初めての塾経営で気づいた、個人指導塾の問題点
湯野川孝彦氏(以下、湯野川):すららネットの設立以前、私は女性専門のフィットネス事業の拡大に携わっていました。まだ日本にはなく、アメリカをはじめ世界で1,000店舗くらい展開していた急成長ベンチャーに注目し、テキサス州の本部やシカゴの店舗などを視察に行き、役員陣で「これは成功する」と確信して即座に交渉に入ったのです。
そのフィットネスは、今は他資本グループになっていますが、日本でゼロから事業拡大を始めて今や1,500〜1,600店舗を展開し、日本最大規模にまで成長したフィットネスチェーンを育てることになりました。
このように新規事業をつくって、育てるということが私の専門、得意分野でした。
2004年に、その会社で個別学習指導塾のフランチャイズ加盟店開発代行の支援をしたことが教育分野と関わりをもったきっかけでした。
その際に、「個別指導塾のフランチャイズ展開をする以上、自分たちでも経営をしてみないと実際のことがわからない」という話になり、一店舗加盟して運営を始めました。私としても初めての塾経営でしたが、任されてけっこううまくいったのです。
しかし、同時にうまくいかないこともあり、教育分野に対する関心が増しました。
なにがうまくいかなかったかというと、子どもたちの成績を上げることです。成績が上がる子はとても上がりますが、下がる子も出てきました。
その原因はオペレーションの仕方というよりは、個別指導塾の業態そのものの問題点にあると思いました。それならば、理想のeラーニングを開発すれば解決できるのではないかと考え、当時の勤務先のCEOに企画を提案し、実現させることになりました。そして、2005年に開発を始めて、2007年に完成しました。
新しいeラーニングは、子どもたちがより理解できるようになったということもあり、比較的順調でした。
しかし、会社が本業で傾いてしまい、最終的には民事再生で倒産してしまいました。倒産前に、私はMBOでその事業を個人的に買い取りました。つまり、企業内起業で立ち上げた事業を、自分で買い取って独立したというのが私のキャリアです。
「独立後は、思ったようにはうまくいかないでしょう」とよく言われるのですが、私の場合はほぼ思ったようにいきました。というのも、それまで散々新規事業の立ち上げに携わった経験があったのと、あらかじめ十分に考え抜いていたからです。
いかに生徒の行動習慣を変えるのか
今は、BtoBtoCのビジネスモデル、つまり学校と塾への販売が今の収益のメインですが、その一例が新島学園です。この学園は群馬県にある、新島襄(日本の宗教家、教育者。同志社大学を興した)にゆかりがあるところなのですが、そこで250台のパソコンに向かって生徒たちが一斉に学んでいます。
同時に学んでいながら、同一の授業ではなく学年もバラバラですし、科目もバラバラです。そして、すららのeラーニングは、後でくわしく説明しますが、一人ひとりの生徒に合うようにできており、同じところを学習していても生徒によって違う問題が出てくるのです。
生徒がeラーニングを使って学習している時、先生はタブレットで生徒の状況を全体的に把握したり、個別に細かく見たりしています。
このようにICTの使用により、たくさんの生徒が個別の学習を同時に行うということが実現しています。文部科学省が将来的にやろうとしていることを、ベンチャーが先に体現しているのです。
すららネットはベンチャーなので、他にもいろいろな最先端のことをやっていこうと思っています。
例えば、NTTドコモの人工知能である自然対話プラットフォームを使って、「AIサポーター」という機能を開発しました。ログインすると「ニャンロイド」というキャラクターが出てきて、学習ログに基づき、適切な励ましの声がけをしてくれるのです。
これは慶応大学と共同研究をしていて、3パターンの声かけのシナリオの中から、どれが一番学習行動を変えるのかといったことを研究しています。EdTechの世界は、今後、ビッグデータ解析で「いかに生徒の行動や行動習慣を変えるのか」という勝負になってくると思います。
“教育×ICT”は成長市場
湯野川:今、塾業界は、個別指導がブラックバイト問題などで叩かれていますが、すららを活用した塾ではアルバイト雇用は0人で、塾長1人で50人くらいの生徒を持つことができます。
(スライドを見て)学習はほとんどすららで進めていけるのでこういうことができます。非常に損益分岐点が低く、労務管理がいらない塾ということで、今、校舎数が伸びています。現在650ほどのこういった塾がありますが、このうちの半分程度が、ほぼすららだけで教えています。そしてさらに拡がっています。
