プロ棋士VSコンピュータソフト、3勝2敗で人間の勝ち越し

司会:将棋について、あるいは人工知能についてということで、それを語っていただくにふさわしい豪華な面々をパネラーにお迎えいたしました。早速本題にいく前に、まず森内先生。

森内俊之氏(以下、森内):こんにちは。

司会:よろしくお願いいたします。

森内:よろしくお願いします。

司会:ニコニコ超会議に来られたことはありますか?

森内:今日初めて来たんですけども、すごい熱気で圧倒されています。

司会:ものすごい熱気ですよね。普段の対局場のように、水が一滴落ちるだけでも聞こえるような静ひつとした空間とは全く正反対の会場ですけども、いかがですか? こちらの会場に来られて、まず率直なご感想は?

森内:いや、今日来るときに、うっかりして一般入場口から入ろうとして。

司会:そうなんですか。それはまた事件ですね。

森内:全然たどりつかないんで、どれだけ人がいらっしゃるのかなと思って、それだけですごいなと。

司会:ご家族でいらっしゃったと伺ったんですけれども、お父さんが気がついたら顔にペイントされているという姿を、お子さんにも見られてしまう。これはいかがですか?

森内:びっくりするかもしれませんね。

司会:そんな森内九段にもたっぷりと語っていただきたいと思いますけれども、よろしくお願いいたします。まずはお集まりの皆さん、ご存じかとは思いますけれども、先日まで将棋のプロ棋士とそれからコンピュータソフトの5対5の対抗戦、電王戦が行われておりました。

今年が5対5の形式になりまして3年目、そしてファイナルと銘打たれて3月から4月にかけて毎週土曜日に行われていたわけです。今回初めてプロ棋士派が3勝2敗と勝ち越しました。

まず今回は電王戦ファイナルを簡単に、皆さんと振り返ってまいりたいというふうに思うんですが、どこからいきましょうか? まずは3勝2敗、プロ棋士が勝ち越しました。

この電王戦ファイナルのプロモーションビデオでは、森内先生は「今回は強いメンバーである」と。「今回こそは人間が勝ち越すんではないか?」とおっしゃっていましたが、そのとおりになりました。今回の3勝2敗という結果についてはどういうふうにお感じになっていますか?

森内:今まで団体戦が2回あって、2回とも人間が1勝しかできずに負けていたんですけども、今回はプロ側も強いメンバーをそろえてきましたし、準備にすごく時間をかけて、そういう対策もしていたみたいなので、結果を出してくれるんじゃないかな? と思って見ていました。

司会:そうですね。今、モニターのほうにも出ております。第1局、第2局人間が勝ちまして、3局、4局とコンピュータが盛り返し、そして第5局、ちょっと物議を醸しました。いろんなニュースにも取り上げられる形になりました。何と21手でコンピュータサイド、AWAKEが投了にて人間側が3勝目という形になったわけですけれども。

開発者にとって電王戦は晴れの舞台

司会:平岡さんがコンピュータソフト、強い将棋ソフトを開発しているというのはお仲間もいろいろご存じだと思うんですけれども、今回の電王戦についてはどんなことを言われましたか? 終わった後は。

平岡拓也氏(以下、平岡):終わった後は「残念だったね」と言われることはありますけど、でもああいう場で指せるコンピュータの開発者として携われたというのは一生に一度あるかないかのようなことですし、非常におもしろい体験ができてよかったというのが感想ですね。

司会:やっぱり3年目、団体戦になりますけれども、コンピュータソフトの開発者の皆さんにとっては、やっぱり電王戦というのは晴れの舞台と見てよろしいんでしょうか?

平岡:そうですね。それはそうだと思います。

司会:最後の総まとめの会見でも申し上げたんですけども、やっぱり対局発表のニコファーレでの会見の、平岡さんの仁王立ちはトータルで1番格好よかったです。ついに出られた平岡さんのあの仁王立ちというのは、僕いまだに忘れてないんですけれども。

対局の結果そのものは残念でしたけれども、貸し出しですとかそういったものにいろいろ思うところはあるというのは電王戦の最後の記者会見でもおっしゃっていました。結果的にはプロ棋士に今回初めて負け越す形になりました。これについてはいかがですか?

平岡:負け越した責任として、やっぱり1敗したのは私のソフトですし、責任はちょっと感じました。でも、負け越すこともあるだろうとはちょっと思っていたので、予想外ということはなかったです。展開としては予想外なことばかりでしたけども、結果としてこういうことは十分起こり得るだろうということでした。

コンピュータが「人知を超えた存在」から、より身近な存在になってきている

司会:瀬名さんは、今回のファイナルはどんなふうにごらんになりましたか?

