IT×戦略PRで変える! Jリーグのマーケティング戦略

本田哲也氏(以下、本田):皆さん、おはようございます。けっこう早い時間、9時スタートでこんなに集まっていただいて、貴重な機会だなと思うんですけれども、改めまして今日お話させていただきます。

進行も私がやろうと思ってるんですけど、ブルーカレント・ジャパンの代表の本田でございます。よろしくお願いいたします。

中西大介氏(以下、中西):皆さんおはようございます。わたくし、Jリーグの常務理事を務めております。中西大介と申します。

長いことJリーグのマーケティングを中心に、日本サッカー協会の技術委員として強化にも関わっております。サッカー界でマーケティングと強化、両方関わっているのは世界でもなかなか珍しいのですけれども(笑)。

「マーケティング」と「強化」を分断して考えるのではなく、両輪として考えなければならないことが多いので、非常に難しいですけれども、やりがいのある仕事をやらせていただいていると思っています。よろしくお願いいたします。

本田:よろしくお願いします。今日は約1時間、Jリーグのマーケティング戦略ということをお話しするんですけれど。さっきも控室で話しましたけどJリーグさんの、私も昨年からマーケティング分野を今やらせていただいてますけど、マーケティングの話をわりとこの場でするというはあまりないですかね。

中西:そうですね。「サッカーのマーケティング」というと、皆様は例えば「レアルマドリードやバルセロナのマーケティングはどうか」といった個々のクラブにおそらく関心をお持ちだと思うんですね。

一方でリーグ全体のマーケティングは、あんまり皆さんも接する機会がなかったりすると思うんですね。「リーガ・エスパニョーラのマーケティングってどうやってやってるの?」ってあんまり関心はないと思うんですよね。

「Jリーグのマーケティングって何?」と一般化して考えたときに、規模感としましては、まずJリーグは50以上のクラブがあります。それから年間のべ1000万人の方々がスタジアムにいらっしゃいます。それから、Jリーグをサポートしてくださるスポンサーの皆さんがいる。

Jリーグを1つのプラットフォームだと考えていただくと、一般的なマーケティングの話として、ひょっとしたらわかりやすいかもしれないですね。

本田:というわけで、あまり聞けない話、裏話も飛び出るかも知れませんけど(笑)。させていただけたらなと思います。

Jリーグのマーケティング課題

本田:さっそく始めていくんですけども、今日はおそらく「マーケティング・テクノロジーフェア」ということで、皆さんいろんな所属企業、団体だと思うんですけれども、マーケティングに関わらず、ITに関わられてる方、あるいはメディアが多いのかなと。

おそらく、こういう課題をお持ちなんじゃないかなというのを先にお話しすると、3つ全部かわかりませんけど、何か1個くらいは心当たりがあると思いますけれども、いわゆるこういうマーケティング課題ですね。

本田:顧客をどうするかという話。これは我々、私なんかも専門でやっている「戦略PR」という領域で、たくさんのクライアントさんとお話するんですけれど、顧客、カスタマーをどうとらえるかというのは、とくに「対消費者」のマーケティングだとけっこう大きな課題です。

コアのカスタマー、「ロイヤルカスタマー」と呼ばれるところと、あと新規も取りにいかなきゃいけないと、とくにコモディティなんか成熟してますからね。これ、両方どうやって成立させるかというのは、けっこう課題ですよねと。

それからこのカンファレンスだと、2番目が関連深いかもしれないんですけど、「メディア戦略」と一言でいいますけども、要はマルチデバイスの時代ですね。

「マルチデバイスになった」イコール、消費者、あるいはBtoBでもいいんですけども、コンテンツとか情報の消費というのがどこでどういう機会で行われるかというのが、なかなかこっち側が、マーケティング主体が把握しづらくなってくる。それからコンテンツがマルチ化してるという。

一言で言っちゃうと、ウジャウジャしてどうコントロールしたらいいんだろうという。メディアプランニング、やっぱり難しくなってるなということだと思いますね。あとやっぱり2020年に向けてということもあるわけですけども、海外、とくにアジア戦略。

これは皆さん無関係な方は少ないんじゃないかと思いますね。海外戦略、特にアジア展開。それからインバウンドのお話というあたり、ここはなんらか関わり、それから課題をお持ちなんじゃないかなと思うんですけれど。

中西:Jリーグも同じところで課題を抱えていますね。

イングランドプレミアリーグが一人勝ち状態

本田:ということで、今日は皆様方にもなじみのあると言うとあれですけど、こういう課題。3つの視点に、プラットフォーマーしてのJリーグ。どう対応しているかということを、順を追ってお話していければいいかなと思っているんですが。

