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Pepper元開発リーダー林要氏初著作 『ゼロイチ』出版記念イベント(全4記事)

日本が0から1を生み出せなくなったのはなぜか? 元Pepper開発リーダーが指摘する効率化の罠

トヨタ自動車でスーパーカーやF1マシンの開発に関わり、ソフトバンクでPepperの開発リーダーを務めた後、ロボット・ベンチャー「GROOVE X」を立ち上げた林要氏。0から1を生み出すための考え方をまとめた林氏の初著作『ゼロイチ』(ダイヤモンド社)の出版記念イベントがDMM.make AKIBAで開催されました。現代の日本企業が抱える課題に触れながら、ゼロイチの考え方について語りました。

日本の産業の閉塞感を打破したい

林要氏(以下、林):みなさんこんにちは。

会場:こんにちは。

:お忙しいなか、今日はお集まりいただきまして、どうもありがとうございます。本を書くのは初めてだったんですけど(著書『ゼロイチ』)、書いてみると、意外にみなさんから「勇気づけられた」とかそういう声をいただいてですね。非常に、私自身が勇気づけられたなと思っております。

トヨタとソフトバンクで鍛えた「0」から「1」を生み出す思考法 ゼロイチ

ちょっと不慣れな講義になるかと思いますが、1時間お付き合いいただけたらと思います。

今回、日本を“ゼロイチ”のホットスポットに再生するために僕たちにできること、ということを題材にさせていただきました。私はもともと自動車を開発してました。この画面の左側の列がトヨタでの仕事です。 LFAという、家が買えるぐらいの値段のスーパーカーだったり、F1だったり、それから海外生産の量販車だったり。

こういうのをやっているなかで、日本のみなさんは非常に優秀なのに、どうも日本の産業というのは、閉塞感があるよねと。ここのところをなんか打破する方法があるんじゃないかとずっと考えてまいりました。

そんななかで、ソフトバンクアカデミアという学校が開講しました。最近ARM社を3兆円で買収するというのでずいぶん話題になっている孫さんが開いた後継者育成の学校で、いろんなことを学び、そのなかでペッパーの開発を拝命し、ペッパーを開発して、それを卒業して今に至っています。

その道程というのは、やはり「日本の産業の閉塞感をなんとか打破する方法あるんじゃないか」というところが常に根底にありました。今日の時点では起業したばかりで事業を成功させたわけではないので、私のやり方や考え方が正しいのかというのはまだわかりません。けれども、現時点での私の考え方をお話させていただけたらなと思っております。

日本を元気にする方法というと、例えば、政府がどうするとか、会社がどうするとか、いろんな方法があると思うんです。ただ、一番単純に言うと、各自が元気になること。それぞれの人のパフォーマンスが一番上がれば、グループとしてのパフォーマンスは上がるよね、というところは異論のないところじゃないかなと思います。

なので、消費税率とか社会保障とか政治といったものが間接的に各自のパフォーマンスを上げることはできても、あくまで直接的には、僕らそれぞれのパフォーマンスが上がっていかなきゃいけないわけですね。

では、僕らのパフォーマンスってどうやって上げればいいでしょうか、というところを今日はお話したいと思っております。

ドーパミンが出るような仕事を選べ

各自のパフォーマンスを上げる方法は、というと、勉強するとか、いろいろな方法があるとは思うんですが、最終的には「楽しく働くことだよね」というところに行き着きました。なぜ楽しく働くのが大事かと言うと、実は僕らというのは、意外に古い脳が、僕らを突き動かしているからなんです。

そのなかにあるドーパミンという脳内伝達物質があります。これが出ている時というのは、もっとも集中ができる。それから、例えば、お風呂に入っている時もその仕事のことを自然と考え続ける、なんてことが起こるわけですね。

好きでもないことをずっとやり続ける、ということも1つの努力の仕方ではあるんですけれども、それはがんばっていてもあんまり効率はよくならないわけです。日本の生産性が高くないと言われるところは、1つここがあるのかなと。

海外の人と働くとよくわかるんですけれども、みなさん、まあ好きなことしかやらないわけです。あまりやりたくないことはすぐにほっぽっちゃう。みんながほっぽっちゃうので、それを埋めるのに生きがいを感じてる人もいる。「自分の役割」のイメージがあるわけですね。それゆえに、はまれば短期間での生産性がいい。その一部は、僕らも取り入れてもいいんじゃないかなと思っています。

