ジブリ作品を製作陣自ら解説してくれる『ジブリの教科書』

川上量生氏(以下、川上):こんにちは。今日は「ナウシカは日本を変えたのか?」というタイトルで、ゲストの方をお呼びして座談会をすることになりました。司会をさせていただく川上です。よろしくお願いします。それではゲストを紹介いたします。スタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫さん。

鈴木敏夫氏(以下、鈴木):こんにちは。

川上:そして小説家の朝井リョウさん。

朝井リョウ氏(以下、朝井):朝井リョウと申します。よろしくお願いします。ただのファンなんですけど、こんなとこに呼んでいただいてありがとうございます。

川上:今日はですね、鈴木さんにいつものように「司会をやれ!」と言われて僕が司会なんですが、おそらく途中から鈴木さんが全部持っていくと思ってるんですけども……。それまでのつなぎとして僕が司会をつとめさせていただきます。

鈴木:そんなことしません!

朝井:(笑)。

川上:でも僕、司会とか本当に嫌で。最近鈴木さんに言われていろんな番組に出るようになって、多少はしゃべりが上手くなったと思ってたんですけど、"以前よりは"上手くなったってだけで、世間的にはまだ全然上手くなってない、ということに気付いて。

朝井:すごいしゃべるの上手い方っていうイメージがありますけど……?

川上:いや、そんなことないです。

朝井:プレッシャー与えちゃいました?

川上:ニコニコ生放送っていうひどいサイトがあるんですけどね。

朝井:ひどいサイトって(笑)。

川上:画面の上にコメントが流れるっていうサイトでね、僕はいつも自分が出てる番組は音を消して見るんですよ。

朝井:へぇ~。意外ですね。

川上:コメントだけ読むんです。でもそこにひどいコメントが書かれてて、「笑いが気持ち悪い」とか「しゃべりが下手くそ」とか……。

朝井:でもそのシステムを考えたのって、川上さんじゃないんですか?

川上:違います。

鈴木・朝井:(笑)。

川上:社員の誰かですね(笑)。もう本当に心が傷ついてるんですけども。とりあえず最初は僕が司会ということでお願いします。

川上:今日は、さっきから出てますけど、この本ですね。「風の谷のナウシカ」と書いてあって、風の谷のナウシカの小説かな? と思って買うと全然違うんですけど。これは『ジブリの教科書』文春ジブリ文庫の第1巻です。ジブリのこれまでの作品がどういうものなのかっていうことを説明してくれる、出たばかりの本です。

昔の本じゃないんですよね、今月出た……。いつでしたっけ? 最近出た本なんですけど、第1巻は『風の谷のナウシカ』。その後は『となりのトトロ』でしたっけ? あれ? 『天空の城ラピュタ』ですね。

鈴木:制作順にやるんですよ。

川上:映画の公開された順番に出版されることになっています。そして、それぞれの作品について、いろんな人が……。いろんな人っていうのが結構豪華ラインナップなんですけど、ナウシカですと立花隆さん、内田樹さん、えーっと……、あの、すみません。読み方がわかりませんけども……。

鈴木・朝井:(笑)。

川上:すいません、本当にめちゃくちゃで(笑)。第1巻のテーマがナウシカですので、今日はナウシカについて語ろう、ということでこちらのゲストの方々をお呼びしています。

鈴木・朝井:よろしくお願いします。

『風の谷のナウシカ』の深さと怖さ

川上:朝井リョウさんは、ナウシカは?

朝井:生まれる前ですね。僕は1989年生まれで、風の谷のナウシカは1984年公開ですよね。テレビとかビデオで初めて子どもの時に観たんですけど、結構「怖いな」って思ったのが一番初めの印象で。虫の造形とか、音楽の感じとかも含めて、怖い話だと思っていてちょっと直視できなかったんですよ。

でもラストシーンの、あの金色の中でナウシカが上に上がっていくっていうシーンだけは強烈に覚えていて、その意味っていうのも何もわからずに観てましたね。大人になってから見直して、こんなに広いことを語っていた作品だったんだなっていうのをちょっとずつ理解できるというか、考えられるようになったと思います。

川上:朝井さんにとって、ジブリとの最初の出会いがナウシカというわけではないんですか?

