小説家とIT起業家、従兄弟同士の2人が語る
梶原健司氏(以下、梶原):皆さん今日は、お越しいただきましてありがとうございます。この師走の本当に忙しい時期に、従兄弟のこんなグダグダな催しというかですね(笑)。
上田岳弘氏(以下、上田):そうですね。
梶原:今日は2年振りくらい?
上田:そうですね、前は新宿で飲みましたね。
梶原:そうねえ、何を喋ったか覚えてないですけど。とりあえず「インターネットにつながるモノは純文学の夢をみるか? テクノロジーで広がる家族観・人間観〜淡路島からやってきた従兄弟同士によるこれからの話〜」ということで。
どんな話になるかは、正直ぜんぜん企画というか、スクリプトとかあるわけではないので。ちょっとどうなるかわからないんですけど。最初にお酒頼んでくださいっていうのは。
スタッフ:皆さんもう持っていただいてるので。
梶原:大丈夫ですか。お酒飲めますので、僕らもいただいてますけれども。ぜんぜん注文できますので、気が向いたらいつでも、気兼ねなく注文していただいて飲んでいただければと思います。簡単に自己紹介をさせていただいて。イメージ的には2部構成くらいかなと思ってます。
1部は、お互い「今何してんの?」みたいな話をしながら休憩を挟んで、2部では、岳弘君と私がどんなふうに何を考えてるのかとか、どんなふうに世の中を見てるのとかですね。
たぶんその辺は「こいつら頭大丈夫かな?」っていうような、ぶっ飛んだ話にもなるんじゃないかなと、さっき話してて思ったんですけど。その辺も含めて楽しんでいただければなと思います。どうしましょうかね?
上田:じゃあ、自己紹介をまずは簡単に。
梶原:さっそく、岳弘先生から。
上田:せっかくだしWikipediaでも見ながら。
(会場笑)
梶原:Wikipediaに名前が載ってるっていうのが。
上田:「これは載せるべきなの?」みたいなエクスキューズ付きで載ってるんです。
三島由紀夫賞受賞の小説家
梶原:ちょっとおうかがいしたいんですけど、上田岳弘さんのこと知ってる人はどれくらい? 彼は小説家なんですけど、小説を読んだことあるっていう人。おおー、すごいですね。じゃあ逆に、私のことをご存知の方ってどれくらいいらっしゃいますか? なるほど。2人とも知らないっていう人います?(笑)それじゃあ、どちらかを知っている感じでいらっしゃってくれてる感じなんですね。わかりました。
上田:さっき言った通り、「この記事は独立性を満たしていない恐れがあります」と。つまり「この人書く必要ないんじゃないの?」っていうのが(Wikipediaの)一番上にありますけど、上田岳弘といいます。1979年生まれです。今回のイベントの告知では「淡路島からやってきた従兄弟同士の」って書きましたけど、僕自身は明石出身で、両親が淡路島ですね。そっから明石に出てきた、都会に出てきたという。
梶原:明石が都会かどうかというのはありますけども。
上田:早稲田を出まして、法人向けソリューションメーカーに参加したりもして、2年ほど前ですね。第45回新潮新人賞を受賞しまして、デビューしました。実はこの2年前の第43回の新潮新人賞も最終選考まで残ってたんですけど、そこは惜しくも敗れまして。作家の滝口悠生さんが今日来られてますけど。僕は負けてですね。
梶原:(滝口氏を見て)ああ、どうも(笑)。ものすごい雰囲気ある方ですね。良いですね、作家然とした雰囲気で。
上田:(それで)デビューしまして、『太陽』という作品で三島由紀夫賞候補、次の『惑星』という作品で芥川賞候補と。それで3作目の『私の恋人』という作品で、今年(2015年)の5月に三島由紀夫賞を受賞しました。
梶原:おめでとうございます!
(会場拍手)
上田:ありがとうございます。
梶原:先月くらい?
上田:もうだいぶ前。
梶原:そうだっけ(笑)。でも今年よね。
上田:今年(2015年)の5月ですね、7ヵ月前くらいです。それで受賞しまして、これで(Wikipediaの更新は)止まってますけど、新潮の12月号に『異郷の友人』という新作を発表していると。1月号に、『双塔』という短編も発表しています。すごく馬車馬のように……。
梶原:そうですね、あんまり堅苦しくやってもしょうがないんで、馴れ馴れしいんじゃないかみたいな。岳弘君のファンの方がもしいらっしゃったら、「あいつ何やねん」と思われるかもしれないんですけど、従兄弟なんでご勘弁いただきたいと思います(笑)。何をそんなに生き急ぐかというように作品を出してる。
上田:そうなんですよね。(自分でも)疑問ですね。
梶原:そうなの?(笑)何をそんなに。
上田:矢継ぎ早に。
あまり作品を出さないと忘れられる?
梶原:わかんないですけど、1年に1回も出さないような人とかもいっぱいいるわけですよね。
上田:デビューしてすぐなんで、あんまり遅いと忘れられるみたいな。それで矢継ぎ早に。
梶原:矢継ぎ早に。でも書きたいことがどんどん出てきてるってことですよね。
上田:そうですね。何だかんだで今にいたるって感じですね。
梶原:三島由紀夫賞って、三島由紀夫って名前は僕も知ってるんですけど、どれくらいすごいん?
