ロボットで生計を立てることを夢見ていた学生時代

田中邦裕氏:みなさん、こんにちは。

さっきまで(の登壇者が)たくさんお話しされてたので、このあとどう繋ごうか大変心配しておりまして。3人目まではまじめなセッションで、4人目(の私)から笑いのセッションだということなんですけれども……この会場を見る限り、笑う雰囲気がまったくしなくて、大変出鼻をくじかれております。

田中と申します、どうぞよろしくお願いします。

(会場拍手)

22年前にさくらインターネットという会社を創業しまして、現在40歳です。学生起業しました。

私は昔から経営者になりたかったわけではなくて、もともとは高専に通うエンジニアでした。

小学校の頃の夢がロボットのエンジニアになることで、NHKの『ロボコン』を見て「将来は、ロボットで生計を立てよう」という夢を持っていた人間です。

ただ、世の中なかなかうまくいかないもので、1993年に高専に入学した年にバブルが崩壊しました。そのあと、流行り言葉で「就職○○」とか「就職氷河期」とか、そういったネガティブなワードが流れるなかで、10代を過ごしました。

インターネットという新しい夢を見つけた

ただ、私は……あとでも話しますが、非常に運がいい人間だと思っています。バブルが崩壊して、モノづくりの未来が急になくなった。これは、ネガティブな話かもしれません。

でも、私の前にあったのはインターネットでした。そして、インターネットにはまり、ロボットをつくる夢の次の新しい夢を見つけ、18歳の時にさくらインターネットを創業しました。

さくらインターネットという会社を、どれぐらいの方がご存じでしょうか?

(会場挙手)

ありがとうございます。

ただ、「さくらインターネット」という会社は知っていただいているんですけれども、「田中邦裕」という私を知らない人が多いと。なので、今日は「さくらインターネット」というキーワードをほぼ使わずに、私の話だけにしようと思って来ました。ただ、(みなさまの)期待値は「さくらインターネット」なので、少しは話さざるを得ないですが。

ほんの少しの成功と情熱があれば会社は続く

私は起業家として22年間やってきて、結果的にさまざまな記録を持っています。

1つは、ポジティブな記録。実は、先日「30歳までに上場した起業家ランキング」というものが出たんですけれども。私は27歳の時に上場しましたので、上には4人しかいません。堀江(貴文)さんとタイで、5番目に若く上場しました。

18歳で起業して27歳で上場しました。ただ、ここで終わればよかったんですけど、残念ながら……「最速債務超過ランキング」。

(会場笑)

東証から、上場廃止の宣告を受けかけると。この時、弱冠29歳でございました。私は、実はたくさんの失敗をしてきています。正直、成功の秘訣をみなさんに伝えることはできません。

ただ、失敗したとしても、ほんの少しの成功と情熱があれば会社は続くんだということ。これをお伝えできればと思っています。

すでに私の自己紹介をしましたが、経営者ではなくてエンジニアとして、22年間ずっとやってきたつもりです。

実際にロボットをつくり、(スライドの)真ん中に「Apache(アパッチ)」というWebサーバのサイトがありますけれども、それを日本に啓蒙しています。そして最近は、この右下にあるようなアニメのロゴのジェネレータを、Webサービスとして個人で運営しています。

なので、サーバの会社を経営している私ですけれども、サーバを使う側として、ユーザーとしての立場でもあるわけです。

サブスクリプションのビジネスにサーバは不可欠

少しさくらインターネットの話をしておかないと後で怒られるので、お客さまがどういうところかだけ、ご紹介させていただきます。

一言でいうと、スタートアップさんです。最近ですと、例えばメルカリさんとか、左下にあります「Ponanza」……これは将棋で人間に勝ったAIです。

最近はどんどんサブスクリプションになってきています。製造業やパッケージソフトの時は、サーバが必要ないんです。ただ、SaaSとかクラウド、そしてサブスクリプションのビジネスをするとなると、どうしてもサーバが必要になります。

ですので、サーバが必要で、サーバがボトルネックにならないような世界をつくっていく。それが我々のミッションです。そういった流れで、22年間でたくさんのスタートアップさんに触れ、しかしながら卒業されてしまうこともたくさんある……という会社でもあります。

できればみなさんに、当社とお付き合いいただきながら(やっていきたいのですが)。当社は、とにかく運がいい会社です。なので、当社と一緒にやってきた会社さんは、ほとんどが成功しました。失敗したからといって、怒られたら困るんですが……そういったなかで、我々を知っていただけたらと思います。

我々は、時刻表のない世界で生きている

さくらインターネットの話を終えて、ここからは、私がこの会社でどのような22年間を送ってきたのかという話をさせていただきます。

1996年に創業したのが、18歳の時です。意気揚々と、2005年にマザーズに上場しました。すごいスピードで売上が伸び、すごいスピードで債務超過になりました。

問題は、ここからで。実は私、一回社長を辞めていた時期があるんですが、債務超過になったということもあって、また社長をすることになりました。

どちらかというと、自分でつくった会社を「途中で手放そうかな」なんて言いながら、上場したあとで呆けていたら、いつの間にか、また社長になると。

人生、なにがあるかわかりません。正直、時刻表のない世界で我々は生きているんです。電車が来ると思っても来ないんです。

なにせ1993年に高専に入って、1998年に卒業したらメーカーに行けると思っていたのに、勝手に日本経済は崩壊しているし。上場してのんびりできるかなと思ったら、いつの間にか債務超過になっちゃうし。その結果として、社長をやることになっちゃうし。

いろんなことが起こるわけですが、すべてにおいて運がよかったと思っています。ここを、ちょっと掘り下げさせていただきたいと思います。