人間には「推測」する機能がある
青砥瑞人氏:情動と感情は、意味があるからこそみなさんに備わっているものなのです。その1つ目の役割は、「刺激を伝えるということ」です。「どういうものですか」というシグナリング。これをプロセッシングとも言いますが、情報を伝えるための1つめの役割です。
もう1つ重要な観点があります。「情動」「感情」というと、その時々の刹那的なイメージがあるかもしれないですが、ちゃんと「情動記憶」「感情記憶」として「記憶化」されます。記憶として定着されるのです。
ではどうして記憶化されるのかというと、僕が……(深く息を吸い込む)。こうやって、何かをやろうとしたら、「また『わーっ!』って言うのでは?」と予測できますよね。
(会場笑)
それが重要なのです。まさに今、「怖いから力溜めないでよ」となったように、「推測」させることが重要な役割。人間は意識的にせよ無意識的にせよ、「推測する」という機能が過去の学習から脳内に定着しています。この「感情記憶」で、刺激への反応速度や生存確率を高めていきます。
あるいはよく「直感」と言いますが、この「感」は「感情」のことで、うまく言語化できないのですが「なんとなくそうだよね」と感じるようなことがありますよね?
「言語化できない」というのは、重要なことなのです。神経科学者は、言語的な領域や非言語的な領域を分けて、記憶システムを説明するのですが、全部が全部言語で説明できるかというと、そんなわけはない。脳は非言語的な処理もたくさん行っていて、それを「なんとなく」シグナリングしてくる。だから、「なんとなく」感じているのです。ですから、良い学習プロセスを回している人は、直感に従うと(ある選択における)正答の確率が高くなると話です。
このような役割が情動あるいは感情には備わっている。だから、感情というものはとても重要なのです。感情がみなさんの思考を停止させたり、あるいは行動に悪影響を及ぼしたりすることもありますが、みなさんの感情というものは、脳内に備わった素敵な機能です。「感情的になるな」と、感情を排除するのではなく、「どうすれば感情と友達になれるのかな?」ということを追求したいと思っているのです。
行動を誘発するシグナル
いよいよ今日のテーマ、「新」についてお話しします。だいぶ前置きが長くなりましたが、「新しいものが出てきた時に、どのように脳が反応し得るのか」ということを、メタ的に俯瞰的に、神経科学的な観点から解釈して、「こうなり得るだろうな」ということを説明していきます。
それを考えるにあたって、先ほどのTEBモデルを頭に置いておくと理解が早いと思います。
行動を誘発するには、思考的なシグナリングと感情的なシグナリングとがあります。意思決定する上で、感情的な情報と認知的思考的な部分、どちらもモニタリングして、それにともなって「意思決定する」「行動する」というメカニズムがあるので、このように「T」が「Thought」で「思考」、「E」が「Emotion」で「感情」、「B」が「Behavior」で「行動」を示しています。
「ポジティブ系」と「ネガティブ系」の、「思考」と「感情」と「行動」。これらを使い、「新しいものと出会った時にどういう仕組みが働いているのか」という説明をするので、このタグを頭の片隅に置いておいてください。
無意識的にネガティブな反応になる
新しいものと出会った時、まず多くの場合、情動的には、無意識的にネガティブな反応になりやすい。「これはなぜか」と考えていくと……。
今は、みなさん平和な国に生まれ育っているからよいのですが、太古の昔は周りが危険に満ち溢れていたのです。その頃から脳自体の構造は変わっていません。新しいものが現れた時、「もしかしたらそれは、自分の生命に危害を加え得る」と(予測する)システムが、脳には備わっている必要があったのです。これは脳の扁桃体と言われるところの回路で、ファスト回路と言われていますが、早い作動としてネガティブな情動が出やすくなっています。それが、そのままネガティブな情報を伝え続けていると、おそらくスローな方の回路によって、そのあと「行動しない」という方向になってしまうのです。
しかし、新しいものに出会ったとしても、「危険性がない」ことが判断できるような環境であれば、ポジティブな感情になり得るケースもあります。そうすると行動に直結しやすいので、感情の要素がとても重要なのです。
しかし世間では、行動できない人に対して、「とりあえず行動しなさい」と言う。もちろんとりあえず行動して、その後に成功体験を積ませるという文脈においてはいいのですが、多くの場合、失敗するケースが多いです。
そんな時に、ただ単に行動を誘発するだけだと、その行動をもうしなくなる。自分だけではできない状態になり得る。そうならないためには、いかに感情的なケアをしていくのかが重要になってきます。「行動だけを直す」という文脈だけでなく、「ネガティブな要素って何があり得るのかな?」と、この背景にある感情もしっかり考える。それはもしかしたら恐怖感情かもしれないし、あるいは不安感情かもしれない。いろいろな要素があるとは思います。
「失敗」したときの脳の反応
よくあり得るのが、この「ネガティブな情動」というのは、「漠然としたものに影響を及ぼしやすい」ものなのです。なんとなく「あれをやると、こういうミスがあるかもしれない」と脳がジャッジしてしまうことはけっこう多い。
よく「ゴールを明確にしなさい」と言うのは、「漠然としたもの」が、何であるかが明確になっていると、課題がちゃんと見えるので、「何をやったらいいのか」ということが分かるからです。しっかり可視化すると「あぁ、こんなものか」というふうにポジティブなほうに流れていくケースがあるからなのです。
新しいものは、何らかの挑戦や行動である思いますが、先ほども言ったように、新しいものというのは、多くの場合失敗します。最初からできることはなかなかない。
