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Vodafone Japanを買収して2兆円以上の大借金に–ヤフーCMOからみた“孫正義”という男

Vodafone Japanを買収して2兆円以上の大借金に–ヤフーCMOからみた“孫正義”という男

20周年を迎え、今なお成長し続けているYahoo! JAPANではどういった戦略やアイデア、技術、組織、人材育成が行われているのか。その謎を解き明かす書籍『Yahoo! JAPAN全仕事 現場200人に聞く、過去→現在→未来』の発売を記念したイベントを開催しました。第2部に登壇したのは、Yahoo! JAPAN 執行役員CMOの村上臣氏。モデレーターはBOOK LAB TOKYO鶴田浩之氏。ヤフーが成長し続けてきた20年間を振り返りました。

シリーズ
Yahoo! JAPANの歩んだ20年とは?!インターネットの過去・現在・未来を語り尽くす!村上臣☓鶴田浩之『Yahoo! JAPAN 全仕事』刊行記念イベント > 2部 村上臣さんトークセッション「インターネット黎明期からの20年を振り返る」聞き手・鶴田浩之
2017年5月24日のログ
スピーカー
Yahoo! Japan 執行役員CMO 村上臣 氏

【モデレーター】
株式会社Labit 代表取締役CEO 鶴田浩之 氏

原体験にある「シリコンバレーの懐の深さ」

鶴田浩之氏(以下、鶴田) ラーメン屋で出会いがきっかけ……。普通はそういうのって、なんか六本木のバーとかであるんじゃないですかね。 村上臣氏(以下、村上) 今だとそうかもしれないけどね。 彼らが「今、日本のお客さんに売り込みをしていて。決まったら日本とかやっている暇がないし、小さい会社だから、お前らを手伝ってよ」と言われた。 「ああ、いいよ。じゃあそのときメールしてね」と別れたら、半年後ぐらいに「決まったよ。日本の仕事が」と。「どこ?」って聞いたら、「DDIとIDOって会社だ」と言われた。むちゃむちゃでかいじゃないですか。今のKDDIですよね。 なので、いちベンチャーがそういう大企業の裏方的になった。だって「iモードの裏方を作ります」と一緒ですからね。 鶴田 そうですよね。 村上 そうですよ。俺の部屋にそういうゲートウェイサーバーを置いて。 鶴田 えっ。 村上 そう。検証機。当時、EZwebのスタート前は、検証サーバーってやるじゃない。だからiモードゲートウェイみたいなものが俺の部屋で動いていた。検証機は俺の部屋を通ってインターネットだったの。 鶴田 楽しそう〜(笑)。 村上 俺、部屋のサーバーからSMSを送り放題だったからね。俺の携帯と直接つながっているから。すっげえおもしろかった。 鶴田 今のエンジニアなんて、「クラウドだ」とかクールに言っていますけど、画面越しの黒い画面を見ているだけですからね。 村上 便利になったっちゃ便利になったんですけどね。 なので、そういうダイナミクスがあることを知ったのも、この時です。シリコンバレーのオープンさはすごいよね。若者のスタートアップに今でもやさしいじゃない? シリコンバレーは偉い人でも5分でも10分でも時間を取ってあげようとする。 鶴田 僕も4年ぐらい前に行った時も、誰ともアポなしでしたけど、最初に出会った人がどんどんつなげてくれた。GoogleもAppleも行けて、なぜかピクサーの人の家に勝手に入れさせてもらって、友達ができた。 IMG_4577 村上 本当にフラットに、おもしろいなと思ったらもうどんどん紹介して、「それはあいつに話したほうがいい」みたいにつながっていくじゃない。それはすごい強さだと思う。 鶴田 じゃあ、そういう原体験的な感じになった? 村上 そうそう。

買収総額54億円! でも次の瞬間にITバブルがきて……

鶴田 ちょっと臣さん、このままいくと2017年を迎えられなさそうなので。 村上 なるほど、じゃあ巻きでいきましょう。 鶴田 2000年で、なにか語りたいことはありますか? 村上 2000年は、我々が買収された年。2000年8月。 鶴田 そうですよね。ヤフーにジョイン。 村上 ヤフーにジョイン。ここからスタートです。まだヤフー始まってなかった。やばいね(笑)。 (会場笑) 当時、買収総額が54億円。電脳隊というかPIM。今見てもまあまあのイグジット。 鶴田 そうですね。 村上 当時でいうと、たぶんベンチャーが大企業をバイアウトした金額でいうと3位ぐらいだったのかな。 鶴田 すごい。 村上 けっこう話題になりましたね。上場しなかったことと、バイアウトした金額が意外とでかかった。ただ、株式交換でやっちゃったから、その後にITバブルが弾けた。うちら2年間は売れないんです。日々、Yahoo!ファイナンスでF5をリロード。 (会場笑) もうね、途中でF5を押すの諦めた。ダーンと下がっていって、当時は1株1億円ついた株価が、売れる時には10分の1以下です。 鶴田 そうですよね。 村上 なので、びっくりするぐらい儲からない。だからみなさん、買収はなるべくキャッシュ多めで。はい、スタートアップのアドバイスですね(笑)。

