編集者は実は何も生み出さない

佐渡島庸平氏:今日は最後ということですけれども、編集という仕事がどんな仕事かというのを、30分でどういうふうにして伝えようかなって考えてきました。でも今日、僕は編集というのがどういうことかよりも、今、僕がどんな気持ちで仕事しているか、どういうワクワク感で仕事をしているのかということをお伝えして、皆さんにもそのワクワク感を一緒に持ってもらって、それで一緒に皆さんも仕事とかに向かって、大学生はそういう仕事をしたいなというふうに思ってもらえるような話をしようかと考えています。

編集者って何するのと。編集者って、実は何も生み出さないというか、真ん中にいて、作家の人に原稿を書いてくださいっていうふうに頼んだりだとか、デザイナーの人に頼んだりだとか、いろんな人にやってくださいということを頼んで回るという仕事で、自分たちでは何も生み出さないんですね。

じゃあ、作家の人たちを説得するときに何かつくるのかというと、何もつくらない。ただただしゃべるだけでいろんなことを説明して、作家の人に「ああ、それだったら、これ書いてみよう」とか「こういう作品をつくってみよう」というふうに思ってもらったり、デザイナーの人にも「こういうことをやってみよう」というふうに思ってもらう、そういう仕事なんですね。

コルクという社名の由来

編集者にとって、やっぱり一番重要なのは、いろんなことに興味を持って、いろんなところに行って、それでいろんな人を知り、いろんな企画を考えることなんです。今日、僕がトリなのは、別に何か僕が特別な話をするということではなく、実は今日、朝の5時半に起きて、高野山でお坊さんたちがお経をあげるのを6時からずっと見ていたんですね。

それは今、尊敬している小説家の人が空海に興味があるというふうに言っていて、じゃあ、僕も空海を調べるかと思って高野山に行って、お経を聞いてきた。それで戻ってくるのがギリギリになるから、今日この時間に設定してもらって、僕が最後だったという感じなんです。

そんなふうに何かに興味があると、ずっと調べに行って、いろんなものを情報としてためといて、人とその企画を結びつけて、それで作品というのを生み出していく。でも自分自身では何か手を動かさないというのが僕の仕事なんです。

僕は10年間、講談社という出版社で漫画の編集部にいました。それで漫画の編集部を辞めて、そういうエージェント会社というのをつくりました。エージェント会社をつくる目的って何だったのか。

コルクという社名、なんで作家のエージェント会社がそんな社名なのかというと、もしもワインを後世に残し、世界中に運ぼうと思うとしたら、良質なコルクで栓をする必要があります。

それと同じようにもしも作家の人が作品を生み出し、それを世界中に運び、後世に残そう。そんなふうに思ったら、コルクという会社が関わったほうがいい、そんなふうに思ってもらいたいんだと思って名づけた社名です。

日本の作品は世界でほとんど読まれていない

僕が講談社を辞めるときに抱えていた問題意識というのは、日本の作品って「すごくおもしろい」ってみんな言うけど、実は世界ではほとんど読まれてない。しっかり世界に持っていきたいという気持ちと、さらに今ヒットしている作品がバーッと熱せられて話題になることはあるけれども、50年後、100年後に作品が残っていることって、なかなかないから、しっかり残るような形でやっていきたいな、そういうふうに思ってつくった会社なんです。

でも同時に講談社という、すごく立派な会社で働きやすい会社だったんですけれども、その中にいながら、何となく僕がフワフワと思っていたことがあります。それってなんだったのか。

僕は中学時代、南アフリカ共和国というところで生活していました。父親の仕事の関係で家族でそこに住んでいたんです。それで住んでいたとき、ちょうどアパルトヘイトが終わって、マンデラが大統領になるまでの時期に住んでいました。

多分、日本でいうと明治維新みたいな時期、国が大きく変わろうとしている歴史的なときにいました。例えば明治維新でいうと江戸城無血開城みたいな日が特別な日で、最近で言うと1945年の8月15日、終戦みたいな日が特別な日だと思うんです。南アフリカにとっては、マンデラの大統領選挙というのがすごく特別な日だったと思うんです。

歴史の転換期を感じることができなかった幼少期

その日、僕は南アフリカにいました。そして、すごくその日が特別な日なんじゃないかなというふうに予想していたんです。南アフリカという国の空気がいつもと違うんじゃないか、そんなふうに思っていたんです。