その前に今日ざっと見ると男性が多く、我々世代というか、40代くらいの方も多いんですけれど。昔のJリーグ、1993年に華々しくJリーグが開幕した頃というのを覚えていらっしゃる方もいると思うんですけども、今までのJリーグというのをここで簡単に。

中西:そうですね。そのまえに1つだけ。11月から12月にかけてヨーロッパでは例年様々なフットボールに関するカンファレンスが開かれていますが、最近のテーマがやっぱりデジタルで、「IT×スポーツ」がテーマとなっているカンファレンスがとても多いです。

私もドイツのベルリンとケルンで2つのカンファレンスに出てきましたが、さきほど本田さんが挙げた3つのテーマ「ロイヤルカスタマーと新規顧客開拓」「メディア戦略」「グローバル戦略」これらはそれぞれヨーロッパのサッカーでも当てはまるんです。

例えば新規顧客の取り入れの部分では、サッカーは昔、男性のものだったんですね。中流家庭や女性を取り入れられたブンデスリーガとイングリッシュプレミアリーグが大きな発展を遂げて、そこを上手に取り入れられなかったイタリアとスペインがやや低迷してる。ヨーロッパの場合はすごく規模が大きい話ですけれども、課題としているところはまったく同じですね。

本田:顧客戦略が。

中西:顧客戦略ですね。それからメディア戦略でいうと、ヨーロッパのサッカーは衛星放送市場の拡大とともに大きくなってきたのですが、これがインターネットの時代になり、次の時代には国境をも越えてそれぞれのコンテンツが流通し出します。そのときに各クラブや各リーグがどんな戦略を取ろうとしているか。

それからフットボールという産業はどの産業よりも先駆けて、グローバル化をした産業の1つでもあります。グローバル展開という意味では今イングランドプレミアリーグは一人勝ちになっています。イングランドで17番目のクラブが世界で17番目のクラブになってしまうんですね。

どういうことかというと、プレミアリーグの放送権料が膨大過ぎて、世界トップリーグと言われるドイツやイタリアやスペインでも歯が立ちません。イングランドで17番目だと世界で17番目に大きいクラブになるといった一極集中を迎えています。

そうした一極集中のなかで、ヨーロッパの各国はどう動いていくのか、アジアのサッカーはどうすべきなのか、Jリーグはどうすべきなのか。先に挙げた3つのテーマを横串に、デジタルを縦串として、ヨーロッパのフットボールカンファレンスでも様々なことが語られています。

私が出席したカンファレンスで言われたのは「The world has changes.」「もう世界は変わってしまったことを、スポーツ界も気がついて適応していく必要がありますよ」と、そんなテーマでした。

今の大学生はJリーグ開幕を知らない

本田:これまでのJリーグ。

中西:2分でわかるJリーグの数字です。この写真、皆さんの中でも覚えてらっしゃる方が多いと思います。1993年5月15日、日本のスポーツに新しい1ページを加えた、Jリーグ開幕。とても華々しい開幕でした。

私はときどき大学等に講義をお願いされるんですけれども、今の大学生はJリーグ開幕を知らないんですよね。20代前半はもう知らない時代になってきているんです。

本田:当時いくつくらいだったんですか?

中西:93年だからもう今、24回目ですよね。今の大学生はJリーグは生まれたときからあるんです。さらにいうと、日本代表がワールドカップに出られていなかった時代を知らない。見たことがない。毎回出るものだと思っている。

つまり、サッカー界のごく狭い、ごく近しいところだけでとらえると、「よくここまで来たな」と感慨を持ちがちですし、そうした人も実際には多いのですけれど、今は既に世界は変わってしまったと。大学生以下はもう知らない。環境が変わっているのに、こっちの頭が変わらないとまずいよと。まぁ1つの例ですけれども。

中西:とはいえ、93年にスタートして、2016年までエクスパンションを続けてきて、当時10クラブだったJクラブが53クラブまで増えました。全国38都道府県に渡っています。

さらに「Jリーグに入りたいですよ」と正式に表明しているクラブ、「百年構想クラブ」と我々呼んでいるんですけども、こうしたクラブも合わせると、今46都道府県に60クラブまで広がるところまで来ました。

この話だけを挙げると拡大傾向で順風満帆に見えるかもしれませんが、ここからいくつかのキーになる数字を示します。

中西:一般向けにJリーグの関心を計るアンケートを実施しました。2006年に「Jリーグに関心がある、もしくはやや関心がある」でYesと答えた人は全体の46パーセントでした。