上田:どうなんでしょうね。僕がとれるくらいですからね、あんまりすごくないような。
(会場笑)
梶原:大丈夫ですか、そんなこと言って(笑)。芥川賞ってすごい有名じゃないですか。それで三島賞っていうのもあって。何かあるんですか? 御三家みたいな。
上田:芥川賞と三島由紀夫賞と、あと野間文芸新人賞っていうのが、デビューした後に公募じゃない賞の中では有名というか、権威というか。次のステップに上がったなっていう3つの賞って言われていて。三島由紀夫賞があって、滝口悠生が、この前野間文芸新人賞をとって。
梶原:すごいですね、ここには3つの賞の内2つとった人がいるってことですよね。
上田:そうです。彼、明日授賞式で。
梶原:そうなの。その野間文芸新人賞の? お忙しいときに(笑)。
(会場笑)
文筆業だけでは赤字になる
上田:こういう小説家活動をしながら、生活するためにも働いてるという感じですね。
梶原:ベンチャーの役員もやっているという。
上田:そうですね、何やかんやで。Appleにも来ていただいてね、ケンちゃん。
梶原:そうなんですよ。僕、元々前職はAppleという会社にいまして、新卒から12年間いたんですけど。その頃だから、何年くらい? 2005〜2006年くらい?
上田:そうだね、あのときはI社の仕事とかやってたときだから。
梶原:●●社でね。
上田:名前は伏せて(笑)。
(会場笑)
梶原:ある意味お互い踏み込みに、Appleのオフィスまで来てくれてね。今も良い時計してるんですよ。
上田:いや、普通ですよ。SEIKOの普通の。
梶原:ベンチャーの人って儲かるんだなって思いながら見てましたけど。
上田:ぜんぜん儲けてない、儲けてない。何やかんやで12年ですね。
梶原:じゃあ小説家がメインで、ベンチャーの役員をやってるっていうのは、あくまで世を忍ぶ仮の姿。
上田:文筆業に関しては、赤字なんでね。
梶原:赤字なん?
上田:まあ赤字です。
梶原:純文学になるんですか?
上田:純文学ですね。
梶原:専業でやってる人っているんですか?
上田:もちろんいますよ。
梶原:自分で小説書いて、それだけで食ってる人っていうのは。
上田:いるいる。
梶原:でもこんな賞とってたら、それだけでいけるんちゃう?
上田:いや、そうでもないね。あと単純に、仕事自体をやったほうが良いかなって。
梶原:何でまた?
上田:そのほうがおもしろいかなっていうのはありますけどね。
梶原:何がおもしろいんですか?
上田:社会で普通に働いてる人たちの、いろんな会社の作法とか、動き方とかおもしろいですし。そういう力学を生で感じられると、より参考になるっていう言い方はおかしいですけど。まあそんな感じです。
梶原:なるほど。岳弘君の小説、僕『惑星』以外は読んだんですけど、あんまり会社の話とか出てこないですよね。まあちょっとは出てくるか。
上田:会社の設定で言うと、『惑星』が一番……。
梶原:『惑星』だけ読んでないっていうね。
上田:送ったやん!
梶原:献本いただいたんですけど(笑)。ごめんなさい、『惑星』だけたまたまなんですけど。
上田:ケンちゃんが勤めているというので、Appleを意識したんで。
梶原:読まなあかんかってんけど、まだ読んでない。
上田:いつか気が向いたら読んでみてください。
梶原:ごめんなさい(笑)。
会社組織で働くことが小説にも活かされている
梶原:でも他は読みました。それはけっこう、小説にも活かされてるというか。
上田:そうですね。活かしてるつもりはありますね。ガチの会社小説とかじゃないですけど、マクロというか、社会の中とか人類全体とか、わりと大きいテーマで書くことが多いんで。そこもパーツパーツでは役に立ってるかなっていう気はしますね。
梶原:なるほどね。例えば、今後小説家として、もっともっと伸びていきましたと。これでもう食べていけるようになりましたと。そうなったとしても、今のまま。二足のわらじを続けると。
上田:そうですね、時間配分は変わるかもしれないですけど。基本的には続けていこうかなと。
梶原:なるほど。ちなみにベンチャーの役員って。実は僕もスタートアップを立ち上げまして、ヒイヒイ言ってるんですけど。小説書いてる暇なんてないよね。いつ書いてんの?
上田:立ち上げ当初はなかったね。2004年とか。新企画が一番時間がかかるので。その後はだんだん、時間はできてくる。
梶原:事業として黒字化してまわってきてるから。
上田:例えば新規開拓で、今月売上ないと潰れるみたいなことってあるじゃないですか。そういうのがやっぱり一番時間を食うんで。それがなくなってくるとだんだん余裕がでてくる。
梶原:なるほど。今はそういう意味では、会社は9時〜17時とかで。
上田:いやあ、どうでしょうね(笑)。
梶原:むしろもっと短いくらい?