2016年は、経済産業省の日本ベンチャー大賞という賞もいただきました。すららネットの他には、メルカリや医療ベンチャーのペプチドリームなどのベンチャーが受賞していました。
他に、教育再生実行会議に2015年から参加しています。私が参加した年期は第二次メンバーですが、二次メンバーのテーマは、それまでは学力が高い子たちを見ていたのを下の方に目を向け、発達障害や学習障害、不登校などに加え、経済的に問題がある家庭の子に注目し政策を議論しようというものでした。
今はいろいろなところにICTを活用しようとする動きがでています。教育産業にいる者として思うのですが、教育の個別化が今ますます要望されており、従来だとそれを少人数学級という形態で実現するのですが、あまりに少人数では予算がとてもかさみます。
そして、予算的な制約の中で「やっぱりICTの活用が必要不可欠」という結論に至るのです。すららネットは、このICTの活用を中心にやってきたので、この会議に招集されたと思っています。
文部科学省がICTの活用について声を大にして言っているので、これからの公教育はどんどんデジタル化が進みますし、民間教育も同様だと思います。ですから、成長市場だと言えます。
そして、教育界は今大きく変化しています。2014年頃はエドテックベンチャーが次々と誕生し、もてはやされ、資金調達も順調でした。しかし、この1年程で状況は様変わりしています。進出していたエドテックベンチャーの問題がいろいろと明らかになってきたからです。
その問題とは、教育ベンチャーがマネタイズをなかなかできていないことです。つまり、稼ぐことができていない。資金調達を華々しくやっていたのですが、基本的に赤字なので、次々と資金調達し続けないと事業が続かないということになり、次第に疲弊してきてしまったのです。
一方で、タブレットの開発で教育業界が爆発的に成長するようになり、大手が参入するようになりました。そのため、この1年は大手によるベンチャーの吸収合併が頻発しています。
リクルートが、クイッパーというDeNA創業者が立ち上げたロンドン発の会社を完全買収し、代ゼミグループがベストティーチャーを買収しました。更に、Z会はマナボと資本業務提携をし、楽天はドリュコムが作った「えいぽんたん」という英単語アプリの会社の株式の50%を占めるようになりました。
すららネットは、数少ないマネタイズに成功している会社なので、独立した経営で成長することができています。
一人ひとりの弱点に気づき、克服してくれるシステム
現在のすららは英語・数学・国語の3教科、対象生徒は小学校高学年からですが、2017年春には低学年版も出します。すららの最大の特徴は、低学力の生徒でも理解できる、低学力に強いということです。学力が高い子は、従来型のカリスマ先生の講義をストリーミングで流すというようなスタイルの学習でも集中力が続くからいいのですが、学力の低い子はそうはいきません。
しかし、誰もそこへ解決方法を出さなかった。そこに我々が解決策を出したのです。未だにこの低学力の生徒を対象とする分野には明確な競合は存在せず、相変わらず「高学力の子向けの教育はレッドオーシャンで、低学力向けはブルーオーシャン」というのが教育業界の現状です。
この分野に競合が現れないことには、いろいろな理由があります。低学力の子は学習習慣がない子ですので、まず習慣付けから始まります。我々はこういった厄介な問題に取り組んでいるわけです。
どうやって実現しているかというと、例えばゲーミフィケーション(遊びや競争など、人を楽しませて熱中させるゲームの要素や考え方を、ゲーム以外の分野でユーザーとのコミュニケーションに応用する取り組み)があります。成長を可視化したり、ステータスが変わったり、地域ランキングが出たり、全国の生徒との繋がりが持てたりと、いろいろと取り組んでいます。
実際にすららの授業が始まると、アニメーションのように声優が喋って、インタラクティブなレクチャーが始まります。
インタラクティブというのが大きな特徴です。低学力の子でも、声優が語りかけてきて途中まで教えたら、「じゃあ、ちょっと質問!」などと問いかけてくる。答えて正解だったら「やったー」とか「エクセレント」、間違えると「残念!」など言ってくれるのです。これによって学力の低い子でも集中力が続くというのが大きなポイントです。
他にも、アダプティブな要素があり、学習を進めているうちにスローステップで難しくなっていきます。もし不正解が続くなら、「この子にはちょっと難しいかもしれない」ということで簡単な問題になっていきます。生徒の実力に応じて1問1問、問題の難易度を変化させることができるのです。
問題の数も、生徒に定着したことがわかるとすぐ次の段階に移る、逆にちゃんとわかっていないとなると、しつこく出題されるようになっています。
