36歳で平社員入社、PCすら与えられなかった

森川亮氏:当時前職は30名ぐらいの赤字の会社で、ちょうど渋谷の雑居ビルにあったんですけれども、なんとなく魅かれて入りまして。平社員で入ったんですけれども。

平社員で入って最初の1週間ぐらいは新しいコンピュータは買ってもらえずに。今でも覚えてますけども「企画書を作るのに新しいソフトか何か買ってくれ」みたいな話をしたら、「森川君は稼いでないから自分で何とかしてください」みたいな。

フリーウェアで作って。今はいい思い出なんですけどね。当時36歳で平社員で入ってそんな目に会うと辛かったですよね。

そこからちょっと頑張りまして。そしたら社長が事業責任者やらないかと言うことで、2003年の7月くらいからですかね。そこからずっと前職は事業責任者をやりました。最初はハンゲームという事業をスタートしまして。当時年間2億円から3年で80億円ぐらいまで伸ばしてきて、社長になったのが2007年で。

そこから検索の事業NAVERという事業をはじめまして、さっきあったNAVERまとめとかいろいろあったんですけれども。livedoorと一緒にやってました。

震災がきっかけで生まれたLINE

2011年に震災があって、LINEというサービスが生まれました。僕が前職でやっていたことは、コミュニケーションというものをいかに楽しく、いかに便利にしていくかっていうことに集中をしておりました。

あまり多分皆さん詳しくないと思うんですけれども、ハンゲームという事業は実は2000年に始まった事業なんですけど、世界で初めてのソーシャルゲームの事業なんですね。

アバターのビジネスモデルというのは世界で1番規模が大きくて、それを見てGREEさんとかモバゲーさんが事業開始したくらい。そういう走りだったということもありますし。

また、検索のほうもソーシャルサーチという分野を作った事業でして。検索というと、やっぱりGoogleさんのイメージがあると思うんですけれども、Googleさんというのは既にネット上にあるものを集めてきてデータベース化するわけなんですけど、僕たちはネット上にない情報をいかに作るのか。

それを質問に対する答えというものをうまくまとめて、検索の精度を上げる。そこにNAVERまとめのような、キュレーションサービスを乗せていって。そこで今までにない人間の知恵をどう高めるかというものを事業としてやっていました。

検索としてはなかなかうまくいかなくて。それが幸いとしてスマートフォンに集中する中でLINEというものが生まれました。

LINEは今でも忘れないんですけども、震災があって会社をいったん閉じて、福岡に一部のメンバーが避難したんですよね。東京に戻ってきてからもどうしようかという話をしてたんですが、たまたまその時TwitterとFacebookと盛り上がってまして、LINEも最後の賭けみたいな形で検索やめるか、今回のプロジェクトにかけようかという中で、LINEというものを1カ月間で出して。

それが出して1、2週間でものすごいユーザーの伸びだったんですね。ここまで伸びるとは思わなかったんですけれども、確実に来るなという確信を持ってそれが本当順調にここまで伸びてきた、と言うふうに思いました。

外国人社員のマネジメントの難しさに苦悩した

結構会社は大変だったんですね。僕自身日本の会社が長いのが、韓国系の資本の会社に入って外国人が結構多くて、当時で3割ぐらい外国人で。特に日本の方の仕事のスタイルというのは、世界的に見ても非常にレアな人材かなと思うくらいいろいろ難しい点がありました。

例えば細かいレポートみたいなものって、結構皆さん嫌がるんですよね。日本の人ならレポートを作って朝礼をして、そういう皆で一緒に同じことをすることが好きだったりすると思うんですけれども。

海外の方というのはどちらかというと自分のスタイルでやって、その代わり結果にコミットするようなそういう部分があって、どういうふうにマネジメントしたらいいのか、日本企業で働いて、大学院で経営を学んで、盛和塾というところでも経営を学んだりとか。

いろんなスタイルを学んだんですけど、やっぱり外国人というのは日本のマネジメントスタイルに合わないという中で、自分なりに悩んだところもありました。

ITは日本の大企業となじまない

また、IT産業というのも非常に変化が早くて、いわゆる日本の大企業的なものってやっぱりなじまないですよね。

日本の場合は、育ててそれをマニュアル化してコストダウンしてみたいな感じなんですけれども、育ててる中で世の中の流れが変わっちゃうので、育ちきらないみたいなことがあって、それをどういうふうに変化について行けるのかみたいな、そんなようなこともいろいろ悩みながら。

