顧客、ユーザーの片側だけにアプローチをしているケースが多い

吉羽龍太郎氏(以下、吉羽):あと15分ぐらいみたいなんですけど、あと2つですかね……あっ、3つだ。「ユーザーを巻き込む覚悟」「未完成なプロダクトを人に使ってもらう覚悟」「プロダクトや機能を終了する」という話にいきたいと思います。

触れているところもだいぶ多いと思うので、ちょっと順番にいきたいと思います。ここまでは人を巻き込むといっても、ステークホルダーやチームメンバーという話でした。今度はユーザーというところにいきたいと思います。

顧客とユーザーは意外と混同されがちですよね。顧客とユーザーは、toBかtoCかによってけっこう変わってきますけど、これはどういうふうに考えるといいんですかね?

お金を払ってくれる人はもちろん大事だし、使ってくれる人も大事。ここでは、ユーザーを巻き込むと言っているんですけど、お金を払ってくれる人はそれなりに満足させておいて、ユーザーをがっつり満足させる感じなんですかね? どう捉えるといいんですかね?

及川卓也氏(以下、及川):でも、顧客、イコール、ユーザーのこともあると思うんですね。

吉羽:ありますね。

及川:やはり法人向けのtoBのアプリケーションやプロダクトの場合は、顧客は、お客を持っている管理職の方で、実際に使うのはユーザー、みたいに思うわけですよ。

吉羽:なりますよね。

及川:でも、この顧客……例えば組織のマネージャーだったとします。この人はユーザーとして自分の部下になにかを使わせたいし、使った結果を常に把握しておきたい。ユーザーとしてのモチベーションがその人にあると考えたならば、顧客、イコール、ユーザーという捉え方もできると思うんですよね。

吉羽:なるほど、なるほど。

及川:ただ一般的には、ここは分離されていることも多い。そうするとユーザーが使ってくれることが、顧客に対しても事業上のポジティブな効果があるはずです。

吉羽:そうですね、効果ですよね。

及川:それに対して、きちんとお金を払ってでもその価値を得たいと思わせるというところが必要になってくるのかとは思いますね。

吉羽:そうですよね。だからプロダクトマネージャーは、toBみたいな文脈であれば顧客にもアプローチしなきゃいけないし、ユーザーにもアプローチしなきゃいけないということですよね。

及川:そうですね。

吉羽:片側だけやっているケースがけっこう多いですよね。

及川:多いですね。

吉羽:特にIT部門の担当者、いわゆる顧客かな。発注者ばかりにリーチして、実際のラインの人がぜんぜんプロダクトに対して口を出せないみたいなことは、まあまあありますよね。

及川:最近、プライシング研修をする中で、PLG、Product-Led Growthを整理しているんですけれども。

いわゆる、ユーザージャーニーがあるんですよね。例えば、「Slack」「Miro」か「Figma」はわかりやすい例で、フリープランで個人が使い始めて、部署決算でできるところからスタートするというかたちから、徐々に会社全体に大きくなっていくわけですね。

吉羽:そうなりますね。けっこうそのパターンが多い。

及川:ですよね。そうすると、やはり最初はユーザーなんですよ。ユーザー自身が顧客というかたちでお金を払えるようになり、それが組織全体に使われるようにしていったならば、今度は購買部がきちんとエンタープライズライセンスを契約しますというかたちになり、明確に顧客とユーザーが分かれるというところにいくわけです。

そこまでのモデルは、ユーザー、イコール、顧客、もしくはユーザーだけという状態が存在していたので、PLGモデルは、toBにおいてもユーザーというところからスタートするものがけっこう多いとは思いますね。逆にそれが増えているんだと思いますよ。

吉羽:そうですね。今の話を聞いて、確かにそれは多いなと思いました。

自分がセールスマンとなってプロダクトを売り込めますか?

吉羽:ユーザーから始めるとなったら、「ユーザーを巻き込む覚悟」ということになりますが、どういう観点で巻き込むものなんですかね?