それが6年後、2012年の時点で30.4パーセントまで低下。つまり3分の1の人達がどこかへいってしまった。こういう現象があります。

コアなファンがそのまま、1つずつ年齢を重ねている

中西:一方で、年間のスタジアム入場者数の推移です。一番右が2015年ですね。去年初めて来場されたお客様が1000万人を越えました。

クラブ数の増加とともに試合数自体も拡大してます。広くJリーグを1000万人の方々に見ていただけるようになったということは、とてもありがたいことですけれども、当然この数字で満足しているわけではありません。

一番下の赤の数字、こちらがJ1です。2011年のシーズンに震災で大きく減少していますけれども、もし震災がなければずっと微減できて、去年ようやくストップがかかり、やや上向きに転じました。 だから全体としては、まだ課題をブレークスルーできている状況ではないということになります。

本田:J3が一昨年から?

中西:J3は一昨年からに開幕しました。

本田:3年くらい前、黄色いところがJ3。

中西:この数字ですね、皆さんも様々な業界であるかもしれません。2004年のお客さんの平均年齢、34.7歳が2014年では40.4歳。10年間で5.7歳上がっているということですね。

コアなファンがそのまま、1つずつ年齢を重ねているということ。それに対して、ややニューカマーのお客さんを獲得できてない状況がここから読み取れますね。

本田:前に中西さん、お話されてましたけど、ヨーロッパとかだと実はもう少し上なんですよね。

中西:高いですね。イングランドなんかは、国民の平均年齢とプレミアリーグの観客の平均年齢がほぼ同じというところですね。そういう意味では、国民の平均年齢からするとJリーグの平均年齢はまだ若いですけれども、このまま上昇で推移していくと、あまり明るい未来は描けないですよということですね。

コアカスタマー維持と新規カスタマー獲得

中西:これも皆さんの業界でもよく用いられるかもしれません。これは年間の観戦頻度の調査です。たとえばJ1の試合は、J1のチーム18チームですから、ホームゲームが17試合あります。アウェイを入れると34試合あります。

それから、「天皇杯」や「ヤマザキナビスコカップ」などリーグ戦以外の試合を加えるともう少し数字がいくのですけれども、この一番右側の数字ですね。

年間17回以上見に来ていただいている、非常に熱心なサポーターのお客さんですね。ここが一番大きい層で、年間何回かカジュアルに楽しむ、ご家族で楽しんでいただけるこの数字というのが、やや低い傾向にあります。

本田:固定化してる。

中西:一方でサッカーの場合は、年間シートを買っていただくというのが、入場料というよりは「チーム頑張ってね、今年強化費としてこれだけ出すよ」という、そういう思いもこもっているので、本当に普通の業界でいうとロイヤルカスタマーといえるところだと思います。

中西:これまでご紹介した気になる数字をまとめますと、①~④になります。関心度が落ちています。46パーセントから30.4パーセント。年齢が1つずつ上がってきています。やや高齢化している。

お客さんの数としては、微減からやや微増へということで、ここは維持しているんだけれども、未来を描く上で、この①、②、④の数字というのはどうとらえたらいいんだろうということですね。

本田:皆さんもいろんな環境に置かれてると思うんですけれど、「どっかで聞いた話だな」とか「わが社の顧客層も同じことがいえるな」というのはあると思うんですれども。

このへん、とくに顧客戦略から話をしていきたいんですけれども、ここをどうしていくかというのは大きな課題ですよね。

本田:顧客戦略からいきますけども、ここは「コアカスタマー維持と新規カスタマー獲得」という視点ですけども、どうでしょうか?

中西:先ほどお話した通り、Jクラブは今、入会を正式表明している百年構想クラブも含めると46都道府県まで拡大しています。実は各地では、成功しているクラブがたくさん出てきてるんですね。なかなか東京にいるとわからないんですけれども。

例えば長野県の松本の松本山雅FCは、毎試合に満員のお客様が詰めかけてるだとか、アルビレックス新潟が毎試合、あの地域で4万人のお客様をコンスタンントに集めていたとか。

ホームタウンで大きな効果を上げつつある

中西:それぞれのローカルでのご当地物語という視点では、かなりJリーグは定着してきてるんです。

中西:これを先日、Jリーグのアドバイザーでもある経営共創基盤の富山さんとお話ししたところ、彼は「G」と「L」つまりグローバルとローカルの違いという話をされていて。