朝井:生まれた時にもういくつか公開はされていて。子どもの時って『魔女の宅急便』とか『トトロ』とか、そういうものから入るじゃないですか。その流れでナウシカにも触れたんですけど、ナウシカってやっぱりちょっと手ざわりが違って。『トトロ』とか『魔女の宅急便』ほど無邪気に観られるテーマではないのかな、って子ども心ながらにちょっと考えていて、手ざわりの違いっていうのを思いましたね。

川上:子どもの頃に怖いっていうのはありますよね。僕は高校生の時だったんですけど、ナウシカが夢に、それも悪夢に出てきましたね。

朝井:(笑)。すごい怖かったんですよ。テーマも子どもっぽくないわけじゃないですか。今回も「日本を変えたのか」っていうテーマだし、こういうものって子どもの時に触れていなかったので、食べたことないものを食べてしまって「ウッ」となるような気持ちで。小学生ぐらいの時は、ちょっと1回置いとこうみたいな。もうちょっと大人になってから観てみようって。ちょっと不思議な作品だったんですよね。

川上:でも今は、怖い作品という捉えられ方はあんまりしてないですよね。昔は本当に怖かったような気がしますけど。

朝井:歌も、あのお子さんが歌ってる……、「お子さん」って言っちゃったけど(笑)。

川上:「ラン、ランララランランラン♪」っていうやつですよね。

朝井:その歌も含めて、すごい怖かったんですよね。

川上:あの歌は怖いですよね! ああいう、一見明るいかのように見えてすごい怖い歌って、昔はたくさんあったような気がしますけど、最近あんまりないですよね。

朝井:すごくわかります。「ポンキッキーズ」の花子さんの歌とか、明るいんだけど怖い歌って、結構ナウシカの歌に通ずるものがありますよね。

川上:僕は関西だったですけど、「パルナス♪」っていう歌があって。「パルナス! モスクワの味~♪」っていうのがめちゃめちゃ怖かったんですよね。

朝井:全然伝わらなかったです(笑)。

川上:伝わらないんですけど、これは関西で僕と同世代の人には本当にねぇ……(笑)。

子どもだけが感じ取れるジブリの怖さ

鈴木:怖いんですよね。これはナウシカの話じゃないんですけれど、『トトロ』って今でこそみんなに愛される作品なんですけれど、公開当時に映画館へ観に行ったんですよ。そしたら、子どもたちが怖がってるんですよね。トトロのことを怖がっているんです。これはある意味、正しい見方というか……。

というのは、宮﨑駿もそういうつもりで作ってたからね。でも、どこかでみんな慣れちゃったというか克服したというか、そうじゃないものになっていったんですよね。

川上:確かに公開の時は『火垂るの墓』と同時上映で、「おばけの話とお墓の話で誰も来ない」みたいなことを言われながら公開したわけですよね。

鈴木:大人の見方と子どもの見方が違う。子どものほうがそういうことって、深く受け止めるじゃないですか。ナウシカのあの世界も、怖いって言うのはよくわかりますよね、うん。

川上:そうですね。宮﨑さんの作品って、基本ちょっと怖さがありますよね。少しノスタルジックなところと同居しながら。

朝井:怖いから人に話したくなる。気持ちを分けあって、人と語り合いたくなって、っていうのがずーっと続いてる感じしますよね。公開して30年近く経つのに。

鈴木:すぐ他の作品のことばっかり言っちゃうんだけど、『千と千尋の神隠し』だって、あの町の中に千尋が紛れ込んで、お父さんお母さんが豚になっちゃう。そしたら次に町中を走り回るでしょ? その時のカメラって、俯瞰なんですよね。ずーっと追いかけるでしょ? 僕はラッシュを見ながら、「こういう怖いことをやっちゃって……。」って思ったんですよ。

なぜかというと、一種、江戸川乱歩っていうのかな。いたいけな女の子を上から見ている、しかも全部わかっている。こういう構図だと思ったんです。

川上:でも怖かったですよね、自分の親が豚になっちゃって、誰もいない街を彷徨うわけですよ。お父さんお母さんどうなるんだろう? と思って見てたら、そのままどうにもならないまま終わってしまうという。

鈴木:もう1つナウシカに特化して言うと、宮﨑駿っていう人のそばにいてずっと思ってたのは、ナウシカの物語っていうのは、俯瞰して物語を説明してくれない。つまりナウシカという主人公があっちに行ったりこっちに行ったりして、そこでの情報を観ている人が共有することによって、その世界がわかってくる。僕は実は「推理もの」だと思ってたんですよ。