瀬名秀明氏(以下、瀬名):僕自身は将棋は本当に素人でして、細かいところまではわからないんですけども、後で生ではないんですが、その後拝見しました。それで非常にいろんな人間とコンピュータとの戦いのあり方が、5局通じて何か出ている感じがすごくあって、今までの中では僕は1番おもしろく拝見しました。

司会:SF作家としては年々いろんな人間とコンピュータの立ち位置が変わってくる中でどのあたりが1番ぐっと来る部分だったり、あるいは電王手くんが電王手さんになったりとか、ああいった部分を含めてどうですか?

瀬名:僕は最初、ガルリ・カスパロフさん(注:元チェス世界チャンピオン)がディープ・ブルー(注:チェス専用スーパーコンピュータ)と対戦した頃から、人工知能とかロボットのノンフィクションを書かせていただくようになったんですけど。

あの頃はまだコンピュータが人間と違った知能を発揮して何か恐ろしい手、人知を超えたものを出してくるんじゃないか? みたいなことが言われていたんですけども、今はむしろロボコンとかああいうのとちょっと雰囲気が似てきて、開発者と棋士の人たちとのチームの対戦みたいな、そういうような感じになってきているような気がします。

一方では、だから例えば『2001年宇宙の旅』のHAL9000が人知を超えたチェスを人間とやりますけども、ああいう雰囲気は少し薄れてきて、もっと身近な対戦になったのかなというふうにも思いますね。

司会:距離感の縮まりというのは年々感じますよね?

瀬名:そうですね。

コンピュータ将棋はトッププロにとっても無視できない存在に

司会:第2回の5対5になってからは初めての一昨年の電王戦だったんですけれども、あのときのプロモーションビデオでも「得体の知れないものと暗闇の中で切り合う」というセリフがあるんですけども。森内先生、プロ棋士にとって一昨年の段階というのは、コンピュータとガチンコ勝負でやる団体戦という感覚だったんですか?

森内:やはり初期のころは棋士側にもコンピュータに対する理解というのが余りできていなかったですし、そういう意味では回を重ねるごとに、少しずつ特徴をつかんでいって今があるのかな? という気はしていますね。

司会:森内九段にとっても年々やっぱりコンピュータとの自分との立ち位置ですとかは変わってきましたか?

森内:プロ棋士にとってコンピュータの存在というのは、もうなくてはならないものになりましたし、実際にプロ棋士においても大きな影響を与えていますので、無視できないというか、コンピュータを活用していかに活躍していくか、そういう時代になっているんだなということは思いますね。

司会:そこはもう年齢関係なく、やはり森内九段ほどのトッププロであってももうコンピュータの影響というのは無視できない部分も……。

森内:はい、それは間違いないと思います。

電王戦は「人間とコンピュータの付き合いかた」を考える契機に

司会:山川さんは今回のファイナルはどういうふうにご覧になりましたか?

山川宏氏(以下、山川):私は、立場的には人工知能の研究者なんですけれども、長年人工知能はなかなか追いつけなかったんですが、先ほど暗闇の中でという話がありましたけれども、やっぱり人工知能は手を読むということがすごい得意なわけです。ですから、あまり気の利いた読み方はできない。

プロ棋士の方はコンピュータに比べると読む範囲が全然狭いんですけれども、同じぐらい戦えるということで、直感的に選べるというところにすごい優れていて、やはりその辺の違いがありつつ戦っているというところが電王戦のおもしろいところではないかなというふうにずっと思っていました。

司会:やっぱり興味深い分野なわけですよね。

山川:そうですね。

司会:川上会長も電王戦ファイナルの最終局後の会見で、興業としては大成功であったというふうに振り返っていらっしゃいましたが、改めてファイナル、今少し時間をおいて振り返るといかがですか?

川上量生氏(以下、川上):本当やっぱりドラマでしたよね。よくネットとかを見ると、何か人間対コンピュータということで、ドワンゴがあおったために電王戦がこんなに大変なことになってしまったということで、よく非難とかされているんですけども。

でも、僕らは別に盛り上げようと思って人間対コンピュータでやっているわけじゃなくて、多分人間とコンピュータがどう付き合うのか? これから人間の1人1人が直面する問題なんですよ。

だから勝った負けたということじゃなくて、そのコンピュータとは一体何なのか? そういう問題提起が今回のファイナルは1番出たんじゃないかというふうに思っています。それは本当によかったと思いますね。

司会:大きなテーマの中でそういった違いというのが1番浮き彫りになったのが今回のファイナルであるということですね。

川上:そうです。

永瀬六段の「2七角成らず」について

司会:このファイナルについて、またちょっとお話ししたいんですけども、いろいろ物議を醸す、大きく話題に取り上げられた対局がいくつかありました。例えば第2局の2七角成らず、これをコンピュータが判別できずに王手放棄で敗戦という形になりました。これについては森内九段に伺いましょうか? どうですか? 永瀬六段の選択については。