及川:これはユーザーを巻き込むという言葉に集約できるかどうかわからないですけれども。私、この間もXで炎上じゃないけれど、とんでもないインプレッションになってアルゴリズムが壊れてるなとか思っているんですけど。

吉羽:(笑)。

及川:それはいいとして、(その時に)言ったのが「このプロダクトの魅力は何ですか?」とか「このプロダクトをユーザーに売り込んでください」と言った時に、説明できないことが多いんですよね。

吉羽:なるほど。

及川:やはりtoBだと「ちょっと複雑で」とか「いろいろな機能があってお客さんごとに売り文句が違います」とか言っちゃっているんだけど、それは、たぶん覚悟が足りていないというか、研ぎ澄ましていないんじゃないかなと思うんですよね。

自分がセールスマンとなってピッチできますか? ピッチして売り込みますか? 他社のものより自分のものがいいということを自信を持って言えますか? 下手するとお客さんの人生を狂わせる可能性があるんですよね。

なぜかというと、既存の代替手段、もしかしたら競合製品を使っていて、それで十分満足されているかもしれないのに、「あなた、こんなものを使うよりうちのほうがいいですよ」と言って導入してもらった挙句、もしかしたら彼らをアンハッピーにさせるかもしれないというリスクは存在するわけですよ。

それが怖かったならば、「気になってくれた人だけが使い始めてくれたらいいな」という、ホワンとしたやり方しかできないわけですね。これじゃ成功しないと思います。

吉羽:しないですよね。だから、けっこう初期の段階だとユーザーのところにガンガン行って、「実際にどうやって使っているのかを観察させてくれ」とかやりますよね。

及川:やりますね。

吉羽:でも、行きたがらない人もまあまあいるというのが、僕の支援している観測上の結果なんですけど。フォースが働くんですかね。恥ずかしいんですかね?

及川:この次のやつと関係しているのかもしれないですね。これとこれは競合は持っているけどうちはまだ持っていないとか、ここを言われたらどうしようとか。なので、できるだけ完成度を高めたい……あっ、でも、自分がやっているやつもそれだ。今なんか思っちゃったんですけど(笑)。

吉羽:わかります、わかります。

及川:でも、そういう心理が働いちゃうところはあると思いますよ。

吉羽:そうですよね。だから、もうちょっとやってから見せたほうがいいよなって。一見すると論理的に聞こえるんですけど、問題は先送りだったりするんですよね。プロダクトは全部仮説だから、結局、実際に触ってもらって、使ってもらって評価してもらわないとわからないんだけど、どうしても、あとちょっと、あとちょっとってすごくなりやすいなとは思いますね。

及川:ここにいらっしゃる方がプロダクトマネージャーの前にどういう職種を経験してきたかはわからないんですけれど、実は営業職を経験している人は強いと思いますよ。営業はすごく極端なことを言うと、どんなものでも売ると言われるじゃないですか。

吉羽:(笑)。

及川:あれは極端にしても、売ってなんぼの職業なので、足りないものがあったとしても、「うちが今一生懸命作っていますから大丈夫です、すぐ用意できます」と言って、売上を取ってくるわけですよね。

吉羽:確かに、確かに。

及川:だからやはり、ここではそういった営業マンのマインドセットを持つのがすごく大事だと思いますね。

吉羽:大事ですね。あと、プロダクトを作っている時に、「プロダクトがない段階で売れ」ってすごく言いますよね。どこかで、「先に5社と契約してからサービス化しろ」みたいな話を見ました。そうなると、プロダクトをローンチして最初からずっと単黒です、みたいな話にもしやすいし、「最初に売れ」というのは、けっこう重要かもしれないですね。

及川:そう。やはりお金の話と関係してくるもので、一時の牧歌的なWeb時代は、ユーザーをつかめば後からお金がついてくるというのがありましたが、ほぼすべてのものであんなのは丸っきり嘘っぱちだったわけですね。

吉羽:(笑)。

「バーニングニーズ」と「ドッグフーディング」の必要性

及川:逆に言うと、最初から「お金を払ってでも利用したい」と思ってくれるものは、それだけ顧客にとっても喫緊の重要な課題なわけですよ。この課題の解決策として、「確かにこれがあったか」と思わせたならば、ベーパーウェアのようにまだ影も形もないものだったとしても、「すぐ契約させてよ」となるわけです。

吉羽:なります、なります。そうそうそう。営業先とかに行った時に、「あっ、これいいですね、完成したらまた教えてください」と言われるのは、「興味がないです」というのをうまく言っているだけです。なので、「あっ、いやいや、そうだったら今すぐ契約をお願いします」と言って、相手の反応を見ればだいたいわかるみたいな話はありますよね。