朝井:はじめに説明せず、ちょっとずつわかっていく。

鈴木:しかも、彼女が知ったことじゃないと僕らにはわからない。ゆえに、ナウシカは出ずっぱりでしょ? だからミステリーっていうのか、サスペンスっていうのか、その手法だと思ったんだよね。

朝井:確かに、いきなり腐海のシーンから始まって、なんにもこちらは情報が与えられてないわけですよね。その中でナウシカがいろんなものに出会って、ナウシカがどういう言葉を交わせるっていうこともわかってないわけですよ。そういうことすらもわからないところから始まっていたので、そういう意味でもゾワゾワしていたというか。

鈴木:怖いって、もしかしたら当たり前。

朝井:一緒に知らない世界に行って迷子になって、っていうことを思いました。

鈴木:「迷子になろうよ、一緒に」っていう感じなんですよね。何回も観ていると結末がわかっているから、怖さは減っていきますよね。

川上:何回も観るとそうですよね。1回目は本当に怖いですよね。

朝井:怖いです(笑)。

宮﨑駿監督は俯瞰でものを見ない

鈴木:その時、その作り方に対して、側にいた人間としては「いいんだろうか?」ってちょっと思っちゃったんですよね。

朝井:あまりにも説明が足りないということで?

鈴木:そう。もう少し説明があったほうがいいんじゃないかって。実は、ナウシカを作ると決めたその日の夜の打ち合わせだったんですけど、僕と宮﨑駿と高畑勲、みんなでしゃべって、僕がそのことを指摘した途端、宮さんが怒っちゃってね(笑)。

朝井:怒っちゃったんですか?

鈴木:誤解を与えるかもしれないけれど、彼がこういうことを言ったんで、僕言っちゃうんだけど……。「『巨人の星』みたいな作り方はしたくない」と。

朝井:具体名が出ちゃいましたけど、大丈夫ですか(笑)?

鈴木:彼に言わせるとそういうことなんですよね。もう怒っちゃって、取り付く島がない。そしたら高畑さんがそれをとりなしてくれて、僕に代わって説明してくれたんですよ。「鈴木さんが言いたいのはこういうことだろう」みたいなことを。

川上:翻訳してくれたんですね。

鈴木:本当に翻訳でした。実はその時に、高畑さんから……、あの人って非常に論理的な人でもあるけど、一方でものすごい具体的な人だから。映画の冒頭にタペストリーが出てくるじゃないですか、クレジットが出てくるときに。ナウシカの伝説をタペストリーによって説明しちゃう。あれ、実は高畑さんのアイデアなんですよ。

川上:そうなんですか?

鈴木:高畑さんが、そういうのをやったらどうかと。そうすると、おもしろいことが起きたんですよ。僕はものすごい納得なんですよ。「ああ、いいよね!」って。宮﨑駿という人のおもしろいところはね、そこで「タペストリー、描いてみたい」って。

川上・朝井:あ~。

鈴木:それが映画の全体にどういう影響をもたらすかっていうことよりも、そういうのを描いてみたい、と。

朝井:ものすごい純粋な方なんですね、ものを作ることに対して。

鈴木:俯瞰してものを見るんじゃなくて、なんて言うのかなぁ……。ああ、この人やっぱり作家なんだなってことを思った。

川上:僕、タペストリーっていちばんの不思議で、「なんてかっこいいんだ!」って思ってたんですけど、あれはあらすじだったんですか?(笑)

朝井:せめてもの情報提供。

鈴木:全体のストーリーをよーく見ていくとね、あの中に全てが含まれてるんですよ。

川上:いやいや、あれ含まれてないですよ(笑)! それっぽい暗示みたいな……。

朝井:子どもとか、わかってないと気づけないですよね。

川上:あれ、謎が深まるばかり。説明になってない気がしますよね(笑)。

朝井:そういうフォローがあったんですね。

川上:でもあれ、本当にかっこいいですよね。

※続きはこちら 「ジブリ作品の結末は、つくった本人さえ知らない」 鈴木敏夫氏が語る、宮﨑駿の”異才”

ジブリの教科書〈1〉風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫)