完全な黒に近い「ベンタブラック」

マイケル・アランダ氏:光がまったくない状態を「見る」ことができるとしたら、どうでしょう?

物質は黒くなればなるほどより多くの光を吸収し、見る人の目に反射する光はより少なくなります。ですからこの世でもっとも黒い物質は、光をすべて吸収することのできるブラックホールです。

しかしこの目でブラックホールを見ることはできません。一番近くのブラックホールでさえ何千光年も離れた場所にあり、仮に近づくことができたとしても、私たちはスパゲティーのようにぐちゃぐちゃにされてしまうでしょう。

それでも物質が光をすべて吸収するとどのように見えるのか、その目でどうしても確かめたいというあなた! 完全な黒に限りなく近い「ベンタブラック」という新素材がおすすめです。この物質、ちょっと変わった外観をしています。 

ベンタブラックは、2012年にSurrey NanoSystemという英国企業によって開発が始められた、光を限りなく吸収する塗料です。 

2014年に初めて公開された最初のベンタブラックは、目に見える光の99.965パーセントを吸収しました。今年3月、同社は新バージョンのベンタブラックを開発したことを発表し、それをベンタブラック2と名付けました。

ベンタブラック2は光を吸収しすぎて、もはやどれほどの光が吸収されているのか計測不能です。どちらのバージョンのベンタブラックも、そこから反射される光があまりに少ないので、私たちの目はなにを見ているのか認識することができません。 

ほかの黒いものと比較すると……

黒板と比較してみましょう。 

黒板も黒い物質ではありますが、約7パーセントの光を反射します。このため私たちは黒板を見た時に、表面の材質を目で確認することができます。 

真新しく敷かれたアスファルトも同様です。

アスファルトは4パーセントの光を反射するため、私たちの目はその表面のでこぼこや割れ目を認識することができます。一方、ベンタブラックでコーティングされた物体は光をほとんど反射することがないため、表面の形状を目でとらえることができないのです。 

ぐしゃぐしゃに丸めたアルミホイルでさえも、ベンタブラックでコーティングするとそれは真っ平らにしか見えません。

ベンタブラックはどうやって作られた?

では科学者たちはこのベンタブラックをどのようにして作りだしたのでしょう。

ベンタブラックの“ベンタ”は、「垂直に並べられたナノチューブの配列」を意味するVertically Aligned NanoTube Arraysの頭文字からきています。その名の通り、この物質はカーボンナノチューブからできています。 

開発元の企業は、このナノチューブの束をどのように生成するかについて詳細を明らかにしていませんが、特殊にデザインされた空間と、摂氏430度以上の環境をつくり出す赤外線ランプが必要です。

1本1本のカーボンナノチューブは、人間の髪の毛の10000分の1より細く、そのため光子と呼ばれる光の粒子はこのチューブの中に入っていくことができません。 

ところがナノチューブはベンタブラックの構成要素の1パーセント弱にすぎません。実は、ナノチューブの99パーセント以上は空洞でできています。チューブとチューブの間のこの空洞に入り込んだ光は出口を失って熱に変化、言い換えれば吸収されるのです。 

ほとんどの光を吸収してしまうベンタブラックは、実生活に幅広く応用可能です。

望遠鏡を例にとってみましょう。逆光は望遠鏡の中で跳ね返り、最終的には対眼レンズやフォーカサーに到達してコントラストに影響を及ぼし、視界を台無しにいてしまいます。

これを防ぐために、望遠鏡の内側は真っ黒な塗料で塗られているのですが、それでもわずかな光の反射は防ぎようがありません。 

NASAが開発したスーパーブラックとの違い

2011年、NASAはカーボンナノチューブを利用して、通常の黒い塗料よりも光をよりよく吸収する物質を開発し、これを「スーパーブラック」と名付けました。 

スーパーブラックは、摂氏750度以上の環境で生成され、99.5パーセントの光と紫外線を吸収します。この塗料が宇宙空間で利用可能かどうか、そのテストは今も続いています。

一方、ベンタブラックはスーパーブラックよりもわずかながら光の吸収率が高く、しかもスーパーブラックよりも低い温度での生成が可能なので、750度もの高温に耐えることのできない物質をコーティングするのに役立ちます。

さらにベンタブラックは非常に頑丈で、ロケットを打ち上げる際の振動や衝撃にも耐えることができますから、宇宙に打ち上げるものをコーティングする塗料として利用可能なのです。 

このように、ベンタブラックは見た目はちょっと変わっていますが役立ちます。.ただし、ベンタブラックをアートプロジェクトに応用してみようとワクワクしていらっしゃる方がいたら、残念なお知らせです。ベンタブラックにはスプレータイプのものもありますが、専門家によってしか用いることができません。 

なぜならこのコーティングの過程は非常に精密に行われる必要があり、その後摂氏100度から300度の温度環境の中で多くの化学工程を経なければならないからです。

これらが完璧に行われなければ、スプレーの中の物質は分離してしまい、コーティングはうまくなされません。しかも、ベンタブラックをアート目的で用いる権利は、英国の彫刻家によってSurrey NanoSystemsから独占的に買い取られています。 

ファッションへの応用はどうでしょうか。ベンタブラックを繊維に用いる研究はすでになされていて、その結果、ベンタブラックでコーティングされたものはなんでも二次元に見えてしまうことがわかりました。

つまりベンタブラックでつくられたドレスを着れば、それで覆われた部分は平坦で真っ黒な空洞のように見えてしまうのです。16歳の自分だったら大興奮してしまうことでしょう!