及川:そうですね。プロダクトマネージャーカンファレンスでも何年か前に、オーティファイの創業者で社長でもある近澤さん(近澤良氏)にしゃべってもらった時、彼は「バーニングニーズ」という言葉を言っていました。要はもう頭に火が付いちゃっていて、「早く消してくれ」という状態で、「もう消してくれるならその場でお金を払います」と。

吉羽さんが言っているのと同じで、「できたら持ってきてよ」というのは、だいたい契約に至らない。そこまで頭に火が付いている状態じゃない。実際オーティファイも、契約を先に結んじゃうというやり方をして、ニーズがそこにあることを確認するということをやっているので、こういうのがやはり必要なんだろうなと思います。でも、これは怖いですよ。

吉羽:怖いですよね。

及川:技術的なPoCみたいなものが社内でできて、これはもう確実にできるという根拠がある中で、でもやはりまだ「不確か性」が残っている中で、それでも売るということをしているわけですよね。

吉羽:確かにそうですね。あと、実際のユーザーにプロダクトがないうちに売るとか、まだ粗いうちに見せるのは怖いというのはよくわかるんですけど。

一方で、社内にバンバン展開するのは、ぜんぜんありだと思っていて、ドッグフーディングをバンバンやればいいと思うんですよね。粗い段階で社内のユーザーになり得る人もいますからね。だから、バンバンバンバン社内リリースしていけばいいのかなという気がします。

いきなり最初からリアルなお客さん、ユーザーに出すのが大変だというのならそこからでもいいような気はします。とにかくチームの中に留めておいたら全部仮説のままなので、それが一番リスクが高い気がします。

及川:ドッグフーディングをあまりやらない会社も多いんですよね。

吉羽:多いですね。

及川:びっくりしました。MicrosoftとかGoogleとかは、普通にもうやりまくっています。よく話すのが、「Windows 2000」という、今から23年前のOSの話で、いきなり「Active Directory」にして、「Exchange」からなにからその上に乗っかって、「Word」とかも新しいOSの上に乗っかったから不安定なんですよ。

営業は「Excel」で表を描いていたのに、Ctrl+Sを忘れたらクラッシュして、「キーッ!」とか言って、開発のほうを睨んでくるわけですよ。

吉羽:(笑)。

及川:でも、胃が痛くなりながら、その人たちに満足して使っていただけるようなものに高めていきたいとなった時点で、全社員が自信を持って自分のプロダクトをお客さんに勧められる状況になった。もうできる状態になっているんですよね。これが当たり前だなと思うんですよね。

吉羽:そうなんですよね。そもそも、自分たちが作っているプロダクトを社内の人たちが使わないというのも、まあまあ意味不明だなという気がします。全員がセールスマンであってしかるべきかなという気がします。

昔のMicrosoftは常に仮想敵国を作る必要があった

及川:あともう1つ。これも当時のMicrosoftのもので、必ずしも褒められた行為ではないんですけれども、すごく競合を意識するんですよ。

全社員だったかどうかはわからないけれど、競合よりも自分のプロダクトのほうがいいと、当たり前に信じている。「Mac」を使っていると「なんでMacなんか使っているんだ?」と……今、私はMacを使っていますけれども。

吉羽:(笑)。

及川:でも、やはり本当にいいと思っているからそんなことをやる。だからある意味、あの当時のMicrosoftは競合に対する攻撃が非常に厳しかったんですね。競合比較をたくさんやるんですけれども、でもそのぐらい本当にいいものだと思っているし、お客さんに勧める自信があったんですよね。

吉羽:なるほどね。今Microsoftの話が出ましたけど、ちなみにAmazonは競合について言及しないというのを会社のポリシーにしていて、顧客の課題にフォーカスすべき……。

及川:Customer Obsessionですよね。

吉羽:そうそう。なのでね、GAFAMで一括りにされますけど、今はMicrosoftの文化もだいぶ違いますよね。

及川:Microsoftが当時そうだった理由は、ほぼほぼ一強だったから。

吉羽:そういうことですね。

及川:だから、実は競合なんていないんですよ。だから、私が「Windows Vista」を作った時の競合は、「Windows XP」だったんですね。

吉羽:なるほど。

及川:という状態なんだけれども、そうやっちゃうと、やはり社内でプロダクトに対するロイヤリティが低くなったり気が緩むということがあって、常に仮想敵国を作る必要があったんですね。

吉羽:そういうことですね、なるほどね。おもしろい、おもしろい。

(次回へつづく)