でも、朝起きて夜寝て、昨日と同じような日で、なにひとつ特別な感じはなかったんです。ただただ、テレビがずっと選挙のことをやっていただけ。でも日本人はもともとテレビはそんなに、僕も英語もその時期にはそんなにわかんなかったので、見たりは全然しない。

だから、歴史が変わろうとしているときに、全然その歴史が変わるということを体感できなかったんです。なにか歴史の教科書みたいなのを読んでいると、歴史が変わる日、歴史が変わったタイミングって、すごく大きな変化が起きているような気がする。そういうふうに感じます。小説を読んでいると、そういうなにか時代が渦巻いているというのを感じて、それで走り出すんじゃないか、そんなふうに思っていたわけです。

でも思い出してみると、吹いている風は、かすかな風なんです。大きく国が変わろう、時代が変わろうとしていても、吹いている風はかすかな風。そのかすかな風を、講談社という会社の中で守られて仕事をしていたら、感じられないんじゃないか。その風を感じてみたい。なんとなく今って、その時代が変わろうとしている境目なんじゃないか。そんな気が、講談社の最後の1年間ぐらいでしていたんです。

今は100年に一度どころじゃない変化のタイミング

僕が中学、高校、大学のときに感じていたこと、すごく退屈だなと思っていました。それで小説とか読みながら、自分は生まれてきたタイミングが悪かったなというふうにすごく何度も考えていました。

戦国時代だったり、明治維新の時代だったりとか、終戦直後だったり、まだもしかしたら全共闘の時代だったりとかでもあれば、なにか時代に参加しているという感じを味わえたかもしれない。自分が頑張れば時代を変えれるかもしれない。そんな時代に生まれたかもしれない。

でも自分はすごく時代の変化と無縁の時代に生まれてしまって、ただただ一生懸命、勉強して、ただただ前へと進み、それで終わっていく。時代と時代の変化の端境期に生まれた世代なんだなって、そんなふうに思っていたわけです。

でも今、僕はこのタイミングに、自分がある程度の経験を持って出版社を辞めてベンチャーをやれるということに、むちゃくちゃワクワクしています。今ってもう100年に一度どころじゃない、むちゃくちゃ大きな変化のタイミングで、この5年とか10年って最高に楽しい時代。戦後の焼け野原から日本をつくったみたいな、もう1回、なにかをつくりあげられる、そんな時代じゃないかなというふうに感じているんです。

転換の最大の要因は「スマホ」

じゃあ、本当にそんなふうに時代が変わっているのと、みんな思うかもしれないし、もしかしたら今日のこういうふうなイベントに来ている人は、そんなのとっくに知っているって思うかもしれないです。

でもやっぱりそこまで時代を変えているのはテクノロジーの力であり、インターネットの力であり、そして僕はスマホだと思っているんです。今、すごい勢いで技術革新が起こっていますけれども、それがスマホというものによって一気に起こされている。

このスマホって、電話の延長線上のような言い方もするし、電話屋さんで売られているので電話のように感じるけれども、これは僕は『宇宙兄弟』という作品をやっているから、宇宙を例えにすると、まるで宇宙で事故にあって地球に帰ってきたときのアポロ13に載っかっているようなパソコンを、それぞれひとりが手元に常に持ちながら生きている、みたいな時代なんです。この時代にどんなことができるのか。それって、まだ誰も全然気づいていないんですね。

それで、そういう時代の変化というのを講談社を辞めたときに僕が気づいていたかというと実は気づいてなくて、ある種、フリーになり自分で会社をやるようになり、無防備な状態になって、それで僕は山のように人に会いました。

2年間で5000~6000人くらいの人に会って、いろんな話を聞いたんです。それで、さらに今、自分がやっている漫画とかでいろんな取材をしていく中で、ああ、これはとてつもなくワクワクする、変わろうとしている時代だというふうに思ったんです。

「投資」の漫画を書くときにまず調べたのはお金の歴史

今日お配りした『インベスターZ』という雑誌。これはどんな話かというと、お金の話なんです。投資についての話。『ドラゴン桜』という作品を三田紀房さんと僕がやりました。『ドラゴン桜』というのは東大受験をする勉強の話です。

