セーフティーネットがある中で自分の限界を知ることは大事

新多真琴氏(以下、新多):劇薬として、なにも整っていないスタートアップに行って、とりあえず全部やるみたいことをすると、万に一ぐらい、なにかが身につく……みたいな事象があったりしますが、あまりお勧めできない。

佐藤大典氏(以下、佐藤):(笑)。そう言われて、自分の最初のキャリアが劇薬だったことに気づきました(笑)。

新多:(笑)。多少の生存者バイアスは、どうしてもかかってしまうなと。キャリアを重ねてこられた方と私もお話をさせてもらうことが増えてきた中で、やはり生存者バイアスは一定存在するなと思います。

なので、生存してしまった我々の使命は、それを体系化して、1度死地に追い込まれなくてもきちんと再生産できる仕組みを整えるということなんじゃないかっていう(笑)。

佐藤:なるほどね(笑)。いや、すごく共感します。そっか。過去にやはりあまり労働条件が良くない時代がありましたね。それこそソフトウェアエンジニアが毎日終電で帰って、みたいな時代、1度死地に追い込まれたほうが伸びるみたいな文化が……。

新多:ありますよね。

佐藤:うん、あったなって今思いますね(笑)。

新多:本当はそうじゃないはず。

佐藤:違いますね。あれは間違っていますね。

新多:そこから学べることがあるとすれば、自分の、これ以上伸びきったらちぎれちゃうなみたいなポイント。自分の限界のラインを知る機会は、あったほうがいいなと思っていて。

物にもよりますが、セーフティーネットがある状態で、たくさん負荷を与えて自分の限界を知るというプロジェクトなり会社なりチームなりが、キャリアのどこかにあってもいいのかなとは思ってはいます。

佐藤:うんうん、確かに。けっこう難しいのは、限界を知ることは大事だなと思いつつも、限界を知らないから、1回ちぎれちゃうんだよな(笑)。

新多:(笑)。簡単に肉離れしますからね。「あっ!」って。

佐藤:(笑)。何度もちぎれてきた気はしますね。

新多:戻ってこられる怪我だったらいいんですけど、やはり自分の体は替えが利かないので。なので、そのラインは、その人をサポートする立場の人が見極めながらやれるような環境が増えてほしいと私は願っています。

佐藤:いや、そのとおりですね。

新多:ありがとうございます。

『エンジニアのためのマネジメント入門』に盛り込めなかったエピソードは?

新多:じゃあ、ちょっと話題を変えて。佐藤さんのキャリアの変遷を知見というかたちに落とし込んだ『エンジニアのためのマネジメント入門』ですが、そこに惜しくも盛り込めなかったエピソードって、たぶんたくさんあったと思うんですよ。

佐藤:はい(笑)。

新多:「どうしてもこれは入れたかったんだよな」みたいなエピソード、聞かせてください。

佐藤:カットしたものはいっぱいあって、あの本って大きなところだとプロジェクトマネジメントに一切触れていないんですよ。

新多:確かに、そうですね。

佐藤:ちょっと迷ったんですが、世の中的にやはりプロジェクトマネジメントってもう『PMBOK』だったりとか、知識がもう体系化されていて、今さら書かなくていいかなとちょっと思ってはいたんですよね。

でも、序盤にめちゃ「プロジェクトマネジメントやります」と言って、一切触れないから(笑)。

新多:(笑)。

佐藤:それはそれで、うーんとは思っていますね。

新多:なるほど。

佐藤:あとは、テクノロジー部分にもぜんぜん触れていないですね。それもちょっと触れるかどうか悩んで、紙幅の都合上、中途半端になってしまっているんですが、そこはもうちょっと厚く書いてもよかったかなとは思いますね。

あと、ネタとして「書いてもよかったのかな、どうかな?」と思うのがあって、マネジメントの考え方として「マネジメントをもっとアジャイルにやっていきましょうよ」と思っていた時期があったので、アジャイルマネジメントとか呼んだりするかもしれませんが、そういったことを何項か使って書きたかったなというのが1個あります。

あとは、昔、コミュニティでエンジニアリングマネジメントトライアングルというやつを作っていて、それも本に入れようかなというのは。

新多:確かになかった(笑)。

佐藤:1度書いたんですよ。下書きまで書いたんですが、担当編集とディスカッションしている中で、全体のストーリーがうまく組めなくて。

新多:流れってありますもんね。

佐藤:「ないほうがすっきりしますね」となって、ボゴッて外した。

新多:もったいない。

佐藤:(笑)。

新多:掘り起こして、有料公開でもいいのでぜひなにかのかたちで(笑)。

佐藤:そうですね、ぜひコミュニティかなにかでやりたいですね。

新多:ありがとうございます。プロダクトマネジメントのトライアングルもありますよね。ああやって体系化されていると、次に何を取りにいこうかをそれぞれが考えられる、それこそ地図の1つになるなと思って、私はすごく好きでよく引用しています。

佐藤:よかったです。当時のコミュニティメンバー、みんな喜びますね(笑)。

新多:そういう活動をやってきてくださった方がたくさんいるから、それが受け継がれて、今はけっこうEMの人口が増えていると思うんですよ。

佐藤:増えていますね。

新多:佐藤さんも私も、それぞれにEMのコミュニティを回していて、コミュニティをまたいで来てくれる人たちによって循環がされているのももちろんあるんですが、コミュニティごとにけっこう色が違うのが、個人的にはけっこう驚きで。