結局のところ、買収は運

鶴田 でも小澤(隆生)さんは、楽天に買収された時、キャッシュがよかったけど株式交換だったから、逆に2年間かけた。楽天の場合は逆。 村上 そう。小澤さんの場合は、逆にうまい感じに上がっていったからよかったんだよ。 鶴田 いろいろですね。 村上 結局、運だよね。 鶴田 運(笑)。 村上 だって、小澤と我々とほぼ同じ年に買収されている。かたやヤフー、かたや楽天。 鶴田 ヤフーの場合は落ちちゃった、と。 村上 そうそう。だから難しいですよね。 鶴田 ちょうどこの頃から、僕はインターネットユーザーになってきた。 村上 この時、何歳? 鶴田 9歳。 村上 プッ(笑)。 (会場笑) 鶴田 Yahoo! JAPANでしたよ。その時、パソコンを買ってもらって。 村上 Yahoo!きっず? 鶴田 きっずは使って……。 村上 あ、使っていない。なんだ、ませガキだな。 鶴田 小学校のパソコンのホームページはYahoo!きっず。 村上 そうだね。 鶴田 パソコン教室はそういう感じでした。なので、僕ら世代はきっと人生で初めて見たサイトはYahoo!なわけです。

「孫正義と関わるな」

村上 ヤフーに入ったその時は、まだ300人ぐらいしかいなかった。けっこうベンチャーノリで、ばんばんリリースして作るような感じだった。 だから僕も3ヶ月単位で、クオーター単位で動いてた。けれども、3ヶ月に3つぐらいガラケーのサービスをあげていた。Yahoo!グルメとか、Yahoo!検索作って……ひたすら書きまくっていた。 鶴田 超楽しそうですね。 村上 ひたすらガラケーを両手両足に持って、こうやって検証して。 鶴田 両足で(笑)。 村上 そうそう。 鶴田 この頃は、孫さんとは…… 村上 いや。もうぜんぜん。 鶴田 ぜんぜん? 村上 うん。ぜんぜん。今のほうが孫さんと近くなっているかな。当時の社長が「孫さんと関わるとろくなことがない」と。もともと孫さんの社長室長で「自分の見えるところで自由になるべくやりたい」と言うので、あまり関わらなかったかな。

村上氏を緊張させた日韓ワールドカップサッカー

この時は、2002年に日韓ワールドカップサッカーがあって。 鶴田 そうでしたね。 村上 この時に、ドコモがオフィシャルスポンサーで、一緒にインターネットでリアルタイムで速報が見られるサイトとかを作った。それをヤフーとドコモで作った。 その時は俺、いちエンジニアとしてむちゃむちゃ緊張していた。だって1人300円の有料サイトだったし、試合がすげえ盛り上がってアクセスがぶわーっと来た。でも、今みたいにクラウドがないから。オートスケーリングがないから。 鶴田 物理サーバーみたいな。 村上 そう。人力でサーバーをさす。ある意味オートスケーリング。 (会場笑) 鶴田 再起動は、電源のスイッチ、コンセント。 村上 そう。だから試合の時は、コンソールを見て「やばい!」と。やばい時はもうあらかじめ電話して「ちょっとサーバー10台ぐらい入れといて」みたいな。そうやってました。 僕のエンジニア時代です。いろいろやって、Yahoo!モバイルは、おかげさまでガラケーのアプリサイトではナンバー1になった。

2006年、Vodafone Japanを買収して10兆円ファンドに

鶴田 変化が見えづらいですけど、2000年から2006年になった。この年は? 村上 2006年、これは僕にとっては大きな年でした。 鶴田 臣さんにとっては大きな年? 村上 そう。これわかったら玄人ですけれど。ソフトバンクがこの時、Yahoo! BBとかやって、通信やって、固定回線で成功し始めた。それで、2006年にVodafone Japanを買った年です。 2006年3月17日だったと思いますけど、モバイル通信にコミットした。なので、借金あるのにさらに大借金。当時2兆円以上。 しかも日本でまだめずらしかったLBO(レバレッジド・バウアウト)という方式でVodafoneを買っているんです。要は、そこに買うものの資産を担保にお金を借りる。人のふんどしにもほどがありますよね。 (会場笑) 鶴田 僕、ちょっと理解ができなかったんですけど。 村上 要は「買いたいです。この会社は儲かっています。なので、買ったらこの会社を担保にするから、あらかじめ金貸してね」みたいな。簡単にいうとそういう感じ。「あれほしい。あれすごい魅力的でしょ。ねえ? ねえ?」「あれ買いたいから、先に金貸して?」みたいな方式なんです。孫さんっぽいといえば、孫さんっぽい。 鶴田 確かに。それでできたんですか? 村上 それでやった。だから日本だとLBOでたぶん当時最大のディールじゃない。ファイナンステクノロジーがすごいよね、ソフトバンクは。 鶴田 そうですよね。今も続いてますけど。 村上 そうだよ。10兆円も集めちゃったもんね。 鶴田 10兆円ファンド。 村上 びっくりするよね。 鶴田 世界のすべてのVCファンド総額を超えるという……。 村上 そうそう。ついにオイルマネーに手を出した。僕なんか怖くてしょうがない。どう飛び火してくるか、わからないから。 鶴田 (笑)。