ローカルのビジネスにおいては、各地域でのベストプラクティスを探しだして、それを忠実にベンチマークしていくと、たとえば山梨県にあるヴァンフォーレ甲府とアルビレックス新潟はピッチ上では対戦しますけれど、マーケティング上は市場が重ならないため、競争はないですよね。

お互いによい成功事例をベストプラクティスとして採用し、それぞれの地域に活かせれば、相互発展的にクラブが育っていく。そういう手法をJリーグは取ってきました。ベストプラクティスをきちんと言語化して、全国のクラブに上手にシェアすることで、各クラブの発展を促してこれた。

その結果Jリーグはホームタウンで大きな効果を上げつつあります。我々が独自に毎年調査してるんですけども、「Jクラブがホームタウンで大きな貢献をしている」という調査では、ものすごくポジティブな数字が出ていて、平均79パーセント。ついにイングリッシュプレミアリーグの数字を追い抜きました。

本田:プレミアリーグを抜いてますね。

中西:プレミアリーグは地元よりもアジアや海外を商圏として向いているクラブが増えてきてるので、地元ファンの数字がひょっとしたら落ちてるかもしれません。

中西:それぞれのローカルではこのような盛り上がりを見せています。

本田:ローカル色がね。「田植えより大事な一戦」て書いてますけど(笑)。

中西:「遠くのジャニーズより近くのモンテ」。いいですよね。去年、明治安田生命Jリーグチャンピオンシップで、最後、優勝を決める試合ですけれども、出場したサンフレッチェ広島の地元、広島地区のテレビ視聴率が35.1パーセントに及びました。

中西:ほぼカープのクライマックスシリーズに近い数字ですよね。いまどきなかなかここまでとれません。そういう意味では「ローカルコンテンツとしてのJリーグ」という点では、ある種の成功を収めているといえます。

一方で、ナショナルコンテンツとして見た場合はこの数字がけっこう重くて(笑)。この関心度の落ちた背景というものを、我々は今まで探し続けてきました。

2ステージ制に対する反対

中西:今までお話したのはローカルとグローバル、それから、ロイヤルカスタマーとニューカスタマー。両者で様々なコンフリクトがあり、打ち手としてどういう打ち手が必要ですかということを、悩んできました。皆さんもそうだと思いますけれども、非常に悩ましいですね。

中西:新規顧客の獲得。関心層の拡大。こうした命題を抱えて、Jリーグは2015年から1ステージから2ステージへ大会方式を変えました。山場を増やし、地上波で放送いただくことで、Jリーグを外の方にも触れていただく機会をつくったのです 。

(2ステージ制に対して)ものすごい反対がありました。特にロイヤルカスタマー。サポーターの方々からは、こんな反対も受けました。

中西:私もいろんなメディアに出て説明しましたけど、「あいつが元凶だ」と、かなりやられました(笑)。今も賛否両論様々なご意見をいただいています。

ただ我々がここまで反対を受けながらも踏み切った理由というのはいくつかあります。それが、先ほどから申し上げている、新しいファンがなかなか入ってきてないということが大きい。

ローカルという観点では物語性がある

中西:それから、国民の関心度自体、かなり大きく数字が落ちているということ。ここに相当の危機感を覚えました。

これ、先に話していいですかね? 「物語論」についてなのですが、Jリーグの試合を、ご当地のファン・サポーターは年間全34節、ずっとストーリーとして、1試合1試合を物語として追っていきます。

だからローカルという観点では物語性があります。全国53クラブです。年間通じて悲喜こもごも、豊富にあります。それを、具に追いかけてくださる地元のメディアも、物語として上手に取り上げてくださっています。そのことはJリーグがローカルで成功している要因の1つだと思います。

一方で、ナショナルコンテンツとして見た場合に、Jリーグの試合を……たとえば明治安田生命J1リーグ第3節をNHK、地上波で行いました。そこだけを見た方々にとっては、背景がわかりずらいですよね? これまでのストーリー、コンテキストが理解できない。

ドラマの第3話と第4話だけを見て、おもしろかったとはなかなかいいませんよね。ですが、普段Jリーグが関心外にある方々にとっては、Jリーグに接する機会はドラマの第3話だけ、ときどき第6話だけ。

それまでのストーリーがわからないのに、いきなり途中から見せられる。ナショナルコンテンツとしての見方は、極端に言えばそんなコンテンツに陥っていたと思います。

本田:もう1回整理ですけど、2ステージ制の狙いというのが、結局ある種の新規獲得の狙いもあり、とくに国民的な物語をより深めようということですよね。

中西:そうです。ただ、34節を1つのストーリーとして楽しんでいるファン・サポーターの方々には、到底受け入れがたいことだったと思います。