また、たまに「診断結果」というのが出てきて、生徒の苦手な分野やつまずきを分析してくれます。生徒が間違えた原因を自動分析して、そこに戻って学び直すというリコメンドが出るようになっています。人知れず自分の課題を見つけて、先生にも気付かれずに、実は管理画面で気付かれているわけですが、自分でそれを克服することができるのです。
ここまで細かくやっているのは、今は「すらら」ぐらいです。今後も進化させていきたいと思っています。
これらは我々が特許取得している技術も用いてプログラムを作り込んでおり、低学力の生徒に強いという状況を実現しています。
所得格差と教育格差の負のスパイラルを解決したい
さらに我々の理念は、所得格差と教育格差の負のスパイラルという、日本や世界にある問題を解決しようということで、独立間もない頃から収益事業と共にいろいろやっています。
例えば、仙台で震災にあった子どもたちや貧困世帯の子どもたちの学習支援を行うNPOと一緒に活動をしています。先に言った通り、塾や学校に対してサービスを提供して収益を得るのが、当社のマネタイズの基本パターンですが、ピラミッドの底辺層の人たちには、なかなかリーチすることができませんでした。
しかし、NPOや自治体と組むことによって、その層へのリーチが可能になり、本業そのもので社会貢献ができるようになりました。これと同じことを同じやり方で、スリランカでも現在展開しています。
また、発達障害や学習障害を抱えた人は60数万人程いると言われていますが、そういった方向けにも今準備をしています。現在開発している小学校低学年版は、実は発達障害や学習障害の子でもわかるように、先駆けて作っています。
JICAの事業採択を通して海外でも事業を展開しています。すららのような低学力に強いeラーニングは、海外でも通用するのではないかと思ったのです。「海外に行きたい」と考えていたのですが、ベンチャー企業ではなかなか難しい。しかし、JICAの事業採択を受けると補助金を受けることができます。そして、スリランカで応募したら通ったという経緯です。
スリランカでマイクロファイナンスをしている女性銀行というところと組んで事業を始めました。スリランカのコロンボ周辺のスラム街にある、女性銀行支部の3階に掘建小屋を作って、そこにパソコン、椅子や机を置き、子どもたちが集まってきて学ぶといったことを実現しています。
生まれて初めてパソコンに触れる子もいるので、きちんと操作できるかが心配でしたが、すぐにできていました。子どもたちはすごく楽しそうに喰らい付いてきます。
説明会などでも子どもたちの反応はとてもいいです。プロジェクターでeラーニングを映して説明するのですが、生徒50名定員のところ、大体100名から、多いと200名以上が申し込んでくれます。ほぼ、オープン即日空席待ちをする人もできるのです。
日本だけでなく、海外でも巨大な教育市場がある
この件はJICAから非常に注目されています。というのは、子どもたちの学習支援やっているスタッフが、スラム地域の素人を集めて、4日間の訓練をして、ファシリテーターやチューターに育てているからです。貧困地域の子どもたちの学習支援と女性の雇用促進を同時に実現しているのです。しかも、全く補助金を使わずに継続できているというので注目されているようです。
海外版では、数を数えるところから始めています。当初、中学生版から作ろうと思ったのですが、日本以上に根本的にわかってない子どもたちがいたので、数を数え始めるくらいの子どもたちでもわかるように作りました。
日本版ではこの部分はなく、海外版で先に作りました。足し算や引き算という基本的なことも、向こうの学校は大雑把で、細かい操作は教えておらず、子どもたちができない、ということが起こっています。
現在、海外では学習塾などが、それこそ日本で予備校が勃興した時期と同じような勢いで盛り上がっています。そして、日本の教育はイメージがいいので、海外での評判が非常にいいです。
すららはアニメ型なので、やはり日本のアニメファンの若年層にはうけがいいですね。成績も1年弱で、引き算が100点中9.2点程だったのが、3倍ぐらいになるといった結果も出ています。
アッパーミドル層向けの塾も、徐々にオープンしていこうと思っています。2015年5月にスタートして、現在13校にあり、2016年内にもう3〜4校開校予定です。
インドネシアでも、インドネシア教育大学と組んで、学校で実施しています。また、リコーと組んでインドでもトライアルをやっています。
国内では、ICTが教育にどんどん入っていっており、少子化の中でも伸びていく業界です。そして、海外についても、巨大な市場があると思っており、現状ではとても手応えを感じています。