ドーパミンが出るとなにが起きるかというと、強化学習という学習方法が脳のなかで働き出します。強化学習はどういうものかと言ったら、いいことがあったらそれをもう1回やろうとする、そういうサイクルです。例えば、ドーパミン以外にノルアドレナリンとかそういう脳内伝達物質もあります。

ノルアドレナリンはどうやって働くかと言うと、危機感を元にした、短期間でのモチベーションには効くんですね。例えば、テストの前の一夜漬けみたいな世界。

「明日テスト、もうやばい」と危機を感じる時は、ノルアドレナリンみたいなので僕らは短期的にモチベートされるんですけど、長期間にわたって、ずっとモチベートされ続けるプラスのサイクルを維持するには、ドーパミンが必要なんですね。

ドーパミンが出すぎると、今度は満足をしきらないというちょっと不幸な状態にも陥るので、そのドーパミンの量が多ければ多いほうがいいわけでは決してないんですけれども。

適正な量、ちゃんとドーパミンが出るような仕事の仕方を選ぶ。自分をシステムとして捉えて、「自分にとってドーパミンが出るような仕事のやり方ってなんだっけ?」というのを意識すると、選択が楽になっていくんじゃないかなと思っております。

「ゼロイチ」とは新しい挑戦に伴う苦労を乗り越えること

次は、「ドーパミンが出るような仕事ってなに?」となりますよね。これも結局脳のなかの話になるんですけど、ここのキーワードは「AHA体験」。

気付いたり、ひらめく。「おっ、これわかった」「やった、できた」みたいな、そういう経験があると、そのタイミングでドーパミンが出ると言われています。

なにかに気付いた、もしくはなにかやり遂げた、そういったのが小さいステップ、細かいサイクルでもいいので、ちょっとずつ定期的にあるというのは、ドーパミンを出すことを習慣化するために非常に有効なことになります。

なので、AHA体験。これは大事なキーワードです。脳科学者の茂木さんなんかがよく使う言葉ですね。

じゃあ、次はAHA体験ができるような仕事ってなんだろうと。これはちょっと手前味噌ですけど、“ゼロイチライク”の仕事をする。やってみる、気付く、やり直してみる。

この「ゼロイチ」という言葉ですが、私も本を出してようやくわかったんですけれども、みなさんにとってなにがゼロイチなのかというところが、人によって、大いに捉え方が違うなと。

これは確かに説明が不足していたなと今、反省してます。ゼロイチというと、今までにないものを作る。これが大事じゃないかと思われている方がけっこう多いような気がします。ただ、今までにない物を作ることが、本質的に大事なのかと言われると、あんまり実は関係ないんじゃないかなと僕は思っています。

例えば、わかりやすいところでいくと、MACやWindowsなんかがそうです。あのGUI自体はゼロックスのパロアルト研究所生まれなのは有名なお話です。

ほとんどのものは、実は今まであったものをちょうどいいパッケージにして、時代性にマッチしたので売れたというだけなんですね。すなわち、本質的になにか新しいものを作った、ゼロからなにかイチを作ったという事実が大切かと言うと、実は、そこは結局わからない。だから、そこをクローズアップして議論する事は大して大事じゃないんじゃないかと思っています。

このように「新しい物作ったよ」と言っている人たちは、多くは自分が成功者なので、「それを作ったよ」と歴史を書き換えているだけであって、実はけっこうコピーだったりするわけです。

でもそれが意味がないわけではない。やはり偉大なことをしてきています。どこが偉大かというと、どこのコミュニティにおいても新しいことやろうとすると必ず苦労が伴い、多くの場合はそれを乗り越えられないことにあります。その苦労を乗り越えること、その壁を乗り越える行為自体が私にとっての「ゼロイチ」の定義なんです。

所属しているコミュニティーのなかで、そのコミュニティーにとって新しいことをやろうとした時に、みんなの反対にあうわけですね。いろんなものが準備されてないわけですね。そういった部分を乗り越える。そこがゼロイチなんじゃないかなと思っております。