EMが実践する姿により触れやすくなったのかなという、2024年の今。今日私たちがここでしゃべっていることもそうですし、知見が行き渡って、よりチャレンジしやすくなる状況にできているということで、すごくポジティブに捉えています。

佐藤:確かに、世の中がだいぶ変わりましたね。それこそ僕がリーダーをやっていた当時は、なにもない状態だったので(笑)。

新多:ですよね(笑)。

佐藤:最初に書籍のマネジメントコーナー行って、本を開いて、「よくわかんねぇな」と思って(笑)、戻す、みたいなことをやっていましたね。

マネジメントされる側も「マネジメントとは何ぞや?」を知っておくといい

新多:逆に私は、メンバーレイヤーだった頃にマネージャーとの付き合いに悩むというか……マネージャーにうまくマネージしてもらうために、自分からどういう情報を出しにいったらいいんだろうと考えていました。

会社の向かう先と自分の向かう先を合わせたい。合わせることで自分が努力したことが評価につながって、全員ハッピーという状態を作りたい。今はそれが作れていないような気がするみたいな課題感からマネジメント系の本を読み漁った時期があって。

その時の体験がけっこう今にも活きているなとたびたび思うんですが、やはりマネジメントされる側もきちんと「マネジメントとは何ぞや?」ということについて知っておけるといいんじゃないかなと、最近すごく思うんですよね。

佐藤:確かに、そうですね。言われてみて気づきました。体験として思い出したんですが、1on1を一時期ワークショップ形式で人に教えることがあって。

新多:へぇ、いいな、受けたい。

佐藤:(笑)。一般でやりますか?

新多:ぜひ。

佐藤:中身として、参加者は基本的に1on1を受ける人なんですが、コンテンツの内容は1on1のやり方なんですね。参加者は受ける側だけど、1on1のやり方をワークショップで学ぶ。

何のためにどういうことをやるのかがわかっていると、自分がしてもらう側になった時に、「こういう目的でやっているから、自分はこう振る舞わなきゃいけない」とか、「こういうように内省をして答えを導き出さなきゃいけない」ということが入っているだけで、だいぶ振る舞いや行動が変わって、質が変わるなというのがあって。

新多:変わりますね。

佐藤:今聞いていて、それと同じことなんだなと思いました。

新多:確かに。

佐藤:確かにミートアップでも、マネージャーじゃなくて、メンバーなんだけどマネジメントを知りたくて参加していますという方もやはり多くいるので。

新多:そうなんですよね。それは本当に幸せなことだなと思っていて。

佐藤:すごいですよね。

新多:将来マネージャーになってみたいけれど、自分にとってのマネージャーのロールモデルを何パターンかしか知らないから、もっと選択肢を増やしたくて、みたいなことを言ってくださる方もいて、安泰だなって思います(笑)。

佐藤:すごいですよね。自分がメンバーの時はそんなことをしなかったなって、今、すごく反省しております(笑)。

新多:(笑)。

小さなことでもマネジメントに触れることでいろいろなキャリアが築ける

新多:そうしたらそろそろ締めに入っていきましょうかね。今ちょうど、EMを志すかもしれないメンバーレイヤーの話も出たところで、今EMをやっている方、もしくは、「これからEMをやっていこうかな、おもしろいかも」と思ってくださっている方に対してメッセージを出して終了にしたいなと思いますが、いかがでしょうか?

佐藤:はい、わかりました。まず今EMをやっている方は、もっと突き詰めるといろいろなものが知れてすごく深い領域で楽しめると思うので、もっとどんどんやってみたらいいかなと思っています。

一方で、いつでもソフトウェア開発やコードを書くこともできるので、そっちの道にもいつでも行けるんだぞと、思っておくといいんじゃないかなと思います。

まだやったことがない人は、ぜひ小さなことでもいいのでやってみること、始めてみることをお勧めしています。やはり人生何があるかわからないので、「やってみたら意外に楽しいじゃないか」ということも多いと思うんですよね。

新多:そうなんですよね。

佐藤:そうなんですよね。やらない限り、それは絶対にわからないので、小さなこと、例えば会議のファシリテーションでもぜんぜんかまわないので、まずは自分でマネジメントに触れてみることを始めてみると、きっといろいろなキャリアを築けるようになるんじゃないかなと思います。ぜひトライしてほしいなと思います。

新多:ありがとうございます。

「これはやれそう」と思うものを貰いにいくことで、より主体的に仕事にコミットできる

新多:今のお話を受け継ぐかたちで私も一言、言えたらと思います。

マネジメントのお仕事って、確かにいろいろあるんですが、実はメンバーレイヤーだったとしてもつまみ食いできるものってけっこうたくさんあるんですよね。例えば今佐藤さんがおっしゃった会議のファシリテーションだったり、プロジェクトのマネジメントを幾分か引き受けてみたりというのは、すでにもうメンバーレイヤーでもやられている方が多いんじゃないかなと思います。

マネジメントは基本的にその延長線上にあるものなので、どんどんリーダーやマネージャーの仕事を盗み見て、これはやれそうだなというやつを貰いにいくことができると、より仕事に対して主体的にコミットできるようになる。できることが増えるって、やはり楽しいじゃないですか。

そういう成功体験とぜひ結びつけていってもらえると、マネジメントの仕事もけっこう楽しんでもらえるんじゃないかなと考えています。

では、以上で終わりにしたいと思います。本日はありがとうございました。

佐藤:どうもありがとうございました。