これの勉強法は、初めの1巻から4巻は、僕が東大を受けるときにやっていた実際の勉強法だったんです。でもその勉強法が尽きてしまって、いろんなところを取材しに行って、これは自分が受験生のときに知っておきたかったなという情報を入れる漫画へと変えていったんです。

そんなふうに僕が取材して三田さんに伝えて、三田さんが漫画としておもしろくするというふうなコンビでやっていました。それで三田さんともう1回、新しくなにかやろうというときに、今度は、じゃあ投資について考えてみよう、お金について考えてみようというふうにして作ったのが『インベスターZ』です。

『インベスターZ』の取材を始めてみて、すごくおもしろかったんです。投資の話だから、せっかくだから株とかかなと思って、そういう専門家に会いに行ったんです。でも、三田さんが、いや、いきなり株とかじゃ、話が飛びすぎていておもしろくないと。

漫画だから、お金の歴史から始めようというふうにいうわけです。わかりましたというふうに言って、お金の歴史を僕、調べに行ったわけです。そうすると、お金の歴史、だれがお金をつくったのか、いつお金が生まれたのかということを調べ出すと、意外とわかんないんです。

それでだいたい準備ができて、5500年ぐらいお金がない物々交換の時代があって、この4500年ぐらいがお金がある時間だというふうに思われています。お金って何なんだろうということを『インベスターZ』をやりながら考えるようになったんですね。

お金っていうのは文明が発達して、お金が必要だというふうになってお金が生まれてくるものだ、そんなふうに僕は思っていたわけです。でも調べてみたら逆なんです。お金が生まれてから文明が発達する。お金の進化と共に文明というのはどんどんどんどん発達しているんですね。

物々交換の時代は狭い範囲としかコミュニケーションがとれなかった

物々交換の世界というのをイメージしてみてください。物々交換のときって、人と人が何か交換をしようと思う場合、しゃべれないとなかなか交換できないです。誰かが持っている食べ物と別の人が持っている食べ物、その2つが同じ価値なのか、例えば片方が腐っているかもしれない。それがわからないから、信用できている人としかコミュニケーションが取れないんです。物々交換の時代というのは、村の中でしかコミュニケーションが取れない。

それが何らかの単位を使って、例えば小麦だったり、貝だとかみたいなものがお金的に使われるようになって、近くの村とコミュニケーションが取れるようになった。小麦だったら、これと交換しようというふうになって、周りとちょっとだけコミュニケーションが取れるようになった。

次に硬貨が生まれる。硬貨、コインが生まれて、より遠くとコミュニケーションが取れるようになった。そして紙幣が生まれて、もっと軽く運べるようになり、もっと遠くとコミュニケーションが取れるようになった。

それで1600年ぐらいになって株式会社が生まれて、大航海時代がきて、さらにもっと遠くとコミュニケーションが取れるようになった。1900年代になって金融が生まれて、どんどん文明は発達していく。このお金の発達と共に、文明の発達というのはどんどん加速していくわけです。

コルクが目指すのは出版産業のイノベーション

それで今、インターネットの中で何が起きているのか。まず例えばポイントみたいなものでみんな生活しようと思えばできるようになってきている。これはお金が仮想通貨というものへと変わろうとしている。

お金の状態というのが今、もう一個、変わろうとしているわけです。だから、文明というものが、ただスマートフォンとかテクノロジーが伸びていくということだけじゃなく、お金という観点からも、もう一個、何か違うものへと変わろうとしているタイミングな気がしているんです。

それで僕はコルクという会社をつくって、作家の人と一緒に新しい漫画を生み出して、漫画家の人たち、小説家の人たちが作品づくりに集中できるような仕組みをつくりたいなというふうに思っているわけです。

講談社のときは作家の人と打ち合わせをして、どんな作品をつくろう、どうやったらおもしろくなるかなということを延々とずっとしゃべっていました。だから例えば小山宙哉という作家さんが、『ジジジイ-GGG-』という泥棒の漫画をつくった後、次、何をつくるといいかな。宇宙の話なんかいいかもしれないといって、小山さんと一緒にNASAに行って取材したり、そんなことをやっていたのが僕の仕事でした。

もちろん今も、そういう仕事は続けています。でも同時に、作家の人が暮らしていく産業、出版産業というものがどういうふうにして変わっていくんだろうということを考えるような仕事になってきているんです。