企業が成熟してくると効率化が始まる

じゃあ、日本でゼロイチできるのかと。日本は世界的に見てもけっこう同調圧力の高いちょっと変わった社会です。ただ、これは本でも書いたんですけれども、日本はゼロイチのホットスポットだったというのは、TIMES社の「世界に最も影響を与えた50のガジェット」のリストでも出ています。

上位20位のうちの3分の1が日本製です。ここの右端の赤いところが年代ですが、60年代から80年代ばっかりなんですね。これをGDPのグラフに合わせてみます。そうするとなにが起きるかというと、GDPが伸びている時だけ僕らってゼロイチができていたわけですね。

日本人というのはゼロイチをできるんです。新しいことはできるんですけれども、ある条件になってくるとできなくなってしまう。これはなんでしょうか?

結局、会社の伸びの後半になってくると、売上や収益の伸び率が減少するわけですね。しかし経営計画上はおいそれと伸びを減速させるわけにはいかないので、なんらかの方法で少なくとも利益を伸ばそうとする。その結果として、効率化が始まるわけですね。

効率化を始めると無駄がなくなるんですね。無駄なことが減っていくとトライアルがやりにくくなる。これはゼロイチが生まれにくくなる条件の1つです。

もう1つが企業の寿命。戦後、多くの企業が勃興してきて、30年ぐらい経つと、どの企業もそれなりに成熟してしまいます。そうするとシステムができあがってくる。再発防止の名の元で、リスクを避ける仕組みができて、安定はするけどイレギュラーなことはやりにくい組織になる。このようにいろんなことが成熟してしまった時に、なかなか新しいことができなくなってくる。

効率化の結果、新陳代謝がなくなるのが問題

こうやって考えてみると、日本の産業が今、行き詰まってるのは当然なのかなとも思えます。日本の歴史的特徴というのは、第二次世界大戦後、「よーいどん」と、全員がゼロからのスタートになったわけですね。

アメリカなんかと違って、多くの企業がこの戦後の10年、15年ぐらいに生まれて、ここからグワーッとみんなで伸びたわけです。

1億総ベンチャーみたいな状態だったわけですね。それが成熟企業になった時に、そこが産業を牽引しなきゃいけないとなると、どうしても行き過ぎた「効率化」が始まります。そこで、結果として、新陳代謝が少なくなって、新しいことができなくなるという状況かなと思います。効率化で乾いた雑巾を絞ることが悪いわけではなくて、新陳代謝がなくなるのが問題なんです。

これは、実はアメリカでは30年も前に経験しているんじゃないかなと僕は思っています。日本がゼロイチのホットスポットだった時に、アメリカはさんざん苦しんでいるわけですね。

このアメリカが苦しんだ時に彼らがなにをやったかを知ると、日本の次の一手が見えるかも知れません。

当時、やはりアメリカでも大企業が多大な投資をして新事業を起こそうとした。だけど残念ながらイノベーションが起きない、と。今、日本でもみなさまが苦労しているのと同じ状況です。

大企業のみなさんが新規事業担当といった類のものを拝命してがんばるのですが、それでもなかなか新しいことが起きない。アメリカは30年くらい前にもう経験しているというわけですね。

アメリカでもうどうにもならないって言った時に、日本ではバンバン、イノベーションが起きていて、『Japan as No.1』みたいな本が出て。その時にすごくて試行錯誤した彼らは、結果として大企業でできない事はベンチャーである事が大事だねということになって、西海岸みたいなベンチャー生態系ができてきたんじゃないかと私は思っています。

西海岸みたいなベンチャー生態系ってどういうところかと言ったら、ものすごい量のベンチャーが生まれて、ものすごい量が死んでいく、という多産多死ですけれども、そのなかでごく一部だけがなんとかマーケットのなかで顔を出すわけですね。

その顔を出したものを大企業がプレミアムをかけて買うと。基本、失敗できない大企業に代わって、ベンチャーで失敗してあげますよ、代わりにうまくいったらそのコストを負担してください、ということですね。

アメリカに学ぶ大企業とベンチャーの関係性

このプレミアムを付けて買うというのが大企業にとってはけっこう難しい仕事です。なぜなら、大企業の基準からすれば、ほとんどのベンチャーがボロボロの体制というか、中身がスカスカに見えちゃうから。