多くのケースで新しいこと……特に「海外に臨む」という文脈では、失敗の連続になり得ます。失敗すると、当然脳としてはネガティブな情動、「それは自分にとってあまり良いことではないよ」というシグナリングを出してくる。そして、実際にいろいろな体験をしていくと、それらに対する考えを持つようになります。それが思考と言われるものです。ネガティブな思考、例えば、「できない理由、言い訳を考える」など。そういった脳の作業がいろいろなところでぐるぐると回り、「どうせ自分なんて」……そう考えてしまう。
ですから、この「ネガティブな感情」が出ていて、これもまた違った(脳内)システムですが、「ネガティブな思考」が出ているような状態では、おそらくその行動はまったく継続されずに、「行動しない」という選択をする。
ネガティブにならないためのポイント
そこで、新たなことに挑戦して失敗した人に対して、「大丈夫、お前ならできる!」と行動を誘発することがあります。これはもちろん、ずっとサポートがつくような状況で行動を誘発していれば、継続させ得ることも可能ではありますが、脳の仕組みから言うと、これは学習機能としては健全ではない。もし可能ならば、ここでもしっかりと、感情の部分と思考の部分のどちらもポジティブな状態に持っていった上で、行動を考えるということが、新しいものに対して行動を回していく上では重要なモデルになります。
今出てきたいくつかのポイントを、もう1回全体像を振り返りながら見ていきたいと思います。
新しいものに出会った時に、ネガティブな情動が出てしまった。この太古からの反応により、なにか新しいことをやろうとしているけれど、ビクビクしている。けれど「命の危険がありますか?」というような問いを立ててみる。それが脳の機能なので、「これ今必要? 本当に?」という問いかけができるようになるだけで、変わってくると思うのです。
新しいものに対して、ネガティブな感情を持つのは生物学的に自然なことなのです。だから、それをきちんと受け入れて、「どういうアクションをしたらよいのか」、と考えるだけで、「ネガティブな情動に流されたまま行動しない」ということは防ぎ得るのではないかというのが1つ目のポイント。
新しいものにためらいがある時に、「行動だけはなんとかしよう」とする場合、立ち止まって、「今、自分はどう感じているのかな」と俯瞰的に考える。感情に対するケアも考えてアクションすることで、失敗しても行動を誘発する可能性が高まるのではないかな、と思います。
新しいことは大抵失敗し得るし、「ネガ反応するよ」ということもしっかり認識しておく。それがとても重要です。
失敗ということに対して「あぁ怒られる……」など、いろいろなことを頭が考えてしまっていないか、それにきちんと気づけるか? 行動しづらい場合、ネガティブな感情とネガティブな思考に支配されやすい状況や環境が多いと思うのです。
もしかしたら、良い社風や良い上司がいると、ここをうまくケアしてくれるかもしれません。最近Googleでも「安全安心、セーフティな状態を作るのが、生産性を高めるための1番のキーだった」という話があったと思いますが、例えばネガティブな感情をケアしたり、「どういうふうに思考をポジティブに持っていくのか」を考えたり、ということが重要です。
アインシュタインの言葉
アインシュタインも同じようなことを言っています。「1度も失敗したことがないという人は、新しい挑戦をしたことがない人だ」と。何かを学習するということは、新しいことをして失敗し学ぶということです。それは先ほど言ったような、「差分」なのです。差分は必ずしもポジティブなものだけではなくて、ネガティブな情動も発露する。そこから何かを学習する。だからしっかりとネガティブな情動を受け入れ、どう付き合い、感情と友達になっていくのか、それを考えることが大切です。
恐怖や不安、他者への怒りなどは、何かを学習する上では、どちらかというとネガティブな作用を起こしやすい。ただ、ネガティブな情動の中でも「自己への怒り」、つまり悔しさですね。そういう時は、コルチゾールとドーパミンとノルエピネフリンの3つが出ている状態で、これは集中力や注意力、記憶定着効率を高めるということも分かっています。
ただ、このネガティブな情動は、ストレスホルモンも出し得るので、ずっと出ているような状態は脳にとっては健全ではありません。それこそ脳の萎縮につながります。そういうことも分かっているので、そういったネガティブな情動、自己への怒りをずっと持っているような状態は、健全ではありません。ですが、うまく付き合っていけると、瞬間的にパフォーマンスを高めたりする上で効果的に働きます。
これは中村教授(注:青色LED開発で知られるノーベル物理学賞受賞者の中村修二氏)ですが、彼はずっと「怒りがすべてのモチベーションだ」と言っています(笑)。
(会場笑)
これも真です! 「的を射ているな」と思います。「怒り」というのは実際何か行動を起こすときには、非常に重要になります。これとどううまく付き合っていくのか。「怒り」のすべてが悪いわけではない。体に必要だから備わっている機能だということを認知して、どう付き合っていくかが肝心です。
やはり成長する人は、おそらくみなさんも体験されていると思いますが、「自分の失敗をいかにしっかり受け入れて、その差分を認識して埋め合わせていくのか」という行動を、意識的にせよ、あるいは無意識的にせよ、やっている人だと思います。
脳内に今まで蓄積された「記憶痕跡」というものがあるのですが、それと実際の現象との差分を埋め合わせるための学習。そういうシステムを回していく必要があるので、しっかりこの差分というものを意識することが、学習においてとても重要だと思います。