とにかく変化とかスピードとか、そういうものとどう向き合うかということでしか競争力の源泉はないんだよというふうに感じまして。本にも書いてあるんですけれども。

今圧倒的に変化のスピードが速いと。これはもう実は、歴史のいろんなタイミングで今の時代はすごく変化が速いというふうに言われてるらしいですよね。それはなんかこう、今の若いやつはけしからんみたいなことも一部書かれているらしいですけれども。

ただその変化の加速度がものすごく速くなったと。これは技術的にも証明されているんですけれども、今もうデジタルの時代になって、ネットワークの時代になると、チップの性能のスピードに社会の変化が連動してるんですよね。

進化のスピードっていうのは高まっているわけですから。僕の感覚で言うと、ここ5年ぐらいで、もう人間の処理能力を超えてしまったんじゃないかというふうに思っています。

予測不可能な時代に必要なのは、変化への適応力

5年ぐらい前だと5年後、10年後予測する人っていましたよね。予測本が出たり。今そんな本、どこからも出ないですよね。もう予測できないということなんだと思います。

もちろん人口の予測とか、いくつかあると思うんですけれども。世の中がどう変わるのか、人の価値感がどうなるのかなんてことを予測する人は、もうほぼいない。いたとしたら、その人はあやしい人だと思ったほうがいいくらい、もう予測できなくなったのかなと思います。

こういう時代には何が必要なのかということなんですけれども、僕なりに考えるのは、予測ができないからこそ、変化があった時にどれだけ早く変化に対応できるか。これしかないんじゃないかなと思います。

変わらないことを美徳とする時代は終った

ただ日本の人は変化が嫌いな人が多いんですよね。とにかく、朝言ったことを夜変える、あの人はコロコロ言うことが変わるみたいな。日本にあることわざでも、変わることを悪く言う言葉が山ほどあるんですよね。

世界を見ると、変わらないことを悪く言うことわざがいっぱいあるんですよ。これがどういうことかというと、日本だけ変われなかったということですよね。たまたま。

それは島国だったということもありますし、幸い日本人は勤勉で、いろんなことをまじめにやってくる中で、ここまでこれたと。なので、国の歴史がちゃんと残っていて、文化も残っていると。

非常に良いことではあるんですが、今、世界標準というところからすると、明らかに真逆を行っている。これが現状なのかなと思います。

僕があえて言いたいのは、今までは変化しないことが美徳でしたが、これからは変化しないと本当に生き残れない。逆に「変化=美徳」と考えるような生き方に180度転換しないと、やっぱりなかなか厳しいのかなと。

例えば天気もそうですよね。朝晴れて、昼に雨降った時に傘ささないでいきがってもしょうがなくて、やっぱり雨が降ったら傘をさすように世の中が変わったら、対応するというのが非常に重要かなと。

変化しない生物が生き残った歴史はない

逆に、変化を強みに変えるということくらいやらないと。特に変化の速いアジア。スピードの速いアジアでは生き残れないのかなという感覚を持っています。

これはもう生物学を学んでいると、よくわかると思うんですよ。人間社会というのもなんだかんだ始まってからそんなに経っていません。ただ、生物が生まれてからの歴史を振り返ると逆に言うと、強いとか賢いものが生き残り続けたためしがないわけなんですよね。

生き残ってるのは、唯一変わったものだけということなんです。なので、ダイバーシティが必要だと言われているわけですけれども。

今という変化が速い時代において生き残るのは、やはり変化に対応できたものだけというのは、もう歴史が証明しているので、これはもう疑いようのない事実だと思うんですよね。

もちろん人間の人生ということが、例えば人生が100年続く中で、100年間変わり続けて、その人が幸せになるかどうかわからないんですけれども。長い生物の歴史においては、結果的に変わらないと生き残れない。人間という種も変わらなければ、人間の種はなくなるというのが事実かなというふうに思っています

目標を立てる人と実行する人が違う会社にイノベーションは起こらない

そのような中で会社のマネージメントに関して言うと、いろんなところでしゃべっているんですが「事業計画というものをやめました」という発言をしています。実際には事業計画は作っていたんですが、こっそり作ったということですね。

大体多くの会社では、管理部門の方が売り上げ目標30パーセントアップとか、30まではいかないですかね、10パーセントとかですかね。10パーセント作るために、各事業本部はこのぐらい売り上げあげてください、みたいな。それをもとに、営業が「気合いを入れて売ったるぞ!」みたいな、そういうのが一般的な日本企業なのかなとは思うんですけど。