上田:そんなでもないですけどね。
梶原:いつ小説書いてんの?
上田:書いてるのは朝ですね。理想で言うと、5時に起きて7時半までなんですけど。なかなか毎日はできなかったりしますのでね。理想は5時から7時半。
梶原:夜酒飲んだりしたら、朝5時なんて起きられないでしょ?
上田:いや、起きられるよ。寝るのはだって22時くらいだからね。
梶原:22時に寝てるの!?
上田:22時に寝てる。
梶原:ええー!(笑)
上田:基本何時くらいに寝てんの?
梶原:2時。
上田:そうなんや。起きんのは?
梶原:6時半とか。
上田:あんま変わらへんやん。
梶原:いやいやいや(笑)。まあ子供が起きるから。
上田:そっか、そうだね。
1作品を作るのにだいたい半年
梶原:起きてしまうというか、起きざるを得ないというか。2時間半とか毎日やって、1作品書くのに何日くらいかかんの?
上田:2時間半でだいたい1500字くらい書くんで、200枚だとふた月くらいですかね。第1稿が。それをさらにふた月くらいかけて、作品レベルまでもっていくと。いろいろ調整していったらひと月ふた月と、だいたい半年くらいですかね。
梶原:なるほどね、1作品、半年?
上田:200枚だとすると半年くらい。
梶原:個人的な興味があってすごい聞きたいんですけど、小説を書くプロセスというか工程って、どういうものなの? さっき言ったように2ヵ月でとりあえず第1稿で、その後2ヵ月かけて仕上げていくみたいな。これは具体的にどういうことをやるわけ?
上田:書き方は人それぞれやと思うんですけど、まずは毎日1500字ずつ何も考えずに書いていくと。
梶原:変に編集とかしようとせずに。
上田:せずに、思いのまま書いていくと。だいたいそれで2ヵ月くらいで何となく終わるんで。それの問題点とかを考えながら。それで、第1稿が終わったら編集者に渡す。
梶原:編集の方、今日来てらっしゃるんですよね。
上田:そうですね、第1稿終わったら編集者に渡して。
梶原:そういうときって、どういう感じのものがくるんですか?
編集者:普通にきちんとしたものが。
梶原:くるんですか。何も考えずに夢遊病者のようにガーっと書いてるものが、一応2ヵ月経って渡したときは、もう読めるものになってるんですか?
編集者:上田さんは、いつも何も考えずに書いてるって言うわりには、ちゃんとしてるなと思って。
梶原:やるやないかと。
上田:(笑)。
梶原:そういう感じなんですね。読んでみたいですけどね、そういうのってね。
上田:けっこう変えますけどね。それで問題点を箇条書きしたやつがまた来て、それをこう……。
梶原:じゃあ、(編集者が)問題点を出されて。
上田:いただいて。
梶原:ロジックおかしいとか?
上田:ロジックおかしいとか。不整合であるとか、矛盾があるとか。ここがわからないとか、そういうのを含めて。
梶原:読者視点も含めて。
上田:それをひと月単位で直していくという。じゃあ来月だってなって、最終的に載せる段階になるとゲラになって。それを赤字レベルで(直していく)。それまで箇条書きだったのが具体的にあがってきて。それを直して掲載という。
オープンソースのような小説の可能性は
梶原:何回くらいやりとりするもんなんですか?
上田:作品によりけりですね。平均5回くらい。
梶原:それを、直して直して直してみたいな。
上田:最近減ってきましたけどね。回数が3、4回くらいになってるんじゃないですか。
梶原:上手になってきてるんですか? 小説。
編集者:まあ、そうなんでしょうか。
(会場笑)
上田:遠慮なく言っていただいて。
梶原:(笑)。やっぱり回を重ねるごとに「こいつうまくなってきてんな」みたいな感じなんですか?
編集者:上田さんは作品の世界がかっちり固まっているので、そういう意味ではがらりと変わったりとかは。
梶原:そんな感じで作っていくんですね。第1稿とか読んでみたいですね。特に今の時代とかって、公開してデータもらってみたいな。
上田:そうですね、データバンク。
梶原:そうそう、それはそれでおもしろそう。やってる人もいるのかもしれないけど。
上田:大々的にはやってないでしょうけどね。昔、確か筒井康隆さん。当時パソコン通信と呼ばれてたもので、読者と作っていくみたいなことをやったらしいですけどね。
梶原:例えばオープンソースとかソフトウェアの業界って、コアの部分はあってもそれを自由に改変していくって、やったりするじゃないですか。あんな感じで、上田岳弘が最初のコアは作るんだけど、それを皆が自由に改変して何が正解とかもなくて。俺の(作品)はこれ、私の(作品)はこれみたいな。
上田:ここがちょっと気に食わないとか。恋人の造形もうちょっととか。
梶原:そうそう! あのオチはどうなんやとか、『私の恋人』は最後やっぱり帰ってきたんやろうかとか。
上田:そうですね、そこの続きを書くとか。
梶原:そういうので自分の作品にしてもらうとか。まあ考えたこともあるんでしょうけど、おもしろそうですよね。そんな感じですか、なるほど。