森内:最後反則ということで決着はついたんですけども、実は永瀬さんだけ取り上げられるんですけど、序盤でも永瀬さんのほうで角王になる、ならないという選択がありまして、そのときはちゃんと角王になって対局継続しているんですね。

そういうところから考えると、永瀬さんは勝敗だけではなくて、その内容というものを重視してやってきたということがよく伝わってくるんじゃないかなと思います。

最後は実際に反則勝ちになるかどうかというのは、本人もわからなかったと思うんですけども、局面自体勝ちでしたので、どちらをやっていても勝っていただろうなということは言えるかなと思います。

司会:私の将棋好きの知り合いに「逆に2七角成りで勝つんだったら、そこからやってきっちり勝ち切ってほしかった」ということも言われたんですけども、それについてはいかがですか?

森内:そういう意見もあると思いますけどね。どうして成らずにしたのかはわからないですけども、それも1つの問題提起になったんではないかなというふうに思いますね。

司会:第5局ともかかわるんですけれども、ルールの中で勝つ確率が1番高い方策をとった2七角成らず、あるいは2八角を打たせる戦法、このあたりについての選択という部分では、森内九段個人的にはどういうふうにご覧になっていますか?

森内:これはプロ棋士個人個人の考え方ですので、いろいろあるとは思うんですけども、やはり団体戦でやっていて2勝2敗で自分のところに回ってきたら、やはり負けたら大変なことになりますんで、そういうことを考えるとやはり勝ち目の高い選択をするというのが自然なことなんではないかなというふうに思いますけども。

司会:最終局の解説をご担当されていて、私が非常に印象深かったのが2八角1回打たないでスルーしてほっとされていて、その後実際に打ってちょっとがっかりされていたようなリアクションだったんですけれども、あのあたりちょっと偽らざる思いと申しましょうか、どうだったんでしょうか?

森内:対局の解説者としては続いていて熱戦になればいいなという思いはありますけども、それは対局するプロ棋士もプログラマーの方もそれぞれ思いを抱えてやっていますので、その中でああいうことになってしまったんで、それはそれで受け入れるしかないかなというふうに思いますね。

内容と勝負の両方に勝つのが、年々難しくなってきている

司会:なるほど。あと例えばプロスポーツの世界ですと、もう何年も何十年もたつと結果だけが残って、その試合がどんな内容だったかというのは結構忘れ去られてしまうんですけれども、将棋というのはファンの皆さんも本当によく内容まで含めて覚えていらっしゃって。

ですので、3勝2敗でプロ棋士が勝ったという結果とともに、第2局はああいうことがあった、第5局はああいうちょっといろんな物議を醸す勝ち方をしたというのも伴って、記憶に残っていくと思うんですけれども、そのあたりいかがですか?

森内:内容で勝って、勝負でも勝てれば1番いいんだと思うんですけど、コンピュータも本当に今レベルが上がっていて、力を出させた上で勝つということが年々難しくなってきていると思うので、その中でどうしていくかということだと思うんですけどね。

ただ阿久津さん(阿久津主税氏)の指した戦法は、ハメ手という表現もあったんですけど、ちょっと思考というかそういう感じは受けましたけども、別に歩いてやっているわけではないので、それで相手が間違えてしまったら仕方がないのかなというところはありますね。

司会:いろいろ伺っていくと2八角打ってこない可能性も十分にあったし、そうなった場合も含めていろいろ対策を考えていらっしゃったというふうに聞きましたけれども……。

森内:実際、その後の永瀬さんとのエキシビジョンマッチでも悪くないということは証明されていますんで、そういう意味では練られた作戦だったのかなと思います。

最善を尽くしておもしろくなるルールを作りたい

司会:改めて平岡さんは第5局はどんなふうにお感じになったんですか?

平岡:やっぱり残念でしたね。1番素直な感想としては残念で、もっとおもしろい将棋の内容が見たかったんです。それはそうなんですけど、だからといって勝つための最善を尽くしたというのは、阿久津さんの批判も覚悟でやったというのはすごく伝わりましたし、それはそれで批判するのも阿久津さんに悪いような気もします。

難しいところなんですけど、やっぱり阿久津さん自身もやるかやらないかの葛藤がすごくあったとおっしゃっていまして、そういう葛藤を生むルールがつらいなと思いましたね。

やっぱり最善を尽くすのが当然で、最善を尽くした結果おもしろくなるようなルールを真剣につくっていけたら、より電王戦をおもしろく見られたのでは? とか、今後もあるなら見られるんじゃないかと思います。

そこのルールづくりというのは本当に対局者並みに真剣に考えてつくるべきところで、すごいいろんな立場の人から意見を聞いて決めていけたらなと思っていますね。

制作協力:VoXT