だけれども、実はその中身がスカスカな新規事業だからこそ大企業のなかでは起きないんですね。結果、大企業では新規事業がなかなかローンチまでたどり着かない。

ローンチまでたどり着かないのは会社が悪いわけではないです。会社はその辺をゆるくしてしまったら、各自が暴走し出して組織が崩壊してしまうので。大組織が自律的に動いても暴走しないようにするためには、締めなきゃいけない部分はどうしても締めなきゃいけない。

軍隊みたいなものですよね。「軍隊の統制がとれていないとみなバラバラになって危ないよね」というのと同じように会社も締めていくと、必然的になかなかボトムアップのイノベーションがなかなか起きなくなるわけです。

なので、大企業で完結することを諦めたアメリカでは、プレミアムをつけてベンチャーを買いましょうねということになったわけですね。

しかしプレミアムをつけてベンチャーを買うというのが、大企業にとってはまたなかなか難しい問題で。買ったら買ったでそれを育てられないわけですね。大企業とベンチャーは文化があまりに違うので。

アメリカでは、ベンチャー経験者が大企業でも働いていて、大企業でベンチャーを買った後も双方の文化を理解しているので育てることができて、そんな人がたまにまたベンチャーに戻って買収される側になる、という大企業とベンチャーの相互理解のために必要な人材の流動性が担保されています。

それに対して日本というのは、そこの流動性がないので、実はベンチャーを買ってもなかなか育てられない。それが大きな企業が今苦しんでいるところじゃないかなと思ってます。ただアメリカは30年先を走ってますからね。僕らは30年後ろにいるという認識のもとで、今から改善していけばいいんじゃないかなと私は思っています。

日本の産業を救うにはIPOよりバイアウト

そうなってくると、スタートアップ、ベンチャーの役割もちょっと変わってくるわけですね。今までは、中小企業というのは、大企業の下請け的な仕事が多かったんじゃないかなと思っています。

たとえば、大企業のなかで新しい商品企画をやるというのは、非常にハードルが高い。商品企画を出した瞬間に、「これって企画台数月産何台なの?」っていう話になって、本体が「月産何万台」っていっている時に、「いや、数百台です」とか、「数千台です」とか、「新しい市場なので、正確な予測が難しい」とか言った瞬間に企画が潰れちゃうわけですね。

それがベンチャーだと、立ち上げれたりします。その立ち上げれたもの、立ち上げる力。機動力だったり。しっかりした会社としての建て付けがないがゆえのコスト安だったり。しがらみが少なかったり。それから、レピュテーションリスクが大企業だと大きいですね、過去に積み上げてきた大きな信頼のある企業が中途半端な物を出してしまうことへのレピュテーションリスク。

こういった部分をカバーできるのがスタートアップ、ベンチャーです。大企業からの技術も使わせてもらって、ラッピングして1つの商品として出すという、新商品のプロデューサーとしてのスタートアップ。

これが、今後非常に重要になっていくんじゃないかと思っています。これができることによって、新しい事業が立ち上がって、大企業がそれを買うと。

今のベンチャーだと、多くがIPOを目指してしまうんですけれども。実はIPOを目指すというのは、全産業のなかでそれほど必要かと言われると、僕は必ずしもマジョリティーである必要はないと思っています。

IPO、当然、起業している当事者たちはうれしいと思うんですけど。産業全体をエコシステムで見た時には、大企業のなかの新陳代謝をどこまで加速させるのかというのが、日本の産業を救うキーになるのではないか、と私は思ってます。

その観点で言うと、スタートアップがなんとか立ち上がったら、今度はそれを大企業が吸収をして、新陳代謝に使う。新しい事業の核に育てていくというのが日本の産業のダイナミズムという意味では必要なことじゃないかなと思っています。

この証拠にアメリカでは今9割くらいがバイアウト。IPOではなくて、大企業に買われるというかたちになっていると聞いています。

今、日本の産業に閉塞感がある理由というのは、私はこのスライドの右側の「大企業」だけが牽引するという絵柄になっているからじゃないかなと思っています。大企業だけでは自らの新陳代謝が進まない。

ゆえに、スタートアップ、大企業が最終的に買いたくなるような、産業の新陳代謝になるようなスタートアップ。こういったものがたくさん出てくること。これが日本にとって大事なのではないかな、と私は思っています。

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