕らがあるべき姿とはなにか、本当にそこに進んでいるのか?」「それに対して事業として正しい選択を僕は毎日できているのか?」「24時間限られているけれども、僕の今日の1日はそれがパフォーマンスできたのか?」ということは死ぬほど考えるようになってきています。

ですから、もう自分ゴトとして、そして社会を変えるために、自分の人生が正しい選択を取っているかは、たぶん起業していなければ、ここまでキリキリとは考えていなかっただろうと思っていますね。

廣瀬:ありがとうございます。その点についてはごめんなさい、高橋さんはどう思いますか?

高橋:そうですね、ヒト、人類の可能性というのは、思考できることだと思っています。ただ、思考することって……。

中尾:かっこいいですね(笑)。

高橋:ありがとうございます(笑)。

中尾:人類の可能性は思考できること。

高橋:そう思考。でも、思考することは、脳がエネルギーをものすごく使いますから、思考しなくてもいい環境にいると、人は思考停止になってしまうんです。ではどうやれば思考できるかというと、基本、問いがないと思考をしないんですよね。起業すると、たくさんの問いが降りかかるので、人生をとても豊かにすると思っていて、そういった点ではすごくよかったですね。

中尾さんの「どうすれば最大にパフォーマンスできるか?」という言葉のように、そうしたことを考えるようになるのは、本当にうまくいかないことがたくさんないとなかなか考えられないので、それはすごく思考のレベルが上がったと思います。