「5年間で数百万人って、お前、ちっちぇなあ」

村上 僕はこの瞬間に「お前はモバイルやっているから」とバーンっと出向させられたんですよ。Vodafone Japanに。 IMG_4587 この時が一番、孫さんと近かった。もともと2005年に電波の新規割当があって、総務省が新規参入を募集したんです。3キャリア寡占になっていたから、自由化したいと。当時、手を挙げたのがソフトバンクとイー・アクセスだった。イー・アクセスは、イーモバイルというモバイルWi-Fiのサービスをやって、自力でやった。 ソフトバンクも自力で参入しようと思ってやったけど、当時2005年にそのプロジェクトに入っていて、順調にユーザー数を伸ばしていくシミュレーションして、孫さんにピッチをしたんです。でも、「こんなもん?」「5年間で数百万人って、お前、ちっちぇなあ」みたいな感じで、なんか「う~ん……」みたいだったんですよ。 その時に、実は裏であるものを買っちゃおうぜと思っていたらしくて。裏でVodafone Japanの買収ディールをやっていた。なので、その時のアイデアや、Yahoo!モバイルはけっこううまくいっていると聞いて、なんか「いけるかもしれない」と思って買ったわけです。 僕が聞いたのはディールの直前です。その時にヤフーも一応出資している。そのスキームに乗って1,200億円ぐらい。当時、ソフトバンクはあまり金がなかったので、一応貸付みたいなかたちで株を担保にした。 鶴田 当時、Yahoo! JAPANが稼ぎ頭だったんですよね? ソフトバンクグループで。 村上 そうですね。当時の社長に呼ばれて、「実はVodafone Japanいくらしい。うちもちょっと金を出すことになった」「1,200億円出す」「代わりにどういう条件つければいい? ソフトバンクに」って言われて(笑)。 その時に言ったのは、「ボーダフォンボタン」ってあったじゃない? ボーダフォンライブにつながる……要はiモードボタン。「あそこをYahoo!にしてください」と。「ワンタッチでYahoo!につながれば、それだけでたぶん元が取れるんじゃないですか? わかんないですけど」みたいなことを言って。 鶴田 (笑)。 村上 「広告の事業はうちでやらしてください」と。いくつか条件があって、MOU(Memorandum of Understanding、基本合意書)を結んで、買収のディールをやっていました。 そこからずるずるっとモバイル産業にどっぷり入った。当時、ガラケーのハードウェアの設計のところもやっていた。もちろんやっていたのはソフトウェアだけど、ヤフーとソフトバンクモバイルを行ったり来たり。なので、キャリアをやりつつ、上のサービスも作ることをやっていたのがこのぐらい。

25歳で初のリーダーに。「役割だけ、人として自慢できることはない」

鶴田 ちょっと聞きたいんですが、プログラミングが好きでギークオタク少年から始まって、ヤフーに買収されて、急に大きなお金だったりマネジメントになった時は、ちょうど僕ぐらいの年ですか? 20代後半? 村上 そうだね。最初にリーダーになったのは25歳の時だね。 鶴田 状況がすごく変わるなかで、自分自身で心境が変わったところって、なにかあったんですか? この時期。 村上 もう走りながら勉強するしかない。最初にリーダーになったのが25歳。マネジメントもしたことがない。それこそ本を読んだり、先人の知恵を一生懸命アレンジして、自分なりに解釈して、なんとなくやっていった。 鶴田 なんとなく?(笑)。 村上 そうそう。あとはチューニングしながらやるしかないから。 心がけていたのは、人の意見を聞くこと。とりあえずリーダーになると一応タイトルがつく。なんか自分が偉くなったと勘違いしちゃうこともある。権限は持っているけど、別に偉いわけじゃない。人として。それは今でも心がけている。役割として今、執行役員をやっているけど、別に人としては、どっちかというとクズ。 鶴田 (笑)。 村上 ぜんぜん人として自慢できるようなことはない。だから、人の意見は素直に聞かなくちゃいけないし、単純に与えられた役割をやっているだけ。「だから偉いんだ。なんでもしていいんだ」はちょっと違うと思う。それは当時からリーダーになって部下を持つと、むしろ余計に謙虚に出ようと心がけていたかな。 鶴田 そういう20代だった? 村上 そうそう。

  
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