その後何が起こるかというと、売らなくていいものを一生懸命売り始める、というですよね。メーカーで言うと、売り上げ目標を立てるために、中途半端な商品を売り始めなきゃいけない。そういうことになると思うんですよ。

ただこれが、世の中全く変わらない世界であれば、そのままそれをやり続けても、10パーセント成長くらいはもしかしたらいくかもしれない。

価値観が変わるとか、ブランドが変わるとか、今までの方程式が成り立たないとか、そういう時代においては、やはり中途半端なことをやってしまうと、その次に続かない場合がすごく多いのかな、ということを実感しています

また、今の大きな会社って目標立てる人と実行する人が違う場合が多いんですよね。そうすると、実行する人っていうのは「なんでやらされてるかわかんないんだけど、とりあえずやってます」みたいなことになってしまうので、やっぱり本当にイノベーションを起こすのは、正直難しいのかなというふうに思ってます。

事業計画を説明するコストを減らした

なので、僕は計画を立てていたんですが、あえて強要しなかったんですよね。それはなぜならば、計画通りやることが正しいと思う人になってしまったら勝てない、と思うのが1つと、もう1つは計画を一度強要すると、計画を変えるのにものすごく手間がかかるんですよね。なぜ変えるのかということをちゃんと説明しなければいけないと。

昔はそういう計画を立てて、全社に説明してたりしてたんですけれども、それが毎月変わったりするようになると、だんだん雲行きが怪しくなってきて、「こういう会社にはいられないから辞めます」みたいな、そういうことになったので。

計画を共有しなくなると、みんな急に明るくなったんですよね。なんかガンガン変えたらみんな楽しそうに仕事している、ということでよかったなあという(笑)。

そんなことで本当になかなか人間変わらなくて、本当は変わらなきゃいけないんだけど、変わることが悪いということに子どもの頃から教えられていると、やっぱり変わっていると気持ち悪くなっちゃうっていう。

これは本当に日本が、これから教育問題も含めて変わっていかなければいけない大きな課題かなと思ってます。

定例会議が仕事だと思っている管理職はいらない

あとやったのは、定例会議をなくすということですね。定例会の何が悪いかというと、僕の本にも書いてあるんですけれども、週間の定例だと1週間1回しかものが決まらないということですね。

それはスピードが非常に遅くて、決めなきゃいけないことというのは、その瞬間決めなきゃいけないと。別に会議の時間関係なく、その日のうちに決めなきゃいけないことって結構多いと思うんですよね。なので、定例会をやめたということが1つと。

あとは、それで何がいいかというと、定例会議が仕事だと思っている管理職が、仕事がなくなるんですよね。

やっぱり管理職の仕事っていうのは、管理するのが仕事なのではなくて、ビジョンを示したりとか、結果にコミットしたりとか、何か新しいイノベーションをリードしたりとか、そういうものをやらないとあんまり意味がないと思うんですよね。

実は、今の管理職の仕事っていうのは、パソコンでもできるような仕事なのかなと思ってまして、本当にやらなきゃいけないのは、僕らができない領域ですよね。特にヒット商品を作るような仕事っていうのは、誰かやっぱりリーダーがやらないと会社が潰れちゃうと思っていて。

なるべくそういうところに集中できるように、定例会議をやめることによって、定例会議を出ることが仕事だと思っているマネージャーが仕事がなくなった、ということが1つと。

また、さらに法務とか財務とかで、ルールに必要ないことに細かい人いますよね。そういう人も出番がなくなってしまって辞めざるを得なくなるということで、仕事のスピードが速くなる、かつコストが下がって、利益率が上がったと非常にいいことが起こりました。

情報共有は派閥の温床になる

あともう1つ、情報共有をやめたということがありますね。情報共有をやると何が起こるかというと、他の部署が気になってしょうがなくなるんですよ。これは大企業であればあるほど、社内競争が非常に激しいと。

別にいいプロダクトを出すことが大事じゃなくて、やっぱり同期の中で誰が出世するのかが結構重要になってたりする会社が多いんですよね。そうすると、我々としても業績がいいと、「お前、俺達も頑張らないとどうなるかわかんないぞ」みたいな、そういう話になるので、派閥の温床にもなる情報共有をやめました。 

何があるかっていうと、自分の仕事に集中できるんですよね。他の部署のこと一切関係なくなるということで、定例会議をやめて、情報共有をやめると、これ無駄な人がいなくなって仕事に集中できる環境が作れるので、結果的に仕事のスピードが速くなると。

制作協力:VoXT